信じるという選択
お読みいただき、ありがとうございます。
今回は、
澪斗と静音、それぞれの胸に残る
小さな違和感と、静かな選択の朝のお話です。
どうぞ最後まで、
ゆっくりお付き合いいただけたら嬉しいです。
(人´∀`).☆.。.:*・゜
――龍神神社――
朝の光が、境内を流れる水面にやわらかく反射していた。
澄んだ水音が静かに響く中、澪斗は一人、社殿の前に立っていた。
治癒と水を司るこの神社は、
いつ訪れても心を落ち着かせてくれるはずの場所だ。
それなのに――今朝は、胸の奥に小さな澱が残ったままだった。
(……あの時)
ふと、脳裏に昨夜の光景が蘇る。
情報を聞き出していた最中、
悪鬼が、
『……あの方に、よく似ている……』
確かに――そう言いかけたのだ。
言葉の続きを聞く前に、悪鬼は蒼の炎に焼かれ逃げてしまった。
だが、その一言だけが、妙に耳に残って離れない。
(あの方、って……誰だ?)
蛇の眷属からも、禁忌の眷属が出ている。
だから、その中の誰かのことだとは思う。
けれど。
(……僕に、似ている?)
記憶を探ろうとする。
顔、気配、術式の癖――
だが、どれだけ思い返しても、何も浮かんでこない。
まるで、最初から“存在しなかった”かのように。
(……おかしい)
澪斗は、無意識のうちに眉をひそめていた。
自分は封印術を扱える。
だからこそ、分かってしまう。
思い出せない、のではない。
思い出す“手がかり”そのものが、最初から削がれている。
(こんなに、何も引っかからないなんて……)
胸の奥に、ひやりとした感覚が広がっていく。
(……まさか)
あり得ない、と打ち消そうとする。
けれど、浮かんでしまった疑念は、簡単には消えなかった。
(…僕自身に…封印術が?……でもそんな事が出来る同属なんて…)
その考えの先で、
澪斗の思考は、たった一人の人物に行き着く。
喉の奥が、小さくかすかに鳴った。
「……静音姉さんが……?」
自分でも驚くほど、小さな声だった。
――その頃豊穣神社では
朝の境内に、清々しい空気が満ちていた。
これから任務に向かう二つの気配が、
社殿の前に並んでいる。
静音。
縁。
静音は、いつもと変わらぬ穏やかな表情で、
静かに一礼した。
静音
「縁様……お久しぶりにございます」
縁は軽く肩をすくめ、
懐かしむような柔らかな笑みを浮かべる。
縁
「ほんとに久しぶりだね、静音。
会えて嬉しいよ。
火の童子も、君に会いたがっていたんだ」
その言葉に、
静音の表情がふっと和らいだ。
静音
「火の童子様……ふふっ。
私もお会いしたかったです。
もう、どれほどお会いしていなかったのか、
思い出せなくなりそうですね」
縁
「そうだね……
若い眷属たちが現世に降りてきてくれてから、
僕たちはすっかり“お社組”になってしまったからね」
少し間を置いて、
縁は苦笑まじりに続ける。
縁
「本当は、昔みたいに
静音と火の童子と、また同じ班で動けたら
良かったんだけどね」
静音は、ゆっくりと首を振った。
静音
「いいえ。
澪斗から、詳しい話は聞いております。
至らない弟で……申し訳ございません」
縁
「いやいや。
原因は澪斗くんだけじゃないからね。
最近の若い眷属は、ほら……
個性が強くて、良くも悪くもパワフルでさ」
静音
「そうなのですか?
以前お会いした真白さんは、
とても大人しい方でしたけれど……。
それに、蒼さんも」
縁
「あー……うん。
真白くんと蒼くんはね……。
まあ、そのうち静音にも分かるよ」
静音
「……?」
縁は小さく咳払いをしてから、
少しだけ声音を落とした。
縁
「あ、それとね、静音。
ひとつ、申し訳ない話があるんだけど……」
縁は前日の任務で起きた、
悪鬼の不可解な言動について語り、
澪斗の様子に変わりはなかったかを尋ねた。
静音は、静かに目を伏せる。
静音
「……そうでしたか。
澪斗は賢い子ですから……
いずれ、私が封印術を施したことにも
気づいてしまうでしょう」
ほんのわずか、
声が揺れた。
静音
「……私を、許せないかもしれませんね」
そのとき――
柔らかな足音とともに、
真白が抹茶を載せたお盆を手に、
二人のもとへと歩み寄ってきた。
真白は穏やかな微笑みを浮かべ、
そっと湯呑みを差し出す。
真白
「静音様。
お久しぶりです」
そして、静音の言葉を受け止めるように、
静かに続けた。
真白
「澪斗さんのことでしたら……
心配なさらなくても、
怒ったりはしないと思いますよ」
静音は、思わず小さく息を呑み、
真白を見つめた。
静音
「……なぜ、そう思われるのですか?」
真白は少しだけ視線を落とし、
ゆっくりと言葉を選ぶ。
真白
「静音様が術を施された時、
澪斗さんは、まだ幼かった」
「けれど今は――
自分で考え、判断できるほどに、
眷属として成長されています」
真白は、まっすぐに静音を見た。
真白
「だからこそ……
澪斗さんを、信じてあげてほしいのです」
真白の静かな声に応えるように、
境内を渡る朝風が、
御神木の葉をさらりと揺らした。
静音は、わずかに視線を伏せ、
迷いを滲ませたまま口を開く。
静音
「ですが……
思い出してしまったことで、
澪斗まで禁忌の眷属に堕ちてしまわない可能性は、
本当にないのでしょうか……?
それでも、澪斗を信じろと……?」
真白
「はい」
迷いのない返事だった。
真白
「僕は、詳しい事情はお聞きしていません。
ですが……澪斗さんのことは、
ずっと見てきましたから」
そう前置きしてから、
真白は一拍置き、
静音をまっすぐに見つめる。
真白
「それに、もし――
万が一、禁忌の眷属に堕ちてしまいそうになったとしても……」
真白は、言葉を選ぶように息を整え、
穏やかながらも強い眼差しで続けた。
真白
「静音様や縁様、
それに火の童子様。
そして、澪斗さんと共に過ごしている仲間たち――
その誰かが、必ずそれを阻んでみせます」
静音の瞳が、わずかに揺れる。
真白
「静音様に、縁様や火の童子様がいらっしゃったように……
澪斗さんにも、
心を許せる存在は、すでに出来ていると思いますよ」
そう言って、
真白はそっと懐から琥珀糖を取り出し、
静音の掌へと差し出した。
真白
「静音様。
今まで……本当にお疲れ様でした。
これからは、僕ら皆で、
静音様のことも支え合えればと思います」
その言葉に、
静音の瞳から、ぽろりと一粒、
涙がこぼれ落ちた。
静音は琥珀糖を受け取り、
そっと口に運ぶ。
甘さが舌に広がると同時に、
胸の奥に溜め込んでいたものが、
静かにほどけていく。
静音
「……ありがとう……」
かすれるような、小さな声だった。
すると、少し離れたところから、
わざとらしく不満そうな声が飛んでくる。
縁
「ちょっとー、真白くんたら。
僕と火の童子の静音を取らないでよー」
真白
「えっ!?
ぼ、僕は別に、
静音様を奪おうとしたわけでは……!」
縁は拗ねたように笑いながら、
「冗談だよ」と言って真白の肩をぽん、と叩く。
そして静音にティッシュを差し出しながら、
優しく声をかけた。
縁
「ほら、静音。
もう一人で頑張らなくていいんだよ」
縁
「今度は、皆で解決しよう。
もちろん――
澪斗くんも、こちら側のままでね…」
真白と縁の言葉を受けて、静音の胸は温かくなった。
静音は、ゆっくりと息を整えると、
縁と真白へと穏やかな視線を向けた。
先ほどまで張りつめていた空気は、
いつの間にか、少しだけ角が取れたように感じられる。
朝の光が境内を照らし、
社殿の影が静かに伸びていた。
静音
「……縁様、真白さん。
お二人の言う通りですね」
静音は、ふっと小さく微笑む。
静音
「澪斗も、もう幼子のままではありません。
確かに……今のあの子は、
立派に私のサポートをしてくれています」
言葉を選ぶように一拍置き、
静音は静かに頷いた。
静音
「……澪斗を、信じてみます」
その声には、
先ほどまでの迷いや怯えはなく、
覚悟を受け入れた落ち着きがあった。
静音
「ですが……
もし、禁忌の眷属に感化されてしまいそうな時には……
その時は、どうか皆様のお力を
お貸しいただけたらと思います」
縁は、間髪入れずに朗らかに笑う。
縁
「もちろんだよ!」
真白もまた、
穏やかに、しかしはっきりと頷いた。
真白
「はい。
その時は、必ずお力にならせていただきます」
その言葉を受けて、
静音の表情が、さらに柔らいだ。
張りつめていたものが溶けたように、
どこかほっとした笑顔が浮かぶ。
静音
「……ありがとうございます」
朝の境内には、
穏やかな空気と、
確かな信頼だけが静かに満ちていた――
……はずだった。
優羽
「それに私もいますから!!
おはようございます!!縁様!!
真白様!!!
静音様、お初にお目にかかります!!
優羽と申します!!!」
境内に響き渡る、
やたらと張りのある声。
優羽
「澪斗のことは苦手ですが!!
禁忌の眷属になんてさせませんよ!!
落ちそうになったら、
この拳をお見舞いしてあげますからね!!」
縁
「ゆ、優羽くん……
おはよう……」
縁は思わず肩をすくめ、
苦笑いを浮かべる。
縁
「相変わらず元気だね。
でも、いつも言ってるけど……
朝の挨拶は、もう少し声が小さいと
いいと思うよ?」
真白
「優羽さん、おはようございます」
真白はいつも通り穏やかに頭を下げる。
その横で――
静音
(……すごい声量……
耳が……)
静音は、ほんのわずかに眉をひそめ、
無意識に耳へ意識を向けていた。
優羽
「あれ?
静音様、大丈夫ですか?
頭、痛いですか?」
縁
「頭じゃなくて、
耳が痛かったんだと思うよ」
縁はくすりと笑いながら、優羽を見る。
縁
「優羽くんの声量に、
慣れてないだけだから」
一拍置いて、
縁は不思議そうに首をかしげた。
縁
「……ねぇ。
なんで朝の挨拶の時だけ、
そんなに声が大きいの?」
真白
「たしか…優羽さん的には、
“朝一番の挨拶なので、
元気を最大出力で”
行っているそうです」
優羽
「はい!!
気合は大事ですから!!」
朝の境内に、
再び――
いや、
今度はかなり賑やかな空気が
満ちていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
穏やかな朝のはずが、
少しずつ賑やかになっていく境内でした。
次回も、
それぞれの想いが交差していきます。
またお会いできたら嬉しいです。(∩´∀`)∩☆




