新人はお札を知らない
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
本日も、
この物語にお付き合いいただけましたら幸いです。
(*´∀`*)
澪斗
「……なぜ縁様があんなに心配してたのか、
分かった気がするよ……君、凄いね……」
思わず零れたその言葉と同時に、
澪斗の脳裏には――
つい一時間ほど前の、紡のレジ研修の光景が蘇っていた。
───
澪斗は、レジ研修の練習として、
客役になり、紡の立つレジカウンターの前に立っていた。
「じゃあ……これで」
そう言って差し出した金額に、
紡は小さく頷き、レジの中へと手を伸ばす。
紡はレジの中からお札を取り出すと、
ひどく真剣な表情で、
丁寧に両手で差し出した。
「……こちら、お返しになります。」
その仕草は完璧だった。
けれど――
澪斗は、その手元を見た瞬間、
ぴたりと動きを止めた。
「紡、それ……五千円札だよ」
「……?」
紡はきょとんとした顔のまま、
今度はレジの中のお札をしばらく見比べ、
その中から一番大きくて、綺麗な一枚を選び取った。
「……こちらの方が、
ちゃんとしている気がします」
「それ一万円札だよ!?」
さらに混乱は続く。
紡は二枚の千円札を交互に見比べ、
小さく首を傾げた。
「……同じ“千”なのに、
顔が違います……」
「それ、どっちも千円だよ……」
───
澪斗は思い出しながら、
静かに息を吐いた。
(……なるほど。
これは、縁様も心配になるわけだ)
澪斗と紡がレジ研修を終えて、
バックヤードで笑成を待っていると、
笑成
「澪斗くん、紡くん、レジ研修お疲れ様でした!」
「それじゃあ食堂や従業員用のお手洗い場所など、
案内させてもらいますね!
まずは、食堂からですね。
ついてきてください!」
笑成に案内されながら、
澪斗と紡は従業員用の通路を抜け、
食堂やトイレ、ゴミ捨て場などを回った。
澪斗
(今のところ、それほど強力な瘴気は感じないけど……
真白様たちは、
上の階に行くほど強く感じたって言ってたよな)
考えを巡らせながら、
紡と笑成の後を歩いていると、
笑成
「でも驚きました!
紡くんがアルバイト初めてって聞いていましたが、
お札の種類も把握してないなんて、
そんな人初めて会いましたよ!
今までお買い物とか、
どうしてたんですか?」
笑成は笑いながら紡に尋ねる。
紡
「えっ!えーと……
僕、お買い物とかしたことなくて、
いつも買ってきてもらうか、
届いていたので……」
そう言いながら、
紡は澪斗に助けを求めるように視線を向けた。
澪斗
(うわぁ……
もう少し上手いこと言わないと、
そんなの信じる人いるわけないじゃん……
仕方ないな)
澪斗が小さく息を吐き、
紡のフォローに口を開こうとすると、
笑成
「えっ……
紡くんって実は凄いお金持ちの息子とかなんですか!?
だから、お札も見たことないってこと?
すご!!」
紡
「そ、そうなんです!
だから僕、お買い物とかしたことなくて、
今回のアルバイトで、
色々社会を学べればと思ってます!」
そんな紡の必死なごまかしに気づかない笑成は、
ぱっと明るい笑顔で紡を見ながら、
笑成
「えー、偉いですね!
私だったら、
それだけお家がお金持ちだったら、
働かないですよー」
紡
「そんな!
だめですよ、怠慢になっちゃ!!」
笑成
「大丈夫です!
私は好きな事するために、
馬車馬のように働きますから」
澪斗は、
絶妙に噛み合っているようで、
どこか噛み合っていない二人のやり取りを聞きながら、
(……この子全く紡を疑ってない。
しかも、なぜか話だけは丸く収まってる……)
と、理解が追いつかないまま、
従業員通路に響く足音と、
楽しげな笑成の声だけが、
妙にちぐはぐなまま、
前へ進んでいくのを感じていた。
澪斗
(えっ……?
上手くごまかせたってこと?
なに、この会話……?)
と、軽く混乱していると、
笑成の中からユッキーが、
ひょこりと姿を現し、
きょろきょろと周囲を確認してから、
そっと澪斗の耳元へと身を寄せた。
ユッキー
「澪斗様……
笑成はよく会社の人に
“天然で、話がかみ合わないねっ!”
って言われているので、
安心してください」
小声でそう囁きながら、
ユッキーは小さな手で口元を押さえ、
内緒話の仕草をする。
澪斗は一瞬だけ目を瞬かせ、
少し考え込むように顎に指を当てた。
澪斗
「天然……?
確かに人の子の間では
有名な言葉だけど、
意味はよく分からないんだよね……」
ユッキーはふわりと宙に浮かびながら、
うーん、と考えるように首を傾げる。
その様子を、
澪斗と並ぶように浮いていた蒼も、
静かに見つめていたが――
蒼
「蒼も聞いたことはあるけど……
よく分からない……」
ユッキー
「おおらかで、
細かいことは気にしないって
意味じゃないですかね?」
その答えに、
澪斗はゆっくりと瞬きをしてから、
小さく息を吐き、
納得したように頷いた。
澪斗
「ふ~んなるほど……
天然、ね。
僕も今日は一つ学んだかも。」
そう言いながら、
どこか真面目な表情で胸の内に刻み込む。
こうして、
こちらもこちらで、
“天然”という言葉を
どこかズレた解釈のまま
理解してしまったのだった。
−−−
笑成
「これで館内の案内は一通り終わりました!」
そう言って、ぱん、と軽く手を叩く。
仕事をやり切ったあとの、
晴れやかな笑顔だった。
「今日はお二人とも、
もうあがって頂いて大丈夫なので、
荷物ロッカーから取ったら
帰ってオッケーですよ!」
その言葉に、
ユッキーがぴくりと反応し、
目を輝かせる。
ユッキー
「帰ってオッケーって事は……
中を探索しても
大丈夫なのよね? 笑成?」
探るように、
けれど確信めいた声で問いかける。
笑成は一瞬だけ考える素振りを見せてから、
あっさりと頷いた。
笑成
「はい!
もう澪斗くんも紡くんも
従業員になりましたので、
自由に探索しても
問題ありません!」
それから、
人差し指を立てて付け加える。
「ただし、
閉店時間までには
帰ってくださいね!」
澪斗は、
思ってもみなかった返答に、
一瞬だけ思考が止まった。
澪斗
「えっ……ありがとう。
凄く助かるよ」
探索の自由と引き換えに、
時間という制限がついたことも、
彼には十分すぎるほど
理解できていた。
一方で――
紡は、
そのやり取りの細かい意味など
気にした様子もなく、
くるりと澪斗の方を振り返る。
紡
「それじゃ、澪斗さん。
荷物、取ってきましょう!」
まるで
「次の冒険に行こう」とでも言うような、
軽やかな声だった。
澪斗はその様子に、
小さく苦笑しながら頷く。
澪斗
「……うん。そうだね」
隣で嬉しそうに歩く紡を横目に見て、
澪斗は小さく息をついた。
(……この子が自由行動か。
……大丈夫かな、本当に)
そんな心配を胸にしまい込みながら、
二人はロッカーのある店舗へと
足を向けたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
また次回も、
お立ち寄りいただけたら嬉しいです。(*´艸`*)




