【前編】【夕暮れ神社の飴玉】
夕暮れの風が、心の奥の小さな痛みを撫でていく。
言葉にできない想いがすれ違い、
やがて誰かの願いへと変わっていく――
これは、父と子の絆を見つめる物語。
そしてその傍らで、真白と紡ぎが静かに寄り添い見守るお話です。
どうか最後まで、優しく見届けてください(*´∀`*)
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夕暮れの風が、校庭の周りの木々をそっと揺らす。
友達と校庭で遊んだ帰り道、僕はひとり歩きながら、昨日の夜のことを思い出していた。
「……なんであんなこと言っちゃったんだろう」
昨日の夜も、お父さんとケンカしちゃった言葉が頭の中で何度も繰り返される。
「いつまでもグチグチグチグチうるさいんだよ!
だからお父さんのこと、嫌いなんだよ!」
言った瞬間、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
本当は、そんなこと思っていないのに。
むしろ、僕はちゃんとわかっている――
お父さんが毎日頑張って働いて、僕のことも見てくれていることを。
でも、素直に言えなくて、つい言い返しちゃう。
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今日の朝、お父さんはいつものように僕を起こしてくれたり、
朝ごはんを作ってくれていた。
でも、あまり話してくれなかったな……。
ごめんねって言いたいけど、タイミングを逃しちゃったせいで、
どう言ったらいいかわからない。
「お父さん、怒らせちゃったかな……
本当は大好きなのに……」
胸の奥がじんわり痛む。
胸の奥の小さな後悔が、ぽつり、ぽつりと溢れ出す。
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ぼんやりと通学路を歩いていると、
いつも初詣でお父さんと行く神社が目に入った。
小さな鳥居の向こうで、夕暮れの風に木々の葉がそよぐ。
(……神様にお願いしたら、お父さんと仲直りできるかな……)
思わずそうつぶやき、神社の方へ足を向ける。
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えっと、確かお父さんは鳥居をくぐる前にお辞儀してたよな?
それで、確か「失礼いたします」って言ってたような……。
「えっと……失礼いたします」
そう小さくつぶやいてから、お辞儀をして鳥居をくぐる。
僕はお正月にいつもお参りする場所まで歩いていき、
お賽銭箱の前に立った。
(いつもお父さんの真似してたから……どうやってたっけ?)
お参りの仕方を思い出そうとした時、
お賽銭箱の先の扉に「二礼二拍手一礼」と書かれた張り紙を見つける。
(これだ! お父さんがいつもやってたやつだ! よし!)
お賽銭は、たしか五円だったよな。
チャリンと音を立ててお賽銭を入れ、鈴を鳴らす。
それから、二礼二拍手──パン…パン。
(神様、どうかお願いします。
僕は昨日、お父さんとケンカして、「嫌い」って言ってしまいました。
本当は大好きなのに……。
だから、今日お父さんと仲直りできますように……)
お願いが終わった僕は、最後に一礼してから来た道を戻っていった。
(お父さん、今日も遅いのかな……。
早く、謝りたいな……)
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今日は、珍しく早く仕事を切り上げることができた。
外に出ると、空はまだかすかに明るく、
オレンジ色の光が街をやわらかく包んでいる。
普段ならこの時間、もうとっくに真っ暗になっているはずだ。
「たまには、こういう日もあるか……」
そうつぶやきながら駅を出ると、冷たい風が頬をかすめた。
その風の感触に、なぜだか昨夜のことがよみがえる。
──「グチグチグチグチうるさいんだよ!」
──「だからお父さんのこと、嫌いなんだよ!」
耳の奥で、その言葉がまだ残っている気がした。
一瞬で胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
(嫌いなんて初めて言われたな……
あの子から言われた事なんてなかったからかなりメンタルにくるな……)
息子が成長していくのはあっという間で、
最近では反抗期が始まっているんだろうとは感じていたが……。
きっと本心ではないのだろうとは分かっていても、
「嫌いだ」と言われた事が胸に引っかかって、
朝はまともに会話すら出来なかった。
(俺も大人げないな……。こんな時、母親ならどうしてたんだろうな……)
あの子の母親は、病気であの子がまだ小さい時に亡くなってしまった。
家の事や育児はほぼ妻に任せきりだった。
妻が亡くなって自分で家事や育児をするようになって、
自分はホントに手伝い程度しかしていなかったのだと痛感する日々だった。
それでも、息子と向き合い、成長を見届ける毎日を過ごしていくうちに、
言葉にならないほどの愛しさが、少しずつ胸の中に根づいていった。
だからあんな言葉を聞くとは思わなかった。
こんなにショックだなんてな……。
落ち込んでてもしょうがない。
今日は優が好きな餃子でも作るか。
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お参りを終えた僕は、すぐに帰る気になれず、
神社の境内をゆっくりと散策していた。
夕暮れの光が木々の葉をオレンジ色に染め、
風がそよぐたびに小さな影が揺れる。
木漏れ日に照らされる苔や石畳のざらつきまで、
なんだかキラキラして見えた。
ふと気づくと、縁側のある静かな庭に迷い込んでいた。
掃き掃除をしていたのは、
「あ…真白さんだ…」
真白さんは朝通学路で神社の前を通る時に、
いつも優しく挨拶返してくれるんだよな……。
僕は少しだけ背筋を伸ばし、声をかけた。
「真白さん、こんにちは!」
真白さんは掃除していた手を止め、
僕のほうにゆっくりと微笑みながら振り向いてくれた。
「こんにちは、優くん。
もうすぐ日が暮れるけど、帰らなくて大丈夫かい?」
声には柔らかさがあり、胸の奥にじんわりと温かさが広がるようだった。
(……この人の前では、なんだか少しだけ素直になれそうだ……)
僕は心の中でそうつぶやき、そっと縁側に近づいた。
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ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
言葉にできない想いほど、心に深く残るもの。
今回の物語では、父と息子の“すれ違い”の中にある
小さな愛しさを書きました。
後編では、真白と紡ぎが二人の心を導き、
穏やに寄り添うような結末へと続いていきます。
次回もどうぞ、静かな心でお待ちいただけると嬉しいです(*´∀`*)




