【後編】【小さな守り星】
小さな命との別れは、誰にとっても心にぽっかり穴があくようなもの。
それでも――もし、その想いが届く場所があるとしたら。
今回のお話は、真白と紡ぎが出会った“ハムスターのユッキー”の物語。
小さな光となった彼女が、飼い主に伝えたかった「最後の気持ち」を、
二人が優しく紡いでいきます。
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「あの子の手助けになってあげよう」
紡ぎも小さく頷き、二人はゆっくりと(じゅよしょ)授与所に向って歩き出す。
境内の風が柔らかく頬を撫で、鳥のさえずりが遠くで響く。
まるで時間が少しだけ止まったような、
静かで穏やかな瞬間――
その空気の中で、ハムスターの小さな光は、胸元でちょこんと揺れながら、
そわそわと落ち着かない様子で二人の歩みを見つめていた。
(本当に来てくれるのかな……?)
小さな前足をもぞもぞと動かしながら、不安と期待が入り混じった心を静かに震わせる。
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飼い主は授与所で目をさまよわせていると、
「お守りをご購入の方にはお抹茶を縁側でお楽しみいただけます。
お気軽にお声がけくださいませ。」という案内の一文が目に留まった。
「お抹茶ご用意いたしますか? 縁側でゆっくりとお楽しみいただけますよ。」
(……そうよ!あなた!お抹茶っていうのを飲むのよ! “飲む”って言って頂戴!)
胸元の小さな光が、ぷるぷると揺れながら呼びかける。
少し悩みながらも、なんだかその香りと穏やかな空気に惹かれ、
飼い主は小さく頷いた。
「じゃあ……お願いします。」
(やったわ!!)
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「では、ご案内いたしますね。こちらへどうぞ。」
真白は柔らかく微笑み、女性を縁側へと導いた。
「こちらで少々お待ちください。」
静かな庭に風が通り抜ける。
木々の葉がさらさらと揺れ、光の粒が胸元で小さくきらめいた。
(……でもこの人たち、神様なのかしら? あたしの声、ほんとに聞こえてるのかな……)
そんな小さな不安がよぎった瞬間、ふと心の奥に穏やかな声が響いた。
(君の声は、ちゃんと聞こえていますよ……)
(やっぱり聞こえてたのね?! やっぱり神様なの?)
(神様ではありませんが…でも……ちょっとこちらへ来てくれますか?)
真白は小さく笑いながら、肩の上の光に語りかけた。
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次の瞬間、光はふわりと飼い主の肩の上から離れ、淡い軌跡を描いて真白のもとへと舞い上がった。
驚いたハムスターが思わず息をのむ。
けれど、その光はやさしく輝きながら、まるで迷子が帰るように真白の掌へと寄り添った。
「こっちへおいで。紡ぎのところで話をしよう。」
真白はそう言うと、光を包むように両手を合わせ、縁側の奥――抹茶を用意している紡ぎの方へと歩いていった。
湯の音と茶筅のかすかな響きが重なり、空気はどこか柔らかい。
紡ぎが顔を上げると、真白の掌の中で小さな光がちょこんと揺れていた。
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「真白さま、その子……。」
「うん。どうやら、僕たちに話したいことがあるみたいだ。」
真白は光をそっと卓の上に置き、柔らかく微笑んだ。
「まずは、僕たちから名乗らないとね。僕は真白。
この神社の主神に仕える眷属のひとりだよ。」
紡ぎも微笑みながら、優しく頭を下げる。
「僕は紡ぎ。同じく主神に仕える眷属です。どうぞよろしくね。」
光はふるふると小さく揺れ、ためらうように瞬いた。
真白が優しく問いかける。
「君の名前は、なんていうの?」
少し間をおいて、光の中から小さな声が響いた。
(……ユッキー。私の名前は、ユッキーだよ。)
小さな光は名前を名乗りながら不安そうに話しだした。
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「なるほど……天寿を全うする時に、飼い主の手を噛んでしまった理由を伝えたいのだね……」
真白は穏やかに頷きながら、卓の上の小さな光を見つめた。
ユッキーは小さく揺れ、もぞもぞと前足を動かす。
(うん……あの時なぜかもう目が覚めないような気がして……
あたしの事わすれないでって…少し噛んだつもりだったんだけど強く噛んじゃって)
でも、あの子はあたしが嫌いで噛んだんだって思ってて悲しんでて……
だから、大好きで忘れないでほしくて噛んじゃったんだって伝えたいの…)
真白はその声にそっと微笑み、静かに頷いた。
「大丈夫。君の想い、ちゃんと届くように手伝うからね。」
ユッキーは胸元で小さく揺れ、少しだけ安心したように前足をもぞもぞさせる。
その小さな体がさらにふわりと震え、嬉しそうに光をきらめかせながら、かすかな声でつぶやいた。
(ありがとうございます……!)
紡ぎも優しく微笑みながら、湯気の立つ抹茶を手に取りながら、
「安心して。僕たちは、ユッキーさんとご主人の心をつなぐお手伝いをするから。」
ユッキーはうれしそうに光をぱっと瞬かせ、まるで「うん」と頷くように胸元で揺れた。
「では飼い主さんの元へ戻ろうか」
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縁側には、ユッキーの飼い主が静かに腰掛けていた。
手元には、少し前に購入した小さな御守りが置かれている。
時折その御守りを指でなぞりながら、遠くを見つめていた。
「お待たせしました。」
真白が声をかけると、女性はゆっくりと顔を上げた。
その表情には、どこか疲れと寂しさが滲んでいた。
「先ほどは、参拝されていましたね。少し元気がないように見えたので……」
真白は、そっと抹茶を差し出した。
「よければ、どうぞ。当神社自慢のお抹茶です。少し気持ちが落ち着くと思います。」
「……ありがとうございます。」
女性は両手で茶碗を受け取り、そっと香りを確かめるように息を吸った。
しばらく沈黙した後、女性はぽつりと呟いた。
「先日飼ってたハムスターが、亡くなったんです。
最後の時、私の指を……噛んでしまって……。
あの子がそんなことをするなんて思っていなかったから、
どうしても忘れられなくて……」
「ユッキーちゃん、とても優しい子でしたね。」
「え?」
女性が顔を上げ、少し驚いたように目を丸くする。
真白は優しく微笑みながら、言葉を続ける。
「……実は、私、昔から不思議なものが見えたり、聞こえたりするんです。」
飼い主は驚いたように目を見開くが、真白の穏やかな表情に安心したように頷いた。
「だから、その子のお名前も教えていただきました。」
真白はそっと肩の上の光を見つめ、柔らかく続ける。
「ユッキーちゃんから、お願いされたんです。
飼い主さんに、あの時なぜ噛んでしまったのか、ちゃんと伝えてほしいって。」
飼い主の目が少し潤む。
「ユッキーいるんですか??」
真白は穏やかにそして優しく微笑みながら答える。
「えぇ、ずっと貴方の肩に乗っていますよ、そして今ユッキーちゃんから伝えてほしいと…」
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「あたしの事“忘れないでね”って伝えたかったんだそうです。
本当は大好きで、でももう声が届かなくなるのが怖くて……
少しだけ強く噛んでしまったのだと。」
御守りの上で光がかすかに揺れ、まるでユッキーが頷くように小さく瞬く。
その光の中から、かすかな声が心の奥に届いた。
「いつも回し車で遊ばせてくれてありがとう……
お家もいつも綺麗にしてくれて、おやつや美味しいご飯も嬉しかった。
あなたがいつも手のひらで包んでくれるのも、ホントに大好きだった……」
飼い主は胸がいっぱいになり、御守りをそっと握りしめる。
胸の奥で、長い間抱えていた不安がゆっくり溶けていくのを感じた。
「嫌われてたわけじゃなかったんだ……」
思わず小さな声で呟きながら、安堵の涙が頬を伝う。
「私もユッキーがいてくれてホントに毎日楽しかったよ。
元気に回し車で走ってる姿とかひまわりの種欲張ってパンパンになった顔とか全部全部大好きだったよ」
涙をぬぐいながら、飼い主は続けた。
「ユッキー4年間一緒にいてくれて……ホントにありがとう……」
その瞬間、光の中から再びユッキーの小さな声が響いた。
(真白さん、紡ぎさん……ありがとう……。
あたしのこと、伝えてくれて……本当にありがとう……)
二人は驚きと喜びを交えた表情で頷いた。
すると、胸元の光がふわりと大きく明るく揺れ、
暖かい光の帯となって飼い主の体を包み込む。
ユッキーの小さな魂が、飼い主の深い愛情と優しさに引き寄せられるように、
ゆっくりとその内側へと吸い込まれていくった。
飼い主は深呼吸をひとつして、涙で濡れた頬をそっと手で拭った。
御守りを握りしめながらも、表情には安堵と穏やかな笑みが浮かんでいる。
真白と紡ぎも、すぐそばで静かにその様子を見守った。
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秋の風がそっと吹き抜け、飼い主の髪を優しく揺らす。
――まるで「もう大丈夫」と誰かが見送っているように。
しばらくして飼い主は立ち上がり、そして、真白と紡ぎの方を向く。
そして小さな光が差し込むように、晴れやかな笑みで真白と紡ぎに感謝の言葉を伝える。
「真白さん、紡ぎさん……ありがとうございました。
お抹茶もとても美味しかったです。」
二人は微笑みながらうなずいた。
その優しい笑顔は、言葉以上の感謝と温かさを2人に伝えた。
深呼吸をひとつして、飼い主は鳥居へ向かって歩き出す。
石畳を踏みしめるたび、ひんやりとした秋風がそっと背中を撫でる。
鳥居の前で一度立ち止まり、振り返る。
縁側の方へ深くお辞儀をするその姿には、感謝と別れ、そして穏やかな決意が宿っていた。
やがて顔を上げ、鳥居をくぐった飼い主は、迷いなく日常へと帰っていった。
その背中には、静かな強さと穏やかな光が満ちているようだった。
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紡ぎが小さく息をつき、真白の方を見上げた。
「真白様……今の、すごかったですね……」
「そうだね……」
真白も頷き、優しい微笑みを浮かべる。
「ユッキーちゃんは、飼い主さんの愛情と優しさに引き寄せられて、霊格が上がったんだよ。」
紡ぎの目が大きく見開かれた。
「えっ!霊格が…がったって……守護精霊になったってことですか?
そんな事あるんですか?!」
「えぇ、とても珍しい事だが、
あの飼い主さんとユッキーちゃんは互いに想いあっていた絆が強く、
それで霊格が上がったのだろうね。
これからは飼い主さんの中で、ずっと見守ってくれる存在になるでしょう。」
真白の声には、驚きと感動を交えた静かな喜びが含まれていた。
紡ぎは胸元の光を見つめ、まだ残る温かさに手をかざす。
「光はもう見えないけど……確かに、そこにいるって感じますね……」
「そう、ユッキーちゃんはもう、飼い主さんの心の中で生き続けるんです」
紡ぎは少し考え込むように目を細めた。
「でも……どうしてあんなに小さな命が、こんなに大きな愛を返せるんでしょうね。
僕たちが思うより、ずっと深い絆を持っていたんだ……」
真白は微笑み、紡ぎの肩にそっと手を置いた。
「命の大きさは、体の大きさじゃ決まらない。
ユッキーちゃんは、小さな体でも、飼い主さんへの愛情は計り知れないほど大きかったんでしょう。」
紡ぎは少し目を潤ませながら、ゆっくり頷く。
二人はしばらく、縁側に残る温かい空気の中で、互いに微笑み合った。
柔らかな風が髪を揺らし、光の余韻がまだそこに残る。
「ユッキーちゃん、本当にいい子でしたね……」
紡ぎがつぶやくと、真白も静かに頷いた。
「ふふっ…そうだね、あんなに小さい光なのに飼い主さんの為に必死な姿が可愛らしかったね。」
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「ところで紡ぎ、今日のお抹茶もとても素晴らしかったよ。
浄化の力を込める加減も、もう完璧そうだね」
紡ぎは目を輝かせ、嬉しそうににっこりと笑う。
「ほんとですか!嬉しいです!
真白様のご指導もとても分かりやすいからです。これからも精進します!」
真白は優しく微笑み、肩をそっと叩く。
「ふふっ、張り切りすぎて力加減間違えないようにね。
でもその勢い、見ていてこちらまで元気になっちゃうよ」
紡ぎも思わずくすっと笑い、縁側に漂う温かい空気に小さな光が差し込むようだった。
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最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
ユッキーの「忘れないで」という想いが、
飼い主さんの心に届いた瞬間――小さな命がまた新しい形で生きるようで、
書きながら私も胸が熱くなりました。
次回も、真白と紡ぎが“誰かの想い”を結ぶ物語をお届けします。
どうぞ、次のお話も楽しみにしていただけたら嬉しいです。




