豊穣神の憂い――案じながら、見送って
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女神
「人の中に潜む悪鬼ですか……
そのような事象は、初めてですね……」
女神様は、ゆっくりと視線を伏せた。
天界を満たす柔らかな光が、
その長い睫毛に影を落とし、
一瞬、静寂が場を包む。
白く澄んだ空気の奥で、
風のような神気が、かすかに揺れた。
それは驚きというよりも、
慎重に事実を量ろうとする――
主神としての沈思だった。
縁
「主神様……」
縁は一歩、静かに前へ進み出る。
普段は穏やかなその表情に、
わずかに険しさが滲んでいた。
「もうすぐ神無月。
各地の神々が不在となるこの時期に、
起きていることが……どうにも、気になります」
そう告げると、
縁はすっと背筋を伸ばし、
尾を静かに地へ垂らしたまま、
天を仰ぐように視線を上げる。
それは疑念ではなく、
長き時を神殿で見守ってきた者の、
経験からくる危惧だった。
真白
「それに、澪斗さんの言う通り……
精霊を取り込もうとしたことも、気になります……」
真白は言葉を選ぶように、
一拍の間を置いてから、静かに続けた。
精霊は、
人にも、悪しき者にも、
容易に触れられる存在ではない。
ましてや――
その力を取り込もうとするなど、
想像すら、したことがなかった。
女神
「悪しき者が、
神聖なる光を取り込むことは、
本来、不可能なはずです」
女神様の声音は、
どこまでも落ち着いていたが、
その奥には、微かな緊張が滲んでいた。
「それが出来るということは……
考えたくはありませんが……」
言葉の途中で、
女神様はわずかに視線を伏せる。
その沈黙が、
答えを口にしないまま、
真実の重さだけを、
場に落としていった。
真白も縁も、
その続きを聞かずとも、
主神様が何を言おうとしているのか――
すでに、想像はついていた。
天界に仕える者として、
決して口にしてはならない名。
禁じられ、
封じられ、
忘れ去られるべき存在。
その気配が、
人の世の出来事と、
静かにつながっているのだとしたら――
場の空気は、
いつしか、冷えた緊張に包まれていた。
女神
「――禁忌の眷属か、
名を失った神。
そのどちらかが、
悪鬼に知恵を授けているのでしょう……」
真白
「龍神の守護する土地で起きていること、
そして焔神社に参拝している
人の子が影響を受けている点を考えると……
龍神様か、炎神様の
禁忌の眷属の可能性が
高いかもしれませんね」
縁
「あるいは……
たまたま、名を失った神と悪鬼が
出会ってしまったか……」
女神
「確かに、
精査する必要がありますね……。
留守居役を数体、
討伐員も送りましょう……」
女神
「真白も、縁も。
御身を大切に、
気をつけて調査に当たりなさい。
そなたらは――
愛しく、大切な、
私の子なのですから」
真白は嬉しそうに、
「はい!」
縁も、どこか照れたように、
「かしこまりました。」
女神
「それから……
紡と優羽にも、
御身を大切に調査にあたるようにと、
伝えなさい」
縁
「はい、主神様」
女神
「それでは――
現世へ戻る前に、
真白、縁。
こちらへ」
真白・縁
「……はい」
二人が歩み寄ると、
天界の光が、
そっと足元を照らした。
女神
「そなたらは、
本当によくやっています」
その声は、
命じるものではなく、
労わるように、包み込むように響く。
「これからも……
頼みましたよ」
女神はそう告げると、
温かな手で、
真白と縁の頭を
何度か、やさしく撫でた。
そのぬくもりに、
真白は思わず目を細め、
縁もまた、
静かに尾を揺らした。
次の瞬間――
柔らかな光が二人を包み込み、
その姿は、
静かに現世へと送り出されていった。
−−−
女神の声は、
いつもと変わらぬ穏やかさを保ちながらも、
その奥に、静かな警戒を含んでいた。
女神
「菖蒲。」
主神がその名を呼ぶと、
艶やかな黒い毛並みの眷属が、
主神の前に静かに姿を現した。
主神は菖蒲に、
いつもと変わらぬ穏やかな声色で、告げた。
「急ぎ、縁のもとへ――
留守居役を数名、
それから、討伐員も二名、送ってあげなさい……」
その言葉は、
縁と真白からもたらされた現世の状況を踏まえた、
静かな決定だった。
菖蒲
「かしこまりました主神様」
その言葉を受け、
菖蒲と呼ばれた眷属は、
背筋を正し、
深く、静かに一礼した。
女神
「討伐員は、手練を……
優羽が、悪鬼を殲滅の際に、
重症を負わされてしまったので……」
菖蒲
「あの優羽が……ですか?!」
その一言が示す事実の重さを、
菖蒲は即座に理解する。
思わず漏れた声には、
驚きとともに、
事態を測りかねる緊張が滲んでいた。
女神は、ゆっくりと頷く。
女神
「えぇ。
油断していたとはいえ、
優羽の実力は、
上位の討伐員に数えられる者です」
「その優羽が、
重傷を負うほどの相手――
決して、侮れる存在ではありません」
菖蒲は一度、目を伏せ、
胸の内で状況を整理する。
(優羽は若い眷属ではあるけれど、
実力と頑丈さは
上位の討伐員とさほど変わらないはず…)
菖蒲は静かに顔を上げ、
女神の前で深く一礼する。
菖蒲
「主神様。
その命、承りました」
女神は、静かに小さく頷いた。
その仕草だけで、
命が確かに託されたことが伝わる。
女神
「……頼みましたよ、菖蒲」
その一言には、
確かな信頼が込められていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回もお付き合いいただけましたら幸いです。
(*´∀`*)




