【前編】【小さな守り星】
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小さな命が抱えた、伝えられなかった想い――。
その想いは、ほんの少しの不安と後悔、そして深い愛情に満ちていました。
これは、ハムスターのユッキーと、彼女を愛した飼い
そして神社に仕える眷属たちが紡ぐ、優しく切ない魂の物語です。
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小さな部屋に、静かな泣き声だけが響いていた。
見上げると、飼い主の顔が涙でくしゃくしゃになっていた。
「なんでそんな顔してるの?」
「なんで泣いてるの?」
「何か悲しいことがあったの?」
今日はなんだか眠くて遊んであげられないけど、
明日またあのギシギシうるさい回し車で遊んであげるから元気出しなさいよ!
もちろん遊び終わったらちゃんとオヤツにひまわりの種も頂戴ね。
せっかく抱っこしてくれてるあなたと一緒に遊びたいのに、
でももう、まぶたが重くて——私は静かに目を閉じた。
「ねぇ、そんなに泣かないで…」
最後に感じたのは、あなたの指のあたたかさと、いつもの匂いだった。
それから少しの間、夢を見ていたような気がする。
ふと目を開けると、自分の身体がふわりと軽くなっていて——
(あれ? なんだか不思議。)
透けて見える手足を眺めて、私は首をかしげた。
(あら、どうやら……寝てる間に変なことになっちゃったみたいね。)
あれからあたしは、
心配でたまらなくて、飼い主の後をずっと追いかけた。
ごはんの皿も、寝床もそのまま。
回し車も、まだ止まったまま。
寂しそうに見つめるその姿が、どうしても気になって離れられなかった。
そして、ある日。
落ち込んだ飼い主は、静かな神社を訪れた。
肩を落とし、足取りはゆっくり。
境内の風が、少し冷たく吹き抜ける。
掃除をしていた紡ぎが、ふと手を止めた。
「真白さま……あの参拝者さんの肩に、小さな光が……!」
真白は振り返り、静かに目を細める。
「……ほんとだね。あれは…ハムスターの霊体だね。まだ心配で離れられないんだ。」
紡ぎはほのかに光る小さな影を見つめた。
光は飼い主の肩にちょこんと座り、
小さな前足を胸の前でそっと組んでいる。
その仕草がなんだか可愛らしくて、でもどこか切なくて、
紡ぎは息をのんだ。
「……飼い主さんから、哀しみに満ちた気配を感じます…」
「確かに、あの悲しみの気配は、亡くなったばかりなのかもしれないね。」
真白はゆっくりと飼い主に視線を向けた。
そのとき、肩の上の小さな光がふわりと揺れた。
まるで真白たちの声が聞こえているかのように。
(……な、なにあの二人!? 人間の気配がしない……!
それに、なんだか……神様みたいな、すごく清らかな感じがする!)
光の耳がぴんと立つ。
(どうしよう…あたしのこと、祓うつもりなのかしら?!
この子が元気になるまで、そばにいたいのに……)
ハムスターは不安そうに、飼い主の肩の上で小さく丸くなった。
けれど次の瞬間、真白が優しく目を細めて微笑む。
その穏やかな眼差しに、ふわりと身体があたたかく包まれるような感覚が広がった。
(……あれ? 怖くない……。あの人たち、あたしのこと祓うつもりじゃないいのかしら……)
飼い主は拝殿の前で静かに手を合わせ、目を閉じる。
胸の奥に残るのは、最後に噛まれたときの痛みと、言葉にできなかった不安。
「あの時、痛かったかな……」
「もしかして、嫌われてたのかな……」
声にならない問いが、涙と一緒にこぼれていく。
その様子を見て、小さな光はしょんぼりとうなだれた。
(違うの……。あの時はね、なんだかもう目が覚めないような気がして……
“あたしのこと、忘れないで”って。
“ありがとう”って、伝えたかっただけなのに…)
紡ぎが小さく息をのむ。
「真白さま……聞こえました!あの子、飼い主さんにお礼を言ってます!」
拝殿の風が静かに流れ、鈴の音が微かに鳴った。
その音に導かれるように、ハムスターの光は柔らかく瞬く。
まるで安心したように、飼い主の頬をもう一度なでた。
直接は見えないのに、不思議と伝わってくる。
飼い主とハムスターの共に過ごした日々が…
温もりのある手、笑い声、柔らかい空気。
その幸せが、今もここに残っているかのように。
肩の上の小さな光は、飼い主の肩の上でふわりと揺れながら、
小さな前足をもぞもぞ動かして考えていた。
(あの時、どうして噛んじゃったのかを……どうやって伝えようかな……)
ふと気づく。
(もしかして、あの二人なら、私の声が聞こえてるかもしれない……!
なら、ちゃんと伝えられるかも。)
光は小さく震え、見えない力で飼い主を御守りの売り場へとふんわりと誘導する。
「こっちに行ってごらん」と導くように。
飼い主はふと、どこからともなく心の奥に小さな“呼びかけ”を感じた。
理由はわからないけれど、足が自然と神社の授与所へ向かう。
掃き掃除をしていた紡ぎがふと手を止める。
「真白さま……御守りのところに、あの子の光が……!」
真白は穏やかに微笑み、頷いた。
「うん……どうやら、僕たちの助けが必要なようだね。あの子、自分の気持ちをちゃんと伝えたいんだ。」
真白はそっと紡ぎの肩に手を置き、静かに言った。
「あの子の手助けになってあげよう」
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最後までお読みいただき、ありがとうございます。
後編も投稿いたしますので、ユッキーと飼い主、そして眷属たちの物語をぜひお楽しみください。
少しでも面白く読んでいただければ幸いです。




