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【実は狐の眷属です!真白と紡ぎの神社日誌】  作者: 稲荷寿司
【小さな守り星再び!】

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42/50

ユッキーと赤い石

皆さま、本日もお読みいただき本当にありがとうございます。


少しでも面白く読んでいただけたら幸いです!

(*´∀`*)



「ご来店ありがとうございます。

 どうぞ、ごゆっくりご覧くださいませ」


柔らかく、丁寧な声。


振り向くと、先ほどまで姿の見えなかった店長が、

にこやかな笑みを浮かべて立っていた。


「……あ」


ご主人が、はっとしたように背筋を伸ばす。


「店長……」


「白石さん、お客様の前ですよ」


その声は、周囲の客には届かないほど低く抑えられていた。


「強化商品は、接客中はきちんと身につけなさい」


ご主人は一瞬、視線を伏せる。


「……申し訳ございません」


そう言って、慌てて奥へと下がっていく。


だが――


そのやり取りは、

真白と優羽の耳には、はっきりと届いていた。


(すごいわ…優羽ちゃんの中にいると、あんなに小さい声なのによく聞こえるのね…)


(私と真白様は狐の眷属ですから耳もいいんですよ!)


真白の視線が、わずかに鋭くなる。


店長は再び、何事もなかったかのように真白たちへと向き直った。


「白石は、少々席を外しますが

 すぐ戻りますので、

 その間ご覧になってお待ちください」


丁寧に一礼すると、

他の客のほうへと歩いていった。


真白と優羽が、店内の石を眺めるふりをしながら静かに歩く。


その間も、ユッキーの意識は優羽の内側で落ち着かずに揺れていた。


(……やっぱり、ここ……変よ……

 キラキラしてるのに……嫌な感じがする……)


ガラスケースに並ぶ石はどれも美しく、

光を受けてきらきらと輝いている。


けれど、その輝きの奥に、

薄く濁った気配がまとわりついているのを、

ユッキーははっきりと感じ取っていた。


(ここに来るとね……

 あの子、いつも“腕に石の輪っか”を付けさせられるの)


優羽の内側で、ユッキーの声が小さく震える。


(付けなきゃいけない、って……

 付けないと、さっきみたいに怒られるのよ)


「……輪っか、ですか?」


優羽が、石を眺めるふりをしながら小さく問いかける。


(そう……キラキラした石の輪っか……

 でも、すごく……嫌な感じがするの)


(あの子も、あたしも……

 本当は、付けたくないのに……)


真白の視線が、ほんのわずかに細まった。


「……なるほど」


その瞬間だった。


——ぞくり。


優羽の背筋を、冷たいものが這った。


店長が、他の客を対応するふりをしながら、

ちらりとこちらを見たのだ。


その視線は、

“商品を見る客”を見るものではなかった。


何かを探し、

何かを見つけ、

絡め取ろうとするような——視線。


(……見られてる)


同時に、真白も気づいていた。


(……見つけた)


——精霊の気配。


——それも、ごく小さいのに、

異様なほど澄んだ強い光。


店長の口元が、

ほんのわずかに歪む。


その瞬間だった。


「お待たせいたしました」


戻ってきたご主人の腕には、

ひときわ目を引くブレスレットがあった。


透明感のある、鮮やかな赤。


光を受けて、美しく輝く天然石。


——だが。


(……っ!?)


真白と優羽は、同時に息を呑んだ。


その石から溢れ出しているのは——


怒り。

嫉妬。

執着。


人の心の奥底に沈んだ、

濃く、重たい感情の塊。


それを身につけたご主人は、

先ほどとは明らかに雰囲気が違っていた。


表情は明るい。

声も、はきはきしている。


けれど——


中身が、どこか“空っぽ”だ。


「改めまして担当させていただきます、

 白石と申します。」


にこやかに、しかしどこか強引な声音。


「お誕生日のプレゼントでしたよね?

 でしたら——今はこちらがおすすめです」


赤い石のブレスレットを、

自分の腕に示す。


「このルビーの天然石。

 とても人気なんですよ」


その瞬間、店長がふと近づいてくる。


「私も、つけているんです」


同じ赤い石が、店長の腕にも光っていた。

「可愛いでしょう?」


それだけ言い残すと、

店長はにこやかな表情のまま、

再び他の客のもとへと離れていく。


真白は一歩引きながら、穏やかに答える。


「……確かに素敵ですが、

 妹の好みもありますので」


だが、ご主人は聞いていない。


「妹さん、お肌が白そうですからね。

 赤、絶対に映えますよ」


言葉が、押しつけるように重なる。


「こちらがいいです。

 絶対に、こちらが」


その必死さは、

“接客”というより——執念だった。


(……やはり)


真白は、確信する。


(石を媒介に、穢れが人を支配している)


気づかれぬよう、

ほんのわずかに——


祓いの神気を放った。


空気が、ふっと揺れる。


——一瞬、音が消えた。


次の瞬間——


——パァンッ!


乾いた音と共に、

ブレスレットが弾け飛んだ。


赤い石が、床に散らばる。


「……っ!?」


白石さんは、目を見開いたまま、

その場に崩れ落ちた。


「っ……!」


優羽が、思わず一歩踏み出す。


倒れゆく身体を、

床に打ちつける前に、

とっさに支えた。


「大丈夫ですか!?」


腕の中の白石さんは、

力なく息をつき、

ぐったりと体重を預けてくる。


その様子を見て——


「えっ!大丈夫ですか?!」


驚いた声が一斉に上り、

ようやく、周囲がざわめき始めた。


他のスタッフたちが、

慌てて駆け寄ってくる。


「白石さん?!大丈夫ですか!?」


慌てて白石を支える。


「すみません、少し目眩が……」


「奥で休ませます!」


白石は意識が朦朧としたまま、

そのままスタッフに支えられ、

店の奥へと運ばれていった。


その様子を、

少し離れた場所から眺めながら——


悪鬼の気配を纏う店長は、

静かに息を整えていた。


(……欲しい)


胸の奥で、どろりとした感情が蠢く。


(やはり……あの小さな精霊)


先ほど感じ取った、

澄んだ神気の余韻が、まだ残っている。


(取り込めば……

 もっと、力が増す……)


喉の奥が、ひくりと鳴る。


——間違いなく、“獲物”だ。


あの気配は、


小さく、


なのに光は強い。


やはり白石を守っていた気配は精霊……

白石がなかなか穢れないわけだ……クックッ。


悪鬼店長は、そう信じて疑わなかった。


その視線が、

真白たちのいる方向へと、

一瞬だけ向けられる。


にこやかな笑み。

完璧な接客用の仮面。


だがその奥では、

捕食者の欲望が、

静かに、しかし確実に膨れ上がっていた。


(……逃がさない)


——その“小さな精霊”を。


その悪意に満ちた欲望に

気づく者はいない。


真白と優羽を除いては。


ご主人が奥へと運ばれていくのを見届けたあとも、

ユッキーの意識は、優羽の内側で落ち着かずに揺れていた。


(……あの子……大丈夫かしら……)


胸の奥が、きゅっと締めつけられるような感覚。

石が砕けた瞬間に感じていた苦しさは消えている。

それでも、不安だけが残っていた。


優羽は何気ないふりをしながら、

そっと店の奥へと意識を向ける。


真白もまた、静かに歩調を緩め、

聞き耳を立てた。


――奥から、声が聞こえてくる。


店長だった。


「……少し顔色が悪いですね。

 今日はもうあがっても大丈夫ですよ。」


その声は、穏やかで、

どこまでも親切そうだった。


「すみません……ご迷惑を……」


白石の、弱々しい声。


「いえいえ。

 このまま一人で帰すわけにもいきませんし……

 私が、家まで送りましょうか?」


その言葉に――

優羽の胸の奥で、ユッキーがびくりと震えた。


(……だめ……!)


真白の視線が、わずかに鋭くなる。


(……そう来ますか)


その時だった。


優羽は、近くにいたスタッフへと歩み寄り、

少し遠慮がちに声をかけた。


「すみません……

 先ほど倒れられた白石さん、大丈夫なんでしょうか?」


スタッフは、少し安堵した様子で答えた。


「はい。どうやら貧血を起こしただけのようで……

 幸い、今はもう意識も戻っています。」


「そうですか……それは良かったです」


優羽は胸をなで下ろし、

それから少し言いづらそうに言葉を続けた。


「ただ……

 今日は白石さんのご紹介で、石を選んでいただく予定だったんですが……

 このあと、白石さんは戻ってこられますか?」


その問いに、スタッフが答えようとした

その時だった。


「恐れ入ります」


姿を現したのは、店長だった。

その様子に、スタッフの表情がわずかに強張る。


「本日、白石は急な体調不良のため、

 このまま早退することになりました」


にこやかな声。

人の良い笑顔。


「ご不便をおかけしますが、

 代わりの者が対応いたしますので、どうぞご安心ください」


優羽は、少し驚いたように目を瞬かせてから、

すぐに柔らかく微笑んだ。


「そうなんですね。

 あの……一人で帰れそうでしょうか?」


店長の眉が、ほんの一瞬だけ動く。


「実は……白石さんとは、少しご縁がありまして。

 お家も分かりますし、体調も心配なので……

 よろしければ、私たちが付き添って帰りますよ」


その言葉に――

店長の表情が、わずかに固まった。


「……それは、いえ。

 お客様にそのようなことは――」


笑顔は崩さない。

だが、内心では舌打ちしていた。


(……余計なことを……おや)


(待てよ……なぜこの人間から、

 あの小さな精霊の気配が……)


視線が、ちらりと優羽へ向く。


(……宿主を変えたか。

 白石の中にはおらず、

 今はこの人間の内に身を隠しているというわけだ……)


口元が、わずかに歪む。


(ならば——

 白石と一緒に帰せば、

 元の在り処へ戻ろうとするはず……)


「……大丈夫です」


弱いが、はっきりとした声が響いた。


ご主人だった。


「今日は……

 こちらの方々に、お願いしたいです」


まだ少し青い顔。

けれど、その瞳には、確かな意思が宿っていた。


石の支配から解かれ、

ようやく戻ってきた“本人”の感情。


ご主人は、店長の視線を、

どこか怖れるように避けている。


「家も……ご存知ですし……

 その……今日は、こちらの方々にお願いしたいです」


優羽は、静かにうなずいた。


「もちろんです。

 無理のないよう、ゆっくり帰りましょう」


一瞬――

店長の奥歯が、きしりと鳴った。


だが、次の瞬間には、

完璧な接客用の笑顔が戻っている。


「……そうですか。

 では、どうかお気をつけて」


言葉とは裏腹に、

胸の奥では黒い感情が渦巻いていた。


(……逃がすものか)


(必ず……)


その時、別の客が声をかけてくる。


「すみません、こちらの石を――」


「はい、ただいま参ります」


店長は一礼し、

白石たちから視線を切った。


――今は、動けない。


真白は、その様子を、

一瞬たりとも見逃さなかった。


(……追ってくる気ですね)


やがてご主人は、スタッフに付き添われ、

従業員用の裏通路へと向かう。


「外で……

 裏の入口で、待ち合わせましょう」


優羽が小さく告げると、

ご主人は弱くうなずいた。


真白と優羽は、

人の流れに紛れながら、先に建物の外へ出る。


――裏手の、従業員用入口。


外の空気が、ひやりと頬を撫でた。


(……ユッキーちゃん、

 もう少しですよ)


(……うん……)


優羽の胸の奥で、

ユッキーの声は、まだ小さく震えていた。




最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!


次話もお付き合いいただけたら嬉しいです。

(。>﹏<。)


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