【終章】・『稲人様へ』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます
(*´∀`*)今回は、
ひとりの巫女が遺した、一通の手紙だけのお話です。
どうぞ、
封を開くような気持ちで
お読みいただけましたら幸いです。
稲人様へ。
これが、稲人様に宛てる、
最後の文となるのでしょう。
そして――
これが、初めてお書きする、
稲人様への文でもあります。
どうか、わたしの想いをしたためたこの文を、
最後までお読みいただけましたら、幸いです。
稲人様に、
どうしても……
お詫びしなければならないことがございます。
祠の裏手を掃き清めておりました折、
思いもよらず……
稲人様と幼馴染様のお話が、
耳に届いてしまいました。
そのお話の中で、
稲人様が、
わたしに想いを寄せてくださっていたこと、
そして――
ご自身の人生をかけて、
そばで支えたいと
仰ってくださっていたこと……
まるで……
お心の奥に、
触れてしまったようで……
本当に……
申し訳なく思っております。
けれど、稲人様。
わたしもまた、
稲人様と同じように――
深く、
稲人様をお慕い申し上げておりました。
ですから、どうか、
この想いだけは……
綴らせてくださいませ。
稲人様とともに、
お努めする日々は、
胸が落ち着かぬほどでありながら、
とても……
幸福なものでした。
わたしに
笑みを向けていただけた日は、
どんな苦しさも、疲れも、
どこかへ消えてしまい……
わたしは、
いつも……
力をいただいておりました。
それに――
村の方々の
助けを求める声に、
やさしい笑みを浮かべ、
快くお引き受けなさるお姿を……
わたしは、ずっと……
心に
映してまいりました。
稲人様のお心遣いは、
あまりにも……
あたたかくて……
気にかけていただくたび、
この胸は、
嬉しさとともに、
苦しさも……
覚えたものです。
覚えていらっしゃいますか。
豊穣祭の帰り道に、
野原に咲いていた秋桜の花を見て……
「美しい」
「けれど、枯れてしまうのが、寂しい」
……そう、
わたしが何気なく
こぼした言葉を。
稲人様は、
そのことを覚えていてくださって――
あの花を、
栞にして……
贈ってくださいましたね。
稲人様から、
初めて頂いたこの栞は、
まるで……
そのまま、
稲人様のやさしさのようで……
わたしにとっては、
何よりも尊い……
宝物となりました。
不安に
押し潰されそうな日も、
挫けそうになった日も……
この栞を見るたび、
心は静まり、
また、
前を向こうとする力を、
わたしは……
いただいておりました。
振り返れば、
わたしは、
稲人様から……
頂いてばかりでした。
だからこそ――
村が病に覆われ、
そして……
稲人様までもが、
病に倒れてしまわれたとき。
わたしは……
……村のことよりも。
何よりもまず、
稲人様が……
苦しみ、
命を失ってしまうことが、
恐ろしくて……
なりませんでした。
稲人様の
お側を離れることが、
どうしても……
耐えられず、
巫女としての務めさえ、
投げ出してしまいたいと、
思ってしまったほどです。
ですが。
稲人様は、
あのとき――
わたしに
病が移ることを案じ、
そして……
「巫女に仕えられたことが、誇りだ」
と……
言ってくださいました。
さらに、
想いをも、
告げてくださいましたね。
だから、
わたしは……
決めたのです。
稲人様の誇りであった
巫女として。
そして――
稲人様が、
想いを寄せてくださった
巫女として。
村の皆を、
そして……
稲人様を……
この身に代えても、
お守りしたいと。
稲人様が、
病に倒れ、
命を失うのでは……と
想っただけで……
わたしの胸は、
張り裂けそうに……
苦しくなりました。
変われるものならば――
わたしが、
その痛みも、
苦しみも、
すべて……
受けてあげたいと。
想い人に、
置いていかれることの
恐ろしさを、
そのとき、
初めて……
知りました。
そして――
もし、
稲人様を失ってしまったなら……
何もできなかった
自分を
責め続け、
きっと、
わたしは……
稲人様の後を、
追っていたでしょう。
だからこそ、
この祈祷を
行うと決めたとき……
同じように、
わたしを想ってくださる
稲人様が……
もし、
病が癒えたあと、
同じ想いを
抱いてしまわれたらと……
怖くて……
なりませんでした。
きっと……
これは、
わたしの、
わがままでしょう。
わたしは、
稲人様に置いていかれることを
恐れながら――
同じことを、
稲人様に……
しているのですから。
許しては……
いただけないかもしれません。
それでも……
どうか、
これだけは……
お聞き届けくださいませ。
稲人様には、
未来を……
生きてほしいのです。
稲人様が
向けてくださる笑顔は、
まるで、
日向のように……
あたたかく……
いつも、
この胸を、
幸せで……
満たしてくださいました。
ですから今度は――
どうか、
その日向の笑顔で、
村の皆を……
そして、
次代の巫女である、
繋を。
わたしの代わりに、
お支えしていただけましたら……
幸いにございます。
そして、どうか……
稲人様ご自身も、
健やかで……
幸せな日々を、
お過ごしください。
そして、
さまざまな景色をご覧になり、
たくさんの喜びと、
たくさんの出会いを……
その胸に、
綴ってください。
やがて年老いて、
多くの方に見送られて、
天寿をまっとうなさって――
こちらへ
お越しになられたなら……
そのときは、
わたしの知らぬ間の
村の話を。
繋の話を、
わたしの父のお話を……
どうか、
沢山……
聞かせてくださいませ。
もちろん、
稲人様ご自身の
人生のお話も。
きっと、
この文をお読みの頃。
わたしは、もう……
稲人様のお側には、
おりませぬでしょう。
ですが――
わたしは、
ほんの少し先に、
天上にて……
稲人様を、
待っているだけにございます。
必ず……
また、会えますゆえ。
その日まで……
土産話を、
胸に留めるのは、
大変でございましょう。
どうか――
紙に、
書き留めて。
お持ちくださいませ。
わたしは……
その日を、
こちらで……
楽しみに、
お待ちしております。
長くなりましたが……
稲人様。
稲人様を想う日々は、
わたしにとって……
何にも代えがたい、
幸福でした。
恋というものを、
教えてくださって……
本当に……
ありがとうございました。
どうか――
稲人様の、
この先の人生が、
実り豊かで……
穏やかで、
幸せなものでありますようにと。
天上より、
祈り続けております。
稲人様。
心より……お慕いしておりました。
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秋穂
今回は、
手紙だけの回となりました。
稲人と秋穂の間にあったものを、
すべて語らずとも、
伝わるように……
そんな気持ちで綴りました。
読んでくださって、
本当にありがとうございました!(*´∀`*)




