【祈祷編】・願いの核となるもの
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
稲荷寿司です(*´∀`*)
本話は「祈祷編・後編」となります。
祠の奥で紡がれる祈りと、
ひとつの魂の行方が描かれる章です。
静かな時間とともに、
この祈りのゆくえを見届けていただけましたら幸いです。
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事切れた巫女の身体が、その閉ざされた無音の空間に、冷たさだけと共に、あまりにも静かに横たわっていた。
灯明の炎だけが、かすかに揺れている。
その灯のほかには、なにも、動いていなかった。
けれども確かに、“何か”が、この祠へと近づいてきていた。
祠の空気が、ほんのわずかに揺れた。
まるで、見えない波紋が、静かに、静かに、広がっていくように——。
そのとき、巫女の身に残された光が、ふっと、あたたかさを帯びた。
苦しみも、痛みも、悲しみさえも——
その光の中へ、ほどけるように、溶けていく。
それは、この世界そのものをそっと抱きとめるような、やさしい光だった。
……次の瞬間。
祠の闇が、音もなく消え去った。
壁も、天井も、境目さえも失い、
かわりにそこに広がったのは、白く、やわらかな、光の世界だった。
祠は、いつの間にか、“神の領域”へと姿を変えていた。
そして——
その中心に。
主神である
女神様が静かに、降り立った。
ただそこに在るだけで、畏れと安らぎを同時に抱かせる、矛盾のような気配を纏いながら。
女神様は、その身を静かに横たえていた巫女のもとへ、歩み寄る。
祈りを抱えたままの、あまりに小さな、その身体のそばに、ただ立ち尽くして。
まるで、眠る娘の傍らに立つ母のように、悲しげな表情で。
そして……そこにあったのは、永い時を見続けてきた神の、深く、静かな哀しみだった。
「……なんとも、悲しきこと……」
低く、それでもやさしい声が、祠に落ちる。
「贄の祈祷など……
いつの世も、人とは……
あまりにも、哀しい生きものですね……」
「せめて……
この魂だけは、安らかに。」
ただ、深い慈しみをもって。
「天へ……返しましょう。」
女神様は、胸元に下げられた白環の勾玉へ、静かに両手をかざした。
白い光が、ゆるやかに、空間を満たしていく。
勾玉の奥で、淡い金色が、確かに——目を覚ました。
次の瞬間、白環の勾玉から、やわらかな光が放たれる。
それは、糸のように、そっと、巫女へと伸び——
触れられることなく、巫女の魂は、柔らかな光のまま、現れた。
その中心に——
星の種のように、小さく輝く、白い“願いの核”があった。
女神様は、驚いたように、息を呑む。
「……これは……なんと澄んだ……」
——言葉を、探すように。
「……なんと純粋で……美しい想い……」
村を、救いたい。
愛しい人を、守りたい。
繋の未来が、明るくあるように。
その想いに、己が身のための願いは、なかった。
他人の幸せを願い続けた、想いのかけら。
「……ここまで澄み切った願い……
神でさえ、滅多に見るものではありません……」
女神様は、その小さな光を、ただ、見つめていた。
胸の奥に、かすかな、切なさが満ちていく。
それは、長い時を生きてきたからこそ知る、命を受けとめるときの、深い、あたたかさでもあった。
女神様はゆっくりと、巫女の魂を、両の手で、包みこむように——
抱きとめた。
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「あなたの祈り……
確かに届きました。」
光の中心が、ふるりと震える。
巫女の魂が、静かに——応えていた。
女神様は、そっと微笑み、
願いの核を見つめながら、静かに呟いた。
「……このまま、天へ還してしまうには——」
その言葉は、祠のような静寂の中に、深く落ちていく。
そして、そっと目を伏せ、
まるで、遥かな過去と未来を同時に見つめるように、言葉を選ぶ。
「……この願いの核は……
願いの主の“望み”を叶える力を、
生み出すかもしれません……」
巫女の魂が、かすかに——震えた。
女神様は、静かに続ける。
「ただ天へ還るための願いの核ではない。
誰かのために在り続ける——
誰かの悲しみを、
苦しみを、
祈りを……
受け止める存在」
光の中に、微かな温度が灯る。
「……あなたは、願いそのもの。
誰かの幸せを、
ただ願い続けた……
あまりにも、やさしい魂……」
女神様は、そっと両の手を重ねる。
そして——
その結晶へと、
自らの神力を、
注ぎ込んだ。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この祈りに込められた想い、
そしてひとつの魂が辿り着いた場所——
ここまで、共に歩んでくださり感謝いたします。
祈祷編は、本話でひとつの節目を迎えます。
次回からは終章となりますので続くお話も、
どうか見届けていただけましたら嬉しいです。
(*´∀`*)




