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【実は狐の眷属です!真白と紡ぎの神社日誌】  作者: 稲荷寿司
【豊穣の舞に遺された想い】

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24/50

【祈祷編】・命を賭した祈りの果て

こんにちは、いつもお読みいただき本当にありがとうございます(*´∀`*)


本話は「祈祷編・中編」となります。


静かな祠の中で、

巫女が胸に抱いてきた想いが、

少しずつ形になっていく章です。


祈りの先にあるものは、

まだ、誰にも分かりません。


どうか最後まで、

静かに見届けていただけましたら幸いです。



---


祠の奥は、凛とした静寂に包まれていた。


石畳の上に並べられた灯明とうみょうの火が、

かすかな風もないのに揺れ、巫女が踏み入れた瞬間、

まるで迎えるように明滅した。


巫女はそっと袖の奥へ指を伸ばす。

そこには——稲人から贈られた、あの日の“秋桜の押し花の栞”があった。


指先に触れた瞬間、胸の奥が静かに熱を帯びる。


(……稲人様。

 どうか……この祈りが届くまで、耐えていてください)


巫女は栞を胸元へそっと挟み込み、

その上から手を添えて強く願いを確かめた。


(……行きましょう。

 絶対に、この“病の気”を祓ってみせます)


白衣の袖をそっと整え、

巫女は祠の中央——古より神を招くために定められた“祈りの間”へ進む。


足を踏み入れた瞬間、肌をかすかに撫でるような清浄な気が流れた。

空気は澄みきり、外の世界とはまるで違う静けさに満ちている。


足音はしない。

ただ、衣擦れの音が柔らかく石の間を滑っていく。


祭壇の前に膝をついた瞬間、空気がわずかに震えた。


巫女は深く息を吸い込む。


村のみんなの顔が浮かぶ。

稲人の苦しげな呼吸が脳裏に焼きつく。

繋の涙が胸を締めつける。


胸が張り裂けそうだった。

けれどその奥で、真の願いだけが静かに燃えている。


――村のみんなを救いたい。

――稲人様を救いたい。

――繋の未来を守りたい。


胸に挟んだ栞が、ほのかな温もりを返した。


巫女はそっと両手を合わせ、静かに目を閉じる。


「……失礼いたします。

 これより、古の祈祷を捧げます」


巫女の声が祠に溶けた瞬間、

閉ざされた世界がゆっくりと“祈りの時間”へ移り始めた。


巫女が両手を合わせた刹那、

祠に満ちていた静寂がわずかに揺れる。


灯明とうみょうの火がひとつ、ふっと細く震えた。

続いて、隣の灯も静かに揺らぐ。


——風ではない。

ただ、祠に積もっていく巫女の祈りが、

ひっそりと炎の息遣いと重なっただけだった。


巫女は胸元の栞へ意識を寄せ、

そっと目を閉じて祈りの言葉を紡いでいく。


「……天津ノ神々……国津ノ神々……

 どうか……お導きください……」


静かな声が、祠の奥へ染み渡っていく。


「この村に広がる禍ツモノ……

 流れを断ち、鎮めたまえ……

 病に伏す者たちに……どうか、安らぎを……」


祠の空気は静かなまま、

ただ巫女の祈りだけがゆっくりと積もっていった。


祈りの間には、

巫女の声と衣擦れの音だけが、

静かに、確かに流れている。


巫女は背筋を正し、

かすかな緊張と決意を胸の奥へ沈めた。


(……ここからが、本当の始まり……)


巫女は目を閉じ、

再びゆっくりと言葉を紡ぎ始める。


その声は、

いつしか祠の奥の闇へしみ込むように溶けていった。


祈りの言葉は、

淡い息のように、静かに積み重なっていく。


どれほどの言葉を紡いだのか、

どれほどの時間が過ぎたのか──

もう、分からなかった。


喉は灼けつくほど乾き、

声を出すたび、細い刃で内側をなぞられるように痛んだ。


(……神様……お願いです……

 どうか……どうか……

 届いて……ください……)


息は浅く、胸は苦しい。

肺へ空気が届かず、祈るたびに胸の奥が軋む。


それでも巫女は祈った。


視界がふらりと揺れる。

灯明の光が二つにも三つにも滲んでは、ゆっくり形を失っていく。


(……意識が……飛びそう……)


額から汗がつう、と落ちるのに、

身体はどんどん冷えていった。


膝が震え、

座した姿勢を保つだけでも、

全身の力を使わなければならなかった。


(……倒れて……だめ……)


祈りの声はもう、声と呼べないほど弱い。

息に混じるかすかな震えだけが、祠の空間を揺らしていた。


そして──


ついに、唇が動かなくなった。


言葉が出ない。

喉が、声を生む力を失っていく。


(……どうか……どうか……

 届いて……ください……

 ……神様……お願いします……)


胸の痛みが、刺すようなものに変わる。

頭が霞み、世界が遠ざかる。


灯明の光でさえ、

薄い布の向こうから見ているようにぼやけた。


(……あ……)


上体が前へ傾く。


石畳が近づく。


倒れる──

そう悟った瞬間、


胸の奥で、何かが

ふつり

と糸のように切れた。


力が抜けた身体が、静かに石の上へ崩れ落ちる。


そして──


世界が白く閃いた、その直後——

音がふっと消えた。


祠の重い空気も、胸を刺す痛みも、

すべてが遠のき、静かな光だけが満ちていく。


(……あ……)


ゆっくりまぶたを開く。


そこにあったのは祠ではなく、

一面に広がる——金色の稲穂。


夕暮れの光に染まり、ゆるやかに波を作っている。


(……わたし……祈祷していたはず……?)


あの日と同じ匂い。

あの日と同じ風。

あの日、自分が奉納の舞を捧げた広場。


風が頬を撫でる。

疲れを優しく剥がすようなあたたかい風だった。


稲穂の向こうで、影が揺れる。


巫女は息を飲む。


稲人だった。


少し風に髪を揺らしながら、

あの日と変わらない、優しい目でこちらを見ていた。


「……巫女様」


その声は、祈祷の苦しさを溶かすように柔らかかった。


「よく、頑張りましたね」


その一言で——

巫女の胸が震えた。


思わず胸元へ手を寄せる。

そこには、祈りの前に挟んだ秋桜の栞があった。


稲人が歩み寄り、

その栞へそっと視線を落とす。


「……ちゃんと、持っていてくださったんですね」


巫女はこらえきれず、ぽろりと涙をこぼした。


「稲人様……よかった……

 元気で……本当に……」


声は震え、涙が次々に溢れる。


稲人はその頬を、

まるで壊れ物を扱うようにそっと拭った。


「……巫女様が、守ってくれたからですよ」


夕暮れの光が、二人を包む。


巫女は胸に手を当て、

震える唇をきゅっと結び……


小さく、けれどはっきりと告げた。


「稲人様……

 わたし……あなたのことが……

 ずっと、ずっと……お慕いしておりました」


稲人の瞳がかすかに揺れた。

息が止まったように、一瞬まばたきすら忘れている。


「……巫女様……それは……本当に……?」


巫女は涙で視界が揺れる中、かすかに頷いた。


「はい……本当です……

 ずっと昔から……あなたを……」


その瞬間——

稲人の表情が、驚きと喜びにほどけた。


彼は巫女へそっと手を伸ばし、

震える指で頬の涙をすくう。


胸の奥からこぼれるように、

稲人は静かに、しかし熱を帯びた声で言った。


「……巫女様……

 俺も……貴女をお慕いしておりました」


巫女の目が大きく揺れる。


稲人は巫女の肩をそっと抱き寄せ、

額をそっと触れ合わせるようにして続けた。


「本当は……何度も伝えたかったのです。

 でも……俺などが、巫女様に想いを向けてよいのか……

 ずっと迷って……言えなかった……」


巫女の涙がぽろぽろ落ちた。

それは苦しみではなく、深い安堵と幸福の涙だった。


稲人の腕の中で、

巫女は小さく笑った。


「……わたしも……同じでした……」


「巫女様……」


稲人は巫女を優しく抱きしめた。

その胸の温もりに触れた瞬間、巫女の呼吸がふっとほどける。


「あなたに出会えて……

 本当に……幸せでした」


巫女の視界が、夕暮れの光と涙でにじんでいく。


(……稲人様……)


温かな胸の中で、巫女は

微笑んだままそっと目を閉じた。



---






最後までお読みいただき、ありがとうございました。


祈りの中で願ったもの、

心の奥にしまい込んでいた想い、

そして——語られなかった気持ち。


この章では、

「言えなかった言葉」や

「胸の奥にあった想い」が、

ひとつずつ形になっていきました。


次回はいよいよ、

祈祷編・後編となります。


この祈りは、天へ届くのか。

そして、巫女の想いは——どこへ辿り着くのか。


続く物語も、

見届けていただけましたら幸いです。


本当にありがとうございました!


稲荷寿司(*´∀`*)


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