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【実は狐の眷属です!真白と紡ぎの神社日誌】  作者: 稲荷寿司
【豊穣の舞に遺された想い】

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23/50

【祈祷編】・姉から妹へ、継承される想い

本日もお読みいただきありがとうございます。


本話は、巫女が祈りへ向かう「前編」となっています。

まだ何も起きていない——

けれど、すでに運命は動き始めています。


続く祈りの物語の“入口”として、

どうぞゆっくりお読みください。


面白く読んでいただければ幸いです(*´∀`*)





巫女の白衣が、灯明とうみょうの揺らめきに照らされて静かに揺れた。

その背中は、誰よりも小さく、そして誰よりも強く見えた。


社殿の灯だけが静かに揺れ、二人を淡く照らしていた。


巫女は、用意されていた祈祷の道具をひとつひとつ丁寧に整えながら、

ふと、遠い日の記憶を辿るように口を開いた。


「……覚えていますか、繋。

 私が正式な巫女となって、あなたが童女になった日のことを」


繋はそっとまつ毛を伏せ、胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。


「あの日から、あなたは急に

 “姉様”ではなく“巫女様”と呼ぶようになって……

 実は、少しだけ寂しかったのですよ」


繋は、はっとして目を瞬かせた。


「えっ……姉様が、寂しかったんですか……?」


「ええ。

 近くにいるはずなのに、

 あなたが遠くへ行ってしまったような気がして。

 でも、それと同じくらい——誇らしくもありました」


繋は、今度は自分が照れたように頬を染め、

祈祷の道具の紐をいじりながら、ぽつりとこぼした。


「……あの時は、私も童女になれたのが嬉しくて……

 “巫女様のお側に立つ者なんだ”って、

 変に気合いが入っていました」


繋は顔を上げ、照れたように笑った。


「でも、巫女見習いになって、また“姉様”と呼べるようになって……

 本当に、嬉しかったんです。」


巫女は静かにその言葉を受け止めるように頷いた。


「私もです。

 “姉様”と呼ばれるたびに、胸の奥が温かくなりました。

 その声に、ずっと支えられてきました」


小さな沈黙が落ちる。

灯明の火がパチ、と小さく弾けて、影がゆらりと揺れた。


繋はそっと立ち上がり、用意していた鍋を手に取った。

湯気がふわりと立ちのぼり、柔らかな香りが夜気に溶けていく。


「姉様。最後に……これだけでも召し上がってください。

 体に優しいお粥です。少しでも力になりますように」


巫女は静かに器を受け取った。


その瞬間——

繋の指先に、巫女の手の異様な熱が伝わった。


「……姉様?

 ……まさか……」


巫女はゆっくりと目を閉じ、小さく首を振った。


「このことは、繋。

 私とあなた——巫女同士だけの秘密にしましょう」


繋の瞳が大きく揺れた。

次の瞬間——堰を切った涙が頬を流れ落ちた。


「いやです……!

 そんなの……そんなの秘密になんてしたくありません……!

 どうして……どうして言ってくれなかったんですか……!」


声は震え、言葉は涙に溶けて消えていく。


巫女はそっと繋を抱き寄せた。

包む腕は細くても、どこまでもあたたかかった。


「……繋。

 あなたは、ずっと私の支えでした。

 本当に……ありがとう」


その言葉に、繋の肩がびくりと震え、

堪えていた涙が一気にあふれ落ちた。


繋はしゃくり上げながら、必死に言葉を絞り出した。


「今夜だけは……お願いします……

 巫女見習いじゃなくて……

 姉様の妹に戻らせてください……!


 姉様は、私の憧れで……

 誇りで……

 自慢の姉様でした……!」


巫女は涙をこらえ、静かに微笑んだ。


「私もです、繋——

 あなたは優しくて、強くて、誇らしい……

 自慢の妹ですよ」


二人はしっかりと抱き合った。

その影が灯明の炎に揺れながら、長く長く重なっていた。


外では風が鳴いていた。

祈祷の刻限は、もうすぐそこまで迫っている。


——別れの夜が、静かに流れていった。


巫女は、袖の内から静かに一通の手紙を取り出した。

薄い和紙が灯明の光を受け、淡く揺らめく。


「繋。……これを、預かってください」


繋が驚いたように目を見開く。


「手紙……ですか……?」


巫女は小さく、しかし力強く頷いた。


「稲人様へ宛てたものです。

 もし——奇跡が起きて、稲人様が再び目を開いたなら。

 その時、あなたの手で渡して欲しいのです」


繋の指先が震え、声がかすれる。


「なぜ……今、書かれたのですか……?」


巫女は、ふっとやわらかく微笑んだ。

それは、涙を含んだ光のように儚く美しい表情だった。


「伝えたい想いは、

 胸の中に閉じ込めているだけでは届きません。

 私は、それを痛いほど知っています」


そっと手紙を繋の胸元へ押し当てる。


「これは——未来のための手紙です。

 稲人様が再び笑う未来を信じて書きました」


繋は唇を噛み締めながら、両手で手紙を抱きしめた。


「……必ず届けます。

 この命に代えても、必ず……!」


巫女は、静かに首を振った。


「違います、繋。

 あなたには生きて未来を繋いでほしいのです。

 それが、あなたの役目です」


そして、わずかに目を伏せたあと、

そっと言葉を続けた。


「……もうひとつ、お願いがあります」


繋は涙に濡れたまま顔を上げる。


「なんでも……なんでも仰ってください、姉様……!」


巫女は、灯明とうみょうの光を背に受け、

まっすぐに繋の目を見つめた。


「父上にも、伝えてほしいのです。

 私が最後まで、この村と——

 皆を守りたいと願っていたことを。


 父上の娘でいられたことを、誇りに思っていると」


その言葉に、繋は崩れ落ちるように膝をつき、

声にならない嗚咽を漏らした。


「……っ……ぁ……姉様……!」


巫女はそっと繋の肩に手を添え、

震える体を優しく抱き寄せた。


「全く……いつまでも泣き虫で、可愛い妹です」


繋は涙でくしゃぐしゃになりながら、

振り絞るように声を出した。


「今夜だけ……今夜だけは……

 どうか、姉様の妹に戻らせてください……!


 姉様は、私の憧れで……

 誇りで……

 自慢の姉様でした……!」


巫女はそっと頷き、

静かに、あたたかな声で答えた。


「ありがとう、繋。

 私も……あなたが優しくて誇らしい。

 自慢の妹です」


二人は抱き合ったまま、しばらく動かなかった。

灯明の光だけが、静かに揺れていた。


やがて、巫女は繋の背にそっと手を添え、静かに身体を離した。


「……もう行かなければなりません」


その声は穏やかで——

けれど確かな決意を帯びていた。


繋は涙で濡れた顔を上げ、震える声で叫ぶ。


「姉様……!

 本当に……祈祷をお一人でなさるおつもりですか……!?」


巫女は静かに頷いた。


「ええ。これは、私が背負うべき役目です。

 私の祈りで……必ず、この村を救います」


灯明がふっと揺れ、巫女の横顔を照らす。

その光の中の表情は、どこまでも美しく、どこまでも強かった。


繋は唇を震わせ、声が途切れ途切れになる。


「いやです……姉様……

 まだ……まだ言いたいことがたくさんあります……

 まだ……一緒に——」


巫女はそっと繋の両手を包み込んだ。


「知っていますよ、繋。

 私も同じです。

 本当は……もっと話したかった。

 もっと笑いたかった。

 あなたの成長を、もっと近くで見ていたかった」


それでも——と続ける声は、

涙を押し殺した強さを宿していた。


「今は、私たちの願いを神に届けなければなりません。

 この村の未来のために。

 稲人様の未来のために。

 そして……あなたの未来のために」


繋の目から、新しい涙が溢れ落ちた。


巫女はそっと、繋の頭に手を置いた。

まるで幼い頃のように、ゆっくりと髪を撫でる。


「繋。

 これから先、どんな困難にも立ち向かってください。

 あなたなら、できます。

 私はそう信じています」


震える声で、繋は答えた。


「……姉様……

 私も……強くなります。

 必ず……村を守ります。

 姉様が願った未来を……私が繋ぎます……!」


巫女は優しく微笑み、最後にそっと抱きしめた。


「ありがとう、繋。

 あなたは——自慢の妹です」


その瞬間——

外の風がふっと止まり、社殿の灯明が静かに揺らめく。


巫女は、ゆっくりと立ち上がり、祠のある奥の回廊へ歩み始めた。


揺れる白衣の裾が、灯明の光を受けて淡く輝く。

その背中は、小さく、しかし誰よりも強く見えた。


繋は、ただその姿を見つめるしかなかった。


「……姉様……」


声は震え、届かない。


巫女は振り返らないまま、静かに祠の扉を開く。


——ギ……ギ………


重い木戸の音が響き、世界が閉ざされるように静寂が落ちた。


繋の瞳から、堰を切ったように涙が溢れ落ちた。


「……姉様ぁぁぁぁっ……!!」


祠の扉の向こう、巫女の祈りが始まろうとしていた。



---


祠の扉が閉ざされたあとも、繋はしばらくその場から動けなかった。

胸の奥が焼け付くように痛くて、息の仕方さえわからなくなっていた。


社殿には、祈りを待つ人々のすすり泣きや、苦しげなうめき声が微かに響き続けている。

けれど繋の耳には、もう何も届かなかった。


「……姉様……」


震える指が、無意識に祠の扉へ伸びた。

触れれば、そこにまだ温もりが残っているような気がして——

けれど指先は、重く冷たい木戸に触れたまま止まった。


(私が泣いている場合じゃない……

 姉様は、たった一人で戦っているのに……)


繋は、袖で涙を強く拭う。


その時——

社殿の外から、誰かが走り寄ってくる足音が聞こえた。


「繋! 稲人様をお連れしました!」


若者衆の声だった。

振り返ると、数人の男たちが荒い息をつきながら、担ぎ込まれた布団を慎重に運んでくる。


布団の上には、青ざめた顔の稲人が横たわっていた。

呼吸は浅く、胸が弱々しく上下している。


繋は息を呑んだ。


(間に合った……!

 姉様……稲人様は、ここへ来られました)


幼馴染の青年が、涙で顔をぐしゃりと濡らしながら叫んだ。


「ずっと呼び続けたんです……!

 『巫女様が祈っている』と伝えたら……

 あいつ、微かに頷いたんです……!」


繋の胸が強く締めつけられた。


(姉様……聞こえていますよ……

 稲人様は、姉様の祈りを信じています)


男たちが稲人を社殿の中央へ慎重に横たえると、

社殿の空気が、ぴたりと静まり返った。


揺れる灯明の光が、眠るように横たわった稲人の顔を淡く照らす。


繋はそっとその傍に膝をつき、両手を強く握りしめた。


「……稲人様。

 姉様は、もう祈りを始めました。

 あなたを……そして村を守るために」


声は震え、涙がまたこぼれ落ちる。


「だから……どうか、生きてください。

 姉様は……あなたの未来を信じています…」


その瞬間だった。


祠の奥から、低く、澄んだ鈴の音が響いた。


——チリン……


社殿全体が、息を呑むように静まり返る。


鈴の音は、風もないのに澄み切った空気の中を真っ直ぐに貫き、

まるで魂の中心へ触れるような響きを放った。


繋は、祠の方へ顔を向ける。


(姉様……

 祈りが、始まった——)


その瞬間、誰のものとも知れない祈りの声が、そっと天へ昇り始めた。



---


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


巫女は、静かに祠へと向かいました。

ただひとつの願いを胸に抱いて——。


この祈りは、果たして届くのでしょうか。

そして、その祈りは、彼女に何をもたらすのでしょうか。


次回、いよいよ祈りのその先が描かれます。

続く物語も、見届けていただけましたら幸いです。


本当にありがとうございました!

次回も面白く読んでいただければ幸いです(*´∀`*)



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