表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【実は狐の眷属です!真白と紡ぎの神社日誌】  作者: 稲荷寿司
【豊穣の舞に遺された想い】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/50

【巫女編】・崩れゆく日々の中で

いつもお読みいただきありがとうございます(*´∀`*)

村に広がる奇妙な病。

祈りと薬草に奔走する巫女たちの中で、

いつも支えてくれていた稲人の姿が見えなくなります。

静かに近づいていた“別れ”の気配を描いた回です。


——穏やかな日々が、静かに崩れ始めていた。


境内の空気は重く沈み、どこか湿った冷気が漂っていた。 巫女は祈祷を終えた帰り道、境内の入り口で稲人の姿を見つける。


「稲人様……村の皆は、今……どのような状況なのですか?」


巫女の声は疲労と不安を隠しきれず、かすかに震えていた。 稲人は眉を寄せ、苦しげに答える。


「病の勢いは増すばかりです。  子どもたちが次々と倒れ、老人たちも……息をするのさえ苦しそうで。  村の者たちは、不安と恐れで張り詰めています」


巫女は息を呑み、胸元をそっと押さえた。


「……もっと、祈らなければ……  どうにかしなければ……皆が……」


稲人は一歩近づき、静かに頭を下げる。


「巫女様。どうか……ご自身を追い詰めすぎないでください。  村は、巫女様に頼りすぎています。  お身体を壊してしまっては、元も子もありません」


巫女はかすかに微笑み、首を振った。


「私は、皆を守るためにここにおります。  祈ることをやめるわけにはいきません。  稲人様こそ……どうかお気をつけください。  病の気は……もう村全体を覆っています」


稲人は驚いたように目を見開き、やわらかな声で返した。


「巫女様こそ……。  どうか、ご無理をなさらないでください」


そのやり取りを、少し離れた場所から見つめていた巫女見習いが歩み寄る。


「姉様……大丈夫です!今は、私もおります!」


抱える祈祷具を胸に、凛とした眼差しで言う。


「まだまだ新米ではありますが……  姉様のお側で、必ずお役に立ってみせます!」


巫女は驚きに目を瞬き、そして静かに笑みを浮かべた。


けい……ありがとう。心強い言葉です」


稲人も深く頷く。


「巫女様には、強い味方が付いておられる。  どうか……その背を預けてください」


小さな沈黙が訪れる。 境内を冷たい風が通り抜け、落ち葉がひらりと舞った。


三人の影がゆっくりと重なる。


——この時、誰も知らなかった。 この小さな支え合いが、やがて大きな別れの前触れになることを。


村で奇妙な病が流行りだしてから—— 祈祷に薬草の調合、病床を巡る日々が続いた。


巫女たちは休む間もなく、夜も灯を絶やさず動き続けていた。


冷たい水で手を清めながら、巫女は隣に立つ繫へ目を向ける。


「繫、疲れは出ていませんか……?  体調に、変わりはありませんか?」


繫はぱっと顔を上げ、明るい声で微笑んだ。


「大丈夫です!姉様。  私、まだまだ元気いっぱいです!  姉様こそ……無理をなさっていませんか?」


巫女はかすかに微笑み、首を振った。


「私は大丈夫です。ただ……」


声が少しだけ曇る。


「……ここ数日、稲人様のお姿を見かけていなくて。  若者衆が姿を見せないのも、気にかかります」


繫も表情を曇らせ、そっと目を伏せる。


「……そうですね。  何か、良くないことが起きていなければ良いのですが」


その瞬間——


境内の門が、勢いよく開かれた。


「巫女様っ!! 頼みます、どうか!!」


息を切らしながら、若者衆の稲人の幼馴染が駆け込んできた。 顔は涙でぐしゃりと濡れ、肩は大きく震えている。


「た、頼みます……!  あいつが……稲人が……倒れたんです……!  高い熱がずっと下がらなくて……  流行り病の症状が、急にひどくなって……!」


巫女の血の気がすっと引く。


(稲人様が……?)


幼馴染は声を震わせながら続ける。


「巫女様と話すのは、本来は許されないと分かっています……!  でも……もう、呼んでも答えてくれなくて……  どうか、どうか助けてください……!」


巫女は凍ったように立ち尽くしていた指を、 ゆっくりと動かし、幼馴染の肩にそっと触れた。


「——大丈夫です。  あなたの友は、必ず私がお守りします。  どうか、落ち着いてください」


その声は震えていたが、瞳には揺るぎない決意が宿っていた。


——ここから運命が、大きく動き始める。


幼馴染の呼吸を整えさせていると—— けいがまっすぐな瞳で巫女を見つめた。


「姉様……行きましょう。稲人様のもとへ」


巫女は強く頷き、棚から薬包みを掴む。


「案内を……お願いします」


「は、はい……! こっちです!」


幼馴染は涙を拭う暇もなく走り出し、 巫女と繫はその後を急いだ。


冷たい風の中、息を切らしながら山道を駆け上がる。


やがて——若者衆の集まる家屋の前に辿り着く。


中へ入ると、刺すような薬草と汗の匂い、 荒い息づかいの音が満ちていた。


「稲人……! 聞こえるか!」


布団に横たわる稲人は、 顔は真っ赤に焼けるようで、 息は浅く、目の焦点も合わない。


「……っ……は……はぁ……」


返事をしようとして、声にならない。


巫女は膝をつき、そっと稲人の手を取った。 その手は、驚くほど熱く、震えていた。


(……こんなにも……弱って……)


巫女は薬を口元へ運ぶが、 稲人はうまく飲み込む力も残っていない。 ただ、苦しげに息を繰り返すだけだった。


巫女は稲人の手を包み込み、そっと額へ寄せた。 指先に、ぽたりと涙が落ちる。


「稲人様……  稲人様……どうして……  どうしてこんな……」


震える声で、何度もその名を呼ぶ。 熱に浮かされた稲人の浅い息づかいだけが、 静かな部屋に響いていた。


その時—— 稲人の指先が、かすかに動いた。


「……み……こさま……?」


巫女は息を呑み、身を乗り出した。


「稲人様! 目を……!  よかった……本当によかった……!」


稲人は朧げな視線で巫女を捉え、苦しげに息を絞り出す。


「……近くに……来ないで……ください……  病が……移って……しまう……  あなたが……倒れてしまったら……」


巫女は首を振り、手を離そうとしない。


「大丈夫ですよ、稲人様……  私は神に仕える身です。  人より少しだけ、丈夫にできているのです。  だから……恐れずに、私の手を握っていてください」


稲人は残された力を振り絞り、巫女の手を強く握った。


「……俺は……巫女様のお側にいられて……幸せでした……  あなたに出会えたことが……生涯の誇りです……  ありがとう……  本当に……ありがとう……」


巫女の喉が震え、熱いものがこみ上げる。 声にならない息が漏れた。


(そんな……  そんなこと……言わないでください……  私だって……私だって——)


胸の奥で押し殺した言葉が、鋭く突き刺さる。 涙だけが静かにこぼれ落ちた。


巫女は震える息を整え、無理に微笑みを浮かべる。


「……それほど想ってくださるなんて……  ありがとうございます、稲人様……」


その言葉を最後に、 稲人の瞳から光が抜け落ち、 握った手から力がすっと消えていく。


「稲人様……?  稲人様……!!  返事を……返事をしてください……!」


返事はなかった。


(どうして……  私は……こんなにも無力なの……)


その時。


「姉様……!」


背中を支えるように、けいが声を震わせた。


「姉様! 私たちが挫けてはなりません!  災禍は……神に仕える者の心が折れる瞬間を待っているのです!  どうか……立ち上がってください……!」


けいの声が、震えながらもはっきりと部屋に響いた。


巫女はその言葉を胸の奥で受け止めるように、そっと目を閉じた。 しばらく、深い沈黙が流れる。


灯の火が小さく揺れ、かすかな光が頬を照らした。


巫女の肩が、ゆっくりと上下する。 震える息を長く吐き、胸の奥に沈んでいた重いものが、 じわりと熱へと形を変えていくのを、自分でも感じた。


こぼれ落ちた涙を指先でそっと拭う。 巫女はゆっくりと息を吸い込んだ。


その指先には、まだ稲人のぬくもりが残っていた。


そして、繋の目をまっすぐに見つめ、短く頷いた。


「……取り乱しました。申し訳ありません、繋。  ——本殿へ戻りましょう。  今、私たちがすべき務めを果たす時です」


言葉は静かだったが、揺るぎなかった。


巫女は稲人の幼馴染へ向き直った。


「看病の手は足りていますか?」


幼馴染は涙をこらえきれず、首を振った。


「ぜ、全然足りません……  皆、倒れていってしまいます……  どうしていいのか……」


巫女はそっと肩に手を添えた。


「大丈夫です。すぐに本殿から人を送ります。  あなたは稲人様のそばにいてあげてください」


幼馴染の瞳から大粒の涙が溢れた。


「……ありがとうございます……っ……  本当に……ありがとうございます……!」


巫女は静かに頷いた。


「稲人様をお願いします。  どうか——そばを離れないであげてください」


巫女はけいに目を向ける。 何も言わなくても、二人の気持ちは同じだった。


「行きましょう、繋」


返事を待たず、巫女は走り出した。 繋もすぐに追いかけ、二人は夜道を駆け戻った。


夜風が頬を切り、足音が闇を裂く。 袖が揺れ、息が白く散る。


社殿の灯が遠くに見えた時、 その光が——涙越しに滲んで見えた。



最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。(*´∀`*)

面白く読んでいただければ嬉しいです。

次回も丁寧に紡いでいきますので、どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ