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【実は狐の眷属です!真白と紡ぎの神社日誌】  作者: 稲荷寿司
【豊穣の舞に遺された想い】

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18/50

【稲人編】・稲穂と舞その胸に残して

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。

皆さまの応援や感想が、物語を紡ぐ力になっています。


今回は【稲人編・中編】をお届けします。


豊穣祭へ向かう道の中で起こる“ある出来事”──

そして、巫女の舞をきっかけに、稲人の胸に静かな変化が訪れます。


守りたいという想いと、まだ名前のない痛み。

その狭間で揺れる稲人の姿を、どうぞ見届けていただけたら嬉しいです。


心を込めて書き上げました。

それでは本編へどうぞ。

豊穣祭の昼下がり。


木々がそよ風に揺れ、

葉影がこまかく揺れ模様を地面へ落としていた。


巫女は童女を伴い、

舞を奉納するため森の小道を歩いていた。


その前を歩くのは、

若者衆の青年──稲人いなひと


落ち葉を踏みしめるたび控えめな音が響き、

稲人は周囲の気配を確かめながら静かに歩いた。


(今日は村中が楽しみにしている豊穣祭だ……

 巫女様を無事に広場へお連れしなくては)


巫女の白衣が、風にそっと揺れる。

その清らかな揺れを見て、稲人は胸の奥に役目への誇りを刻んだ。


──そのとき。


森の空気が、ひたりと張りつめた。


ガルルルルッ……!


乾いた唸り声が、静寂を鋭く裂いた。


木陰から、痩せた野犬の群れが飛び出した。

荒れた毛並み、飢えた瞳が三人を捉える。


「危ない!」


稲人は気配を感じた瞬間、

巫女と童女を背へ隠し、体を前へ差し出した。


腰に携えていた樫の棒を握り直し、

獣の前に静かに立ちはだかった。


その刹那──

一匹の野犬が低く唸り、稲人へと跳びかかった。


ガブッ!!


鋭い牙が左腕をかすめ、皮膚が裂ける。


「……ッ!」


痛みが走るが、稲人は退かない。

右手の樫の棒を振り上げ、獣の顔元を正確に打ち払った。


怯んだ野犬が下がり、わずかな隙が生まれる。


そこへ、他の若者衆が駆けつけた。


「稲人、大丈夫か!」


左腕を押さえたまま、稲人は叫ぶ。


「こっちは問題ない! 巫女様と童女様を安全な所へ!」


「分かった!」


若者衆二人が巫女と童女を護りながら後方へ下がり、

もう一人が稲人の横に並んで棒を構えた。


「こっちは任せろ!」


残っていた野犬は数匹。

若者衆たちは連携し、棒と石を使って追い払っていく。


やがて野犬たちは森の奥へ散り、静寂が戻った──。


安全が確認されると、巫女は駆け戻ってきた。


「稲人さん!」


巫女の視線はすぐに、稲人の左腕へ。

袖の隙間から、赤い線が細く流れている。


「……血が……」


白衣の袖を揺らす風が、巫女の胸の不安を静かに映し出した。


稲人は慌てて一歩下がる。


「だ、大丈夫です……

 巫女様のお召し物まで汚してしまいますから……」


しかし巫女は首を横に振り、童女へ目配せした。


「布を……お願いします」


童女は懐から清潔な布を取り出し、両手で差し出した。


巫女は布を受け取り、

稲人の傷口にそっと当てながら言う。


「少し……沁みますよ」


優しく布を巻くと、

その上に両手を重ね、目を閉じて祈った。


「……どうか、この傷が早く癒えますように」


ふわりと通り抜けた風が、

張りつめていた空気をそっとほどく。


祈りを終えると、

稲人は深く息をつき、胸の奥から礼をこめた声を漏らした。


「……ありがとうございます」


横で童女もほっと息をつき、

胸の前で布の端をぎゅっと握りしめた。


「……ひどい傷じゃなくて……よかったです……」


巫女は童女へ微笑み、

次に他の若者衆のもとへ歩いていった。


「皆さま……怪我はありませんか?」


「俺らは平気だ」「巫女様も無事でなによりだ」


その声に、巫女は胸をなで下ろした。


一行は再び歩き出し、

巫女と童女は稲人を気遣って歩調を緩めたが、

稲人は背すじを伸ばし、役目をまっとうするように前を歩いた。


──そしてほどなくして。


黄金の稲穂が一面に広がる豊穣祭の舞台へとたどり着いた。


青空は高く澄み、

風が吹くたび稲穂が波のように揺れ、

光を吸い込んではまた吐き返す。


稲人は巫女を見送り、

人々の視線が集まらぬよう少し離れた位置へと控えた。

だが、その視線だけは巫女の姿をそっと追い続けていた。


巫女は深く息を吸い、胸の奥に祈りを満たす。


足元の稲穂がさらりと揺れ、

白衣が淡い光をまとって透ける。


ゆっくりと腕を広げ──

鈴の音が澄んだ空気を割った。


その一音を合図に、舞が始まった。


稲穂が風に歌うようにざわめき、

巫女の動きに寄り添うように揺れる。


白衣の袖が風に乗り、やわらかく広がる。

村を包む黄金の海の中で、

その姿はひときわ静かで、そして強かった。


指先まで行き届いた所作は、

まるで稲穂と見えない糸で結ばれているようで、

腕を上げれば風が呼ばれ、

下ろすたびに大地が息をつく。


光が散り、

巫女の周囲に小さな粒となって舞い続ける。


——祈りそのもの。

——優しさそのもの。

——光そのもの。


黄金の稲穂は、ただ揺れているだけではなかった。


まるで巫女の舞に耳を澄ませているかのように、

その一挙一動に寄り添うように揺れていた。


巫女が腕を広げると稲穂の海がふわりと波を立て、

袖を下ろすと同じ速度で静かに揺れを収める。


ひとつの呼吸を分かち合っているようだった。


太陽を受けた穂先がきらめき、

その反射が巫女の白衣に淡く重なる。


鈴の音が透き通るほど響くと、

稲穂の波はさらにやわらかく膨らみ、

巫女の周囲だけ風の通り道が生まれたように見えた。


舞が進むほど、

稲穂の揺れは静かで優しいものとなり、

祈りを受け止め、大地へ届けているかのようだった。


祈りが舞となり、

舞が風と稲穂を動かし、

自然すべてが巫女に寄り添う——。


その美しさに、

稲人はただ立ち尽くし、瞬きさえ忘れていた。


(……なんと……美しい……)


胸の奥に広がるあたたかい熱。

それが何かは、まだ言葉にならない。


けれど——。


舞の終わり際、巫女がふと見せた微笑みが

夕風に揺れた瞬間。


胸の奥が、しん、と深く震えた。


苦しさにも似た温かさが広がり、

稲人はそっと胸へ手を添えた。


鼓動が──

いつもより静かに、それでいて確かに強かった。


風の匂いも、光の揺れも、

世界のすべてが少しだけ澄んで見えた。


やがて舞が終わり、拍手が広場に満ちた。


巫女は深く頭を下げ、

稲穂の輝きの中を静かに歩いて舞台を後にした。



ここまでお読みいただき、心からありがとうございます(*´∀`*)

皆さまが読んでくださることが、何よりの力になっています。


中編では、野犬との遭遇、そして巫女の舞──

稲人が初めて胸を揺らす瞬間を書かせていただきました。


「守りたい」という役目の気持ちだけでは説明できない、

静かで温かな“初恋の芽生え”。


次の【後編】では、

巫女自身が“胸の痛みの理由”に気づく大切な夜が描かれます。


続きも読んでいただけたら、とても嬉しいです。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

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