プロローグ ── 朝霧の刻、巫女となる
こんにちは稲荷寿司です(*´∀`*)
今回は、
六百年前の“ある巫女”のお話です。
まだ何も知らず、ただ村のためだけに祈り続けていた少女が、
どのような日々を過ごし、どのように人々に寄り添っていたのか──
面白く読んでいただけたら嬉しいです!
静かなはじまりの一編を、どうぞお楽しみください。
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六百年前──。
山あいの静かな村。
夜明け前の空気はひどく澄んでいて、
社の境内には薄い朝霧がたなびいていた。
その静けさの中、
白衣をまとった一人の娘が、
石畳の上で静かに膝をついていた。
今日、長い修行を終え、
正式に「巫女」として任じられる日。
胸はわずかに高鳴っていたが、
その瞳は揺らぐことなくまっすぐだった。
やがて神官がゆるやかに歩み寄り、
朝霧に吸い込まれるような落ち着いた声で告げる。
「この日より、あなたは神と村人の橋渡し。
祈りを捧げ、人々を守る者となります。」
娘は深く頭を下げた。
白衣の袖が床に触れ、かすかに音を立てる。
「……精一杯、お務めいたします。」
その言葉に呼応するように、
霧の向こうから朝日が差し込み、
娘の白衣をやさしく照らした。
この瞬間、村に新たな巫女が誕生した。
風がそっと彼女の髪を揺らし、
祝福するように流れていく。
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巫女としての日々は、
清らかで——そして驚くほど忙しかった。
夜が明けきらぬうちに、
彼女は白衣を整え、社の前へ向かう。
霜を含んだ石畳がひんやりと足裏に伝わり、
その冷たさが気を引き締めてくれる。
少し遅れて童女が小走りで追いついてくる。
眠たげな目元のまま、巫女の前に立つと背筋を伸ばすのが愛らしい。
「巫女さま、御神水……汲んでまいりますね」
童女は小さな桶を抱えて湧き水へ向かい、
巫女は竹箒を手に、境内を掃き清め始める。
霧の中で箒が「さら、さら」と音を立て、
空気が少しずつ澄んでいく。
(この場所を清めることで、
今日も村が守られますように……)
心の中で静かにそう祈りながら、
巫女は丁寧に落ち葉を集めていく。
やがて童女が戻り、
霧が薄れはじめた境内に朝日がこぼれていた。
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社殿に戻ると、巫女は
一つひとつの神具を布で拭き清める。
鈴の金色、榊の緑、鏡の冷たい光。
それらを磨くたび、心の淀みまで澄んでいく気がする。
童女は榊を新しい葉へ替え、
供物を整え、灯明の油を注ぐ。
準備が整うと、巫女は神前に立ち、
朝の祝詞をゆっくりと読み上げた。
静かでありながら、確かな力を宿した声だった。
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祈祷だけが巫女の務めではない。
村人が訪れれば、
巫女は一人ひとりの悩みに耳を傾けた。
「子が夜泣きをしてしまって……」
「畑がどうにも育たなくて」
「夫の病が心配で……」
不安な表情が、
巫女と話すうちにふっと緩んでいく。
祈祷を行い、薬草の場所を教え、
赤子には小さなお守りを渡すこともあった。
袖が土で汚れることさえある忙しさ。
それでも巫女の表情に疲れの色はない。
夕暮れの行灯が揺らめく中、
巫女はそっと手を合わせた。
(今日も誰かのために動けた……それだけで十分)
「どうか、この村の人々の日々が平穏で、
互いに優しさを忘れず過ごせますように」
その願いひとつが、
彼女の胸の奥に静かな光を灯していた。
白衣の裾が夕風に揺れ、
宵闇へと静かに溶けていく。
小さな社に灯る祈りは、
この日も変わらず村を照らしていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
六百年前の巫女の日々は、
静かでありながら、確かに誰かを支える光でした。
この先、彼女の想いがどのように変わり、
どのような運命へ向かっていくのか──
続きもどうぞ見守っていただければ嬉しいです。
(*´∀`*)




