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【実は狐の眷属です!真白と紡ぎの神社日誌】  作者: 稲荷寿司
「実は狐の眷属です!真白と紡の神社日誌」

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15/50

【きなこ棒を半分こした日】【前編】

本日もお読みいただきありがとうございます。

今回は、優羽がまだ幼かった頃のお話です。

きなこ棒の小さくて温かい思い出を描きました。

どうぞゆっくりお楽しみください。

(*´∀`*)



休憩室では、それぞれが弁当を広げながら

他愛もない会話がゆるやかに続いていた。


そんな中、誰かがふと思い出したように言った。


「昔ってさ、外で遊ぶのが当たり前だったよね〜」


「わかる。門限全然守れなくて、しょっちゅう怒られてた」


テーブルに軽い笑いが広がり、

懐かしい空気がふわりと漂った。


その流れで、参拝者は少し考えるように視線を落とし、

静かに口を開いた。


「……そういえばさ。

 子どもの頃、毎日のように神社で遊んでてさ。

 そこに、いつも一緒に遊んでた子がいたんだよね」


「幼なじみ?」


「ううん、家も知らないし……名前も思い出せないの。

 でも、すごく仲良くて……いつ行っても、その子が待っててくれてた」


参拝者はそこで少し言い淀んだ。


「なのにね……顔だけ、どうしても思い出せないんだよ」


同僚が首をかしげながら笑う。


「え、それイマジナリーフレンドじゃないですか?

 子どもの頃って、想像で友達つくるってよく聞くし」


「そうなのかな……。

 本当に一緒に遊んでたんだけどなぁ」


説明できない違和感だけが胸に残る。


まるで、大切なものだけ

霧の向こう側に置き忘れてしまったようだった。


忘れたくないのに忘れてしまった——

そんな不思議な痛みだけが、今も静かに残っていた。



---


午後の仕事に戻っても、

その違和感は胸の奥から離れなかった。


(あんなに鮮明に“その頃の空気”は覚えてるのに……

 顔だけ思い出せないなんて、そんなことある?)


イマジナリーフレンド——

そう言われればそうなのかもしれない。


それでも、どこか引っかかる。


(……久しぶりに、行ってみようかな。あの神社)


胸の奥で、懐かしい風がそっと揺れた気がした。



---


 《あの子の正体》


参拝者が子どもの頃よく遊んでいた神社は、今も静かに佇んでいる。

美しい木々に囲まれたその場所は——

真白たち眷属が守る神社だ。


そして、参拝者が思い出せない“あの子”の正体は、

ほかでもない 優羽ゆうは だった。



---


優羽が、主神様から命を受けて現世へ降りてきたばかりの頃。

その存在はまだ幼く、眷属としての力も形も不安定だった。


昼間になるととくに力が弱まり、

自然と人間の子どもの姿へと変わってしまうことが多かった。



世界の仕組みも、人間の言葉も、遊び方すらよく分からない。

ただ境内の隅で、落ち葉が風に舞うのを眺めているだけの日々。


——そんなときだった。


鳥居の向こうから、小さな足音が近づいてきた。


その女の子は、境内の隅にいる優羽を見つけると、

ぱっと表情を明るくした。


「やっぱり今日もいる……!」


どこか嬉しそうな声だった。

どうやらこの子は、前から優羽の存在に気づいていたらしい。


優羽の前まで駆け寄ると、

息を弾ませながら、にこっと人懐っこい笑顔を向けてくる。


そして、少し頬を赤らめながら、

でも勇気を振り絞るように口を開いた。


「こんにちは!

 ねぇ……もしよかったらさ、わたしと一緒に遊ばない?」


優羽はぱちりと瞬きをした。

突然声をかけられたことに驚いたのだ。


けれど、目の前の子どもが向けてくる

人懐っこい笑顔があまりにも明るくて、

胸の奥がふわりとあたたかくなる。


(……にんげんの子ども……?)


誰かに話しかけられたのは、これが初めてだった。

ましてや、自分と“遊ぼう”と誘ってくれるなんて。


その笑顔に、胸の奥でなにかがほわっと温かく灯った。


その瞬間が、優羽にとって——

生まれて初めて向けられた“優しい”言葉だった。



---


その子は全身で遊びを楽しむ子だった。


鬼ごっこが始まると、

まだ人間の姿で走ることに慣れていなかった優羽には、

その子の足の速さについていけなかった。


「なんなのこの子……足、速すぎ……!」


息を弾ませながら驚く優羽を見て、

その子は楽しそうに笑う。


「捕まえられるもんなら捕まえてみてよー!」


境内に笑い声が響き、

走り回る影が木漏れ日の中で揺れ続けた。


「こっちだよー!」と手を振ってまた駆け出していくその背中を、

優羽は思わず立ち止まって、ぽかんと見送る。


(……人間の子どもって、こんなに足が速いの……?)


その速度には到底追いつけないのに、

胸の奥は不思議なくらい楽しくて弾んでいた。



---


隠れんぼの日もあった。


「今日は隠れんぼしよーよ!」


突然そう言い出したその子は、

ちょうど境内を掃き掃除していた縁のほうへ駆け寄った。


「じゃあ……おじさんが鬼ね!」


「……おじ……?」


箒を持ったまま一瞬だけ固まる縁。

優羽は思わず、くすっと吹き出してしまった。


(この子……すごいな。眷属相手にも臆さないなんて……)


子どもの無邪気さの前では、

年長の眷属もどうやら勝てないらしい。


縁は微妙に複雑そうな顔をしつつも、

子どもの願いに逆らえないと悟ったのか、

小さく息を吐いてから目を覆った。


「……じゃあ、数えますよ。……いーち、にーい、さーん……」


その声を合図に、

優羽とその子は顔を見合わせて笑い合い、

そっと駆けだした。


優羽は境内をぐるりと見渡して、小さく首をかしげる。


(……この神社に、隠れられるところって……あったっけ?)


石灯籠の影は小さすぎるし、

木の後ろは幹が細くて身体がはみ出してしまう。


優羽が隠れる場所を探して困っていると、

その子が「しーっ」と唇に指を当てて合図した。


そして、境内の端までそっと手を引いていく。


「ここ、絶対見つからないよ!」


(……え、こんなところに隠れる場所あったの……?

 この神社、そんな“秘密の場所”みたいなところあったっけ?)


優羽は新鮮な驚きに目を丸くしながら、

その子に促されるまま、身を縮めて一緒に身を潜めた。


やがて——


「……もういいですか?」


縁の声が境内に響き、

足音がゆっくりと近づいてくる。


「どこに隠れましたかね……?」


石灯籠の陰や木の裏を順番に覗いていく気配に、

優羽とその子は思わず顔を見合わせ、

声を殺してぷるぷると肩を震わせた。


(……見つかっちゃうかな……?)


そのすぐあと。

ふいに、隠れている場所のすぐそばで足音が止まる。


「——見つけましたよ」


ひょい、と覗き込んだ縁と目が合い、

ふたり同時に「きゃーっ!」と声を上げて飛び出した。


「見つかっちゃったね!」

「……うん。でも、ちょっと楽しかった……」


息を弾ませながら笑い合うふたりを見て、

縁もふっと口元を緩める。


「……まったく。元気な“子ども”たちですね」


その日もまた、

境内には笑い声がいつまでも残っていた。



---


秋の日には、境内いっぱいに舞う落ち葉を拾い集めた。


「いっぱいあつめよっ!」


人間の子が両腕いっぱいに落ち葉を抱えると、

優羽も真似して境内中を駆け回り、かき集めた。


サクサクと音を立てる葉の上で笑いながら、

ふたりは夢中になって積み上げていった。


最後には——

手のひらも袖口も、すっかり真っ黒。


「見て、こんなになっちゃった!」

「ほんとだ……! でも、なんか楽しい……!」


ふたりが笑い合う声は、境内に柔らかく響いた。


その少し離れたところで、

箒を持った縁がゆったりと掃除の手を止め、そっと目を細める。


(……ふむ。子供の遊びも、なかなか役に立つものですね)


ちらりと積み上がった落ち葉の山を見ると、

掃除が進んだことに小さく満足しながら、

ふたりの姿を微笑ましく眺めていた。


落ち葉の色も、夕方の光も、ふたりの笑顔も——

どれも境内にやさしく溶け込んでいた。



---


そんなある日——

ふたりで境内を走り回っていると、人間の子はぴたりと立ち止まった。


「……お腹すいた〜! 駄菓子持ってくればよかったなぁ」


その言葉に、優羽は首をかしげる。


「……だがし? なにそれ?」


人間の子は目を丸くし、それからぱっと笑顔になった。


「えっ、知らないの!? めちゃくちゃ美味しいお菓子だよ!」


優羽は興味津々で身を乗り出す。


「おいしいの……?」


「うん! 今度持ってくるね! 絶対好きだよ!」


——そして次の日。


その子は胸を張って、紙袋をぽんっと差し出してきた。


「ほら! 昨日買ってきたの! 半分こしよ!」


袋の中には、きなこ棒が2本。


優羽はそっとかじってみる。


その瞬間、口の中にふわっと広がる優しい甘さ。


「……なにこれ……おいしい……!」


目をぱちくりさせる優羽に、その子は嬉しそうに笑った。


「でしょ〜? わたし、これ大好きなの!」


ふたりで指先のべたべたを見せ合って笑ったその日も、

優羽の胸に、今もあたたかく残る大切な記憶だった。



---


遊びの日々は、季節とともに穏やかに過ぎていった。


けれど——

優羽は眷属であり、成長は極端に遅い。

姿がほとんど変わらないまま、季節を静かに越えていく。


一方で、人間の子どもは、日々ぐんぐん成長していく。

背が伸び、学ぶことが増え、生活は少しずつ忙しくなる。


遊びの日々は、穏やかに続いていた。

けれど——ある夕方。


いつものように遊んで、境内の縁側に並んで座っていたとき。

人間の子は落ち葉を指でいじりながら、視線を落としてぽつりと言った。


「ねぇ……わたし、“塾”に通うことになって」


優羽は瞬きをした。


「じゅく……?」


人間の子は、小さく苦笑いを浮かべて言う。


「勉強しなきゃいけないんだって。

 だから……これから、前みたいには来れなくなっちゃうかも」


ふたりの間を、風がそっと通り抜けた。


その風が運んだ気配のせいか——

その子の声が、ほんの少しだけ寂しそうに聞こえた。


優羽の胸に、かすかな痛みが波紋のように広がる。


「……そっか」


その言葉は、自分でも分かるほど小さくて弱かった。


すると、その子は慌てて手をぶんぶん振った。


「でもね! 絶対来るから!

 ちゃんと時間作るから!

 優羽ちゃんと遊ぶの、すっごく好きだから!」


笑顔は明るかった。でもその奥には、

幼いながらも“優羽への気遣い”がかすかに滲んでいた。


優羽の胸がきゅうっと締めつけられる。


「……うん。待ってるね」


その言葉は、願いのようにそっと空気へ消えた。



---


——その日を境に。


神社へ来る日が少しずつ減っていった。


それでも——。


人間の子は、ほんの短い時間でも会いに来ようとしてくれた。


「今日は塾までの時間少しだけ空いたの!

 だから来ちゃった!」


境内に駆け込んでくるその姿は、前より疲れているのに、

笑顔だけは以前と変わらない。


ふたりで落ち葉を掃いたり、

縁にからかわれながら一緒に影踏みをしたり、

優羽が知らなかった“遊び”をたくさん教えてくれた。


ある日は、前回もらったきなこ棒の話の続きになり、

その子がまた紙袋を振って笑った。


「きなこ棒、また半分こしよ!」


優羽の胸の奥で、

あの子と過ごすひとときは宝物のように輝いていた。



---


——けれど、それは同時に

“これが最後になるかもしれない”

そんな予感を運んでくる時間でもあった。


「今日は来ないんだ」で済んだ日があった。


でも、次の日も来なくて、

その次の日も——静かなままだった。


優羽は毎日のように境内に座り、

鳥居の向こうから駆けてくるあの小さな足音を、

じっと、じっと待ち続けた。


そうして待つ時間だけが、

静かに積み重なっていった。



---


風の音が日に日に大きく聞こえるようになった頃。

掃き掃除をしていた縁が、ふと優羽の表情に気づいた。


「優羽。……最近、元気がないように見えます」


優羽は視線を落とし、小さな声で呟いた。


「……あの子、今日も来なかったの」


その寂しさを含んだ声に、

縁は一拍の沈黙を置いたあと、静かに口を開く。


「優羽。

 人間の子どもは成長がとても早い。

 私たち眷属とは……時間の流れ方が違うのですよ。」


優羽はぱちりと瞬きをして、縁を見上げた。


縁は落ち葉を掃きながら静かに続ける。


「学びに行く場所が増えたり、

 やるべきことが増えたり……

 人間は、前へ前へと進まなければならない生き物です。

 そのうち、神社で遊ぶ時間より、

 “日々の生活”が大きくなっていくのです」


風が境内を吹き抜け、優羽の袖をそっと揺らした。


「……じゃあ、あの子は……

 もう、わたしのところへ来なくなるの……?」


その問いは泣き声ではなかった。

ただ胸の奥から静かにこぼれた、そんな響きだった。


縁はそっと優羽の頭に手を置き、優しく撫でる。


「来なくなる、というより……

 “離れていく”のです。

 それが人間にとって自然なことなのですよ」


優羽はその言葉を胸の奥でかみしめるように、

静かに目を伏せた。


縁は続ける。


「でもね、優羽。

 あなたがあの子を大切に思うように、

 あの子も、あなたとの時間を温かく覚えているはずですよ」


その言葉はそっと優羽の胸に落ちて、

波紋のような優しい広がりを作った。



---


——それでも。


優羽は、鳥居の向こうから駆けてくるあの姿を

ずっと、ずっと待っていた。


けれど、

その日が再び訪れることはなかった。


そして——


優羽は忘れなかった。

笑顔も、温度も、木漏れ日の色も。

そして、きなこ棒を半分こして笑った日の

あの甘い記憶も。


それは——


“現世で初めてできた、たったひとつの大切な友達”

そう言える宝物だった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

優羽が“初めて友達を知った日”を丁寧に描いてみました。

きなこ棒の甘さと一緒に、優羽の心にも小さな光が灯っていたら嬉しいです。


後編では、三十年後の再会を描きます。

続きもどうぞよろしくお願いいたします。

面白く読んでいただけたら幸いです(*´∀`*)

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