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【実は狐の眷属です!真白と紡ぎの神社日誌】  作者: 稲荷寿司
「実は狐の眷属です!真白と紡の神社日誌」

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14/50

【沈む心と、やさしい風】

こんにちは、稲荷寿司です。

本日もお読みいただきありがとうございます。


今回は、日常の中でふと心が沈んでしまった参拝者さんのお話です。

優しさとすれ違いがテーマになっています。


少しでも心が軽くなるような時間になりますように(*´∀`*)



---


また余計なことを言ってしまった。

ほんの数分前まで、いつも通りの穏やかな会話だったのに――

気づけば空気がぴたりと止まっていた。


(あぁ……また機嫌悪くなっちゃったよ……

なんでだろ……そっか、私がストレスを与えてるんだ……)


胸の奥がじわりと重くなり、

喉の奥がきゅっと締めつけられる。


パートナーの表情は静かで、怒っているようには見えない。

でも、確実に“なにか”が変わってしまった感覚だけが残った。


(これ以上、この空気感の中いるの無理……)


一緒に暮らして数年。

喧嘩なんてしたことがない。だから

今日のこの空気は、どうしようもなくつらかった。


耐えきれなくなり、

ソファに置いてあったカーディガンだけをつかむと、

何も言わずにそっと玄関を出た。


昼間の光がまぶしい。

家の中の重たい空気と違い、外の風はどこかやさしくて、

だけど心の中のモヤモヤは余計に浮かび上がってくる。


(どうして私は、こんなに顔色を伺ってるんだろう……

前までこんなんじゃなかったのに……)


通りを歩く人たちは、みんな普通に日常を過ごしていて、

その“普通さ”が無性に羨ましく感じた。


立ち止まると、

遠くに見慣れた神社の鳥居が見えた。


(……神社なら、少し落ち着けるかな)


気づけば足はそちらへ向かっていた。

太陽の光を受けて赤い鳥居が静かに佇んでいる。


私はゆっくりと息を吸い、

境内へと足を踏み入れた。



---



昼下がりの光が木々の間から差し込み、


風が通るたび、葉がかさりと音を立て、

その音だけが今の私を迎えてくれるようだった。


ゆっくりと鳥居をくぐり、

本殿の前へ進むと、自然と足が止まった。


(もう……なにに怒るのか分かりません……

どうしたら良いのか教えて欲しいです……)


心の中で必死に祈る。

言葉にしたら泣きそうで、

声が出せなかった。


頭を下げ、手を合わせ、

願いをそっと飲み込む。


けれど――

お参りを終えても胸の奥の重たいモヤは、

少しも晴れないままだった。


(……私はこれからどうしたいんだろう……

この状況が続くようなのは、やだな……)


風が吹き抜け、

着ていたカーディガンの裾がふわりと揺れた。


その軽さとは裏腹に、

胸の中だけは重たく沈んだままだった。


ため息は、吐き出すというより

気づけばこぼれ落ちていた。


どうにもならない思いを抱えたまま、

私はゆっくりと社務所のほうへ足を向けた。



---


社務所の前まで来ると、

色とりどりの御守りが陽の光を受けていた。


その静かな光景に、

胸のざわつきが少しだけ吸い寄せられた気がして、

私はそっと手を伸ばした。


家内安全のお守りを手に取り、

そのままの流れでお抹茶も頼んだ。


湯気の立つ茶碗がそっと目の前に置かれた瞬間――

真白がこちらを見た。


「……少し、落ち込んでおられるようですね。

もしよければ……お話、伺いますよ?」


その声は、冷えていた心に静かに沁みた。


「……パートナーと一緒に暮して数年たつんですが。

今まで喧嘩をしたことがなくて……

だからこれが喧嘩なのかすら分からなくて……」


ぽつり、ぽつりと、言葉がこぼれる。


「でも……きっとストレスを与えてるのは私なんです。

だから相手が落ち着くまで外に出ていようと思って……

今、プチ家出中で……」


真白は静かに頷いた。


「でも、その選択は……

結局、パートナーの方を思っての行動でしょう。

……あなたの優しさですよ」


胸の奥が少し熱くなる。


「でもどうして……大切なパートナーにストレスを与えるような態度をとるのかなって……私も気付かないうちにストレスを与えていたのかもしれないですけど…」


真白は湯気の立つ抹茶をそっと差し出し、

参拝者の不安定な心を包むように、ゆっくりと語り始めた。



---


「……人というのは、不思議なものです。」


「本当に信頼している相手にだけ、

弱さも、幼さも、そして素の感情も出してしまうのですよ。」


参拝者は目を伏せる。


真白は続けた。


「外では抑えている感情――

怒りや、不満、気に入らない気持ち……

そういったものは、一番“安全”だと思える人にだけ

こぼれてしまうのです。」


「安全……?」


「ええ。

あなたの前では、どんな自分でも受け止めてもらえると

心のどこかで知っているからです。」


真白の声は、静かで温かかった。



---


「それに……甘えもあるのかもしれません。」


参拝者はそっと顔を上げる。


「“この人なら嫌いにならない。

離れていかない。”

そう無意識に思うと、

人は素の自分を全部さらけ出してしまうものなんです。」


「外では絶対に見せない顔でも、

長く一緒にいる相手には

つい出てしまう……それが甘えです。」


胸に痛いほど言葉が落ちていく。



---


「そして……期待しているからこそ、感情も動くのです。」


「本当にどうでもいい相手には怒りません。

心が動かないからです。」


「でもあなたに対しては、

“こうしてほしい”“こう言ってほしかった”という期待がある。

だからこそ、怒ったり、不機嫌になったりするのです。」


真白はそっと微笑んだ。


「期待とは、関心の裏返し。

怒りは、愛情の裏側ですよ。」


参拝者の目頭が静かに熱を帯びていく。



---


真白はやさしく続けた。


「……あなたが優しいからこそ、

パートナーの方も素の自分を出してしまうのでしょう。」


「あなたのような方は、相手の気持ちに敏感で、

すぐ“自分が悪いのかな”と考えてしまう。」


「そんな優しさを知っているから……

パートナーの方は、つい甘えてしまうのです。」


参拝者の肩がわずかに震えた。



---


その時だった。

少し離れた場所にいた紡ぎが、突然パッ!と手を上げた。


「ぼ、僕……それ知ってます!!」


真白と参拝者が同時に振り向く。


紡ぎは “どうだ!” と言わんばかりの満面のドヤ顔 で続けた。


「この前読んだ本に書いてあったんです!!

“自分の気持ちは言わないのに、

相手には察してほしい……”

“言わなくても気づいてよ!”って思っちゃう人のこと……!」


目はキラキラ輝き、

まるで宝物を見つけた子どものようだった。


「……“察してちゃん”って呼ぶんですよ!!」


参拝者「……っ!」


予想外すぎる直球に目を丸くし——

次の瞬間、ふっと笑ってしまった。


「……あぁ……

まさに……それですね……」


紡ぎはさらに身を乗り出す。


「ですよね!!

本にそう書いてあったんです!!」


真白はくすりと笑い、

紡ぎの肩を軽く押した。


「紡ぎくん……落ち着きなさい。

ですが、言っていることは正しいですよ。」


参拝者は肩の力が抜け、小さく笑った。


「……なんか……すごく……気持ちが軽くなりました」


境内にやわらかな空気が流れ、

先ほどまで胸を締めつけていた重さが

ふわりと薄らいでいった。



---


茶碗をそっと置き、私は膝の上で指を重ねながら、息をゆっくり吐いた。

胸の奥に溜まっていた重たいものが、少しずつほどけていく。


「……帰ります。

ちゃんと、話してみます。

でも……」


言葉の先を探しながら、私は視線を落とす。


「私たち、ずっと一緒に過ごしてきたのに……

言い争ったことも喧嘩らしいこともなくて。

どう“話し合い”をすればいいのか、分からなくて……」


真白は、静かに私へと向き直った。


「話し合いに正しい形なんてありませんよ。

自分がどう感じていたのか、どう思っていたのか……

少しずつ言葉にしていくだけでも、十分です。」


「あなたのように相手を思って心を痛める方なら、

きっと大丈夫ですよ。」


その言葉は、静かに胸へ沁みていった。


少し離れた場所にいた紡ぎが、そっと目を伏せる。


(争わなくても続いていく関係……

そういう形もあるんだな……

優しさって、いろんな形があるんだ……)


その静かな気づきが、境内の空気に溶けていく。


私は小さく微笑んだ。


「……ありがとうございます。」


立ち上がると、境内を吹き抜ける風がそっと背中を押した。


鳥居をくぐり、外へ出たその瞬間——


「……渚!」


呼ばれた名前に立ち止まる。

息を切らしたパートナーがこちらを見つめていた。


「探した……心配で……」


その瞳の奥には、不安と後悔が滲んでいる。


「ごめん……

最近、仕事の環境が急に変わって……

ストレスがすごくて……

今日は渚にぶつけちゃった……

本当に……ごめん。」


そのまっすぐな声に、胸がきゅっと締め付けられる。


私はそっと息を吸う。


「……大丈夫だよ。

帰って、ちゃんと話そう?」


パートナーの表情がすこし緩み、安堵の色が混ざった。


「……うん。ありがとう。」


自然と手が触れ、指がそっと絡む。

ふたりの歩幅がゆっくりとそろっていく。


少し離れた社務所の前で、真白と紡ぎが静かにその背中を見送っていた。


紡ぎが胸に手を当てて、ほっと息をつく。


真白は穏やかに目を細め、そっと呟いた。


「……大丈夫ですね。あの様子なら、きっと仲直りできますよ。」


夕風が境内を撫で、穏やかな空気がふたりを包んだ。



---


参拝者とパートナーの背中が夕日に溶けていくのを見送り、

境内に静けさが戻った。



「よかったですね……!

あのふたり、本当に仲直りできそうで!」


真白が穏やかに頷く。


「ええ。安心しましたね。」


紡ぎはふと思い出したように、くるりと真白の方へ向き直る。


「そういえば僕たちも……

喧嘩したこと、ないですよね?」


その声は嬉しさに満ちていて、尻尾があったらぶんぶん振っていただろう。


だが——

そのやり取りを横で聞いていた縁は、

静かに目を逸らしながら心の中でぽつりと毒づいた。


(いや……真白くんが優しすぎるだけだからね……)


真白は微笑んだまま紡ぎへ向き直る。


「紡ぎはいつも一生懸命ですから。

怒るところなんてありませんよ。」


縁は思わずため息をついた。


(ほら、出た……そういうところ……)


そして真白は続けた。


「それに……先に縁様が叱ってくださるので、

私の出番はありませんし。」


縁「………………」


紡ぎ「あっ、なるほどです!!」


縁(なるほどじゃないですよっ……!!)


思わず口に出てしまった。


「……まず叱られないようにしてくださいね。ほんとに……」


紡ぎ「えっ!?い、今なにか言いました!??」


縁「気にしなくていいです……気にしなくて……」


真白は相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。


夕風が境内を撫で、縁の肩にだけ“お疲れさま”と言うようにそっと吹き抜けていった。



---


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


すれ違ってしまう日があっても、

話し合うことでまた寄り添える——

そんな日常のあたたかさを書いてみました。


今回のクスッとする縁と紡ぎの掛け合いも、

楽しんでいただけていたら嬉しいです。


また次のお話も、どうぞよろしくお願いします。

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