静かな神社に増えていく“黒い願い”の絵馬
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豊穣神社の朝は、澄んだ冬の空気から始まる。
吐く息は白く、
鳥居の向こうから差し込む朝日が、
石畳を淡く黄金色に染めていた。
しゃっ……しゃっ……
境内には、竹箒の音が静かに響いている。
紡が、いつものように参道を掃いていた。
紡
「うーん……」
竹箒を止めて、紡は鳥居の外を見た。
朝の参拝客が来る時間だ。
いつもなら、
近所の人たちや通勤前の会社員、
犬の散歩の途中の人などが、
ぽつぽつと鳥居をくぐってくる頃だった。
だが――
今日は、人影がない。
紡
「……あれ?」
紡は首を傾げる。
その時、後ろから優羽の声が飛んできた。
優羽
「紡ー! そこ終わったー?」
振り返ると、
優羽が両手にバケツを持ちながら、
こちらへ歩いてきていた。
紡
「あ、優羽さん!」
優羽はバケツを石畳に置くと、
境内を見回した。
優羽
「今日は冷えるねー」
紡
「そうですね」
優羽
「でも、この空気好きなんだよね。
冬の神社って、なんか澄んでる感じがして」
紡はうんうんと頷いた。
紡
「分かります。なんだか、世界が静かですよね」
優羽は笑いながら、
優羽
「紡、そういうこと言うとちょっと詩人っぽいよ?」
紡
「えっ!? そ、そうですか?」
二人はくすっと笑う。
その時だった。
社務所の方から、
縁の声が聞こえてきた。
縁
「二人ともー」
縁が社務所の縁側から手を振っている。
縁
「ちょっといい?」
紡と優羽は顔を見合わせて、
縁の方へ歩いていった。
縁
「年末に設置する大祓い用の、茅の輪のこと
なんだけど……てっ…あれ?」
縁は境内を見渡しながら、
少し首を傾げている。
紡
「どうしました?」
縁は顎に手を当てた。
縁
「今日、人少なくない?」
紡と優羽は、
同時に境内を見回した。
確かに――
誰もいない。
いつもなら、
今頃は数人の参拝客がいる時間だった。
優羽
「……あれ?」
縁
「いつもなら、もう何人か来てるよね?」
紡
「……確かにそうですね……言われてみれば、誰もいませんね」
優羽
「寒いからかな? ほら、こたつから出たくない時期だし」
優羽が明るく振る舞うが、縁の眉は寄ったままだ。
縁
「寒さのせいねぇ……でもさ優羽くん、最近賽銭箱の中身も妙に少ない気がしない?」
紡
「えっ?」
紡が目を丸くする。
縁
「例年なら、年末に向けて駆け込みで参拝客が増える時期でしょ?でも今年は……増え方が不自然なんだよ。昨日なんて、一昨日の半分もなかった」
縁の言葉に、
紡の背筋を冷たいものが通り過ぎた。
風が吹き、
石畳の上を落ち葉が一枚、
乾いた音を立てて転がっていく。
カラカラ、カラカラ……。
その音が、異様に大きく境内に響き渡る。
その時だった。
ようやく一人、
鳥居をくぐって女性の参拝客が現れた。
紡
「あ!来ましたよ」
紡はほっと息をつき、鳥居の方へ視線を向けた。
女性は無表情のまま軽く会釈をし、本殿の前へと進んだ。
だが、その歩き方には妙な違和感があった。
まるで自分の意思ではなく、
何かに導かれているかのようだった。
――ガラガラ、ガラ……。
鈴の音が重く響き、ぱん、ぱん、と乾いた柏手が打たれた。
参拝を終えた女性は、
こちらを一度も見ることなく、
静かに境内を後にしていった。
縁
「…………」
縁はその背中をじっと見送っていたが、
やがて視線を "ある場所" へと移した。
縁
「ねぇ、あそこ」
縁が指差したのは、本殿の横にある絵馬掛けだった。
紡と優羽は顔を見合わせ、
引き寄せられるようにそこへ歩いていった。
優羽
「うわっ……すごい数」
優羽が息を呑む。
参拝客が少ないという話とは裏腹に、
そこには溢れんばかりの絵馬が重なり合っていた。
昨日までは、まだ木枠の地肌が見えていたはずなのに。
紡
「参拝客は少ないのに、絵馬だけが増えているって……おかしくないですか?」
縁が手を伸ばし、一番手前にあった絵馬を軽くめくった。
縁
「どれどれ……」
そこに書かれていた願い事を見て、
縁の眉が、
わずかに動いた。
《あの人の奥さんが消えますように》
縁
「……」
優羽
「どうしました?」
縁は少し黙ったあと、
縁
「いや……」
絵馬を戻す。
縁
「なんでもない」
紡
「?」
優羽
「?」
三人は顔を見合わせた。
境内には、
冬の風だけが静かに吹いている。
カラカラ……
絵馬が一枚、
小さく揺れた。
――人は少ない。
――なのに、絵馬は増えている。
豊穣神社の静かな境内に、
ほんのわずかな違和感が、
静かに積み重なり始めていた。
――その日の夕方――
縁
「ごめんね〜真白くん、ちょっと見てもらいたい物があってね、これなんだけど」
真白
「いえ、縁様が僕に相談なんて珍しいですね、これは……すごい数ですね」
真白が息を呑む。
参拝客が少ないという話は縁から聞いていた。
だがその話とは裏腹に、
そこには溢れんばかりの絵馬が重なり合っていた。
縁
「参拝客は少ないのに、絵馬だけが増えているんだよ……どう思う?」
真白が手を伸ばし、一番手前にあった絵馬を軽くめくった。
『あの人が、一生不幸でいますように』
真白が顔を強張らせる。
隣の絵馬をめくる。
『失敗しろ。失敗しろ。失敗しろ。この世から消えてしまえ』
さらにその奥。
『あいつのプロジェクトが失敗しますように』
そこにあるのは、豊穣の神に捧げる『感謝』でも『希望』でもなかった。
他者の不幸を願い、
自分の欲望を満たそうとする、
どろりとした負の感情。
真白
「……これ、全部……」
真白が震える手で次々と絵馬をめくる。
驚くべきことに、
そのどれもが似たような "呪い" に近い願い事で埋め尽くされていた。
カラン……カラン……。
風が吹き、絵馬同士がぶつかり合う。
それはまるで、数え切れないほどの人々の『嫉妬』や『怨嗟』が、小さな木の板を通して囁き合っているかのようだった。
真白
「縁様、しかも……この絵馬……豊穣神社の物ではないですよね……」
縁
「うん……そうなんだよね……」
縁の瞳から、いつもの余裕が消えていた。
彼は絵馬掛けをじっと見つめ、何かを測るように目を細める。
縁
「人は来ない。けれど、願いだけがここに『捨てられて』いる。……まるで、誰かが意図的にこの神社の『気』を濁らせようとしているみたいだ」
その時。
境内の隅、
一番太い木の影の中から。
クスクス、と。
小さな笑い声がした。
真白が弾かれたように振り返るが、
そこには揺れる木の影があるだけだった。
夕暮れの光は、いつの間にか厚い雲に覆われ始めている。
澄んでいたはずの空気は、
今や湿り気を帯び、
肌にまとわりつくような不快な冷たさへと変容していた。
縁
「……嫌な予感がするね」
縁がぽつりと零した言葉。
それが――
これから始まる
“大祓い”の
真の意味への幕開けだった。
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次回もお付き合いいただけたら幸いです。
(人´∀`).☆.。.:*・゜




