大祓い編プロローグ ― 年の瀬の豊穣神社にて
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禁忌の眷属の起こした事件から――
およそ一ヶ月が経とうとしていた。
豊穣神社では、
年の瀬を迎える準備で慌ただしい日々が続いていた。
冬の冷たい空気の中、
竹箒が石畳を擦る音だけが、
静かな境内に響いていた。
紡
「……は、はっ……はくちゅんっ!!」
本殿の軒下から、可愛らしくも派手なクシャミが聞こえてきた。
煤払いの真っ最中である紡が、
顔を真っ黒にして鼻を押さえている。
その隣では、
同じく鼻の頭にススをつけた優羽が、
大きな溜息をつきながら竹箒を杖のように突いていた。
紡
「げほっ……!」
優羽
「ちょ、紡!勢いよくやりすぎ!」
紡
「す、すみません!……げほっ!」
優羽
「うわ、ちょっと待って!煙みたいになってる!」
紡
「うぅ……優羽さん、大丈夫ですか? もう、どこを叩いても埃が出てくる……これじゃ煤払いどころか、埃乱舞ですよぉ……」
優羽
「ふふ、でも、ここを綺麗にしないと主神様が気持ちよく年を越せないからねー。ほら、あともう少しだから、頑張ろ!紡!」
紡が袖で顔を拭うと、
煤が伸びて余計に顔が汚れ、
それを見た優羽が「あはは、鼻真っ黒!」と笑い声を上げる。
境内のあちこちでは、
年末恒例の大掃除――
煤払いが行われている。
二人は顔を見合わせ、思わずくすっと笑う。
やがて本殿の煤払いが一段落すると、
優羽は境内の裏手へ回り、
掃き掃除を始めた。
竹箒を動かしていると、
ふと、ある場所で手が止まる。
本殿の裏、
木々の影に隠れるような小さな空間。
優羽
「……あ」
そこは――
かつて、あの子と隠れた場所だった。
優羽の脳裏に、
あの日の光景がよみがえる。
小さな手に引かれながら、
木の陰へ連れて行かれたこと。
――ここ、絶対見つからないよ!――
あの時の声が、
耳の奥でかすかに響いた気がした。
優羽は、
そっとその場所を見つめる。
そして、ふっと小さく笑った。
優羽
「ふふっ……懐かしいな……」
ほんの一瞬、
感傷に浸るような静かな時間。
自分に言い聞かせるようにパンと頬を叩き、
優羽
「さっ!掃除掃除!」
優羽は再び箒を動かし始めた。
冬の境内に、
また竹箒の音が戻った。
――その頃
社務所では、
真白と縁が、静かな手つきでお正月用の授与品の準備に取り掛かっていた。
机の上には、
ずらりと並んだ授与品。
白羽と朱羽が交互についた鮮やかな破魔矢、
金糸で刺繍されたお守り、
そして清浄な気が宿るお札など、
それらを一つ一つ丁寧に、
豊穣神社の印が入った真っ白な紙袋へと納めていく。
紙袋が重ならないよう整え、
形が崩れないよう向きを揃えながら、
二人は黙々と作業を続けていた。
縁
「はぁ……葵くんの件から、
もう一ヶ月かぁ。早いもんだね。」
縁が破魔矢の束を整理しながら、ふと呟いた。
真白も、
手元の袋詰めをしながら小さく頷いた。
真白
「本当です。つい昨日のことのように思い出
せますが……現世の時の流れは、我々の想
像以上に早いですね」
真白が丁寧な所作でお守りを袋に詰める。
縁
「天界には季節行事なんてないからねぇ。
真白くん、そっちは足りそう?」
真白
「はい。こちらは十分です、あとは熊手で終
了ですね。……紡さんと優羽さんも、無事
に煤払いができていれば良いのですが」
真白が少し心配そうに境内の奥へ視線を向けると、縁は苦笑しながら肩をすくめた。
縁
「いやぁ、でもね。あの二人に任せられる仕
事は、煤払いしかなかったんだよ、正直、
焔神社や龍神のみんなが羨ましいよ。あっ
ちの眷属はもっと落ち着いてるじゃない?」
真白
「確かに……。この袋詰めは意外と、繊細な力加減が必要ですし、紡と優羽さんでは、袋が何枚あっても足りない事態になりそうですね……」
真白の脳裏には、袋を破いて慌てふためく二人の姿が容易に想像できたのだろう。
彼は少しだけ困ったように眉を下げ、
けれどすぐに穏やかな表情に戻った。
真白
「ですが……日常の働きはともかく、いざとなった時は本当に頼りになりますから」
縁
「そうなんだけどさぁ……やっぱり隣の芝生はなんとやらじゃない?」
その言葉に、
真白はくすっと笑った。
真白
「僕の分は終わりました。縁様、お手伝いしますよ」
縁
「ありがとう。でも僕ももう終わるからさ、そろそろ皆で休憩にしようか?」
縁が優しく微笑む。
冬の午後の陽射しが、
彼の柔らかな表情を黄金色に縁取っていた。
真白
「では、僕がお茶の準備をしてきますね」
真白は静かに立ち上がり、
社務所の奥へと消えていった。
―――鳥居前
紡が竹箒で
最後の掃き掃除をしていた。
しゃっ……しゃっ……
冬の風が、
鳥居をくぐって吹き抜ける。
紡
「今年はいろんなことがありましたねぇ……」
独り言のようにつぶやく。
紡
「春頃にこの豊穣神社に来て、真白様や縁様、優羽さんにいろいろ教えてもらって……」
紡
「琥珀糖の作り方とか、浄化の気の使い方とか……真白様に、たくさん教えていただきましたし」
箒を動かしながら、
空を見上げる。
紡
「縁様には、
たくさん怒られましたけど……」
少しだけ笑う。
紡
「そういえば、ユッキーさんが助けを求めて、僕のおでこに激突したこともあったっけ……ふふっ、全部大切な思い出ですね」
そんなことを思いながら――
箒を再び動かし始めた、その時だった。
ごんっ!!
紡
「っ!?」
何かが、
紡のおでこに激突した。
紡はおでこを押さえ、
涙目になる。
紡
「えっ!?何!?」
顔を上げると――
そこには、
気まずそうな顔のユッキーが漂っていた。
ユッキー
「ご、ごめんなさい紡さま!久しぶりに真白様に会えると思ったら、ついスピード出ちゃって!」
その後ろから、
笑成が走ってくる。
笑成
「ユッキー!?だから気をつけてって
言ったのに!」
紡は、
ぽかんと二人を見たあと――
突然笑い出した。
紡
「ふっははは!」
ユッキーと笑成が固まる。
笑成
「……え?」
ユッキー
「紡さま……?」
笑成
「ま、まさか当たりどころ悪かったんじゃ……」
紡は涙を拭いながら慌てて手を振る。
紡
「違います!違います!ちょうど今、
前にユッキーさんが僕のおでこにぶつかった時のこと思い出してたんです!」
二人は
ほっと息をついた。
ユッキー
「なんだ……びっくりしました……」
ユッキーは、小さな手で
紡のおでこを優しく撫でる。
ユッキー
「ごめんなさい紡さま、赤くなっちゃいましたね……」
紡
「だ、大丈夫です!僕も頑丈ですから!」
そこへ――
優羽
「紡ー! 休憩だってーーって、きゃー! ユッキーちゃん久しぶり!!」
優羽は獲物を見つけた肉食獣のような素早さでユッキーを両手で包み込み、
優羽
「可愛い~!」
と頬ずりしながら奥へと連れ去っていった。
ユッキー
「えっ、ちょっ……!」
残された紡と笑成は、
ぽかんと立ち尽くした。
紡はおでこを押さえながら笑う。
紡
「笑成さん、僕たちも行きましょうか」
笑成
「……はい!」
二人は社務所へ向かった。
社務所の中では、湯気の立つお茶の香りが満ちていた。
縁
「今回もよくやったね、ユッキーちゃん!」
なぜか上機嫌な縁が、真っ先にユッキーを褒め称える。
ユッキーと紡が
同時に声を上げる。
ユッキー・紡
「「えっ?」」
そんな二人を横目に、
真白は笑いながら、笑成へ声をかけた。
真白
「最近の調子はいかがですか?」
笑成は頷く。
笑成
「ええ、とっても好調です。ユッキーがいてくれるおかげかな」
ユッキー
「やだー! 照れるじゃないの笑成ったら!」
ユッキーが手足をパタパタさせて宙を舞い、
社務所に穏やかな笑い声が広がる。
やがて話題は、
自然と年末の忙しさの話へ移っていった。
縁
「そういえば笑成くんの店も、
年末は忙しいんじゃない?」
笑成は湯呑みを持ったまま、
少し困ったように笑う。
笑成
「そうですね。この時期は天然石を求めて来る人が、ぐっと増えるんです」
紡が首を傾げる。
紡
「天然石って、やっぱりお正月とか関係あるんですか?」
笑成
「ありますよ!一年の運気を整えたいとか、
新しい年を良い流れで迎えたいとか」
笑成
「そういう理由で石を買いに来る方が
とても多いんです」
優羽が少し感心したように言う。
優羽
「へぇ……そんなに、年始は気持ちを切り替えたいものなんですか?」
笑成
「うーん、人間の中には占いや縁起を気にす
る人も多いからですかね。
浄化用の水晶とか、お守り代わりの石とか、この時期は特によく出ます。」
それを聞いていた縁が笑いながら言う。
縁
「なるほどねぇ、神社と同じで、人が何かに願いを託したくなる時期なんだね」
真白も静かに頷いた。
真白
「そうですね、人の子は昔から年が変わる節目は、心も整えたくなるのでしょう」
紡がぱっと顔を上げる。
紡
「じゃあ!笑成さんのお店も今、すごく忙しいんですね!」
笑成は苦笑する。
笑成
「ええ、クリスマスが終わると一気にお正月モードになるので、今はかなり慌ただしいです」
縁が机の授与品を見て肩をすくめた。
縁
「うちも似たようなものだよ。ほら、初詣の準備でまだまだ忙しくなるし」
紡が元気よく頷く。
紡
「僕も頑張ります!」
縁が少し苦笑いをうかべながら、
縁
「紡くんの場合は頑張りすぎないくらいが丁度いいかな」
紡
「えっ……」
優羽がくすっと笑う。
優羽
「確かに、この前の琥珀糖みたいになったら
大変だものね」
紡
「そ、それは……!」
その場に小さな笑いが広がった。
笑成
「今度お店にも遊びに来てください、
面白い石、たくさんありますから」
紡
「本当ですか!?僕、見てみたいです!」
優羽
「私も」
縁
「じゃあ今度、みんなで行こうか」
和やかな空気の中、
しばらく談笑が続いた。
やがて笑成が時計を見て立ち上がる。
笑成
「そろそろ帰らないと。楽しくて、つい時間を忘れちゃいます」
ユッキーも、笑成の元へふわりと近寄る。
ユッキー
「皆さん!今日はありがとうございました! とても楽しかったです!」
真白は静かに頭を下げる。
真白
「こちらこそ、お忙しい中ありがとうございます」
縁
「またいつでも遊びに来てね」
紡
「また来てください!」
優羽
「またゆっくりお茶しましょう」
それから、
笑成たちは「良いお年を」言葉を交わして、神社を後にした。
鳥居を抜け、薄暗くなった参道を歩く笑成の後姿。
その背中を――
影に混じるようにして、一本の古びた樹の陰から、見つめる男が一人姿を現した。
男の顔は闇に溶けて見えない。
闇に溶けるような影。その口元だけが、三日月のように吊り上がる。
にやり――
不気味な笑みを残し、男の姿が掻き消える。残されたのは、ただ寒々しい冬の風の音だけ。
豊穣神社に訪れる、新年――
それが、
真白たちの願う穏やかな夜明けになるのか。
それとも――
最後までお付き合いいただき、
ほんとうにありがとうございます!
次回もお付き合いいただけたら幸いです。
(人´∀`).☆.。.:*・゜




