【影と光と真白と紡】
お読みいただきありがとうございます。
今回は、少し不思議で少し怖い出来事から始まるお話です。ゆっくり読んでいただけたら嬉しいです。
(*´∀`*)
数年前 —
最近、急に“人の形をした黒いモヤ”がはっきり見えるようになった。
以前は視界の端で揺れる影のようなもので、
「あれは悪いものなんだろうな」程度の認識だった。
──でも、今は違う。
あの黒い影は、
頭・肩・腕・足の輪郭までわかる“人型”をしている。
近づいてくる“気配”まで感じ取れるほどだ。
(どうして急に、こんな…
最初に“完全な人型”を見たのは、仕事帰りの夜だった。
閉店後、店の電気を落としてレジ締めを終え、
真っ暗になった館内を従業員入口へ向かった時だった。
非常灯だけがぼんやりと床を照らす通路。
コツ……コツ……と足音だけが響く。
その時。
(……あれ?
あそこに誰か立ってる……?)
従業員が残っていると思った。
肩の高さも、立ち方も“人”にしか見えなかった。
しかし、目が慣れた瞬間──
輪郭が黒いモヤでできていることに気づいた。
ゾワッと背が冷えた。
次の瞬間。
バッ!!!!!!
黒い影が、人ではありえない速さで
こちらに飛んできた。
「っ……!!」
息が詰まり、体が固まる。
触れられる距離まで迫った──その瞬間。
バサァッ!!
黒いモヤは砕け散り、
霧のように空気へ溶けて消えた。
心臓だけが、いつまでも
ドクッ……ドクッ……!!
と耳の奥で鳴り続けていた。
従業員口を出て、震える指でスマホを開く。
“黒い人影 襲ってくる”と検索すると──
“シャドーマン”
という単語が表示された。
(シャドーマン……?
……名前ついてるんだ……)
解説には、
・黒い人影のように見える霊的存在
・突然現れ、気配だけで襲うように近づいてくる
そんな言葉が並んでいた。
(……やっぱり……見間違いとかじゃなかった……)
名前がついたことで恐怖が現実に変わり、
胸がぎゅっと縮こまる。
−−
(あのシャドーマン、突然現れるから本当に怖い……
どうにかならないかな……)
悩みが積もりすぎて、
気づけば職場の人にぽつりと言った。
「なんか悪いものとか寄ってきてる気がして……」
すると同僚が軽い調子で言った。
「そう言えば、昨日SNSで流れてきたんだけど、日本の三大縁切り神社ってあるんだってよ。
悪い縁とか念とか切れるらしいよ〜」
冗談半分のアドバイスだったのに、
妙に心に引っかかった。
調べてみると、遠いけれど行けない距離ではなかった。
口コミには
“気持ちが楽になった”
“悪いものが消えた気がする”
そんな言葉が並んでいる。
(……行ってみよう)
その決心は、導かれたように自然だった。
次の休日に榛名は神社へ向かった。
---
神社に入った瞬間、空気が変わった。
(……軽い……?)
鳥居をくぐった途端、
背中に貼りついていた重さがふっと抜けた。
その代わりに、
まるで空気そのものが浄化されているような
“澄んだ気配に満ちた空気” が全身を包む。
冷たさはなく、
むしろ肺の奥へ透明な光が流れ込んでくるようで、
自然と深く息を吸ってしまう。
砂利を踏む音が静かに響き、
木々の香りが心をほどいていく。
(初めて来たのに……なんでこんなに安心するんだろ……)
本殿へ近づくほど、
その“澄んだ気配”はさらに濃くなった。
賽銭を入れ、鈴を鳴らし、手を合わせた瞬間──
胸の奥がふわりと揺れた。
淡い光が触れたような、優しい力が広がる。
(……胸の奥がふわっと軽くなった……
心も身体もスッキリして……
神さまが、悪いものをそっと祓ってくれた気がした……)
静かに目を開けると、
身体が軽くなったような感覚が残っていた。
(……来てよかった……)
気がつけば社務所の前に立っていた。
「こちら、縁切りの御守になります」
声に顔を上げると、
白い衣の青年──真白が穏やかに立っていた。
「じゃあ、縁切りの御守りひとつ、お願いします」
榛名が御守を受け取った瞬間、
胸の奥に温かな安心が広がった。
「よろしければ、お茶もいかがですか。
少しお疲れのように見えましたので」
真白にそう言われ、榛名は自然に頷いていた。
---
縁側に座り、
抹茶を口にすると、
胸の奥のこわばりがゆっくりほどけていった。
気づけば榛名は、
黒い影のことをすべて話していた。
真白は黙って聞き、
榛名が言い終わるまで決して口を挟まなかった。
そして──
柔らかい声で、そっと言った。
「それは……とても怖い思いをされましたね。」
その一言だけで、
張りつめていた心の糸がゆっくり緩んでいく。
真白は静かに続けた。
「大丈夫ですよ。
榛名さんは“とても強く守られている”方です。」
榛名は驚きに目を瞬かせた。
「……守られている?
それって……守護霊みたいなもの、なんですか?」
真白は頷く。
「はい。それに近いものですね。
強い“守りの存在”が常にそばにいらっしゃいます。」
胸の奥がふっと軽くなる。
真白は、御守を軽く押し返すように
榛名の手の上へそっと添えた。
「ただ……まれに、もう少し強い影に出会うことがあります。
その時は、この御守に向かって
『消えてください』と強く願ってください。」
榛名は息を呑む。
「……消えてって願うだけでいいんですか?」
真白は微笑んだ。
「はい。
榛名さんは強く守られている分、
その願いがまっすぐ届きます。
影は触れる前に砕けて消えますよ。」
胸元の御守をぎゅっと握ると、
その言葉の温度が掌まで伝わった。
(……そうか……守られてたんだ……
だから……安心していいんだ……)
静かに息をつく榛名に、
真白はそっと頷いた。
この日から自然と、
この神社に足が向くようになっていった。
---
現在 —
鳥居をくぐると、胸の奥がふわりとほどけた。
「真白さんこんにちは。
今年も替えのお札と、御守お願いします」
真白は優しい笑みを浮かべる。
「その後のご様子はいかがですか?」
榛名は胸元の御守をそっと握り、
安心したように微笑んだ。
「おかげさまで、とても良いですよ。
“消えてください”って願うと影も飛散します!」
「それは、本当に良かったです」
その時、静かな足音が近づく。
「失礼いたします。お抹茶、できました」
お盆を丁寧に持ち、静かに一礼する若い青年──紡ぎが姿を見せた。
所作は落ち着いていて、柔らかな気配が漂っている。
真白が榛名に向き直る。
「榛名さん。
こちらは紡といいます。
最近、一緒に働き始めた新人なんですよ」
紡ぎは丁寧に頭を下げた。
「榛名さん、はじめまして。
紡と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
榛名は自然と優しく笑った。
「新人さんなんですね。
お仕事、大変なことも多いと思いますが……
どうか無理なさらず、頑張ってくださいね」
紡ぎは少し驚いたように瞬きをし、
すぐに控えめな笑みを返す。
「ありがとうございます。
そう言っていただけると、励みになります」
真白が榛名の前に抹茶を置いた。
一口飲むと、ふわりと肩が軽くなっていく。
「……美味しい……癒されます……」
言葉にした途端、
自分でも気づいていなかった疲れがふっと抜けた。
紡ぎの頬がわずかにゆるみ、
嬉しさが静かに滲んだ。
「お役に立てたなら……良かったです」
榛名は軽く会釈し、縁側をあとにした。
榛名が縁側から立ち上がると、
境内を抜ける風が、まるで見送るように頬を撫でた。
(……なんだろう。
ここに来ると、本当に……心が軽くなる)
歩き出した背中は、
木々の光を受けてふわりと明るく見えた。
来た時よりもずっと、ずっと軽かった──。
---
榛名を見送ったあと、
紡ぎは静かに真白の横に立った。
「真白様……
榛名さんって、どうして黒い邪気に狙われるんですか?」
真白はしばし考えた後、
落ち着いた声で言葉を紡いだ。
「榛名さんは“白い光の性質”を持っています。
生まれつき澄んだ気質で……
私たち眷属と、どこか近い性質を持つのです」
「えっ……人間なのに?」
紡ぎの金色の瞳がかすかに揺れた。
「ええ。
あれほど素直で清らかな光を持つ人間は、そう多くありません。
守護している存在がとても強いのでしょう」
真白は境内の方へ視線を向ける。
「黒い邪気は“光”を求めて寄ってきます。
榛名さんに近づいた弱い邪気は、
光に触れた瞬間──自ら砕けていたのです」
紡ぎは小さく息をのんだ。
「……じゃあ、強い邪気も来たり……?」
「ええ。
だからこそ御守を持つこと、
そして“強く消えて”と願うことをお伝えしたのです」
紡ぎは真白の横顔を見つめながら呟いた。
「榛名さん……本当にすごい人なんですね」
「ええ。
そこにいるだけで、周囲の“気”を浄化してしまうほどですよ」
紡ぎは胸の奥が温かくなるのを感じながらも、
どこか不安げに視線を落とした。
「……僕も、いつか……
榛名さんみたいに誰かの力になれるでしょうか」
真白はそっと紡ぎの肩に触れた。
「紡ぎ。
あなたはもう、人を癒していますよ」
紡ぎが驚いた表情で顔を上げる。
「え……?」
「さきほど榛名さん、抹茶を飲んだ瞬間……
肩の力がふっと抜けていましたね。
あれはあなたの光が、自然に抹茶へと乗ったからです」
紡ぎの胸が、じんわりと熱くなる。
真白は言葉をさらにやわらかく重ねた。
「榛名さんは強い光を持つ人間。
けれど、自分の意思で扱うことはできません。
だから定期的に神社へ来て、主神様の神気で整える必要があります」
「……じゃあ僕は?」
「あなたは“眷属”です。
光そのものを扱う存在。
自分の意思で、人の気を整えたり癒したりできるのですよ」
真白の声が、境内の風にとけていく。
「恐れなくていいのです。
焦らず、丁寧に……
あなたの光は、これからもっと強く、やさしく育っていきます」
紡ぎはゆっくりと頷いた。
その瞳に宿る光は、さっきよりも少しだけ強い。
境内を抜ける風が、紡ぎの髪をやさしく揺らした。
紡ぎは胸に手を当て、真っ直ぐな声で言う。
「……僕、もっとがんばります。
もっとたくさんの人を癒せるように」
真白は穏やかに微笑んだ。
「ええ。紡ぎならきっとできますよ。
あなたの光は、これからも確かに育っていきます」
その言葉に、紡ぎは嬉しそうに大きくうなずいた。
──が。
真白が次に口を開いた瞬間、
紡ぎの動きがぴたりと止まる。
「……ですが、まずは紡ぎ。
備品を壊さないように、ですね」
「……え?」
紡ぎの顔が一瞬きょとんと固まる。
真白はやわらかく苦笑しながら続けた。
「ほうきと湯呑み……今月だけで三つ。
縁様に、かなりしっかり叱られていましたよね?」
「……っ!!」
その瞬間、
紡ぎの顔色が “青ざめていく” のが分かった。
(……思い出した……縁様のあの目……あの声……!)
肩ががくんと落ち、
耳どころか尻尾までしおれて見える。
「……あ、あの……が、がんばります……
ふ、不注意……気をつけます……っ」
真白は堪えきれず、やわらかい笑いを漏らした。
「ええ。そこから少しずつで構いませんよ、紡ぎ」
紡ぎはまだ青ざめたまま、
こくこくと必死にうなずいていた。
その様子があまりに素直で、
真白はそっと紡ぎの頭を撫でた。
風が静かに境内を通り抜け、
紡ぎのたじろいだ声と真白のやさしい笑いを運んでいった。
---
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
影の恐ろしさと、神社で得られる安心──
その対比を通して、少しでも“光の物語”を感じていただけたなら幸いです。
真白と紡ぎのやり取りも、
これからもゆっくり描いていけたらと思っています。
(*´ω`*)




