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実は狐の眷属です! 真白と紡の神社日誌 ―600年前の巫女の願いから生まれました―  作者: 稲荷寿司
神無月―葵禁忌のはじまり―過去編―

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胸に巣食う黒

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。


少しでも心に残る時間をお届けできましたら幸いです。

(*´∀`)




―――龍神神社。




雫の部屋。

障子越しの向こうで、微かに悲しい気配がする。


あおい

「雫……聞こえているか?」


返事はない。


静けさが、やけに重い。


耳を澄ます。


布団が擦れる音も、

息遣いも、

何も聞こえない。


(……眠っているのか……?)


そう思おうとする。


だが。


(なぜ……返事がない?)


胸の奥が、ひやりと冷える。


(……嫌な予感がする)


ただ、胸騒ぎだけが、じわりと広がる。


葵は障子にかけた手を、いったん止めた。


無断で雫の部屋へ入るなど、

いつもの葵なら決してしないことだ。


だが――


返事がないことのほうが、恐ろしい。


指先が、わずかに震える。


「……すまない。入るぞ」


葵は小さく息を吐き、

ためらいを振り払うように、

障子を、ゆっくりと引いた。


かすかな木の軋みが、

やけに大きく響く。


部屋の空気は、まるで時が止まったかのように重い。


伏せる雫の側へ、

葵は足音を忍ばせるように、そっと歩み寄った。


畳を踏むたびに、

自分の足音が、やけに大きく聞こえる。


視線を、恐る恐る雫へと向ける。


――そこにいたのは。


泣き疲れ、静かに眠っている雫の姿だった。

小さく、穏やかな寝息。


その事実に、

葵の肩から、ふっと力が抜けた。


(……眠っているだけか……)


張り詰めていた糸が、

一瞬だけ緩む。


(……良かった……)


いつの間にか止めていた息を、

ゆっくりと吐き出す。

張りつめていた全身の力が、

静かに抜けていく。


泣き腫らした目元。

まぶたは赤く腫れ、涙の跡が乾ききらずに残っている。


葵は、

その痛々しさに、

胸の奥で安堵が痛みに変わった。


(……すぐに駆けつけられていれば……)


壊れ物に触れるように、

涙の跡へ、

そっと指先を伸ばす。


(……肝心な時に、また側にいてやれなくて……すまない……)


守ると誓ったはずなのに。

また大事なときに、

雫の隣に寄り添ってやれなかった自分を責めるように、

拳を強く握りしめる。

爪が掌に食い込むほどに。


後悔と、

どうしようもない無力感。


けれど。


ゆっくりと力を抜き、

雫の頭を、

そっと撫でた。


その時。


雫が目を覚ました。


ぽつり、ぽつりと。


しずく

「……お父さまも……

 お兄様も……

 もう帰ってこないのが……思ってたより……つらくて……」


掠れた声。

言葉の端が震え、

息がうまく続かない。


「葵さまは……私のこと、よくわかっていますね……

 お母様のこと……思い出さないままで、良かった……」


無理に笑おうとしたのか、

わずかに口元が動く。


だがその笑みは、すぐに崩れた。


まぶたは重く、

何度も閉じかけては、ゆっくりと開く。


視線は定まらず、

焦点の合わぬまま天井を見つめている。


指先が、かすかに震えている。


そして、

布団の端を掴むと、

ゆっくりと引き寄せ、

自分の顔を隠すように、頭までかぶる。


まるで、

何も見たくないとでもいうように。


心だけでなく、

身体までもが限界だった。


「……もう……何もしたくない……」


「っ……そんなふうに思うな……」


葵は、

かすれるほど低い声で、

優しく言い聞かせるように紡ぐ。


だが雫は答えず、

ふらりと起き上がった。


葵が慌てて背中を支える。


その瞬間――


葵は、凍りついた。


胸元に。


黒い穴のような、


濃い穢れが、

もやもやと巣食っていた。


(……まずい……)


平静を装いながらも、

心臓が早鐘を打つ。


(どうすれば……)


葵は焦りのなかで、

先程討伐の助太刀にきてくれた真白の事を思い出した。


(……真白くん……!)


それから葵は雫をそっと寝かせると、


「雫、今日は疲れただろうからもう少しお休み」


そう優しく告げて眠りを誘う術にかける。


それから葵は静音の元へ駆け出した。


「静音!縁さまはまだいるか!?」


だが。


帰ってきた答えは無情だった。


静音

「……もう、他の討伐地へ向かわれました……」


間に合わなかった。


葵は愕然とした。


葵の様子を見て静音もただ事ではないことが起きたのだと察し、

静かに問いかけた。


静音

「兄様……どうされたのですか?」


静音の問いに葵の表情が苦しげに歪む。


「雫の胸に……大きな穢れが……!

 真白と言う縁さまのところにいる眷属の権能で浄化してもらわないと――」


静音の喉が、こくりと鳴った。


静音

(そんな……雫が……どうしましょう、先程最後の琥珀糖は燈一朗とういちろうさまにあげてしまった……まさか雫がそんなに穢れてしまうなんて……)


静音

「雫の穢れはそんなに大きいものなのですか?!」


「……あぁ……あれではもう半刻も持たずに悪鬼に堕ちてしまう……」


言葉が途切れ、

声がかすれる。


浅く、速い、呼吸。

胸元だけが、不自然に上下していた。


こんな兄を、

静音は見たことがなかった。


静音の指先が、冷たくなっていく。


そこへ様子を見に来た澪斗がやってきて、

二人の様子に息を呑んだ。


澪斗

「兄さまも、姉さまも、いったいどうされたというのですか?!」


澪斗の声に静音が振り返る。


葵は聞こえていないのか、

ぶつぶつとなにかを呟きながら微動だにしない。


澪斗は静音のもとへ駆け寄ると、


澪斗

「葵兄さまは、どうなさったのですか?様子がおかしすぎます!」


澪斗は静音の袖をぎゅっと掴み問いただす。


静音は澪斗の不安気な表情にいったん冷静になり、


静音

「葵兄さまは、討伐から帰ったばかりでお疲れのようです。

少し休ませてあげたいので、私の代わりに澪斗は炊き出し場のお手伝いに向かってくれますか?」


静音は自分でも苦しい言い訳だとは思いながらも、


静音

(澪斗は賢い子だから、きっとなにかあったことは察しているはず……)


澪斗は一瞬、兄の顔に視線を向けた。


その目の奥にあるものを見て、

言いかけた言葉を、飲み込む。


そして、

澪斗は、しばらく黙った。


澪斗

「姉様を信じます。だから兄様を助けてあげてください。

炊き出しの手伝いは僕にお任せください。」


そう言って静音の掌にそっと琥珀糖の飴を差し出した。


静音は今まさに求めていた飴が掌にあることに驚きながらも、


静音

「澪斗!この飴はどうしたのですか?!」


そう興奮気味に澪斗に尋ねる。


澪斗

「先程縁さまという方からいただいた疲れが取れる飴ですよ。

僕は疲れていないので、兄様が疲れていらっしゃるなら兄様にあげてください!」


澪斗はそう言って静音の掌に琥珀糖を置くと、

くるりと振り返り炊き出し場の方へと走っていった。


静音

(……縁さま、また私たちを助けてくださるのですね)


静音

「このご恩はいつか必ずお返しします」


静音は葵の近くに来ると、飴を見せる。


静音は、震える指で琥珀糖を掲げた。


透き通る琥珀色が、

灯りを受けて、かすかに光る。


重く沈んでいた空気の中で、

それだけが、小さな希望のように輝いていた。


「兄様……この琥珀糖を、雫へ」


「……こんな飴が、なんだって言うんだ……!」


葵の声は、震えていた。


だが、

琥珀色の光が、

かすかにその瞳に映る。


葵は言い終えると、

一瞬だけ黙り込んだ。


焦りと苛立ちから口調が強くなってしまったことに、

自分で気づいたのだ。


それから、

努めて冷静になろうと堪えながら、


「……すまなかった、静音……」


兄の様子に静音は小さく首を横に振った。


静音

「いいのです。兄様、この飴には、

真白さまの神気が込められています。

これだけでも、真白さまの浄化の力が得られるのです」


葵は息を呑む。


「……ほんとうか?……そんなことが……できるのか?」


静音

「兄様!信じてください!

だからこの琥珀糖を早く雫に!」


「……これを雫に使ってもいいのか……?」


静音

「当たり前です!

こんな時の琥珀糖ですから!」


静音の力強い言葉に葵は一気に冷静さを取り戻し、


「ありがとう、静音」


静音

「兄様、まずはこれを雫に!お礼はその後です!」


そう言って静音は琥珀糖を葵に渡す。


葵はそれを大事そうに受け取ると、

二人は雫の部屋へと走った。



ここまでお付き合いくださり、心より感謝申し上げます。

皆さまの応援やご感想が、執筆の大きな励みになっております。

次話も丁寧に紡いでまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。(人´∀`).☆.。.:*・゜

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