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【実は狐の眷属です!真白と紡ぎの神社日誌】  作者: 稲荷寿司
「実は狐の眷属です!真白と紡の神社日誌」

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10/50

【後編】【前世に別れ、今世に微笑みを】

倒れた遥の前に現れたのは、前世の魂の残滓――

恐怖に震える少年の姿。

真白たちの祈りと力で、黒いモヤに覆われた少年を守り、浄化していく。

心の闇が光に変わる、冬のひとときの奇跡の物語です。


---


やがて湯気の立つ茶碗を前に座ると、遥の表情がゆっくりと緩んでいく。

抹茶をひと口含むと、ほどよい苦味とやさしい甘みが胸の奥に染みわたり、

ようやく、心が静かに落ち着いた。


真白はその様子を見つめ、静かに頷いた。

「少し落ち着かれたようですね」


「はい……ありがとうございます」

遥は小さく笑い、茶碗を両手で包み込む。


しばしの沈黙ののち、遥はふと視線を落とした。

「……あの、最近よく夢を見るんです」


真白は優しく頷き、続きを促す。

「夢、ですか?」


「はい。ずっと昔の景色とか……知らないはずの場所なのに、すごく懐かしい感じがして。

小さいころから何度も見るんですけど、最近また増えて……夜、眠れない日もあって」


遥の声には、かすかな戸惑いが混じっていた。

真白は少しだけ目を細め、湯気の向こうに視線を落とす。

「……そういうお話、実は時々伺うんですよ」


「えっ?」


「この神社でも、幼いころから同じ夢を見るという方がいらっしゃいました。

その夢の意味に気づいたとき――前世の記憶だったと分かると、不思議と夢を見なくなったそうです。」


「……前世、ってことですか?」

遥は茶碗を見つめたまま、小さくつぶやく。


真白は穏やかに微笑んだ。

「はい。けれど、それは怖いものではありません。

“今”のあなたがどう生きるか――それを教えてくれる、記憶の名残かもしれませんね」


遥はその言葉に「……そうだといいな」


真白はしばらく湯気を見つめたあと、静かに言葉を添えた。

「受験勉強も続いて、心も身体も少し疲れていらっしゃるでしょう。

もしよければ、神様の前で心を整えてみませんか?」


遥は少し驚いたように顔を上げる。

「え……?」


「いま、受験生の方に向けた“合格祈願”のご祈祷を行っているんです。

祈りの時間を通して、少しでも気持ちが軽くなればと思いまして」


遥は短く息を吸い込み、そして小さく頷いた。

「……お願いしてもいいですか?」


真白は穏やかに微笑み、ゆっくりと立ち上がった。

「もちろんです。では、ご本殿へ参りましょう」


縁、紡、優羽も静かに集まり、やがて本殿には柔らかな光が差し込む。

そこから――穏やかな“浄めのひととき”が始まった。


神主である縁が遥かに静かに告げる

「では遥くん、ご祈祷中は目を閉じて心を落ち着けましょう。

神様に、今の想いをそっと伝えてください。」


少し緊張した面持ちの遥は、胸の鼓動を意識しながら

「あ……はい」と小さく答えた。

目を閉じると、静寂の中で自分の鼓動がやけに大きく響いているように感じた。


やがて、縁の穏やかな声から紡ぎ出される祓詞が本殿に響く。

真白、紡、優羽もそれぞれ祈りの形をとり、

空気がゆっくりと澄んでいく――ご祈祷が始まった。


神鈴の音が静寂の中に溶け、淡い光が遥を包み込む。

真白はそっと目を細め、心の中で呟く。


――これで、遥くんの心の穢れは祓い切れた。

……けれど、何かが……まだ。


その瞬間、遥の胸の奥底がざわりと揺らいだ。

黒いモヤが静かに、しかし確かに放出され、空間に漂う。

その濃密な影に、遥の意識は圧し潰され


目の前でモヤがわずかに集まり始めた瞬間――

遥は息を詰め、視界が歪み、体が鉛のように重くなる。

膝から崩れ落ち、意識は深い闇に飲み込まれた。


真白は瞬時に駆け寄り、紡も祓串はらえぐしを構える。


黒いモヤが空間に揺れ、次第に中心へと吸い寄せられていく。

渦のようにまとまりながら、やがてその中心に、かすかに人影が浮かび上がった。

最初は輪郭だけがぼんやりと見える程度だったが、揺れる黒の中から、徐々に少年の姿が形を取っていく。


その中で、少年はただ叫んでいた。

声も表情も、恐怖と痛みが渦巻くかのように、空間を震わせている。

“I’m scared!”

(怖いよ!)


モヤが震えるたびに、声が空間に響き渡り、耳を刺すように突き刺さる。

“Mom, where are you?!”

(ママ、どこ!!)



手を伸ばすが、まだ触れることもできず、影の壁に阻まれる。

“It hurts! I don’t want this!”

(痛いのやだよ!)



黒いモヤの中で小さく揺れる少年の体が、苦しみと絶望に引き裂かれるように震えた。


縁の目が見開かれ、思わず声が漏れた。

「……まさか……!」


そしてすぐに表情を引き締め、低く呟く。

「分からないはずだ……。

 だが――あれは、前世の魂の残滓だ。」


その言葉に、真白と紡ぎも息を呑む。

「……前世の?」

紡ぎは小さく声を震わせる。


縁は素早く指示を出す。

「真白くん、紡くん! 遥くんの身の安全確保が最優先だ!


 優羽さん! 前世の魂の残滓は悪鬼に近い。討伐しても問題ないです!できそうですか?」


優羽の手元にあった祓串が剣に形を変えへ、力強く応じた。

「了解……任せて!」


真白と紡ぎは頷き、遥を守る態勢を整える。


残滓の少年は、痛みと恐怖を抱えたまま光と影の間で揺れる。

黒いモヤの中で小さく震え、絶叫が空間を切り裂く。

境内の空気はざわめき、鈴の音すら掻き消されるほどだった。


黒いモヤの中で、残滓の少年の瞳が狂気に染まり、突然手を伸ばした。

その力は倒れている遥かに襲いかかる――だが、意識のない遥は抵抗すらできない。


「かけまくもかしこき、はらえたまえ、きよめたまえ、かしこみかしこみまおす」

縁の声が響き渡り、遥かと真白、紡達3人を囲むように淡い光の結界が瞬時に生まれる。


黒いモヤがぶつかる瞬間、残滓の力は弾き返され、その反動で本殿から外へと押し出された。


続けざまに、真白が祓串を掲げ、浄化の力を解き放つ。

黒いモヤが弾け、残滓の動きが一瞬鈍る。

「―離れろ!」

真白の声が力強く響き、結界と浄化の光で意識のない遥を必死で守る。


しかし残滓は、恐怖と痛みに歪んだまま、光と影の境界で小さく震え、暴れ続ける。

優羽が一歩前に踏み出し、剣を握りしめる。

「――任せて! 絶対に倒す!」


残滓の少年が手を振り上げると、暗黒の波動が境内に広がる。

優羽が剣を構え、防御の構えを取りながら応戦するが動きが早いせいか押されている、(動き早すぎ!くっ!)


縁が優羽と連携して攻撃を封じる。


光と影が交錯し、衝撃と閃光が境内を揺らす――戦いの幕が上がった。

遥は無力に倒れがりながらも、真白達の必死の戦いに守られている。


残滓の少年は、怒りと恐怖に満ちた声を上げ、黒いモヤを渦巻かせる。

その手が振り下ろされるたびに、結界の光がひび割れるように震え、砂利や落ち葉が舞い上がる。


少年の叫びが空間を震わせる。


「“I don’t want this…! I’m scared…”」

(痛いのやだよ……怖いよ……!)


悲鳴に混じる絶望が、黒いモヤを一層ねじ曲げる。


残滓の少年はうなり声を上げ、影の手で優羽に襲いかかる。

だが、真白と縁が連携して結界を補強したため、攻撃は優羽に届かず、ぎりぎりのところで防がれた。


「優羽! 一瞬だけ、あの影を拘束する!」

真白が叫ぶと同時に、足元に五芒星の陣を展開した。


光が陣を描くと、少年の動きがピタリと止まる。

影の手は空を切り、うなり声だけが残される。


その隙に、優羽は一歩踏み込み、剣の刃先を黒いモヤに深く差し込んだ。

「ここまでだ!」


衝撃と共に、黒い影は裂け散り、渦巻いていたモヤは空間に散る。


残滓の少年はもがきながらも、力なく膝をつき、うめき声をあげる。

優羽は剣を構えたまま一歩前に出て、確実に制止する。

「これ以上は、もう終わりだ――!」


黒いモヤが飛散し、少年の姿は力なく縮こまったまま、静かに立ち尽くす。

優羽の剣先に、残滓が最後の抵抗を見せることはなかった。


「“I don’t want this…! I’m scared…”」

(痛いのやだよ……怖いよ……!)


残滓の少年はまだ小さく震え、その姿は、恐怖と痛みを抱えた子供そのもの――戦場ではなく、守られるべき存在だった。


真白は残滓の少年の傍に膝をつき、そっと肩に手を置く。


「“You’re safe now. There’s nothing to be afraid of anymore.”」

(大丈夫、もう怖くないよ――)

真白の声は柔らかく、静かに少年の胸に届く。


少年の肩がわずかに震え、影の色が少しずつ薄れていく。

真白は静かに微笑み、手をそっと差し伸べた。


縁は深呼吸し、祓串を静かに下ろす。


「大丈夫……怖がっているだけで。悪意はないよ……」


優羽は剣を握ったまま、息を整えながら残滓の少年を見つめる。


黒いモヤはまだ完全には消えていないが、真白たちの結界と祓串、剣の力により、少年はもはや暴走しない…


真白は、まだ小刻みに震える残滓の少年を見つめ


「“You’ll be able to see Mama soon, so you can sleep peacefully. It’s alright.”」

(もうすぐお母さんに会えるから、安心して眠っていいよ)


柔らかな声が、まだ黒いモヤをまとった少年の耳に届く。


優羽は剣を下ろし、そっと肩の力を抜く。

縁は結界をゆっくり解きながら、祓串の光を残し、周囲を落ち着かせる。


少年は震えたまま、視線を真白に向ける。


声はかすれ、涙が頬を伝う。

“Really… can I see Mama?”

(ほんとに……ママに会えるの?)


真白は優しく微笑み、静かに答える。

“Yes, really. You’ll see Mama soon, so there’s nothing to worry about.”

(うん、本当だよ。もうすぐママに会えるから、心配しなくて大丈夫)


少年は小さく頷き、目を閉じた。

その瞬間、黒いモヤが穏やかに揺れ、徐々に柔らかな光を帯び始める。


真白はそっと腕を差し伸べると、少年は自然とその胸に身を委ねた。

体を包み込むように光が広がり、黒い影はゆっくりと淡く溶けていく。


光はやがて少年の形をそっと包み込み、ふわりと消えていった。

真白は静かに腕を下ろし、心の中でそっとつぶやく。

(穏やかに眠って……もう、何も怖いことはないよ)


境内には、祓串や結界が残した柔らかな光だけが残り、

深い静けさと、ほんのりとした安堵が満ちていく。


少年は、もう痛みも恐怖も抱えることなく、優しく眠りについたのだと、

真白はそっと感じていた。



---


縁は祓串を静かにしまいながら、本殿の空気を整える。

「これで、本当に一段落です。皆さん、よく頑張ってくれました。」


倒れたままの遥はまだ意識を失ったままだ。


優羽も剣を納め、深く息をつく。

「……無事でよかった」


冬の光の中、守られた小さな平和が、境内に静かに戻ってきた。



---


遥は暖かな布団に包まれ、ゆっくりとまぶたを開けた。

見慣れない天井と、障子越しに差し込むやわらかな光。

まだ夢の中にいるような感覚のまま、ぼんやりと瞬きを繰り返す。


少し首を動かすと、布団のそばに真白と紡の姿があった。

二人は静かに椅子に腰かけ、心配そうに遥を見守っていた。


「……ここは……」

掠れた声で問いかけると、縁がそっと傍に近づいてきて微笑む。


「遥くんはご祈祷の最中に気を失ってしまったから、社務所に運んで休んでいただいてました」


「あ……そうだったんですね……」


---


遥はゆっくりと体を起こし、背中を支えるように真白が手を添える。

その手の温かさに触れた瞬間、張り詰めていた何かがふっとほどけた。


「体の調子はどうですか?」

紡が穏やかに尋ねる。


「体がすごく軽いです……久しぶりに、ぐっすり眠れた気がします」


「もう大丈夫。無理しすぎたのかもしれないね」

真白は優しく微笑みながら言う。


「本当に倒れた時はびっくりしたんだよ」

紡も安堵の息を漏らし、少し照れたように笑った。


遥は小さく頷き、深く息を吸い込む。

外から差し込む冬の光が、畳の上でゆらゆらと揺れている。

その穏やかな空気の中で、胸の奥のざわめきが消えているのを感じた。


しばらくして、縁がそっと声をかける。

「もう少し休んでても大丈夫ですが、体調が落ち着いたなら帰っても大丈夫ですよ」


「はい……ありがとうございます」

遥は布団の端を整え、ゆっくりと立ち上がった。

昨日までの重たい感覚が遠くに溶けていくようだった。

帰り支度をしていると


真白が手に取ったコートをそっと差し出す。

「冷えますから、しっかり着てくださいね」


遥はコートを受け取りながら、小さく笑みを浮かべた。

「……はい」


袖を通すと、不思議と胸の奥に温かさが広がった。

まるでコートが、誰かの想いごと包み込んでくれるようで。


遥は冬の光の中を一歩一歩、軽やかに歩き出した。


振り返ると、真白と紡が並んで見送ってくれている。


二人の笑顔に小さく会釈を返して鳥居をくぐり抜けて行った。


(昨日までの胸の重さが、まるで消えてしまったみたい……。ご祈祷のおかげかな……)


柔らかな冬の光が背中を包む。

遥は小さく笑みを浮かべながら、安心と温かさに満たされ、未来へと歩みを進めた。


ご祈祷も終わり、縁が皆に向かって微笑む。

「今日は本当に、よく頑張ったね。ご褒美に……主神様からお稲荷さんを頂いたよ」


小さな包みを受け取った瞬間、紡ぎの目が輝いた。

「わぁああ! 嬉しい!!」


その喜びがあまりに大きすぎて――気づかないうちに、紡ぎの姿はふわりと小さな狐の姿に変わっていた。

しっぽを振りながら包みを抱え、ぴょんぴょん飛び跳ねる紡ぎ。

「 わー!うれしい!!」


真白はくすっと笑い

「紡ぎ……その嬉しさは伝わったよ」


優羽も笑顔で首を振りながら

「ちょっと狐姿、可愛かったな……」


縁もにこやかに、狐姿の紡に

「次は、もう少し落ち着いて喜ぼうね、紡ぎくん」


紡ぎは少し恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、心の底から満足そうに包みを抱きしめた。

そして小さなしっぽをぴょこぴょこと振りながら、ふわりと跳ねて喜びを表現する。

「はい! でも本当に嬉しかったんですもん!」


冬の柔らかな光の中、境内には笑い声と穏やかな余韻が静かに広がった。



最後までお読みいただきありがとうございます。

(*´∀`*)

恐怖も不安も、温かな祈りで溶けていく。

そんな物語にしたくて書きました。面白く読んでいただけたら幸いです。

作中に出てくる祓串("はらえぐし"は神主さんがファサファサ振ってるお祓い棒の事です)


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― 新着の感想 ―
今回は起承転結の振り幅が大きくて、めっちゃドキドキしました!!!読み終えた後もドキドキ感と最後のホッとした感じ、いつものちょっとした紡ぎくんの可愛さがすごく面白かったです!!!
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