魔王の旅立ち。そして勇者は……?
「さて、これからのことについてだが……」
二重の意味で異界からの客人、カズトを見送った俺は、改めて、周りの女の子たちを見る。
俺の右腕に捕まっているのがアスカ。今、見送ったカズトと一緒に来た女の子。
左腕には、アスカに対抗するように、しがみついているエレナ。そして俺の服の裾を恥ずかしそうにしながらつまんでいるセシル。
二人とも、アスカたちが来る少し前に、ここにいた少女だ。
この二人と詳しい話をしようとしていたところにアスカたちが来たので、話し合いが中途半端になったままだったのだ。
淡い光が差し込む石造りの回廊の一角に拵えられたティーサロン。
ひんやりとした空気の中に、どこか柔らかな気配が混じっていた。
「ほんとによかったの? オトコを追いかけてたんでしょ?」
エレナが、からかうように唇をゆがめた。
挑発というより、半ば照れ隠しのような響きがそこにはあった。
アスカは、わずかに目を伏せてから、静かに首を横に振る。
「もう、いいの。私には、カナ――いえ、レイさんがいるから」
その声はまるで、自分に言い聞かせるように、けれど確かな温もりを帯びていた。
「レイさんは私のだからね」
エレナが即座に言い返し、俺の腕を抱きしめる腕にギュッと力を込める。その声音は冗談めいているが、瞳の奥は意外なほど真剣だった。
「いいえ、わたしのですよっ!」
アスカが頬を赤く染め、こちらもまた、俺の腕にぎゅっとしがみつく。
気づけば、二人の少女が俺を挟んでにらみ合っていた。
エレナの唇が小さく震え、アスカの指先が胸元で強く握られる。
視線がぶつかるたび、空気がきらりと火花を散らしたように見える。
――えっと、どうしよう?
ここは昔のドラマのヒロインのように「私のために争わないでぇ~」とかやるべきなのだろうか?
……いかん、想像しただけで気色悪い。。
俺は、ため息をつきかけたが、二人の顔が同時にほころぶのを見て、言葉を失った。
「……ふふっ」
「ふふふ……」
どちらからともなく、笑い声がこぼれる。
その笑いは、張り詰めた空気を溶かし、やがて回廊に柔らかく広がっていった。
……意外と気が合うのかもな?
二人ともジョブも似通っているし、何より、二度と戻れないかもしれない、故郷から遠く離れた異世界で出会った同郷、同世代、同性の相手なのだ。
俺が思っている以上にこの出会いは互いにとってかけがえのないものに違いない。
――この世界に召喚され、失ったものは多かったと思う。
けれど、こうして笑い合う声があるなら、悪くないのかもしれない。
アスカがちらりと俺を見る。その瞳には、確かな愛情が宿っていた。
エレナも負けじと微笑み、言葉にしない想いを投げかけてくる。
俺は、ほんの少しだけ肩をすくめて苦笑した。
「まったく……どちらも、俺のものだ。言っておくぞ「魔王からは逃げられない」とな。俺はお前らを手放す気はないからな。」
そう言いながら二人をぎゅっと引き寄せる。
その言葉に、二人はまた顔を見合わせ、今度は声を立てて笑った。
石壁に響く笑い声が、まるで遠い昔の記憶を呼び覚ますように、あたたかく響いていた。
和やかな雰囲気の中、ツンツンと裾が引っ張られる。
振り返ると、裾をつかんだままのセシルが涙目になっている。
「魔王サマ……私は?」
「あ、あぁ、セシルももちろん俺のものだぞ?」
そう答えながら、俺は内心動揺する。
できれば抱き寄せたいのだが、あいにく俺の両腕はエレナとアスカにがっちりとつかまれていて動かせない。
それを悟ったセシルは、少し悲しそうな表情を作った後、ぎゅっと背中に抱き着いてくるのだった。
◇
「さて、改めて今後のことを話すぞ。」
女の子たちと、夜に仲良しをする約束をし、ようやく落ち着いたところで、俺は改めて口を開く。
「とりあえず、ここにいる4人でイーリシアを目指す。」
「イーリシアって……ここからは大変って言ってなかった?」
俺の言葉を聞き、エレナがそう声を上げる。
「普通ならな。だが「こういうこともあろうか」と、実はダンジョンの拡張をしていたんだよ。」
「出たわね、「こういうこともあろうかと」が。」
アスカが呆れたようにつぶやく。
なんでも、アスカの幼馴染というのが重度のオタだったため、アスカも、意外とネタやお約束に詳しいらしい。
……まぁ、ツッコミ役がいるのはいいことだ。ツッコミ不在のボケほどむなしいものはないからな。
「拡張?」
アスカのつぶやきを気にも留めず、エレナが気になった部分を聞いてくる。
「あぁ、説明してなかったが、俺に与えられたギフトは「ダンジョンマスターだ」細かいことは面倒なので省くが、俺の力を使えば、ダンジョン間の移動は簡単にできるんだ。だからエレナから話を聞いた時、近くにダンジョンがないかどうかを確認させていたんだよ。」
ダンジョンマスターの能力の一つに「ダンジョンワープ」というものがある。
これは、支配下にあるダンジョン内であれば、どこにでも自由に移動できるというもの。
自分ひとり限定ではあるが、複数人で移動するなら、条件はあるが、同様の効果がある「ダンジョンゲート」が使える。
そして、エレナたちが最後にいたというフォーデンの街の、海を越えたこちら側にある「マーレスタ」という街近辺に廃棄されたダンジョンがあるのを見つけ出し、ゴブゾウ達、ホブゴブ部隊が制圧に行き、支配下におさめたという報告が入ったのが、つい昨日のこと。
「カズトに憑いていたポンコツ女神のおかげで、こっちの女神もしばらくは動けないらしいし、この機会に、人族の街へ繰り出そうじゃないか。」
「人族の……町?」
怪訝そうな顔をするアスカに、エレナがイーリシアの街が発祥と思われる魔道具の数々のことを説明する。
「ドライヤー……シャンプー……何それ、ずるいっ!」
「アスカもそう思うよねぇ。」
エレナがうんうんとアスカに頷く。
「カナ……じゃない、レイフォードさんっ!行きましょう、すぐ行きましょう!イーリシアの街を占拠しましょうっ!そこにいる発案者を作業員を捕虜にして、化粧品を作らせましょうっ!」
……いや、占拠はしないし、捕虜にもしないからな?
少しガクブルしながらアスカを見る俺。
アスカはエレナと、口紅がどうの、とか、リンスが……とか話し合っている。
漏れ聞えてくる話では、カズトは公衆浴場や非常食など、向こうの知識を使って色々してたそうだが、所詮は男目線であり、女の子にとって必要不可欠な美容製品、スキンケア用品などには全くの無頓着だったらしい。
……うん、覚えておこう。
俺は、そのまま、美容からファッション関係まで話がはずんでいるアスカたちを放置して、簡単に今後の計画を立てる。
まず、準備を整えてから、明日にでもマーレスタの街の近くにあるダンジョンへと移動する。
準備といっても、換金率の高そうな素材や鉱石などをまとめるぐらいだが。
そのほかの準備は大体終わってるしな。
旅に必要なものなんかはマーレスタで揃えればいいだろう。
マーレスタでは、俺とアスカの冒険者登録をしてエレナたちとパーティを組んでから、海を渡る手段を探す。
エレナとアスカは、アスカが防御よりでエレナが攻撃よりという差があるものの、ともに是寧を任せられる魔法戦士であり、セレナは、回復と支援ができる後衛。
そして、俺は奇襲をメインとした遊撃と、それほど悪くないパーティ構成で行けると思う。
まぁ、欲を言うなら、盾役ができる戦士と火力重視の純メイジがいれば尚いいんだけどな。
盾役は、女神騎士団で捕らえたものから適当に見繕うのもいいかもな。
とりあえずはこのメンバーでなら、そこそこの依頼も受けれると思うし、情報も次第に集まってくるだろうと予測できる。
海さえわたってしまえば、イーリシアまで数日ということなので、情報を集めながらゆっくりと向かえばいいだろう。
それからのことは行った時次第だな。
今ある情報から見ても、イーリシアには召喚もしくは転生した日本人がいることは間違いないと思う。
というのも、向こうでの知識がないとまずは出てこない魔道具が出回りすぎている……まるで、「ここに日本人がいる」といわんばかりに……。というか、無垢も、同じ立場の人間を探しているのではないかと覆う。
ただ、その相手が敵か味方かはわからないので、慎重に動く必要があるのだが、それは向こうも同じだろうから、相手の動きに合わせて対応していくのがいいのかもしれない。
どちらにしても、少し長い旅になるかもしれないな。
そんなことを考えているとシェラから声がかけられる。
「どうした?」
「いえ、先にこのダンジョンを中心とした拠点を拓くと伺っていたものですから……。フォーラスの街は放置でよろしかったのですか?」
「あー、そうだな。とりあえずは様子見で。ここはカミラとシェラに任す。無理しない程度でな。……多分……だが、イーリシアの街の人材が、この先必要になってくると思うから、早めに確保したほうがいいと思う。」
「ご主人様の「神託」は無視できないものがありますからね……、」
シェラが少しだけ残念そうなため息をつくのだった。
……タダの「勘」なんだけどなぁ……。
ということで、魔王様ご一行が、拠点を出て人族の街を目指します。
果たして、勇者御一行様と出会うのでしょうか?
ということで次回予告
塩の生産と独自の魔道具開発により、見違える発展を遂げたイーリシア。
街のうわさを聞き付け、亜人たちが集まり、さらなる発展を遂げていく。
同時に利権を求めて、冒険者や商人たちも集まり、るつぼと化していく街。
そしてその発展の立役者となった、幼き支配者イーリスとその仲間たちは……??
ということで、次回からはカナミサイドに戻ります……多分。
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