魔王様と転移者 前編
「遅かったわね?」
カミラがジト目でレイフォードを見る。
「いやこれでも頑張って急いんだぞ。おかげで満足させてやれてないし。」
レイフォードがちらっとシェラを見る。
彼女は顔を真っ赤にしてうつむいたままだ。
「はぁ……浮気?浮気なのっ!」
カミラが目を吊り上げて迫ってくる。
「う、浮気じゃないですぅっ!カミラ様だって、レイ様をシェアしてもいいっておっしゃってくれたじゃないですかぁっ!」
「うっ、そ、それはっ……。」
思いもかけないシェラからの反撃に、カミラが言葉に詰まる。
「シェアしてもいいっておっしゃた割にはカミラ様が独り占めしてるじゃないですかぁ。たまには私だっていちゃいちゃさせてくださいっ。」
「……うぅ、シェラ、言うようになったわね。」
「はい、烏滸がましいかもしれませんが、私は本気でカミラ様とレイ様と、共にありたいと思っていますから。」
その言葉にレイフォードもカミラも感激する。
「うんうん、シェラ。よく言ってくれたわ。うれしいわ。」
カミラがシェラをぎゅっと抱きしめる。
「カミラ様……、」
シェラがカミラの胸に顔をうずめ、カミラが応えるように腕に力を込める。
「それはそれとして、あとでお仕置きね。」
lな、なんでですかぁっ!……ってか、い、痛いですぅ、放してくださぁいぃぃぃ……」
カミラから逃れようとじたばたするシェラ。それを逃さないように、と笑いながら抱きしめるカミラ。
うんうん、女の子同士のじゃれ合いは尊いなぁ。
レイフォードは微笑ましく見守っていると、ふいに声がかけられる。
「ボス。時間がかかるようなら、先に楽しんできていいだか?」
ミノタウロスのミノちゃんがそう声をかけてくる。
その手が持つロープの先には、襲撃者と思われる冒険者の姿があった。
「あぁ、いいぜ。好きなだけ楽しんだら、あとは好きにしていい。一応、尋問は忘れるなよ?」
「感謝するだ。」
ミノちゃんはそう答えると、襲撃者の方へ向かっていく。
「な、何……何する気なのっ!」
魔法剣士の少女が、迫りくるミノちゃんの姿を見て、おびえながらも気丈に声を張り上げる。
ミノちゃんの手が伸び、魔法戦士の少女とクレリックの少女をつかむ。
体長3mのミノちゃんの大きさからすれば、少女たちは子供どころか人形のような存在だ。
「い、いや、いやぁぁっっっ!!!」
たまらず叫び声をあげる少女。
しかし、ミノちゃんは、そんな少女二人の叫びにかまわず、レイフォードの前に放り投げ、筋骨隆々な大楯餅の騎士の装備を楽しそうに剝いでいく。
「ぐふふ……鍛えられた筋肉ぅ……!!」
「へっ?」
目の前で、勇者を名乗る剣士と大楯持ちの騎士の装備を、嬉しそうに剥いでいくミノタウロスの姿を見て、魔法戦士の少女から、間抜けな声が漏れる。
「あぁ、あいつな、筋肉が大好きでなぁ。基本、筋肉より脂肪分が多い女の子には興味がないんだよなぁ。」
「そ、そうなんだ。」
横からかけられた声につい答えてしまう少女。
「あ、挨拶が遅れたな。俺はレイフォード。一応魔王をやっている。」
「あ、ご丁寧にどうも。私はエレナ。魔法戦士です。でこっちがクレリックのセシル……って、なんで和んでいるのよ、私っ!」
一応丁寧に応えるあたり育ちがよいのだろうとレイフォードは思う。
「まぁまぁまぁ、とりあえずあっちでお茶しながら話を聞かせてもらえるかな?」
「……捕まった私たちに選択権はないのかもしれないけど……酷いことしないでくれる?」
「酷いことって?」
彼女が言いたいことがわからなくもないが、面白そうなので聞いてみる。
「え、その……え、エッチなこと……とか?」
「あぁ、とりあえず俺はしないぞ?」
「そう……ならよかっ……って、今とりあえずって言ったっ!!俺はって言ったぁぁぁぁっ!!」
どういう意味、と詰め寄ってくるエレナ。
自分が捕虜ということを忘れていないか?
そう思いつつも楽しくなってきたレイフォードは、わざと不安をあおるように告げる。
「俺は手を出す気はないんだけどなぁ、あっちが女の子大好きでなぁ。」
折よく、シェラといちゃついているカミラを指さすレイフォード。
「えっ、私、女の子相手に大人の階段上らされちゃうの?初めてが女の子?どうしよ……そういう場合のことは考えてなかったわ………でも………。」
ちらっとレイフォードを見るエレナ。
「うん……顔は悪くないわ。でも初めての相手には、少し……どうしよ?70点で妥協する?女の子相手よりは……、」
何やら失礼なことをぶつぶつ言いだすエレナ。
「あのなぁ、70点で悪かったな。そんなこと言ってると、本当にひどい目にあわすぞ?」
「ひぃぁっ!!」
聞かれていたとは思っていなかったらしく、驚きの悲鳴を上げるエレナ。
「あのぉ……一応聞いておきますけど、ひどい目って……。」
「ん?くっころとか?」
思わず向こうのネタが口に出るレイフォード。
まぁ、意味が通じないからいいだろうとすぐ思い直す。
「くっころって……女騎士じゃないもん、そんなこと言わないもん……、」
なぜか涙目になっているエレナ。
話が進みそうもないので、とりあえず、と二人の手を引いて体を起こし、奥にある転移陣へと誘導する。
「カミラ、先に行ってるからな。」
一応、シェラといちゃついてるカミラにも声をかけておいて転移陣を起動させる。
これは、ダンジョンとダンジョンをつなぐ移動装置のようなもので、行き先は色々と変更ができる。
今回、エレナとセシルを連れてきたのは、普段レイフォードたちが居住している屋敷のサロンだ。
「今、お茶を用意させるから、座って待っててくれ。」
レイフォードがそう声をかけると、二人は落ち着きなくそわそわしながらも、黙って席に着く。
「後、それ、窮屈かもしれないが、我慢してくれると助かる。」
レイフォードは二人の首に装着された首輪を指し示しながらそう言う。
その首輪は「魔封じの首輪」といって、装着者の体内魔力を制御し、魔法を使えなくするというもので、二人に抵抗されたらまずいということでつけさせてもらった。
二人にしても、ここで逆らって悪印象を与えるより、黙って従って交渉したほうがいいと考えたのか、おとなしく従ってくれた。
「とりあえず、エレナとセシルのことを聞かせてくれないかな?後、あの二人のことも。」
始まる尋問タイム。……といっても、お茶を飲みながらの断章みたいなものなので、最初はこわばっていた二人の表情も、お茶菓子を口に含み、2敗目のお茶に口をつけるころには、だいぶ和らいでいた。
「……って感じで、このダンジョンの踏破をしようってことになったわけ。」
エレナがこれまでの経緯を話してくれる。
セシルは元々おとなしい性格なのか、ほとんど口を開かず、たまにエレナのフォローをするくらいだったが、それでも、その表情を見れば、多少は心を許してくれているというのはわかる。
エレナの話を要約すれば、エレナはフリーの冒険者。魔法戦士であり、簡単な治癒魔法も使えることから、普段はソロで活動していたという。
セシルは、ある教団に属するクレリック。ただ、その教団というのが、戦女神を祭る教団であり、その教えに従い、旅をしていたところエレナと出会い、一緒に行動していたという。
そんなある日、たまたま立ち寄った街で、自称勇者に声をかけられ、エレナもセシルも利害が一致したために、一緒にダンジョン踏破に臨んだというのだ。
「ちなみに、その「教え」というのは?」
「はい、戦女神マルスレイ様のお言葉で「戦え!すべては戦いで解決する!言葉は拳で交わせ!心は肉体をぶつけ合え!友情も愛情も戦いの後に得られるものと知れっ!」……というものです。」
「……」
レイフォードは言葉が出なかった。
……どこの脳筋だよ、っと、ツッコミたくなるのを抑える。
……というのに……。
「どこの脳筋よって話だよねぇ。」
エレナがツッコむ。
「そういうわけで、私たち下級神官は、心が赴くままに旅をし、その行程でマルスレイ様に胸を張ってお伝えできる戦いを経験して階級を上げていくことが課せられているのです。」
そうセシルが言う。
セシルの利というのは、魔王が存在するかもしれない、と言われているダンジョンであれば、かなり高度な戦いになるだろうと思われ、その戦いを制することが出来れば、確実に位が上がるだろうというもの。
魔王相手ではいささか厳しいものがあるが、あくまで噂であり、また、確証はないが、声をかけてきた剣士は、勇者と名乗るからにはそれなりに腕が立つだろうという期待もあったからだ。
「なのに、ミノタウロスを見ただけでビビって……まったく、役立たずのくそ野郎でしたわ。私ももっとみる眼を磨かないといけませんわね。」
ぼそりとつぶやくセシル。
どうやらこの毒舌が彼女の素らしい。
レイフォードは気づかぬふりをして、エレナに視線を向ける。
「で、エレナの利っていうのは?」
エレナはしばらく逡巡していたが、ぼそっと呟く。
『私の名前は江崎麗奈。これでわかる?』
突然聞こえた懐かしい言葉。
レイフォードはがたっと立ち上がるとエレナをお姫様抱っこする。
「悪いか1時間ばかりゆっくりしていってくれ。何かあれば、メイドに声をかけてな。」
セシルにそう言いおいて、そのまま奥の部屋へとエレナを連れ込むと、設置してあったベッドの上にエレナを下ろす。
「えっ……私、襲われるの?」
エレナの戸惑いとも恐れともつかない声が静かに響いた。
突然降ってわいたヒロイン候補エレンちゃん。
本当はただのモブであり、数行で終わる存在だったはずなのですが……
「これ転移者にしたら面白くね?」という悪魔のささやきにより、急遽プロットが練り直され、モブからヒロイン候補に駆け上がった、シンデレラエレナちゃんの爆誕です。
エレナちゃんの話は次回に詳しく……かどうかは保証できませんが。
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