奴隷と亜人とイーリシアの街。その3 ドワーフの事情
「あ、あの……私はリリム、コッチは妹のルルア。師匠は私達を庇って奴隷になったんですっ!」
ハーフリングの片方が口を開く。
「どういう事かな?」
私は、そこのところ詳しく、と尋ねる。
「はい、実は……。」
リリムが語ったことによれば、ドラインはある街で鍛冶師を営んでいたらしい。
リリムとルルアはそこで働いていたという事だ。
火事そのものはドラインに遠く及ばないが、二人とも手先が器用なことから、装飾や細工等に関してはドラインでさえ舌を巻くことがあったという。
そんなある日、街に住む貴族がルルアを見初めてアプローチをかけて来たという。
そこからは良くある話。
断ったルルアに対し、しつこくアプローチをかけ、更にはリリムやドラインの工房にまで嫌がらせを仕掛けてくる。
困ったドラインは、懇意にいる別の貴族に間に入ってもらい、とりなしてもらう事にした。
ルルアに言い寄っていたバカ貴族は、ドラインにあるモノを作らせ、それをルルアに納品させることで手を引くという事になった。
しかし、この『あるモノ』と言うのが、実はその街ではご禁制とされている素材を使用するものであり、また、その素材を使っているかどうかで、出来栄えの違いが、素人目にでもわかるという厄介なものだった。
つまり、バカ貴族は、完成品をもっていけば「ご禁制の品に手を出した」とルルアを捕らえ、ドラインを非難し、禁制の素材を使わなければ、「出来損ないを持ってくるなど、ばかにしているのか?」とやはりルルアを捕らえてドラインを責める。
どちらにしても、ルルアと引き換えにドラインを見逃すという方に持っていく腹積もりであることが伺えた。
それを知ったドラインは大いに悩んだ。大事な弟子をバカ貴族に渡すわけにはいかない。かといってこのままでは手詰まりだと。
ドラインが悩んでいるのを見てハーフリング姉妹は決意する。
そして、市場で盗みを働いた。
追いかけられて素直に捕まる。これで自分たちは犯罪者、このまま犯罪奴隷となれば少なくともバカ貴族から逃れることが出来、親方であるドラインの悩みも取り除くことができる……そう思ったのだ。
しかし、二人は、知らなかった。
この程度の軽犯罪であれば、その町の有力者の証言があれば、犯罪奴隷まで堕とされることはなく、一般奴隷で扱われるケースが多いという事を。
勿論、犯罪を犯しているのだから、普通の一般奴隷よりは条件は厳しく、ほぼNGなしの奴隷として扱われるのだが、それでも一般奴隷と犯罪奴隷の間では明確な差があるため、普通であれば十分な恩赦であるのだが……。
今回の場合、そのバカ貴族が証言をし、二人を犯罪奴隷とせず、そのまま買い入れるであろうことは目に見えていた。
それを知ったドラインは、バカ貴族の元に行き、そいつを殴り、その足で、とりなしを頼んだ貴族の元へと向かう。
その貴族も、結局は裏でバカ貴族と繋がっていたことを知ったからだ。
そして、その貴族に対し、ドラインは取引を持ち掛けた。
ご禁制の品を使った数々の物品の事、それを黙っている代わりに、自分とハーフリングの姉妹を奴隷として他所の街の奴隷商に引き渡せ、と。
なんだかんだ言っても、この貴族が今回のご禁制の素材以外にも、色々ヤバいものに手を出していることを知っている。
そのすべての罪を引被って奴隷になってやるから、バカ貴族に手を出させるな、と言う事だった。
その貴族はドラインの要求をのみ、その日のうちに手続きを済ませ、バカ貴族が手を出す前に、ドライン達を他所の街に売り払ったのだった。
全てを話し終える頃には、リリムの瞳からは涙が流れていた。
自分たちのせいで、ドライン迄奴隷に落としてしまった。それが情けなく、悔しいのだと語る。
「成程ねぇ。でもあなたはどうしてそこまでしたの?こう言っては何だけど、お貴族様に目をつけられたのなら、仕方gないでしょ?ルルアを素直に渡して、あなたは変わらず平穏な生活を送る……そう言う手段もあったのではなくて?」
「違うな。こいつの犠牲の上の平穏なんて、偽物でしかない。」
「そうかもしれないけど……それでも奴隷よりはマシなはずだわ。なぜそこまでするの?」
「……こいつらの親父には借りがある。奴は、それを返す前に逝っちまいやがった。娘たちを俺に託してな。だから俺は、一度だけ、何があっても何をしてでもこいつらを護る、そう墓前に誓った。儂等ドワーフにとって、故人との誓いは、何事にも優先される誓約だからな。」
「「親方……。」」
リリムとルルアが、感激で目を潤ませている。
その視線に耐えきれず、ドラインはそっぽを向くのだった。
「ん、OK。じゃぁ、具体的な話に入ろうか。」
私はドラインに対し、塩の生成を始め、街での製作関連一般の取りまとめをお願いする。
「……で、当面の給与はこれくらいで、福利厚生は……。」
「……なぁ、姫さんはそれでいいのか?」
話をしている私の頭越しにイーリスに話しかけるドライン。
うん、結構失礼な態度だよね?
「いいも何も、カナミにすべて任せてるから。そもそもあなた達の雇い主はカナミだしね。」
そう、実は今回の奴隷は、私のポケットマネーで購入した。
イーリス護衛の依頼金と、手持ちのゴルドと、野盗を売り払った懸賞金全てを費やし、それでも足りない分はイーリスから借金をした。
どうしてそこまでするのかというと、これから私が考えていることを実行するにあたっての保険だったりする。
まずは大丈夫だと思うんだけど、万が一うまくいかなかった場合、イーリスが……というより、街の運営資金から、奴隷代金を出してしまうと、そのまま負債となってしまう。
だけど、私が購入したことにしておけば、いわゆる「投資に失敗した」と言う事で、私の損害以外に被害はないからだ。
勿論うまくいけば、その実績をもとに、街の運営資金から新たに雇い入れる事になる。
他にも、奴隷解放の件もある。
私が私の奴隷を解放する分には、何も問題がないだろうが、イーリスが施策として購入した奴隷を解放したとなれば、そこに突っ込んでくる貴族がいるかもしれない。反発を生む可能性もある。
私が先に奴隷を解放し、その結果様々な効果を出せば、その後、イーリスが街の発展のための一環として奴隷解放するのも容易くなるのではないか?
という考えである。
……正直、めんどくさいけどねぇ。
やっぱり、全部ぶっ潰してから新たに街を……って言いかけたら、イーリスに泣きながら止められたのよ。
しかも、「そんなことしたら、お姉様の嫁になって一生養ってもらいますぅ!ってか今すぐ嫁にしろぉっ!」って脅されたので、素直に真っ当な事をしている。
「いや、しかし、儂が言うのもなんだが、奴隷に対する待遇とは思えんのじゃが?」
「え?まだ足りない?……でも、流石にこれ以上は……」
「違う、逆じゃ逆。待遇が良すぎるっ!大体奴隷に給与を支払うなんて聞いたことないぞ。」
「えぇ?でも給与大事だよね?お小遣いないと、美味しいもの食べられないよ?」
その後、マリアさんも話に加わり、詳細を煮詰めていく。
私としては一般的な待遇のつもりだったんだけど、奴隷と一般雇用の差をつけないと、暴動が起きる可能性があると指摘された。
結局、奴隷時は、一般待遇の1/3で、先が見込めるようになれば、奴隷から解放、一般待遇へ移行する、と言う事に落ち着いた。
ドラインはそれでも「貰い過ぎだ」とブツブツ言っていたけど、その後「蒸留酒」について話を振ってみたら、すごい勢いで食いついてきた。
どうやらこの世界では、まだ蒸留酒なるものは出回っていないらしく、是非研究させてほしいといってきた。
だから、やることをやって結果を出せば認める……というか、街の特産にしたいから是非研究してほしいと伝えたら、飛び上がらんばかりに喜んでいた。
それこそリリムとルルアが引くぐらいに……。
やっぱりドワーフにはお酒なんだね、と思ったのよ。
そして馬車は、当初予定していた休憩場所に着く。
ここで小休止をしたらすぐに出発。
今度は獣人達とのお話……。
……ハァ、やっぱり潰……。
「カナミお姉様?」
イーリスちゃんが怖い目で睨んでくる。
アハッ、考えていることがバレてるね。
私ははぁと小さくため息をついて、出発に備えるのだった。
ドワーフのおっさんとハーフリング姉妹の事情です。
因みにリリムとルルアは、ドラインに思慕を抱いていますが、それが恋愛感情なのか、家族愛なのか、はたまた、単なる恩義なのかは、今一つはっきりしていないのが現状です。
ドラインの方は、完全に娘に対する愛情そのものだったりしますが……。
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