初めてのお使い……じゃなくて、クエスト……です?
『いいですかっ!あなたは何もしないでくださいねっ!!』
目の前の幼女が勢いよくそう言う。
……幼女じゃ失礼か。これでも女神様だというからね。
村の村長からの脅迫……じゃなくてお願いを受けた私は、コミィに連れられて、村の外れにある教会へ訪れることになった。
何でも、神父様に祝福してもらって、女神様の加護を受けることで勇者として認められるんだって。
めんどくさい……と言ったら、5000Gの請求書を突き付けられた。
晩餐にかかった費用って言うけど……勝手に用意しておいて、何も言わず飲み食いさせてからの高額請求……まるでボッタクリバーじゃないの。……行ったことないから知らないけど。
……っていうか、明細に小さく『コミィのお小遣い』って書いてある……しかも1000G。
勝手に上乗せするんじゃないわよっ!
「ここですよぉ。」
文句を言おうとしたら先にコミィが口を開く。どうやら教会に着いたらしい。
入り口には大きな女神像がある。豊穣と慈愛の女神様だとか……だから大きいのね。
私は妙に納得しながら教会へと入っていった。
教会の中、大聖堂と呼ばれる広間の祭壇の前で、私は膝まつき、両手を組んで首を垂れる。
目の前で、司祭様が何か言っているがよく分からない。
私は何時しか真っ白な場所にいた……。
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『カナミ、こちらでは初めまして、ですね。』
「えっと……。」
目の前に女神様が現れた。なぜわかったかというと、教会入り口にあった像と一緒だったからだ。
ただ、本物の方がはるかに迫力があった。
「うぅ……おっきい。」
『なにか?』
「いいえ、ナンデモナイデス……えぇっと、ミルファース様?」
確かそんな名前だったような気がする。
『まずカナミには謝らなければなりませんね。』
ミルファースは、私の動揺など気にしたそぶりも見せずにそんな事を言う。
「どゆこと?」
『カナミは本来、この世界に来るはずじゃなかったという事です。』
えぇ?何それ?間違って召喚されたってこと?何でよ?
『カナミ、落ち着いてください。』
私の混乱を宥めるような声でミルファースが言う。
……えっと、今私声に出してた?
『ここでは、思っていることがそのまま伝わるのですよ。』
ミルファースが少し苦笑しながら言う。
……えぇっ、じゃぁ、ミルファース様のお胸がおっきぃとか、柔らかそうとか、揉んだらどんな反応するのだろうグヘヘ……とか思ってたことが全部バレてるって事!?
『だからそう言ってるじゃないですか。』
ミルファースはそう言いながらも、自分の胸を腕で隠すようにし、カナミの視線から逸らすようなしぐさをする。
『あんなのはただの脂肪よっ!エロい人にはそれが分からないんだからっ!』
突然割り込んでくる声がする。
「……ちっちゃい。」
『あぁん??』
「いえ、ナンデモナイデス。」
こわぁっ!見た目ちっこい幼女なのに怖ぁっ!!
私は何も言わず小さくなる。
『あなたがカナミね。いーい、悪いこと言わないから、あなたは何もしないでっ!』
「何もしないでって……そりゃぁ、別に何かしたいと思ってるわけじゃないけどぉ……。間違えて呼んでおいてその言い方はないんじゃないかなぁ?」
『はぁっ?間違えたぁ?違うでしょ、アンタがこっちの召喚に割り込んできたのよっ!』
「割り込んでって、そんな……。」
『あんたが「転生してやる」って叫ぶから、コッチの世界の勇者召喚陣がそれに応えたの。おかげで色々滅茶苦茶だわ。』
「転生するなんてそんなこと……アッ……。」
そう言えば、あのくだらない噂話の話題の時……。まさかあれで??
「どうやら思い当たる節があったみたいね。自覚したのなら、今後は面倒なことしないで。そうね、村の片隅で目立たないように、虫や寝たきり老人のように密やかに生きるがいいわっ!そのための力をあげるからっ……。」
幼女女神はそう言うや否や、手のひらを私の方に向ける。
一瞬身体が硬直した気がした……けど、気づいたら幼女女神の姿は消えていた。
いや、虫とか寝たきり老人とか……一緒にしたらダメでしょ?
『ごめんなさいね。彼女はミィル。時空と宿命を司っているから、今回の事で色々手直ししなきゃいけないことが多くてね。悪い娘じゃないのよ?』
ミルファースはそう言って苦笑する。
苦笑してるってことは、普段からあんな感じなんだろうね。
『……ごめんなさい。時間がないわ。『ブック』と唱えてみて。』
私は訳が分からないまま言われたとおりにする。
『ブック』
すると、私の手のひらに可愛らしい手帳が現れた。
『それは女神ノートよ。今、香奈美には、とりあえず、私「ミルファース」と「ミィル」の加護をつけておいたから。詳細はそれで調べてね。』
それじゃぁ、と言ってミルファースは現れた時と同様、一瞬にして姿を消す。
呆然としていると、やがて回りの景色が戻ってくる。
『カナミ、大丈夫?」
コミィが心配して声をかけてくるけど……。
「あ、ウン、大丈夫。」
「女神様の声は聞こえたかね?」
司祭様がそう訊ねてくる。
「はい……何もするなっておっしゃってました。」
「そうかそうか。では勇者として励むがよい。」
……この人今、スルーしたね。女神様が「なにもするな」って言ってるのよ?
しかしコミィも、今の言葉はなかったかのように振舞っている。
「あのね、女神様が、私が動くと面倒だから、何もするなって……」
「ではカナミよ。そこの宝箱を開けるがよい。」
私の言葉に被せるように司祭様が言う。
……あぁ、ソウデスカ、無視ですか。女神様に言いつけてやるぞ。
私はそう呟きながら、言われたとおりに宝箱を開ける。
「これは……木の棒?と……」
宝箱の中には小さな革袋が一つ、そしてその中には木の棒と厚手生地の服とお鍋のフタ、そして数枚の銅貨が入っていた。
「それらは由緒正しき『勇者の旅立ちセット』じゃ。では、行くがよい、勇者カナミよっ!武器の装備を忘れる出ないぞっ!」
そう言って教会を追い出されるように……ってか、マジに追い出された。
コミィも教会の中から手を振っている……この世界、マジ最悪だよ。
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……さて、これからどうしたらいいのかなぁ?
私は、一応「勇者旅立ちセット」に着替えて村を出た。
だってねぇ、村の中にいると、出会う人がすべて「勇者様だぁ。世界を救ってくださるお方だぁ」って拝んでくるのよ。
しかも、そうやって拝みながら、村にいる私を見て、「何でここにいるんだコイツ?」って目で見てくるのよ?やってられないわよっ!
そんなわけで、今の私は、大樹の木陰に腰を下ろして、買ってきた堅い黒パンを齧って売ってわけ。
因みにこの黒パン、5つで3Gもしたのよ。
私の全財産は「勇者セット」に入っていた50Gしかないのにぃ。
コミィに教えてもらったところによると、この世界の通貨単位は「G」で銅貨1枚が1G。
そして銅貨が1000枚……つまり1000Gで銀貨一枚となって、銀貨が1000枚で金貨が一枚。つまり金貨1枚=100万Gという事らしいの。
流石に金貨と銀貨、銀貨と銅貨の間が1000枚というのは、経済流通に問題がきたしているらしく、30年ほど前から、銅貨10枚に相当する「大銅貨」、銅貨100枚に相当する「小銀貨」、銀貨100枚に相当する「小金貨」というものが流通し始めたという話。尚、金貨の上には、金貨100枚で「白金貨」、白金貨100枚で「王金貨」、王金貨10枚で「星金貨」というものがあるらしいんだけど、白金貨はともかくとして、王金貨も星金貨も、国家間の大規模な取引でしか使われることがないため、余程の大貴族でも、目にすることがないのだとか。まぁ、100億とか千億とか、どんだけ―って感じよね。
ちなみに、このGを日本円に換算しようとしたんだけど……無理。
だって、あまりにも基準が違い過ぎるんだもの。
例えば、この黒パン。堅いけどそれなりに大きいし、とりあえず1個100円としてみるとね、5個で500円=3Gとするでしょ?すると1G約167円。面倒だから1G=200円としてみるとね、……村で唯一の宿屋が1泊8G……つまり1600円。安すぎるでしょ?
因みに勇者セットに入っていたヒノキの棒。ただの木の棒だけど、これと同じものが武器屋に売っていてね、そのお値段、何と15G。さっきの換算なら日本円で3千円……ただの木の棒が、だよ?……まぁ、木刀とみれば……うん、無理、どう見てもただの棒切れ。
さらに言えば、お鍋のフタは5G、あたしが着ている「旅人の服」は30Gだったの。
つまり勇者セットのお値段は全部で100Gって事。
さっきの計算で……約2万円と考えれば、旅立つ選別としては妥当……なわけないじゃないっ!
まぁ、「勇者セット」が入っていた革袋は、見た目よりサイズ関係なく多く入る魔法の「道具袋」って事だから、これがどれほどの価値があるか分からないんだけどね。
っと、話しが逸れちゃったね。
つまり、モノの価値とか物価がバラバラだから日本の物価に当てはめることが出来ないって事。
一応コミィが言うには、月に銀貨1枚あれば、家族4人が余裕をもって暮らしていけるって事なんだけどね。
そう考えると、50Gって少ないのか多いのか悩む所だけど……って少ないわっ!
私は改めてヒノキの棒を見てみる。
なんの効果もついてないタダの木の棒。
ふと目についた、落ちていた木の枝を手にする。
余計な小枝を切り払い、ヒノキの棒と並べて比べてみる……大差ないね。
ただヒノキの棒の方が、材質の違いなのか、少しだけ堅い。
「はぁ……こんなので15Gもするんだよ?魔物なんか倒せるわけないじゃない。」
私の声が聞こえたのかどうか知らないけど、不意に木陰から魔物が姿を現す。
見た目は可愛い兎。地球の兎と違うのは額に角が生えている所。
「角うさぎちゃんね。」
飛び掛かってくるうさぎ。
私はヒノキの棒を振り回す……かすった?
兎はそのまま私を飛び越えて茂みの向こうへと行ってしまった。
「……はぁ、倒せるわけないよねぇ。」
私はゆっくりと立ち上がり、村に戻ることを決めるのだった。
うーん、冷静になって考えると、ヒノキの棒で倒せる相手というのが思い浮かばないですねぇ。
せめてこん棒なら何とかなるのでしょうけど……。
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