ある伯爵令嬢の秘めた想い……これが初恋???
「はぁ……。」
イーリスは、本日何度目かの溜息をつく。
「どうなさったのです?お嬢様。」
お付きのマリアが声をかけてくる。
……マリアは私が幼少の頃から、お世話をしてくれている、私にとってかけがえのないお姉さんだ。
マリアは何でも知っていて、色々な事を教えてくれる。
だから……この感じが何なのか……教えてくれるかも……。
「あのね、マリア……私この間からおかしいのよ。」
「はい、ご様子がおかしいのは感じておりました。」
「戻ってきてからね?なんていうか、その……食欲がなくて……何を食べても味がしないというか……。」
……それは、お嬢様が、マイナ様の作る変わった料理を食べ過ぎたせいですね。あれだけ濃い味付けに慣れてしまえば、素材の風味を生かした薄味の料理は物足りないでしょう。
マリアはそう思うが、取り敢えず黙って続きを促す。
「それにね、あの方の事を思い出す度に、胸がきゅっとなるの。」
……まぁ、目の前であれほどの威力の魔法を見せつけられたら、トラウマになってもおかしくはないでしょう。あの魔法がお嬢様に向けられたら、と思うと、正直ゾッとします。
「さらに極めつけなのは、私……なにも身に着けない、生まれたままの姿で、あんなことやこんなこともされて……。」
頬を赤く染めながら、イヤイヤと身を捩るイーリス。
……とても可愛らしいのですが、お風呂で、頭や体を洗ってもらっただけですよね?
「これって……噂に聞く「恋」なのかしら?」
……いえ、お嬢様。ただの勘違いです。
マリアはそう言いたいのをぐっとこらえる。
……お嬢様の夢を壊してはいけない。
これくらいの年頃は、恋に憧れ夢見る少女なのだ。
やがて、成長し、現実を知って、色々妥協することになるその時までは、夢ぐらい見させてあげたい。そう考えて何が悪い?
「そう……かもしれませんね。」
「そう……やっぱりそうなのね。」
イーリスは、納得したという感じで、ウンウンと頷いている。
「えへっ、これが初恋あかぁ……。」
そう呟くイーリスは、先程迄の気鬱とした感じはどこかへ消え失せ、晴れやかな笑顔になっていた。
……やっぱり、お嬢様の笑顔は一番ですね。
イーリスの笑顔を眺めながら、マイナとなんとか連絡を取り、調味料や味付けについて聞き出そうと計画を練るマリアだった。
……だから、この時のマリアは気づいていなかった。
自分の、この不用意な一言が、あのような大騒ぎの元となることに……。
◇ ◇ ◇
ダイチの街で、冒険者登録をしてから、はや2週間が過ぎた。
三人で頑張ったおかげで、後一つの依頼をクリアすれば、はれてHランクへの昇格が決まる。
……のだけど……。
「……マジにこれやるの?」
私はリィズに訊ねる。
「仕方がないでしょ。」
「そうなんだけどぉ……。」
私はもう一度依頼内容を確認する。
『地下道に巣くう大ネズミの退治』
内容としては、街の地下水路に潜って、そこを巣にしているネズミを30匹対峙して来い、というもの。
Iランクの依頼の中では唯一の討伐系だからパーティで対応してもいいから、三人で一度に済ませることができる。ただ、個人依頼でもあるので、三人で行くなら合計90匹を倒さないといけないのだけど。
この地下水路は、放っておくとすぐにネズミが沸くので、こうして定期的に冒険者に依頼が来る。
初心者には丁度いい討伐案件と言う事で、Iランク優先依頼になっているうえ、他の依頼より報酬がいい。
イーリスの護衛で、そこそこに収入はあったものの、この先の事を考えると、お金は少しでも多くあった方がいい。
武器なんか、ちょっとしたものでも何万Gとかかるからね。
……そう言えば、イーリスが、後日お屋敷に招待するとか言ってたけど、あれから全然連絡ないし……やっぱり社交辞令だったのかな?
別に貴族のお屋敷に招待されたいわけじゃないけど、イーリスとあれっきりで縁が切れてしまうのは、なんだか淋しい気持ちになる。
……っと、今は目の前のネズミ退治の方が大事よね。
気持ちを切り替え、私は、リィズにさらなる情報を集めるように言い、マイナには必要になりそうなポーション類のリストを作成してもらう。
そして私は、必要になりそうな素材と器具を求めて、街中を巡ることにする。
……明日には出発するとして、今夜は徹夜かなぁ?
私は、調合が必要なポーションを思い浮かべる……結構な数になりそうだ。
「はぁ……そろそろヤバいかもねぇ。」
調合の際、かなりの悪臭が出るものもあるから、最近は宿屋のおかみさんから苦情が来ているのよ。
Hランクに上がったら、このまましばらくこの街を拠点にするか、さっさと次の街に向かうか、そろそろ決めないとね。
この街に残るなら、拠点となる家を借りた方がいい。
その方が、宿代も節約できるし、調合も気兼ねなく出来るしね。
ただしその場合、家を借りるのにまとまったお金が出ていくから、しばらくは、この街から移動できなくなるのよ。
次の街「ニノ」を目指す場合、のメリットとしては、自由がある事かな?
それと、本来の目的である「王都」に早く辿り着けることぐらいかな。
逆に、デメリットとしては、冒険者ランクが低いから稼げないこと。
道中の魔物を狩ったとしても、依頼じゃないから素材以上の値はつかないし、そもそも、危険な魔物がいる中、旅をするのはあまりお勧めされない。
通常であれば、Eランク……せめてFランクまで上がってから、ニノに向かう商隊の合同護衛依頼を受けて移動するのがいい。
……となると、しばらくはこの街拠点にするのがいいのかなぁ?
そんな事を考えながら街中をうろついていたから、宿に戻った時は、すでにリィズとマイナがご飯を食べ終えていたの……私の分は???
◇
「臭っ!」
私は慌ててマスクを装着する。地下水路、舐めてたわ。
リィズは最初からマスクしてるけど……苦しそう。獣人族は、人族より嗅覚が優れているからね……。
「お姉ちゃん、急ご?あまり長居してるとリズ姉が可愛そう。」
「だね。一応……。」
私は昨晩調合した「脱臭ポーション」をみんなに降り掛ける。
まぁ、こんなところじゃ、ないよりマシ程度の効果しかないだろうけど。
少し進むと、ちょろちょろとネズミの姿を見かける。
だけど、姿が見えた瞬間、リィズがナイフを投げて瞬殺する。
楽でいいけど、このペースだと、終わるのにどれくらいかかるのかなぁ?
いっそのこと、まとめて襲ってこないかなぁ?そうすればあっという間に終わるのに……。
……そう思っていた時もありました。
私のバカ……。
ざしゅっ! シュパッ!
シュブッ! ズンッ!
「わわわぁっ!お姉ちゃんっ!こっちにもぉっ!」
「マイナっ!」
ズシャッ!
マイナに取り付いている大ネズミをスラナイフで切り落とす。
「はぅわわ……ひーっるっ!」
マイナが噛まれたところを治癒魔法で癒す。
私はマイナを護りつつ、リィズを見る。
リィズは、縦横無尽に駆け回りながら、大ネズミを切裂いていくのだけど、流石にこの狭さでは、本領を発揮できずにいる。
それでも、その素早さの前には、大ネズミたちも取り付けず、結果として、襲いやすそうなマイナに群がってくるのだ。
「っ!」
私は足に嚙みついた大ネズミを蹴り飛ばし、ポーションを降り掛ける。
「う……。」
眩暈がする……毒持ちかぁ……。
私はとっておきの万能丸薬を口に含む。
毒消しポーションほどの即効性はないけど、毒以外の状態異常も防いでくれるし、効果継続時間が長いから、今の場合、こっちの方が役に立つ。
「お、お姉ちゃん……、も、もう、いいんじゃぁいかなぁ?」
マイナが泣きそうな声でそう言ってくる。……というか、泣いてる?
泣きながらメイスを振るうマイナ。
直接の戦闘はあまり経験がないけど、出鱈目に振り回していても、何匹かのネズミにあたるほど数が多いのだ。
「そうね、もう十分倒したわね……。」
私が数えているだけでも50匹は倒した。マイナちゃんもそこそこ倒しているし、リィズは、絶対に私の倍以上倒している。
つまり、依頼の条件は達しているわけだから、いつ戻ってもいいのだけど……。
「マイナちゃん……帰るにはまだ早いって……。」
私は奥に視線を向ける。
そこには、リィズの倍もある巨大な影が姿を現そうとしていた……。
定番のネズミ退治です。
ここでいう「大ネズミ」は子犬ぐらいの大きさです。それが集団で……リアルじゃ、絶対にあいたくないですよね。
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