19話 お友達になりましょう
「――はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……!」
切り裂かれ、貫かれた苦痛。死への強い恐怖。それらが急に消失する。意識が混濁し、混乱する。鼓動が激しく打ち鳴らされ、呼吸が乱れる。しかし、それがかえって生きていることを実感させてくれた。
どうやら、今回も無事に過去に戻れたらしい。何度やっても死ぬことには慣れないし、もし加護が発動せず本当に死んでしまったらと思うと、毎回気が気じゃない。ひとまず安堵するが――
(――! 今の状況は!?)
即座に周囲を見回して気づく。今いるのは街の外だ。周囲には遠巻きにこちらを見ながら動かない大量の魔物たち。同士討ちを続ける騎士たち。それらの中心に立つ黒いローブを着た女性。これは……
(もう、東門の外に出た後……!?)
上手くすれば暴動や鐘楼の破壊の前に戻って、事件自体を未然に防げるかと思っていたのだけど……そんな甘い話はないらしい。
(それより、今は……!? どのくらい戻ったの……!?)
「――もういい、ミレイ。言葉を尽くしても、今のリーゼには届かない。――リーゼ。君の意識を失わせれば、操られている騎士たちは元に戻るのか?」
「さて、どうでしょう。殺さなければ戻らないかもしれませんよ? 試してみますか?」
「……ならば、そうさせてもらおう。これだけのことをしでかしたのだ。情けをかけるのは難しい。街を護るのにそれしか手がないのなら、君を斬ることも躊躇いはしない――!」
言葉と共にアルテアさんが駆け出し、リーゼさんに向かって一直線に突き進む。これは、ついさっき見たばかりの……悲劇が起きてしまう寸前の光景。なら、まだギリギリ間に合う……!? でも、どうすれば……何を言えば……!
「そう、一つ言い忘れていましたが、私の瞳に宿る加護は――」
そう、彼女と目を合わせれば、また同じ状況が繰り返されてしまう……それなら――!
「――アルテアさん!! 彼女の目を見ないで!!」
「――!」
私の突然の指示に、突進していたアルテアさんがビクリと反応し、その場で立ち止まった。その直後、リーゼさんの瞳が光を帯び……
しばしの静寂。誰も何も発しない。警告は間に合ったのだろうか? アルテアさんはその場で防御姿勢を取ったまま身動きしない。もしかしたら、またこちらを振り返り、私に剣を向けるのでは……そう考えたところで――
「はぁっ!」
アルテアさんは再び前進し、リーゼさんに斬りかかる。しかしこれは、難なくかわされてしまう。ただ、その行動に私は安堵する。
(間に合った……!)
少なくとも前回のループのように、アルテアさんが敵になるという最悪の状況は回避されたのだ。私は続けて彼女に声を上げる。
「アルテアさん! リーゼさんの目を見ないように動いてください! 目を合わせると加護に魅入られます!」
「っ! 難しいことを、言ってくれる……!」
そう言いながらも彼女は私の助言通り、リーゼさんから視線を逸らしつつ斬りかかろうとする。ただ……
聞きかじった知識では、戦う時は相手の目を中心にして全身を見ることで、相手の動きに対応するのだと聞いたことがある。それを封じられるというのは、私が思うよりずっと戦いづらいのかもしれない。上手く間合いが掴めないのか、なかなか標的に当たらない。
「――行きなさい、魔物たち」
剣をかわし後退したリーゼさんが命令すると、遠巻きに東門を取り囲んでいた魔物たちの一部が、アルテアさんに向かって殺到する。彼女はそれを必死でさばき、その場で斬り伏せていくが……
最悪の状況こそ回避できたが、今度は周囲に広がる百を超える魔物たちを相手にしなければいけない。しかもあの加護があるせいで、元凶であるリーゼさんのほうをまともに見ることもできない。加えてディルクさんは私を護ることを優先してか、アルテアさんの加勢には向かえない。私は足手まといもいいところだ。こちらの不利は変わらない……
「……またも貴女には驚かされました。なぜ、私の加護の力が分かったのですか? 推測されるような発言はまだしていないつもりでしたが」
リーゼさんがこちらを感心したような顔で見る。下手をすればアルテアさんの剣に倒れる可能性もあったはずだが、その表情にはまだ余裕があった。それが、癇に障る。
「……貴女に教えるつもりはありません」
そう返すと、彼女はむしろ楽しそうに笑みを浮かべてみせる。
「ふふ、なるほど。なぜ貴女のような可愛らしいお嬢さんを戦場に同行させたのか疑問でしたが……あるいは貴女こそが、この場で最も厄介な相手なのかもしれませんね。単純に賢いのでしょうか? それとももしや、私と同じようになんらかの加護を授かっているとか? 例えば、他者を見極める観察眼のようなものや、未来を予見する能力などを……?」
ギクリと、身体を強張らせる。当たらずとも遠からずだ。私の能力は疑似的な未来予知に使える。それを知られれば彼女が何を求めるかは、私でも想像がつく。私の反応を見たリーゼさんは、さらに笑みを深めた。
「ふ、ふふ……貴女に俄然興味が湧いてきましたよ、お嬢さん。お名前は、ミレイと言いましたか? 下のお名前はなんというのでしょう? 所持している加護の詳細は? 聞きたいことはたくさんあります。さあ、私と、お友達になりましょう……?」
「――!」
彼女の瞳が再び光を帯びかけたところで、私は咄嗟に顔を伏せて視線を外す。
「残念。対処法を知られていれば、当然防がれてしまいますね」
台詞の割に、リーゼさんの口調はやはり少し楽しげだった。それを苦々しく思いながらも、頭の冷静な部分は現状の分析を試みていた。
視線を合わせた一人を抵抗の余地もなく支配できる――あのアルテアさんでさえ為す術もなく陥落してしまった――あの瞳は、先ほどの(視界内の全員が対象の)時とは違い、意識を呑み込まれるような感覚は全くなかった。条件を満たした際の効果が強力すぎるのは、それ以外の効果をかなり制限しているのと引き換えだからかもしれない。彼女と視線を交わしさえしなければ、その効果は発揮されない。けれど――
「でしたら、仕方がありません。――魔物たち。あのお嬢さんを捕らえて、私の下まで連れてきてください。くれぐれも、危害は加えないように、丁重に、ね」
その命を受けて、背後に控えていた魔物たちの一部が、私に向かって歩み寄ってくる。
(やっぱり、そうくる……!)
私という対象が視線を外すのなら、その対象を捕まえた状態で無理やり目を覗き込んでやればいい。当然の帰結だ。同じ立場なら私でもそう考える。でも、それをやられるほうは堪ったものじゃないし、素直に受け入れるわけにもいかない。
迫りくる魔物から私を護るため、ディルクさんが前に出て応戦する。捕らえるのが目的だからか、魔物たちは武器を捨てているが、それでも早くも数に押され始めている。
アルテアさんも同様だ。離れた場所で多数の魔物に襲いかかられ、身動きが取れないでいる。今はなんとかなっているが、それも時間の問題だろう。
騎士団がこちらに来るまで待つ? いや、来てくれる保証もないし、そろそろ同士討ちをさせられている守備隊の限界が近いはずだ。そんな時間はない。
彼女たちを置いて私だけ逃げる? いや、それもない。そんなことは絶対にしたくないし、しても状況が悪くなるだけで問題を先送りにしかできない。つまりは、ここで片を付けるしかない。元凶であるリーゼさんをなんとかするしか……
けれどそうしたくとも、彼女の目を見てはならないという前提が、行動に大きな制限をかけている。迂闊に目を合わせてしまえば、実質彼女の支配下に置かれてしまうのだ。そうなれば、私たちの勝ち目はそこで潰えてしまう……
(どうしよう……どうしたらいい……? どうすれば……!?)




