16話 君の力を貸してほしい
私は、アルテアさん、ディルクさんと共に、大通りを東へ駆け抜けていた。
通りの建物はところどころに傷や破壊の痕跡が目に付く。多くの怪我人や、中には倒れたまま動かない人などもいて、被害の深刻さを物語っていた。
(少し前まで、あんなに賑わってたのに……)
多くの人々が笑顔で言葉を交わし合い、行き交っていたはずの街の大動脈は、今は苦痛と悲嘆の声に支配されていた。
そして、同時に気づく。それらの人々と同じくらい、魔物の死体もあちこちに散乱していることに。
見れば、通りにいるのは怪我人ばかりではない。騎士団とは違い、各々好きに着飾った鎧姿の人や、とんがり帽子にローブを着たいかにも魔術師という人、シスターのような聖服をまとった人などが、今も魔物と戦っている最中だった。
「どうやら、この辺りは冒険者たちが対処してくれているようだな」
疾走しながらアルテアさんが呟く。
そういえば、この通りにはこの街で一番大きな冒険者の宿があると、街の案内の際にマリナさんが教えてくれた。そこに所属する冒険者たちが動いてくれたのだろう。
ただ、同時に疑問も湧く。この大通りには騎士団の詰め所もあったはずだが、この場には騎士らしき人の姿は見当たらない。どうして――?
その答えは、さらに前に進んだ先で見つけられた。大通りを遮るように横並びになった騎士たちが盾と槍を構え、門の向こうから押し寄せる魔物の襲撃を防ぐ防衛線を築いていたからだ。ただ――
「前列、盾で止めろ! 後列の者は隙間から刺し殺せ!」
「おらぁ! くたばれやぁ!」
「ちくしょう! 何匹いるんだこいつら!」
「ぐっ!? ……すまん、数匹突破された! 後処理を頼む、冒険者諸君!」
敵の数は多く、全ては防ぎ切れない。騎士たちの隙間から、盾を駆け上がって頭上から、あるいは力押しで盾を弾いて正面から。魔物たちが騎士の後方――つまり私たちに向かって、武器を振り上げながら駆けてくる。が――
「――ふっ!」
「はぁっ!」
アルテアさんとディルクさんが即座に剣を抜き放ち、鋭い呼気と共に魔物に向けて振るった。
「ゲウ!?」
「ギャ!?」
小走りで襲ってきたゴブリンを一太刀で斬り伏せ、続いて駆けてきた犬頭のコボルトも彼女らはすぐさま斬り捨ててしまう。正面突破してきた豚頭のオークは足が遅かったためか、周囲の騎士たちに刺し殺される。私が身を強張らせている間に、ひとまずの脅威は過ぎ去っていた。
そして、そこで魔物の襲撃自体もひとまず止んだようだ。
「また次の襲撃があるかも分からん! すぐに隊列を立て直せ!」
そう騎士たちに指示を飛ばすのは壮年の男性騎士。彼に向かってアルテアさんが声をかける。
「団長!」
「む……アルテア、ディルク。無事だったか」
「団長こそ、ご無事で。……今の状況は?」
問われた団長さんは、難しい顔を見せながら口を開く。
「昼の鐘が鳴ると共に、街の北と西で魔術による建物の爆破騒ぎ、及びそれに乗じた暴動が報告された。鎮圧のために部隊を送り、鐘楼が避難の鐘を鳴らしたところで、今度はその鐘が破壊された。さらに折悪く、守備隊が防衛しているはずの東門から、魔物が侵入してきた。現在は、その魔物を後方に通さぬことを最優先にして、残った戦力で防衛線を築いている状態だ。故に、我々はこの場を動けん。初動が遅れたため、すでに内部に侵入した魔物を野放しにしてしまっているが――」
「そちらは我々で片づけました。少なくとも、見える範囲のものは」
「そうか、助かった。……ミレイくんも一緒だったのだね。怪我はないか?」
「は、はい。大丈夫です。ご無沙汰してます」
団長さんとは、私が騎士団詰め所でお世話になっていた際に幾度か面識がある。彼も私のことを憶えていたらしい。
「しかし、なぜ共にここまで? 君の店とは方向が違うはずだが」
「その件ですが、団長。我々はこのまま東門に向かい、守備隊の現状を確認してこようと考えています。可能であれば、この襲撃の原因の調査も」
それを聞いた団長さんはちらりと私に視線を向けつつ、眉間のしわをさらに深く刻む。
「それは我々も必要を痛感していた。お前たちが向かってくれるのなら助かる。だが、まさかミレイくんも連れていく気か?」
「はい。団長には報告差し上げたはずです。彼女は――」
「ああ。加護を所持していると。そしてそれのおかげで、先の二つの事件に悪魔崇拝者共が関与しているのをミレイくんが察知し、未然に防ぐことができたと。もちろん感謝している。だが、この魔物の襲撃とは関係が――」
「――今のお話にあった、建物の爆破と暴動」
アルテアさんはそこで、台詞に割り込むように鋭く声を上げる。
「それに、鐘楼の破壊。どちらも、件の悪魔崇拝者の犯行の可能性が高いのです」
「……それは、確かか? 情報源は?」
「当の悪魔崇拝者たち本人です。ここに来る前、我々は街の南側で彼らを発見、捕縛しました。その彼らから、此度の犯行をほのめかす供述が得られたのです。本来、爆破と暴動は三か所で発生させる予定だった、と」
「……目的は?」
「陽動のためです。注意をそれらに引き付け、我々の戦力を分散させ……その間に、鐘楼を破壊するために。……そもそも、都合が良すぎるとは思いませんか?」
「……まさか……」
「ええ。鐘楼という象徴が破壊され、人々が混乱しているタイミングで……閉ざしていたはずの東門が開け放たれ、魔物が、大挙して押し寄せるなど。あまりに彼らに都合が良すぎる」
「それすらも、悪魔崇拝者共の思惑だと? だが……」
「どうやってかは、私にも分かりません。確証もありません。ですから、それを確かめに行くのです。それには――」
「ミレイくんが必要だと、そう言うのだな?」
「はい。以前の事件と同じく、彼女の加護が、この状況を打破するきっかけになるかもしれません」
団長さんが再びこちらに視線を向ける。
「……今は小康状態だが、東門の先にはまだ魔物が控えているかもしれん。そこへ向かうというのがどういうことか、君は本当に理解しているのかね?」
「……はい。それでも私は行きます」
私はその厳しい視線を、警告の言葉を、受け止めたうえで精一杯の気持ちを込めて返答した。
「……自分の娘と同じくらいの、非戦闘員の少女を危険に放り込むのは、やはり抵抗がある。しかし……」
彼は一度目を閉じ、細く息を吐く。
「原因を調べる必要性に関しては、意見は一致している。先の件での実績もある。そのうえで、本人も決意を固めているというのなら……任せてもいいかね、ミレイくん。君の力を貸してほしい」
「はい!」
「あぁ、だが、くれぐれも無理はしないように。アルテア、ディルク。彼女をしっかりと護ってやれ。騎士団の誇りを見せろ」
「もとより、そのつもりです」
アルテアさんの返答に苦笑しつつも、彼女を頼もしそうに見やる団長さん。同じように「お任せください」と返事をするディルクさんにも頷き、私たちを送り出そうとしたところで――
「団長! 新手です!」
前方を警戒していた騎士の一人から、新たな襲撃の報告がもたらされる。
「……やはり来たか。――総員、戦闘態勢! これまでとやることは変わらん! 可能な限り魔物共の進軍を防ぎ、返り討ちにしてやれ!」
「「「おおおぉぉぉぉ!!」」」
そうして指示を出し終えた団長さんが、こちらに顔を向ける。
「見ての通り、この道は戦場になる。が、幸い奴らは知能が低く、目の前の獲物に飛びつく習性がある。我々が引き付けている間に、一つ外の通りから回り込んでやり過ごすんだ。さあ、行け!」
「はい……! 団長さんも、ご無事で!」
彼の言葉に押されるようにして、私たち三人は南側の路地裏へ駆け込む。隣の通りに出てから東へ向かい、しばらく進んで端に――街を囲む城壁へと辿り着く。敵の姿はない。こちらまでは入り込んでいないようだ。
建物の陰から大通りのほうを窺う。ドドドド、と地鳴りのような音を響かせながら、大量の魔物が西側へ――騎士たちの築いた防衛線へと殺到していく。二つは衝突し、戦いの喧騒をこちらまで届かせて……
その頃には、東門の付近に魔物は見えなくなっていた。今のうちだ。私たちは再び大通りに向かい……ついに、東門を潜り抜けた。そこで見えたものは――
まず目についたのは、太矢を撃ち出す弩砲や、石を飛ばす投石機などの兵器。門の外で寝泊まりするための宿舎や、木材を交差させ先端を尖らせた柵、地面を穿って作られた堀などの、魔物の襲撃に備えた施設群。
それらを扱うべく配置されているのが、東門を護る守備隊。彼らはアルテアさんたちと同様の鎧を纏っており、おそらくは騎士団の中からここに配備された者を守備隊と呼称するのだと思われる。
安否を心配されていた守備隊は、魔物の襲撃があった今でも健在だった。ただし、彼らは襲われていた。――同じ鎧を纏う、騎士たちに。
(同士討ち、してる……!?)
魔物とではなく、なぜか人間同士が争い合っている。ただ、一方は容赦なく武器を振るっていたが、もう一方はろくに反撃もできず、防戦一方のように見えた。
奇妙なのは、それだけではなかった。辺りには、見えるだけで百以上もの魔物の軍勢が集まり、東門の周囲を遠巻きに、ぐるりと取り囲んでいたのだけど……彼らは、そこから一歩も動かなかった。同士討ちする人間たちを眺めるように、あるいは何かの命令を待っているかのように、その場で立ちすくしている。目の前の獲物に飛びつく習性があると言われていた、魔物たちが……
「なん、だ、この状況は……何が、起こっている……?」
アルテアさんも呆然としている。守備隊が壊滅しているという最悪の状況でこそなかったものの、目の前に広がる光景には到底理解が及ばない。
そして、私が最も奇妙だと感じた点。それは、同士討ちする騎士たちでも大人しく待機する魔物たちでもなく……この場の中心に立つようにしながら、穏やかに微笑みを浮かべている、一人の女性の存在だった――




