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【完結】あのパンの香りが届かないように  作者: 八月森


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11/22

11話 引っ越せるほどのお金はありませんし

 その日、私は一人でアライアンスの街を散策していた。


 お店が休みだったこと。そしてマリナさんから、「本気でこの街で暮らしていくなら、ある程度一人でも行動できるように慣れたほうがいい」と勧められたことから、とりあえず先日も案内された大通りを中心に見て回ることにしたのだ。人目の多い大通りなら、事件にも巻き込まれづらい……はずだ。


(それでもまだ、一人で出歩くのはちょっと怖いけど……)


 だからといって、毎回マリナさんに付き添ってもらうのも申し訳ない。

 それに、元の世界に帰らず、この街で暮らしていくと決めたのは自分自身だ。早くこの生活に慣れたほうがいいというのも理解できる。


 そんなわけで、慣れるための第一歩ということでの大通りの散歩だ。先日のマリナさんの案内を思い出しながら、西区から中央広場――まだ魔王討伐記念の市が開かれていた――をブラブラと巡り、アスタリア神殿や都市庁舎の威容を眺めたところで、先日は結局足を運ばなかった東側が気になり、キョロキョロと視線を巡らせながらそちらへ進んでいく。と、しばらく歩いたところで……


「――いつもありがとうございます、アルテア」


 憶えのある名前を耳にし、そちらに顔を向けると、名を呼ばれた本人であるアルテアさんが一軒の家屋の前に立っているのが見えた。


 半分ほど開いた扉の内側には、金の長髪と紫色の瞳の若い女性がいて、アルテアさんから何かを受け取っていた。簡単な挨拶と共に扉はすぐに閉じられ、彼女が踵を返したところで、こちらと目が合う。


「やあ、ミレイ。こんなところで奇遇だね」


 言いながら、彼女は私の元まで歩み寄る。


「こんにちは、アルテアさん。あの、今の方は……」


「ああ。見られていたのか。いや、別に見られてまずいわけじゃないんだけどね」


 そう言いつつも、アルテアさんは言葉にするのを少しだけ躊躇っているように見えた。


「ミレイは、何かの用事かい?」


「いえ、ただの散歩です。早くこの街に慣れようと思って……それに、もう帰るところですから」


「そうか。じゃあ、ここで立ち話もなんだし、店へ送りがてら歩きながら話そうか」


 言葉と共に歩き出すアルテアさんについていき、隣を歩く。彼女はあまり間を置かずに口を開いた。


「彼女はリーゼ・ヴィーゼ。一年前に亡くなった私の同僚の妻でね」


「え……」


 往来を歩きながら何気なく告げられた重い言葉。見知った人の同僚が亡くなったという事実に、二の句が継げなくなる。


「さっき渡していたのは、遺族への補償金だよ。様子見も兼ねてこうして渡しに来ているんだ」


「……」


「亡くなった当初は当然ながらひどく憔悴(しょうすい)していたけれど、ここ最近は少し落ち着いてきたのか、笑顔も浮かべられるようになっていてね。喜ばしいことだ」


「……その……。……」


 私は何を言えばいいのか分からず、上手く口を開くことができなかった。

 だから彼女は、話すのを少し躊躇ったんだろうか。誰だって、同僚が亡くなったなんて話を喜んでしたいはずはない。それを無理に聞き出すようなことをしてしまった罪悪感が、さらに私の口を重く塞いで――


「……この街で暮らすのが、怖くなったかい?」


「え……?」


 そう問いかける彼女の瞳は、同僚の死への傷心ではなく、こちらを案じるような色を見せていた。


「『戦場』で大半を引き付けているとはいえ、それを迂回して街に狙いをつける魔物もいる。多くは守備隊が対処してくれているが、それでも街の中への侵入を許す場合もある。結果、今話したように犠牲者が出ることも……。他の土地と違い、この街は常に魔物の恐怖に(さいな)まれている」


「……」


「それに、危険なのは魔物だけじゃない。犯罪の件数も多いし、最近は悪魔崇拝者のこともある。君のおかげで先の事件は防げたが、まだ残党がいるかもしれない。しばらくは、警戒を続ける必要があるだろう。それでも君は――」


 ああ、そうか。つまり彼女が話すのを躊躇ったのは悲しみからではなく、その話を聞いた私が怯えるのを、心配してのことで……


 まだ話に聞いたことしかない魔物はともかく、悪魔崇拝者の脅威は、実際に何度も死に直面してループさせられたことで骨身に染みている。その際の記憶は彼女から失われているはずだが、それでも変わらずこちらの身を案じてくれる心遣いが嬉しくて……


「……心配していただいてありがとうございます、アルテアさん。正直に言えば、まだちょっと怖いです。でも、だからといって引っ越せるほどのお金はありませんし……」


 というのも本当ではあるが、それ以上にこの世界自体にまだ慣れていないという理由が大きい。仮に安全な場所に引っ越せたとしても、この世界の常識を覚えなくてはいけない点は変わらない。それに……


「それに、私、人見知りで、自分から人間関係築くの苦手なので……情けないかもしれませんけど、せっかくこうして知り合えた皆さんと、すぐにお別れするのは嫌なんです」


「ミレイ……」


 情けなくはあるが、これも本心だ。始まりは偶然だったとしても、一度知り合えた人たちとの縁は大事にしたい。


 何より……私がループしても全てを憶えていてくれるマリナさんとも、今もこうして心配してくれるアルテアさんとも、まだ離れたくない。


「だから私は、皆さんがいるこの街で、手に職をつけて生きていきたいと、そう思うんです。それに……もし何かが起こって私が困っていたら……アルテアさんや騎士の皆さんが、助けてくれるんですよね?」


 私は隣を歩く彼女を下から覗き込みながら、少し悪戯っぽく笑ってみせる。元の世界では機会がなくて気づけなかったが、どうやら私は気を許した相手には冗談めいたことも言えるらしい。


 彼女はそれにわずかに面食らったようだが、すぐに笑みを浮かべて答えてくれる。


「ああ、もちろん。それにさっきは悪い面ばかり語ったが、魔物や犯罪の被害が多いということは、その対処に慣れているということでもある。騎士も冒険者も練度が高く、住民も逞しく暮らしている人が多い。なにせ、数百年『戦場』の傍で発展し続けてきた街だからね」


 そう言って、彼女は微笑む。


「ここはここで、いいところもたくさんあるんだ。少なくとも私はそう思っている。だから、ミレイがこの街を気に入ってくれるのなら、私も嬉しい。そのための手伝いなら喜んでするよ。さしあたっては――」


 言いながら彼女が指し示した先にあるのは、市で賑わう中央広場。辺りには相変わらず露店や屋台が立ち並んでいる。


「ちょうど帰り道にあることだし、何か食べていこうか。もちろんここは私の奢りだよ」


「え、そんな。今日までのお給料も貰ってますし、私、自分で払いますよ」


「いいんだ。これは、まさに街のいいところをアピールするための、私の身勝手な誘いだからね。美味しいソーセージを出す店があるから、是非紹介させてくれ」


「そういう、ことなら……お言葉に甘えます」


「うん。他にも、屋台で食べたいものがあるならそれも好きに頼んでくれて構わないよ。あ、でも……君にだけ美味しいもの食べさせたなんて知られたら気まずいから、マリナやリタには内緒でね」


 悪戯っぽくウインクをしながらアルテアさん。


「はい。二人だけの秘密、ですね」


 私はそれに笑顔で応える。漫画や小説でしか読んだことのないこんなシチュエーションを、まさか現実でできるなんて思わなかった。


 そうして、一人だけの不安なお出かけは、彼女と二人で過ごす楽しい時間に変わったのだった。


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