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舞わぬ花

作者:柳 凪央
冬の夜明け前、稽古場に響く三味線の音。十四歳の蘭子は、祖母の厳しい声と撥の響きに導かれながら、まだ見ぬ舞踊家としての未来を夢見ていた。昭和の終わり、日本舞踊桐山流の家元の孫として生まれた蘭子は、誰よりも早く起き、誰よりも冷たい稽古場の畳を踏む日々を生きる。それは血筋を守るためでも、家元の名を繋ぐためでもない。ただ、祖母の舞のように、美しい鷺のように在りたいと願うからだった。

しかし、平成へと移り変わる時代の中で、蘭子は“血筋の終わり”を知ることになる。父の死、そして祖母の死。家元の名と共に失われた守り。舞踊界から放たれた蘭子は、着物一枚を抱きしめるようにして東京へ向かった。和装店のモデル、着付け師、深夜の稽古場。誰にも必要とされない孤独の中で、それでも舞を捨てられなかった。誰かに評価されなくても、血筋も名取もなくても、舞うときだけは自分が“ここに在る”と感じられたから。

やがて、和室二畳の小さな教室。初めての生徒。少女に扇の開き方を教える手は震えていた。けれどその日、舞は再び蘭子の胸の奥で芽吹き始める。
——舞踊とは、誰かに与えられるものではない。
——舞わぬ花は散らない。
それは、舞台の上でこそ咲く“孤高の花”。

数年後、大舞台の照明を浴びる蘭子は、観客のざわめきが消えた静寂の中で祖母の舞を思い出す。あの日の稽古場、撥の音、冬の冷気。今、扇を返すこの瞬間、蘭子は確かに祖母と同じ景色を見ている。
そして舞い終わり、舞台に降りる静寂を背に、盛大な拍手が響き渡る。

舞わぬ花は、決して枯れない。
それはただ、美しいままに咲き続ける。
2025/06/29 20:38
2025/06/30 07:02
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