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前編

時折辺りを眩しく照らす雷光。

その瞬間の光に一つの建物が浮かび上がる。

灯りがつけられていない薄暗い教会。

中には二人の人が居たが、一人は既に事切れていた。

もう一人の男は床に倒れた司祭に持参した油をかけた。辺りに油特有の匂いが充満する。

司祭の衣服がずぶ濡れになるほどかけた後、残りの油を周りの椅子や台、そして祭壇にも十分にかけた。

油を入れていた容器が空になるとそれを捨て、かわりに火のついた燭台を手に持った。

男は周りを照らしながら独り言を呟いた。

「さあ、お前の代理人はこのザマだ。お前が何もしないのであれば、このお前の家も焼け落ちるだろう。

早く姿を現せ。そして、俺を止めてみろ」

独り言というには大きく、誰かに言い聞かせるような口調。

男が再度周りを照らして確認する。しかし、先ほどと変わった様子は全く無い。

ただ、男の言葉の残響をかき消すかのように、雷鳴が響くだけだった。


男はそれをあまり信じていなかった。

礼拝も義務的に参加していただけだった。

一方で、男の弟は違っていた。弟は心の底からそれを信じ、崇拝していた。

弟はそれが存在しそれの教えが正しい事を証明する為に、戦争に志願した。

元は隣国との領土をめぐる争いだったが、次第にお互いの信仰の正当性をぶつけ合う争いへと発展していった。

男は兄として、弟の志願を止めるべきだったかもしれない。

そんな不安と後悔を重ねている所に、最悪の知らせが弟の家族のもとにもたらされた。

弟の最期を知る者の話では、その瞬間には笑みすら浮かべ、自分の信仰の為に出来る全てをやり切った事を誇らしげにしていたらしい。

その話を聞いた瞬間に男は、何が弟をそこまで行動させたのか理解が追い付かなかった。

信仰とはそこまで人を突き動かす事が出来るのか。

だが、そうだとしても信仰は弟になにをもたらしてくれたのだろうか。

悲しみにくれる弟の家族の姿を見て、居ても立っても居られなくなった男は教会を訪れた。

乱暴にも思える男のノックを聞き、怪訝な顔をして司祭は扉を開けた。

「どうされました。そんな深刻な顔をして」

「司祭様。私にはどうしてもお聞きしたいことがあります」

「私に答えられる事であれば」

「私の弟は志願して出兵し、そしてその命を落としました。

神が全知全能だというのであれば、どうして弟は戦場で倒れなければならなかったのでしょうか。

神を信じ神を崇拝していた者への仕打ちがこれでは、あまりに納得がいきません。

こうしている間にも戦場では一人また一人と、神を信じる者が倒れていっているでしょう。なぜ神はそれを黙って見ているだけなのですか」

司祭は男の急な質問に驚き目を大きくさせた。少し考え、俯き小さくため息をついてから顔を上げて問いに答えた。

「あなたのおっしゃる通り神は全知全能です。それは私たち人間の考えが及ばぬほど遥か高みにあります。

私たち人間には神の行う事の意図を完全にくみ取ることなど不可能であり、私たちが出来るのはその意図を探求し続ける事のみです。

あなたの弟さんは、神の大いなる計画のもと亡くなるべくして亡くなった。

その意味を推測して理解しようという心がけは大事です。ですが、私も含めその答えを持ち合わせている人はいません。

答えを知っているのは神のみです。

神は全ての者の声を聞き、その上で黙している。神だけが知っている大いなる計画の為に。

私が答えられるのはこの程度までです」

男は司祭の杓子定規な回答を聞き、顔を曇らせた。

男が期待していたのは、弟への慰みの言葉だった。だが、司祭からそのような発言は全く無かった。

男の様子の変化に対して、司祭も苛立ちを覚えた。

司祭はできうる限り正確に答えたつもりだった。しかしそれが男には伝わらなかった。

「いいですか、あなたの弟さんは自らの信じる信仰を守る為に戦った。

結果こそ残念な事になりましたが、あなたは弟さんを誇りに思うべきです。

その尊い犠牲が神の威光をより一層強固にするでしょう」

「な、何を言っているのですか。弟が亡くなったのに、それを誇りに思えなんて。

哀悼の意の一つでもおっしゃっては下さらないのですか」

男の絞り出すような反論を聞いて、司祭は初めて自分の失態に気づいた。

咳ばらいを一つして、早口で答えた。

「も、もちろん、あなたの弟さんが亡くなったことは耐え難い悲しみです。

その魂が神のみもとへ迷わず向かえる事を心から祈りましょう」

既に司祭の言葉は男の心には届いて居なかった。

ただ無言のまま、虚ろな目で司祭を見ているだけだった。

「で、では、ご用件も済んだようですし、私はこれで失礼させていただきます。

なにぶん、この後に予定が立て込んでおりまして」

それだけ言って、会釈もそこそこに司祭は教会の扉を閉めた。更には中から閂を通す音が響いてくる。

本来であれば、悩める者や苦難にぶつかった者に対して開かれているべき、教会の扉。

それが、話も途中で打ち切られ、お前と話す事はもうないとでも言いたげに閉められ閂までかけられた。

「・・・弟は、何の為に、」

男はそう呟いて教会から立ち去った。


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