第4章 恋と冒険の結末!
蒼の襲来後、茜と悠斗に休息する間はなかった。
茜の髪飾りが完全に光を失い、鬼の角が常時見えるようになってしまっていたからだ。
慌てた茜は、悠斗と連絡を取り、彼の部屋に飛び込んだ。
「やばいよ! これじゃあ人間界にいられない」
目深にかぶっていたパーカーをめくる。
銀色の髪の中から、にゅっと突き出た鬼の角。珊瑚のような赤い角。
コスプレだと開き直ればいいのかもしれなかったが、自分が鬼だとバレてしまうのが怖くて茜が焦るので、違和感が増して見えた。
悠斗は彼女の手を握り、落ち着いた声で諭した。
「茜、一緒に解決しよう。どんなことがあっても、俺は君のそばを離れない」
この言葉に、茜は笑顔を取り戻した。
「悠斗はほんとに、伴侶にぴったりだな!」
「……ほんと、茜って」
「なんだ?」
「なんでもないよ」
茜のスマホが急に鳴った。鬼界からの緊急メッセージだった。
『鬼門が暴走している。人間界と鬼界の近郊が崩れて、両方の世界が混ざりつつある。茜、戻って門を封じなさい』
鬼門は両方の世界をつなぐ神秘のゲート。
暴走すれば、鬼界の怪物が人間界に溢れ、人間界の混乱が鬼界を侵すことになるだろう。
茜は、眉間に力を込めて顔を上げた。
「私がやってやる!」
けれど、悠斗はどうする。
茜は鬼門の暴走を止めるために戻る決意したものの、悠斗を巻き込むことに躊躇を見せた。
「悠斗、お前は人間だ。鬼界は危険すぎる。だから、行かせられない」
茜の赤い瞳が揺れる。
「バカ言うな! 茜一人で行かせるわけないだろ。俺も一緒に行く」
悠斗の強い意志が込められた声に、溢れそうになった涙を茜は堪えた。
「じゃあ……じゃあ一緒に戦おう!」
2人は頷いた。
照れた顔を隠すように、悠斗は外出の準備を手早くおこなった。
とはいえ、あまり荷物を持っていっては邪魔だ。上着を羽織ったら、ポケットにスマホを入れるぐらいで終わる。
「この前、蒼って子が刀を持ってたな……」
彼は小さな声で呟きながら、クローゼットの奥から細長い何かを引っ張り出してきた。
「悠斗! その木の棒はなんだ?」
「木刀だよ。木でできた刀。俺、むかし剣道をやってたんだ」
「剣道?」
「一人暮らしの護身用に実家から持ってきてたんだ」
「悠斗はいつも優しそうだけど、それを持ってると強そうだ!」
茜は鬼門の入り口を、テレパシーで長老に聞いた。
「東京大神宮へ行け」
飯田橋の駅から歩いて向かう。大都会の中に建っているにもかかわらず、境内に一歩踏み込むと心が静かになっていくのを感じた。
茜は髪飾りを手に掲げた。すると、大きな門が見えてくる。
あの日、茜が旅立った門だ。重かった扉はするすると開く。
目映い光の向こう側には、鬼界の世界が広がっていた。
夕焼けのように赤い空、重さを感じさせず浮かぶ岩、揺れる炎を纏った木々。人間界とはまるで異なる光景に、悠斗は息をのんだ。
「ここが茜の故郷なんだ」
「ふふ、かっこいいだろ?」
鬼門から鬼界に一歩足を踏み出し、2人は振り返った。
暴走した鬼門を中心に、巨大な黒い渦が巻いている。鬼門の上には、円形の祭壇が見える。
祭壇は赤い岩と炎に覆われ、浮遊する石の破片が不気味に漂う。
溢れるエネルギーで、周囲の景色の輪郭が歪む。
「どっからでもかかってこい」
茜は、身体の内側から漲る力を解放した。角が輝き、こぶしの炎が一層大きくなる。
悠斗は木刀を構えた。
空気がズンと重くなる。雷鳴のような轟音が響き、地面が脈打つように揺れた。
鬼門の渦から歪んだエネルギーが噴出し、角と牙の大きな怪物や、人間界の機械が融合した異形たちが次々と生み出される。
鬼界と人間界が混じり合い、暴走しているということは、怪物を見れば一目瞭然だった。
鬼の能力を全開にした茜の髪は、炎のように揺れ動いた。
「こいつらを止めなきゃ、鬼界も人間界も終わりだ! 行くぞ!」
足を踏み出した茜たちを待ち受けていたのは蒼だった。
だが彼は茜の敵ではないらしい。鬼門の暴走を食い止めるために、生み出された怪物と戦っている。
獅子のような体に複数の角を持つ鬼獣が、彼に襲いかかる。
茜は鬼の力を解放し、炎をまとったこぶしで鬼獣を一撃で吹き飛ばした。
「はっ! こんなの、鬼界の鬼ごっこより楽勝だ!」
蒼は青い炎が蛇のように巻き付いた長剣を振り下ろす。
鬼獣の後に控えていた、機械の腕と車輪のような足の混沌機の咆哮が、その一振りで止まった。
混沌機を真っ二つにした長剣が、地面に焦げ後を残す。
「数が多すぎる!」
茜と蒼が倒しても、それと同じ数の怪物が鬼門の渦から飛び出してくる。
悠斗は木刀を振り回すが、対応しきれる数ではない。
「茜、右から来る! 俺が抑えるから、祭壇に進んで!」
悠斗は茜の背中を守りつつ、敵を引きつけた。
だが、新しい混沌機のレーザーが彼の肩をかすめ、血が滲む。
茜は振り返って叫んだ。
「悠斗、ムチャすんな! お前まで傷ついたら私……!」
「大丈夫だ、茜。俺を信じろ。そして、自分を信じろ!」
悠斗の言葉に、茜の炎が一層強く燃え上がった。
青い長剣が鬼獣を切り刻むたびに、周囲に血の濃い匂いが充満した。
「茜、渦の中心に光が見えた。あれが核だ」
蒼の言葉に、彼女は顔を上げる。
鬼門の黒い渦の中心に、確かに光があった。
「蒼、核の近くに守護獣がいるぞ!」
竜のような姿。
複数の尾と、燃える赤色の目を持つ「鬼竜」、それが鬼門の核を守る守護獣だった。
ひとたび咆哮すれば、それだけで地面が割れ、炎を含む呼気が祭壇を焼き尽くす。
茜は鬼竜の隙をついて飛びかかり、炎のこぶしで胴体を叩いたが、うろこが硬くダメージを与えられない。
「くそっ、こいつ、硬すぎる!」
その様子を見ていた悠斗は、鬼竜の注意が茜に再び向かうタイミングで、木刀を竜の足に突き刺そうとした。
だが、所詮木刀。足を貫くこともできず、くねらせた鬼竜の尻尾で吹き飛ばされ、岩に叩きつけられた。
「悠斗!」
茜は彼に走り寄って、鬼竜の呼気を正面から受けた。
炎を帯びた彼女の鬼の力が、呼気に含まれた炎の力を無効化したが、熱が肌を火ぶくれさせた。
「蒼! 私が炎で目をくらませる。その隙に剣で目を突け!」
「わかった」
蒼が頷いたのを確認し、茜は全力で炎を放った。
炎のまぶしさに、鬼竜は目を瞬かせる。怯んだ隙に蒼が立ち上がり、長剣を鬼竜の目に突き刺した。
それまでとは違う甲高い咆哮を上げ、鬼竜の動きが鈍った。
「これで終わりだぁ!」
茜は鬼門の渦の中心へ突進し、核にこぶしを叩き込んだ。
「やったか……?」
岩にへばりつくように倒れていた悠斗が、ずれた眼鏡を直して見つめる。
だが、核は一時的に弱まるものの、完全に動きを止めない。むしろ逆に、鬼門のエネルギーが増大して、茜たちは祭壇の端に追い詰められてしまった。
絶体絶命の瞬間、青い稲妻のような光が鬼門を切り裂く。
蒼が、鬼竜の尻尾を剣で両断したのだ。
「茜、俺が時間を稼ぐ。核を封じるのはお前しかできない!」
蒼は、鬼竜と新たに生み出される怪物たちを引き受けた。
鬼の戦士は、流れるように美しい剣技で、敵を次々と切り伏せていく。
悠斗は傷ついた体で、茜を支え、鬼門の核へと近づいた。
渦の中心部に近寄ると、風が強く吹いた。吹き飛ばされないように姿勢を低く屈めながら、茜は核の青い光を見つめた。
その時、テレパシーで長老が語りかけてきた。
「鬼門を封じるには純粋な心の力が必要じゃ」
茜は悠斗を振り返り、眼鏡の奥の優しそうな目を確かめた。
「悠斗、私……お前のことが大好きだ! どんな世界でも、ずっと一緒にいたい!」
悠斗は微笑み、茜の手を握りしめられる距離に近づいてきた。
「俺もだ、茜。どこにいたって、俺のそばには茜がいる。それでいい」
二人の愛がこめられた言葉に、鬼門の渦がひるんだように見えた。
茜の角は黄金色に輝き、こぶしの炎は赤から白へと色を変え、鬼門の渦を包み込んでいく。
核の青い光が揺らぎながら、徐々に小さくなっていく。
蒼は茜を信じて、怪物と戦い続けていた。
だが、核が小さくなるにつれ、鬼竜の力を弱まっているようだった。
とうとう鬼竜が最後の咆哮をあげ、蒼の剣に倒れた時。横たわる鬼竜の喉元に、剣が突き刺さっている。
渦が完全に消滅して、鬼門は静かな光を取り戻した。
茜は力を使い果たして、悠斗の腕に倒れ込んだ。
「やった……悠斗、勝ったぞ」
「茜、最高だよ」
悠斗は彼女を抱きしめ、額にそっとキスをした。
「うわーーー!」
「な、なに、どうしたの?」
それまでぐったりしていた茜が、急に飛び起きたから悠斗はびっくりしてしまう。
「チュウってされたら、なんか元気になってきた!」
「……ははは、それは良かった」
背後からの視線を感じたが、悠斗は見ないことに決めた。
おそらくそこには、鬼竜との戦いで息のあがった、蒼がいるに違いないからだ。
鬼門が完全に閉じたのを確認した茜たちは、まっすぐ長老の住む館に直談判をしに行った。
長老の館は鬼界の中央部に位置しており、巨大な赤い岩をくり抜いた荘厳な建物だった。
炎の柱が天井を支え、壁には鬼界の歴史を刻んだ彫刻が輝いている。
茜は鬼の角で風を切って歩いた。隣には傷だらけの悠斗がいる。
蒼は少し後ろで静かに見守り、剣を腰に携えたまま護衛のように進んだ。
「長老に会いに来た! 鬼界の掟を変える話だ!」
出入り口に立つ鬼の戦士がじろりと睨んだが、茜はそれにひるまず叫んだ。
あまりの迫力に彼らは後ずさりして、道が開かれた。
真っ直ぐに廊下を進むと、館の奥に広間があった。丸い机に5人の長老が座っている。
彼らは鬼界の歴史を背負う古老で、それぞれが異なる属性の力を担っていた。
――炎、風、岩、水、闇。
茜の父とも親交が深い、炎の長老・焔牙が、じっと3人の姿を睨め付けた。
焔牙の低い声が、館の議場に響く。
「茜、鬼門を封じた功績は認める。だが、掟を破り、人間を伴った理由を述べよ」
茜は1歩踏み出し、胸を張って答えた。
「私は人間界で伴侶を探す試練を選んだ。そこで出会った悠斗は……ただの伴侶じゃない。私の心を動かし、鬼界を救う力になってくれた。鬼と人間が愛し合ってもいいだろ? 掟を変えて、自由に交流できる世界にしてくれ!」
議場にざわめきが広がった。
白くて長い髪と髭を揺らしながら、風の長老が冷たく突き放す。
「鬼と人間の混血は、両世界の均衡を乱す。掟は古来より変わらぬ」
山のように屈強な体の岩の長老も頷いた。
「人間は弱い。鬼の誇りを汚す」
だが茜は退かない。
「弱い? 悠斗は人間なのに、私を信じて鬼竜と戦ったんだぞ? 鬼の力だけじゃ鬼門は封じられなかった。悠斗がいたから勝てたんだ。それでもダメだって言うなら、鬼の誇りってなんだ!?」
長老たちの表情に、僅かな動揺が走った。
悠斗が前に進み、茜の横に立つ。人間の身ながら、長老たちの目を真っ直ぐ見据えた。
「俺は鬼ほど力を持っていない。でも、茜の笑顔を守りたい。彼女と一緒に未来を作りたいんだ。茜の心は鬼門を救った。それを認めないなんて、鬼界の誇りを見誤っているんじゃないですか?」
誠実な言葉に、黒い衣を纏った闇の長老が目を細めた。
「人間の言葉に嘘はないようだ。だが、掟は掟だ」
蒼が静かに進み出た。
彼は長老たちに一礼し、剣を地面に置いて跪いた。
「長老様、俺は茜の幼馴染みとして、鬼界に連れ戻そうとした。だが、茜と悠斗の絆を見て、俺の考えが変わった。愛は鬼の力に劣らない。茜の選択を俺は支持します。掟を変えて、鬼界を新たな時代に導いてください」
蒼の言葉は重く、議場に沈黙が落ちた。
長老たちは顔を見合わせ、焔牙が立ち上がる。
「茜、悠斗、蒼、お前達の心は確かに鬼門を救った。だが、掟の変更は鬼界全ての同意が必要だ。評議会で議論する」