第3章 鬼の秘密と危機!
――茜の人間界での生活は、悠斗とのドキドキと美咲とのライバル対決で賑やかになってきた。
だが、鬼界からの不穏なメッセージが彼女の心に影を落としていた。「追っ手」とはどんなものなのか。
茜の恋と冒険に新たな試練の予感。
茜は悠斗との時間を守るため、そして自分の「恋」を理解するため、初めて本当の戦いに挑む――
悠斗の通う大学での、文化祭の日。
茜は悠斗の所属する文学サークルの出し物「古書カフェ」に参加することにした。
「俺の友達なんだけど、文化祭に協力してくれるって言うんだ。どうかな?」
文学サークルの男女20名余りは、悠斗の言葉を待たずに雄叫びをあげた。
「もちろん、賛成!」
「タダで手伝ってくれるんでしょ? 絶対協力してもらおうよ」
「留学生なの? 日本語だいじょうぶ?」
茜はニコニコして頷いた。(人間の文化を学ぶチャンス!)と張り切った。
可愛い女の子がウェイトレスをすることになり、サークルの仲間達は大はしゃぎでコスプレ衣装を準備した。
白い長袖ブラウス、フリル付きの襟、黒いフレアスカートは膝上の短め丈、前ポケット付きの白いエプロンに黒いリボンタイの茜は、秋葉原のメイドカフェから抜け出してきたような雰囲気。
女子部員たちが着替えに協力してくれた。
「おー! 凄いぞ。なんだこの服。スースーする」
「茜ちゃん、もっと足閉じて。膝と膝をくっつけるの」
「ぬおっ、こ、こうか?」
「よく出来たわね。可愛い! すっごく似合ってる」
「手伝ってくれたおかげだ。自分じゃこんな服着ないから助かった」
茜の素直な気持ちに惹きつけられるのは、悠斗だけではなかった。
茜はカップをひっくり返したり、注文を間違えたりするものの、その可愛さに客は誰も文句を言ってこない。
「茜、力入れすぎなんだよ。こうやって、優しく持つの」
悠斗が笑いながらフォローする姿に、茜は(また胸キュンだ!)と顔を赤らめる。
そして、それを見た客達は(もう男がいるのか)と絶望して、茜は誘われる面倒さから解放されていた。
文化祭が終わった夜、茜の髪飾りが不穏な光を放ち始めた。
鬼の角を隠す魔法が不安定になり、角がチラチラ現れては消える。
「やばい! これ、壊れたら鬼の姿がバレちまう!」
茜は鬼界の長老にテレパシーで連絡するが、返事はそっけなかった。
「人間界に長く留まっているからだ。掟を破れば、追っ手が汝を連れ戻すであろう」
「あのジジイ。まだ恋も伴侶もわかんねえのに、連れ戻されたら終わりだ!」
茜は焦った。悠斗との時間を手放したくない気持ちが、前よりも強くなっている。
彼女は髪飾りを握りしめ(絶対にバレないように気をつけよう!)と固く誓った。
文化祭が終わった後の大学の講義で、茜は悠斗の隣の席で大きくため息を吐き出した。
「茜、最近元気なくない? 悩みとかあるなら、話してよ」
悠斗の優しさに、茜は胸を締め付けられるが、正体を明かす勇気はまだない。
「な、なんでもねえよ!」と笑ってごまかすが、内心は葛藤でいっぱいだ。
そんな中、美咲が教室に現れた。茜に鋭い視線を投げる。
彼女は茜の「変な雰囲気」を怪しんで、密かに髪飾りに注目していた。
美咲は策略を巡らせる。
「あら、佐藤君。また茜と一緒なのね」
「おう!」
「私は佐藤君に話しかけてるの! なんであんたが返事するのよ」
「だって、茜って言っただろ?」
くじけそうになる気持ちを立て直して、美咲は口を開いた。
「ねえ、また勝負しない?」
「なんだ? どんな勝負するんだ?」
「あっち向いてホイよ」
意外と平和な対決になりそうで、悠斗はニコニコと見守ることに決めた。
「あっち向いてホイってなんだ?」
「私が指さした方に、顔を向けるのよ。ちゃんと指さした方に顔を向けられなければ負けよ」
「なーんだ。簡単じゃないか。いつでも初めていいぞ」
美咲の狙いは、茜の頭を激しく動かし、髪飾りを落とすことだ。
じゃんけんなどという、まどろっこしい方法は省いたのだが、それに茜は気づいていない。
時々点滅する髪飾りに、何か秘密があるに違いない。美咲はそう予想していた。
「あっち向いて……ホイ!」
「ホイ!」
美咲が右を指させば、茜は勢いよく右を向く。
「あっち向いてホイ!」
「ホイ!」
次は左。その次は上。美咲は、指を出すスピードをだんだん速める。
追いつこうと頭を激しく動かしていた茜の髪から、髪飾りがポロリと落ちた。
瞬時に茜の角が現れた。
近くの席に座っていた学生が「え? なんだあのコスプレ!?」と驚く。
茜は慌てて髪飾りを拾い、角を隠すが、悠斗は一部始終を目撃していた。
「茜、さっきの角はなんだ? 本物? 文化祭のコスプレじゃないよな」
悠斗の真剣な目に、茜は言葉を失う。逃げるように教室を去るが、悠斗は追いかけてきた。
大学の裏庭で、茜の片腕は捕まえられてしまった。
「茜、隠さないで。俺、ちゃんと知りたい」
茜は観念し、震える声で告白した。
「私……鬼界から来た鬼なんだ。人間界で伴侶を見つける試練の最中で。でも、悠斗と過ごすうちに、なんか……ただの試練じゃなくなってきて……」
悠斗は驚きつつ、茜の赤みがかった目を見つめた。
「鬼でも何でも、関係ない。茜は茜だ。俺、茜のことが……好きだから」
悠斗の静かな告白に、茜の心が爆発した。
「好き」
初めて聞くその言葉に、涙が出てくる。
「私も……悠斗のこと、すっごく大事だ!」
茜の叫び声が中庭に響いた。
2人は心を通わせ、茜は(これが恋だ!)と実感する。
だが、甘い瞬間は長く続かなかった。
大学の中庭に不気味な風が吹きはじめた。
風にあおられた木の葉の中から、茜の前に現れたのは、鬼界の戦士蒼。
青い髪と鋭い目をした彼は、茜の幼馴染みである。密かに茜を思っているが、それを本人に伝えたことはない。
だから、蒼は冷たく鬼界の掟を告げるが、心のどこかで早く逃げて欲しいと願う。
「茜、掟を破ったな。人間界に長く留まるのは許されない。我と鬼界へ戻れ」
「嫌だ! 私は悠斗と一緒にいたい!」
茜の反抗を予想していたように、蒼は刀を構えた。
「なら、力づくで連れ帰るまでだ」
振り下ろされた刀から、びゅうと音が鳴ったのを合図に戦いが始まった。
茜は秘めていた鬼の力を振り絞った。
身体の内側から、ムクムクと湧いてくる。
硬く握りしめた拳から炎があがり、蒼の剣と激しくぶつかった。
だが、刀と拳では剣が強い。蒼の力に圧倒され茜の足が後退しはじめる。
そこへ、悠斗が近寄ってきた。
「茜、俺も戦う! 一緒に乗り越えよう!」
茜が戦う姿を見て、恐怖よりも彼女を守りたいという気持ちが勝ったのだ。
悠斗は近くに生えていた木の枝を折り、蒼に立ち向かった。人間の彼に勝ち目は無さそうだったが、その勇気に蒼は一瞬たじろいだ。
茜は悠斗の姿に力を取り戻し、叫んだ。
「強さって力だけじゃないんだ! 守りたい人のために戦うのが、本当の強さだ!」
言葉に応えるように、こぶしの炎が一気に燃え上がった。
蒼は熱に気圧されるように、数歩後退したがなんとか押し返して口を開いた。
「茜……今回は退くが、次はないと思え」
蒼の警告と共に、その姿は空に消えた。
力を出し尽くした茜は倒れ込み、悠斗が抱きかかえた。
「悠斗……ありがとう。初めて誰かを守りたいと思ったよ」
「バカ。俺だって、茜を守りたかった」
悠斗と茜は互いの手を握り、互いが生きていることを温かさで実感した。
その光景を、遠くから見ていた人間が2人に近づいてきた。
「全部見たわ。あんた、本当に鬼なんだ」
中庭に現れた美咲は、ぽつりと茜に呟いた。
「悠斗を思う気持ちでは負けないはずだったけど……」
美咲は茜の正体にショックを受けながらも、言葉を続けた。
彼女の真っ直ぐさに心を動かされていたからだ。
「私の負け。だけど、茜の友達として応援したい」と茜の手を握った。
茜はビックリして、大きく目を見開いた。
「ライバルが友達? 人間界って複雑だな!」と笑うと、美咲は心が温まる思いがした。
茜は悠斗と美咲に支えられ、立ち上がった。
鬼界の掟に立ち向かう決意と共に。
「私は悠斗と一緒にいたい! だから鬼界へ戻っても、この気持ちは変わらないからな!」
戻ってしまうことが前提になっている茜の言葉に、悠斗は悲しげに顔を歪めた。
茜の髪飾りは状態が不安定なのか、ぴかぴかと明滅を繰り返している。
鬼界から次の追っ手が迫っている気配が漂っていた。
茜はくたびれた身体を引き摺るように、いつものネットカフェに辿り着いた。
リクライニングシートに倒れ込むのと同時に、母・桜にテレパシーで報告した。
「母ちゃん、恋って……すっごく強い力なんだな。悠斗と一緒なら、どんな掟もぶっ飛ばせる気がする!」
桜は「茜の心がそう言うなら、それが正しいのよ」と優しい言葉を返した。
悠斗は、自室のシャワーを浴びながら、急に現れた蒼と、それに立ち向かう茜の鬼の姿を思い出していた。
「鬼でも、茜は茜……これからどうなるんだろう」
その不安を形にした、影が人間界に忍び寄っていた。
茜の恋と冒険は、さらなる試練へと突き進む。