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第2章 人間の恋って何?

 ――茜の人間生活は、悠斗との再会で一気に加速。

 大学に「留学生」として紛れ込んだ彼女は、悠斗の周りをうろちょろしながら「伴侶捜しの第一歩」を踏み出す決意を固めていた。

 だが、人間界の恋愛は鬼界の「強さを見せつけて勝ち取る」ルールとはまるで別物。

 茜のドタバタ恋愛修行が始まる!――


 朝の大学キャンパス。

 午前中の1コマ目は、集まりが悪く教室にもほとんど人が居ない。

 茜は悠斗の講義に勝手に潜り込み、隣の席を占領することに成功した。

「よーし、悠斗! 今日からお前の恋愛を観察して、伴侶の条件を学ぶぞ」

「観察って……俺、観察されるような恋愛してないって」


 悠斗は顔を赤らめ、周囲の学生の視線に縮こまった。

 茜は声が大きい。それにとても可愛い。造詣が整っていることよりも、身体の内側から輝き光る何かがあるのだ。

 そんな視線をもろともせず、彼女はスマホで調べた「恋愛の基本」を元に、ノートに「デート」「プレゼント」「告白」と書き殴る。だが、どれもピンとこない。

 検索サイトで検索してみても、AIに質問してみても、だ。

 鬼界では、好きな相手に「一緒に狩りに行くぞ!」と叫べばOKだったのに勝手が違いすぎる。茜は眉をハの字にしてため息をつくしかなかった。


 眠い講義が終わると、茜は悠斗を「鬼式デート」に誘った。

「なあ、悠斗。デートってのは強さを見せる場だろ? 山で鬼ごっこしようぜ」

「鬼ごっこ? いや、普通はカフェとか、映画とかだろ」

 悠斗の困惑に、茜も戸惑う。

「カフェ? 戦いの場じゃないのか?」と首を傾げた。


 結局、悠斗は茜の質問責めに根負けし、大学近くのカフェで「日本のデート」を教えることになった。

 小さなお店で、お客さんの人数も少ない。こぽこぽと音を立てるコーヒーサイフォンが心を落ち着かせる。

「すいません」

 悠斗は店員さんにオススメメニューを聞き、注文した。

 茜の目の前には、「当店自慢のフルーツパフェ」が置かれた。

「どうぞ、召し上がれ」

 恐る恐るスプーンで生クリームとパイナップルを救って、口に運んだ茜は叫んだ。

「なんだこのパフェ! 甘い! うまい! 人間界最高!!」


 パフェを食べる無邪気な笑顔を、悠斗はつい見とれてしまう。

 だが、茜がスプーンを勢いよく振り回したおかげで、生クリームが悠斗の頬に飛んでしまった。

「わっ! ちょ、ちょっと!」

「すまん、悠斗!」

 慌てて茜が頭を下げる。こういう時はとにかく謝るに限る、と人間界初日に改札機を壊したことで学んだ。


「茜ってほんと予想外だな」

 悠斗はおしぼりで顔を拭きながら、優しい笑顔を浮かべている。

 何気ない彼の一言に、茜の胸がまたチクリ。

(これは絶対胸キュンだ!)

 確信してしまったが、どう返せばいいのかわからず、顔を真っ赤にしてパフェを食べることに逃げた。


 カフェでの一件で、茜と悠斗の距離が少しだけ縮まった矢先、波乱が訪れた。

 悠斗のクラスメイトで、学内でも人気のクールビューティー美咲が現れたのだ。

 美咲は悠斗に密かな片思い中である。

 茜の「過剰な接近」の噂を知り、警戒心を抱いて直接声を掛けにきた。


「佐藤君、最近この子と一緒だけど……誰なの?」

 美咲の鋭い視線に(こいつ……強いぞ)と警戒しながら、茜は身構えた。

「私は茜だ。悠斗の……えっと、友達! だろ、悠斗?」

「う、うん。まあ……友達、かな」


 悠斗の曖昧な答えに美咲はフンと鼻を鳴らした。

「佐藤君には、もっと落ち着いた子が似合うと思ってた。私みたいな」

 美咲の宣戦布告に、茜は真正面から向かい合った。

「落ち着いた子ってなんだ? 強さだろ! お前、強そうだな」

「つ、強い?」

 日々ダイエットにいそしみ、美容情報をぬかりなくチェックしてきた美咲にとって、初めての評価だった。


「じゃ……じゃあ、女としての魅力の強さを競ってみる?」

 ニヤリと笑った美咲に、茜はこっくりと頷いた。

「強さなら負けねぇ」

 こうして、茜は美咲との「女の魅力対決」へ巻き込まれた。


 対決の第一ラウンドは「料理対決」。

 大学の調理実習室で、悠斗を審査員に、茜と美咲が料理を作ることになった。

 美咲は手慣れた手つきで彩り豊かなオムライスを完成させた。

 卵の鮮やかな黄色に、ケチャップの赤、添えられたパセリの緑が映える。

 女性雑誌の『彼の胃袋を掴むレシピ』第2位に輝いたその通りに料理をした。ちなみに、第1位は肉じゃがである。

 美咲は悠斗に微笑んだ。


 対する茜は、鬼界の味覚を再現しようと、激辛スープ「鬼火鍋」を調理していた。

 真っ赤な鶏ガラスープに大量の肉を投入し、袋から出したもやしをそのままスープに沈めた。

 ナツメ、陳皮、にんにく、花椒とスーパーのスパイスコーナーに置いてあったものも、ひとつかみに入れてしまう。

「これで、悠斗の心をガッチリ掴むぜ!」


 まずは美咲のオムライスを一口。

 悠斗は「美味しい」と呟いて手を止めた。

 そして茜の鬼火鍋を一口。

「か、辛い! 何コレ! 火吹きそう」

 悠斗は悶絶しながら水をガブ飲みする。茜はしょんぼり。美咲は「やっぱりね」と笑う。


「でも、茜のこの全力な感じ。嫌いじゃないよ」

 口の火事が治まった悠斗の一言に、茜はパッと顔を上げた。

 美咲は内心むっとしつつ、茜の笑顔を見守った。

 心の底から嬉しそうに見える。そして、悠斗の言葉をそのまま信じている。

 あんな純粋さ、自分はいつ忘れてしまったのだろう。


 第二ラウンドは「ファッション対決」。

 美咲の提案で、ショッピングモールへ向かった。

「なんだここは? 大学とも違うぞ」

「ショッピングモールよ。お店がいっぱいあるでしょう」

 茜の目の輝きが、子どものようでつい見蕩れてしまって、美咲は首を振った。


 試着室から出てきた美咲は、悠斗の前でくるりと一回りしてみせた。

「どう?」

 くすみカラーのティアードスカートに、シアー素材のカーディガンを合わせた、完璧なコーデを披露する。

 SNSで「モテる彼女のデートコーデ」という特集を参考に、似ているものを選んだ。

「うん。美咲さんらしいね」


 茜は「動きやすい服が一番!」と、スポーティーなTシャツと短パンで登場した。

「これなら鬼ごっこもバッチリだろ!」

 悠斗は「デートならもう少し女の子らしいのがいいんじゃないかな」と苦笑いしながら、あれこれ試着する2人を見守る。

 茜が試着室で迷った末に選んだ赤いスカート姿を見て、思わず「……似合う」と呟いてしまった。

 茜は照れながら「ほ、ほんとか!?」と声を裏返した。


 美咲は自分の負けを認めつつあった。

 茜の素直さが微笑ましく感じるようになっていたからだ。

 それに比べて、自分の計算高さ、他の人から見た自分を演出するやり方に、本当の気持ちが入っていないことに気づき始めていた。


 対決が終わって、ショッピングモールからの帰り道。

 すっかり夜だった。

 「悠斗、人間界の恋って……難しいけど、なんかいいな。胸がドキドキする」

 対決を終えて、茜は「女らしさ」が鬼界で言う強さとは違う形で、人を惹きつけることを学んだ。

 美味しい料理も、可愛い洋服も。

 それら単体では何の力も持たないが、相手を思いやる気持ちで選べば、効果は絶大なのだと。


「はは。茜らしいな。それ、たぶん恋の始まりだよ」

 悠斗も、茜の不器用な努力とまっすぐな心に惹かれて、彼女と過ごす時間が楽しくなっていることに気づいていた。

「恋!? それだ!」

 茜は飛び上がった。

 けれど、すぐに黙ってしまう。恋を意識した2人の間に、初めて甘い空気が流れた。


 だが、その時。茜の髪飾りが一瞬光を失い、鬼の角がちらりと見えた。

 飛び上がった瞬間にリボンがずれてしまったのだ。

 慌てて茜は角を隠すが、近くで見ていた美咲が「何か……変?」と怪しむ。


「じゃあ、またね」「またな!」

 美咲とも別れ、悠斗が手を振る。茜のスマホが急に震えたので、手を振り終えてから取り出した。

 鬼界からのメッセージが届いていた。


『茜、早く伴侶を決めろ。さもなくば、追っ手が来る』


「追っ手!? まだ恋もわかんねえのに!」

 茜は焦って髪飾りを強く握った。悠斗と過ごす大事な時間を守りたい。その思いしかなかった。


 顔見知りになったネットカフェで、茜は鬼界の母にテレバシーで相談した。

「母ちゃん、恋って……めっちゃ大変だな。でも、悠斗と一緒にいると、なんか強くなれる気がするんだ」

 母・桜は笑いながら「それが愛の第一歩よ。茜らしく進めなさい」と励ます。


 一方、悠斗はアパートの一室で茜の笑顔を思い出していた。

「茜ってほんと普通じゃないよな。なのに、なんでこんなに気になるんだろう」

 あの日、図書館で返す予定だった本は、まだ部屋に残っている。

 返却期間ぎりぎりまで、なんとなく手元に置いておきたくなったのだ。

 本の表紙を指でなぞる。すると、彼女の元気な笑顔が浮かんでくる。


 美咲は、茜の秘密を探ろうと決意した。

 女の子として、というよりは、人間として魅力的な素直すぎる生き方を知りたかった。あんな風に生きてみたい。

 そして、頭に生えていた角のような物体が何なのかが気になった。

「コスプレ……にしては、ちょっと自然すぎたのよね」


 鬼界からは、追っ手が近づいていた。影のように人間界に忍び寄る。

 茜の恋と冒険は、さらなる試練へと突き進むのであった――。

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