真打ち登場?
『貴様らも我が繁栄の糧になるがいいい!!!』
無明が消えた後、夜朱雀とハルを取り込もうと迷宮と化したジークフリートが襲う。
「ちいっ、主はどうなったのかしら……っ!」
空を飛び、迷宮に触れないよう、夜朱雀はハルを抱いて迫りくる肉壁から身を躱す。
「おるる、むみょーが……」
「大丈夫のはずよ。あなたの権能はしっかりと作用しているから」
夜朱雀は抱えているハルを、安心させるように頭を撫でる。
悪しき運命を遠ざけ、幸運をもたらす権能『禍福転招』を発揮したハルは、力が抜けたように立てなくなってしまった。
まだ幼い彼女では自身の力を十全に使いこなせていないのだろうと、夜朱雀は推測する。
(万が一はありえるわね……)
おそらく、この子に無明が死の瀬戸際に追い込まれるほどの窮地を遠ざける力はないと夜朱雀は考えていた。
(でも主なら……)
少しの幸運があれば、きっと活路を切り開くはずだと。
夜朱雀は主が本当の窮地に陥るまで、慎重に戦いを観察していたのだ。
「問題は私達ね……」
迷宮と一体化したジークフリートの顔が夜朱雀……正確にはハルを見ている。
『不自然なほどに運のよい男だと思っていたが……そういうことか』
ニタリと笑う顔は、ハルの権能を理解したゆえのことだろう。
「あら、勘違いじゃない? そもそもこの子が何したっていうのよ?」
だが、幸運を理解するには座敷童子という存在を知っている必要がある。
ハルに執着が及ばないように夜朱雀は軽口を返すが、ジークフリートは確信しているかのように笑っている。
『おかしいと思っていたのだ。都合よく霊薬を見つけ、瀕死の重傷を回復させるなど。都合よく龍涎香を見つけ、力を蓄えるなど……からくりはその娘か!!』
迷宮と一体化したいま、この中はヤツの腹の中に等しい。
どうやら主を助けたことで、ハルが放った力を解析されたようだ。
(腐っても迷宮主か。厄介な……っ)
『あの男を助けたな小娘!! 貴様、なかなかに面白い力を持っているではないか!?』
最悪な相手に知られてしまったと、夜朱雀はハルを抱きながら密かに妖力を練り上げる。
『その幼子の力と神霊核があれば、もはや他に何もいらぬ。フハハハ!! その力、アステリアの繁栄のために存分に使ってやろう!!!』
「くっ!!?」
周囲の壁が夜朱雀を押しつぶすように四方から迫った。
同時に壁から生えた無数の手がハルを狙って伸びてくる。
『もはやその小娘以外は要らん。大人しく埋もれて死に、迷宮の糧となるがいい!!』
「この、半妖半人風情が……っ!!!」
いくら激昂したところで、今の夜朱雀にジークフリートを倒す力はない。
せめてもの抵抗にハルを渡すまいと抱きしめるが、押しつぶすように夜朱雀を囲んだ肉壁が彼女の体を絡め取っていく。
「おるる。ハルはいいから、逃げて……」
「そんなこと出来るわけ無いでしょうっ! もう、いつまで遊んでるのよ主は……っ!?」
──夜朱雀が姿を見せない主人に悪態を吐いた時、体を絡め取った肉壁に変化がおきた。
「え、なに……?」
『な、なんだ!!!?』
ボロボロと、艶めかしい質感の肉壁がむせ返るほどの熱を帯びた。
過ぎた熱を宿したピンク色のソレは、まるで炭化するように黒ずんで崩れていく。
「この力は……主っ!?」
火を司る神鳥の夜朱雀が感じたのは、迷宮内を駆け巡る炎の奔流だ。
『ぐあああっっっっ!!? な、なぜ我が肉体が焼かれるっっっっっ!!!??』
肉壁と化した迷宮内より炎が噴出する。
やがて夜朱雀の視界が荒れ狂う炎で埋め尽くされた時、ひときわ大きな炎の柱が立ち昇った。
『ぐおおおおおおっっっ!! お、おのれええええ!!!!??!!』
迷宮内の至る所に浮かんでいたジークフリートの顔が苦悶に歪み姿を消す。
同時に迷宮内を染め、彼は現れた。
「おるる、あれ!!」
「主っっ!!」
荒れ狂う炎の柱の中から、勢いよく二つの影が射出された。
「うおおおおお!?」
『こ、これがアステリアを甘く見た報い……って、きゃあああ!!?』
その二つ──主の無明と金髪の女性がくるくると回転しながら、暴風に翻弄される木の葉のように飛んでいる。
「……むみょー?」
「……主ね」
主人の持つ百鬼の鎖に女性がつながっている。
繋がった二人が一緒になって壁に激突する勢いで飛んでいく。
この状況で一体なにを遊んでいるのかと、夜朱雀の機嫌が急降下を始めたときだった。
「ぐはっっっ!!?」
『いいっったあああいいい!!?』
二人は激しくもみ合いながらまとめて壁に激突した。
迷宮の壁が肉壁と化して柔らかくなっていたのは不幸中の幸いだろう。
「いっっつうううう……ったく、ひどい目にあった」
主が痛みに思いっきり顔をしかめている。
「なに遊んでいるのよ!?」
「おお、夜朱雀にハル。無事だったか」
あっけらかんとこちらを心配してきた主に、夜朱雀は少し困惑する。
つい先程まで瀕死の重傷だった割に、随分と元気そうだ。
「その女性のこととか、聞きたいことはあるけど……とりあえずもう大丈夫なのね?」
「──ああ。待たせて悪かったな」
そう、と。 夜朱雀は胸を撫で下ろしながら、張り詰めていた気配を少し緩めた
(どうやったのかは知らないけど、力は回復させたようね)
主がこの場に現れた瞬間、夜朱雀の傷も段々と癒えてきた。
それはつまり、主人からもたらされる霊力が十全に夜朱雀にも行き渡ったことを示している。
「さあ、ハル。こっちに……巻き込まれるわ」
「むみょー、だいじょうぶ?」
「ふふ、あなたの権能はしっかりと効果があったみたいよ。ハルのおかげね」
「むー?」
首を傾げるハルを抱いて、夜朱雀は距離を取る。
神眼で視たところ、主は力を取り戻している。
(さすがに全盛期とまではいかないけど……下手したら迷宮ごとこの島が消し飛ぶわね)
かつての戦いを想像し、そっと夜朱雀は結界を張った。
◇
「こらアイリーン、まったく無茶しよって」
『いたたた……って熱っ!!? え、なんでも燃えてるの!??』
「大丈夫だ、オレの炎だからそなたに害はない。ちょっと大人しくしていろ」
『害はない!? 幽霊なのに熱いんですけど!!? って、私の本体も燃えてるじゃない!!』
アイリーンと呼ばれた女性は倒れている異形の花嫁の姿を見て絶叫している。
『貴様、どうやって……な、アイリーン!!?』
どこからか焦ったようなジークフリートの声が響く。
再びあたり一面にジークフリートの顔が浮かんだ。
その顔は今にも舌打ちしそうに歪ませながら無明を睨んでいる。
──そんな視線を受け止めた無明は、静かに笑う。
「さあ、最後の戦いだジークフリート。その軽薄な理想もここまでよ」
まるで静かな蒼い炎を燃やすように、その低い声には確かな怒りが宿っていた。




