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起死回生!?

 やつが怪力に任せて半分になった大剣を上段に大きく構えるのを待っていた。

 オレも残りの霊力は術式一回分しか無い。決して外さぬため、起死回生の一撃を叩き込むこの瞬間を狙っていた。


 油断したジークフリートに刀を当てる。それは切るためではなく、そっと軽くあてただけ。


『無駄なあがきを──っ!!?』

 

 自分が敵を圧倒的な力で追い詰める絶対的自信とその快感ゆえの油断。

 死に体の相手に止めさす時、過剰な自意識と誇りをもつこいつは必ず仰々しく剣を振るうと予測してのこと。

 

「──不知火紅楼──」


 黄金の鎧に当てた蛍火の切っ先から白炎が溢れだす。

 ゆったりとした動きでヘビがまとわりつくように、ジークフリートの鎧に一筋の白炎が駆け上る。


『ぬう、この程度……っ!』


 か細い白炎を払うが、それは払った腕にも飛び火した。

 次第に全身に燃え移る白炎は、段々と勢いを増しやがて巨大な炎の柱と化す。


「不知火紅楼……神炎による封殺結界は内部の敵を灰燼にするまで燃やし尽くす。いかに高い再生能力をもっていても無意味だ」


 荒れ狂う炎の柱が螺旋状に絡み合い、巨大な楼閣を作り上げていく。

 その内に囚われたジークフリートは、やがて白い炎の楼閣へと姿を消した。


『おのれ、ぐ、おおおォォおオオオッッッっっ!!!』


 炎の中からジークフリート絶叫が響き渡る。

 

(なんとか、なったか……)


 響き渡るヤツの声が段々と弱くなり、遂には炎の燃える音に飲み込まれていった。

 決まれば必ず滅する自信のある技だが、なにせ発動が極端に遅い。

 霊力を多分に練り込んで、蛍火を通してようやく発動する技だ。


 今まで相手を結界で縛ってからしか使ったことはなかったが、今のオレに結界術を繰り出す余裕はなく、本当に命を掛けた一か八かの作戦だった。


 燃える白炎の紅楼に背を向け、夜朱雀とハルの元へと歩いていく。

 少しでも気を緩めれば気絶してしまいそうだが、この迷宮を脱するまで油断はできない。


 現に、夜朱雀の顔は未だ険しい……ん?


「主、まだよ!!」


 黄金に輝く神眼を発動してナニカを視ていた夜朱雀の警告が、静かな聖堂に響き渡る。


 振り返れば、白炎の紅楼の中に未だ燃え尽きぬ影が見えた。


 同時に地鳴りのような音がこの部屋内に響き渡る。


「おいおい、勘弁してくれ……っ」


 ゴゴゴゴッと、大きく音を立てて視界が揺れ、聖堂の景色が歪んでいく。

 

「これは……まさか!」


 それは聖堂だけではない。

 この迷宮自体がぐねぐね歪み形を保てず、床と壁が崩れ混ざりはじめたのだ。


(迷宮主を倒しても崩壊するなどあり得ないのだが……)


 今までにない経験に焦りつつも、痛む体に鞭打って、気力を振り絞り足を動かそうとする。


 ──だが。


「なっ!!」


 迷宮に足を取られてしまった。

 いや、足首から先が床に沈み込んでいる。

 

 聖堂内はいつしか粘土質の物体に変わり、グニャグニャと柔らかくなった土壁がオレの体を沈ませる。


『ふ、フハハハ!! この程度では終わらんぞ陰陽師ィィィィ!!!?』

「っ!」


 ジークフリートの声がそこら中から幾重にも重なって聞こえてきた。

 壁に、床に、天井に、老人として絵画に描かれていたヤツの顔が浮かび上がっている。


「迷宮と同化したかっっっ!」

『アステリアは永遠に不滅よぉオォおおオオ!!』

「くっ!!?」


 気付けば腰まで迷宮に沈んでいた。

 どうやらこのままオレを飲み込むつもりらしい。


(もう霊力はすっからかんだというのに……万事休すかっ)


 すでに抜け出すだけの力はない。

 試しに刀を振るうが、柔らかい粘土質な床に傷をつけたただけで、すぐに傷は修復されてしまう。


(こうなれば……っ!)


「夜朱雀!! ハルを連れて逃げろっっ!」


 精一杯大声をあげて退避を勧告する。

 もはや肩まで迷宮に沈んだオレでは振り返って彼女たちの無事を確認することもできない。


「…………」


 返事がないまま、遂には首まで迷宮に飲み込まれてしまった。

 この先どうなるのかはわからないが、敵のすることだ。決して己に都合よくはならないだろう。


(夜朱雀、ハル……無事なのかっ)


 迷宮が変質した瞬間に、オレを置いてさっさと逃げてくれていればいいが。

 もはや頭部まで迷宮に飲み込まれたオレに確認するすべはない。


「………っ」


 視界は暗く、呼吸もままなない。

 もとより満身創痍なこの身はあっという間に意識を手放していく。

 

 ──ハル、今よ!

 ──うん!


 暗がりの中、ぼうっとする頭に二人の声が聞こえた気がした。



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