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黄金の騎士

 背中に鋭い衝撃が走り、視界が一瞬白く染まった。

 意識が飛びかけるが、咳き込んだ拍子に喉を通った血に溺れかけてなんとか意識が繋がった。


 ──激痛に体が言うことを聞かない。


 朦朧とし視界が歪む中、あいつの嘲笑が響いた。


『どうした陰陽師。それがお前の全力か?』


 まるで墓場のような幽玄な暗さが満ちる礼拝堂の中で、黄金に輝く鎧の残光を残しジークフリートが切迫する。

 鈍重な騎士だったはずだが、神霊核の力によってオレと変わらぬ速さを手に入れたようだ。


「ぐっ!!」


 無理やり意識を叩き起こし、命綱である霊刀蛍火にて迫る剣閃を迎え撃つ。

 ギン、ギン、ギンと甲高い金属音が響くたびに、両手はビリビリと痺れ重くし、次第に感覚を鈍くさせていく。


『ほう?』


 大剣は力任せに振るわれているせいで、単調で直線的な動きばかりだ。逸らすのは容易い。

 陰陽寮で戯れに学んだ剣術が役に立ったようだ。


 蛍火にいなされた大剣が僅かにオレの服を切り、地面に大きな傷跡を残す。


『小癪な真似を。だが、小細工で勝てる我ではないぞ?』


 まるで虫をいたぶるように、雑な乱撃で半分になった巨剣が舞う。

 常人であれば、力を振り絞って狙う一撃必殺の大ぶりも、神霊核で強化された人外の怪力なら棒切を振るうように繰り出せる。


 半分になったとはいえ、もともと巨大なヤツの剣は、質量も長さもオレの持つ刀の比ではない。


 その一撃がどれほど稚拙であったとしても、喰らえば即座に致命傷だ。


『ほら、ほら、ほら!!!』


 加速していくヤツの斬撃に、霊子強化した肉体で必死に食らいつく。


 刀身が交わる瞬間に火花が散り、速度を増した剣撃は甲高い金属音を量産しながら、舞い散る火花を増やしていく。


「くっ!!」


 まともに受け止めても蛍火の硬度なら折れることはない。

 だが、肝心のこの肉体が受け止めた時の衝撃に耐えきれない。

 ただ逸らしているだけなのに、痺れを通り越して手の感覚が無くなり、いつしかオレは両手で刀を握り、追い込まれるように斬撃をしのいでた。


(集中しろ……少しでも意識を外せば死ぬぞ……っ!!)


 未だ体には激痛が走っており、こみ上げる血が口から出っぱなしだ。

 だがどれほど満身創痍であっても、敵は待ってはくれない。


『フハハハ!! あと何手持つかな陰陽師よ!? ほら、だんだんと勢いに衰えがみえていきたぞ』


 ヤツの言うように、オレに残された体力は少ない。力の方向性を逸らし、致命傷を免れているだけでは意味がない。

 ヤツを倒さなければどの道、オレに待っているのは死なのだから。


『もう限界なのではないか? 案ずるな、貴様の遺骸は雑兵として活用してやろう!!』

「は、それだけは御免だな……ぐぅっ!?」


 捌き損ねた大剣が左肩をかする。

 あまりの力の衝撃に左半身が弾け飛ぶように体制を崩した瞬間をジークフリートは逃さなかった。


『もはや死に体だなっ!!』

「ガハッっっッ!!!??」


 大木のような太い足から繰り出される回し蹴りをまともに腹で受けてしまう。

 瞬時に霊子強化を腹に集中せたが、もとより負傷している身には致命的だ。


 大きく吹き飛ばされた体は、腐った木床の上を転げまわり無様に停止した。


「主っっっ!?」


 悲鳴のような声が聞こえ、伏せた顔を上げればあの冷静な夜朱雀が目を見開いていた。


 オレがどれほどボコボコにされても気品を崩さず余裕をかましていたくせに、今は口を大きく開き、眉間にシワを寄せて大声を上げている。

 

「いつまで遊んでいるのっ!? さっさと本気を出しなさいよ!! あなたほどの御方がそんな半人半妖風情に……っ!!」


 気品をかなぐり捨てて、夜朱雀の顔は今にも噛みつきそうなほど険しい。


 どうやらオレが痛めつけられるのが我慢できなかったようだ。

 まあ夜朱雀の性格を考えれば仕方ないだろう。


(……まったく、そなたの言うとおりであるな)


 通常時の彼女は静かで寂然たる気品を備えているが、その根本は人間とは大きく異なる神なのだ。

 傲慢で自信に満ち、全ての行動は己にとって快か不快で判断する。


 人の命など気まぐれで救いも奪いもする神々からすれば、人間は飼い犬や猫といった愛玩動物に近い存在だ。


 そんな人間──ジークフリートが、少し人外の力を手に入れた程度で、己を至高の存在のように振る舞っている。

 しかも、己が主と認める相手をいたぶっているのだから、彼女からすれば耐え難いのだろう。


「く、くく……そう言ってくれるな夜朱雀。これでも必死なんだぞ……」


 歯を食いしばりながら、激痛に耐えてなんとか体を起こし、地面に膝を着く。

 立ち上がるほどには回復できていない。


 本気を出せというが、今のこの身ではこれで限界なのだ。


「その眼で視ればそれくらい解るであろう……むしろ、良くやったと褒めてもいいのでは?」

「そ、それは……うるさい! そもそもそんな状態になった主が悪いのでしょう!?」

「おいおい、言い返せないからって八つ当たりはよせ」


 まったく、なぜこんな状態でオレは怒られなければならないのか。

 呆れる反面、少しは彼女の活で力が湧いた。

 痛みはまだ激しいが、気丈に振る舞う程度の活力が漲ってくる。


 彼女にもハルにも、あまり恥ずかしい姿を見せたくないものだ。

 

『女風情にまくしたてられるなど情けない。このジークフリートが本気を出した敵の遺言にしては軽薄だが、まあよい。あの女も配下として加えた暁には調教し、正してやろう』

「はぁ!? 半妖の下郎がよくも……っ」  

 

 ジークフリートの言葉を聞いた夜朱雀が激昂している。

 煽りに弱いのは、気位の高い神ゆえの弱点だろう。


「おるる、だめっ。あぶない」


 今にも飛びかかる勢いでこちらに向かおうとするが、ハルに着物の袖を引かれ止められている。


『ふん、気性の激しい女だ。見てくれはいいが、所詮は田舎の土人であるか』


 ひび割れたステンドガラスから漏れ出る光を受け、優雅な煌めきを身にまとう姿で告げれば、確かにこいつのほうが気品があるように見える。


 ──だが。


 その背後で倒れる異形と化した花嫁(むすめ)を利用し、使い捨て、崩れた廃墟のようなこの迷宮を己の領土として誇っている。

 神霊核の力で歪んだ欲望を実現させるその性根は、輝く鎧の騎士の似姿とは正反対だろう。


「く、くくく」

『何がおかしい? いや、この絶望的なまでの力の差に気が触れたか』

「なに、優雅な見た目と裏腹なその()()()()()に、笑いが込み上げただけのことよ」


 つかなくてもいい悪態をつい、吐いてしまった。

 ここで挑発など得策ではないのだが……オレも性根は人のことを言えるほどではないな。


「己に寄り添う娘を捨ててでも、その軽薄な理想にすがりたかったのか?」


 だが、そんな反省とは裏腹に、口から勝手に言葉が出てしまう。


『軽薄、だと?』


 優雅さを気取り自身に満ちていたジークフリートの顔から、ようやくうざったらしい笑みが崩れた。


『我が絶大な力を持つからこそ、このアステリア領は永遠の繁栄を迎えるのだ』


 どこか必死さを感じる表情は、自分の理想を無理に信じようとしているようにも見える。

 だからなのか。自分の発言の矛盾にも気付かず、仕切りに栄光を語るのは。


「迷宮にのまれ、数百年も人を寄せ付けず、ついには忘れ去られたこの孤島に佇む朽ちた迷宮が繁栄とは……気が触れているのはそなたであろう」


 まったくもって度し難い。

 開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだろう。 


『く、くくくははははは!! 貴様にはこの輝く礼拝堂が朽ちて見えるのか? アルトリウスの伝承にも語られるエルレイン聖堂にも劣らぬ優美を理解できぬとは……やはり土人!! よいよい、無知ゆえの無礼も貴様の命で許してやろう』


(血痕が残る朽ち果てた聖堂を優美とは……こいつの言動からして、それが生来の感性なのか狂っているのか、わからんな)


 いずれにせよ、聞く耳はないようだ。


『──仕舞だ』


 断罪を示すように、これみよがしにジークフリートは大剣を振りかざす。

 もうオレに躱すだけの体力は残っていない。


『死ねいッッッ!!』


 剛力に任せジークフリートが振り下ろそうとする瞬間、オレは素早く蛍火を振り抜く。


 ──ああ、この瞬間を待っていた。


「霊装降衣──」

『なっ!?』


 残された最後の霊力を振り絞る。

 蛍火の切先から僅かに立ち上った白い炎が、ヤツの鎧に纏わり付いた。


 

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