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夜朱雀の観察


 吹き飛ばされた無明が、大きな衝撃音と共に壁に叩きつけられた。

 血を吐いているが、臓器のどこかを損傷したのかもしれない。

 

 ──だが、戦いはまだ始まったばかりだ。


 夜朱雀は、静かにその様子を見つめていた。


「あらあら」


 戦況は圧倒的に主が不利だ。

 主の攻撃は通じない一方で、主は騎士の乱雑な一撃で窮地に陥る始末だ。

 これから主はどのような手段を取るのだろうかと、夜朱雀は興味深く観戦していた。


「おるる、むみょーが……」


 ふと、袖を引かれて目をやれば、今にも泣き出しそうな顔でハルが夜朱雀を見上げている。

 主の追い込まれる姿に怯える童女ハルに、夜朱雀は疑問を覚えていた。


(なぜ、この子はこんなに主のことを心配するのだろうか? あのお方にとってこんなのは()()()()()()()()()……)


 主も主だと、夜朱雀は少し不満を覚える。 


 夜朱雀を含む四神を従え大和国を縦横無尽に駆け巡り、強大な妖怪から果ては亜神まで討ち滅ぼしていたのが夜朱雀の主人だ。

 他者を等しく見下す傲慢。彼に並ぼうとする気すら失せるほどに強大な力。

  

 ──故に人もあやかしも彼に惹かれていったのだ。


(かつては百鬼夜行を従え、我ら四神すら服従させたお方が……)


 そんな主が今や見る影もないほどに、弱体化していた。

 これでは夜朱雀が過去に見てきた凡人たちとなんら変わりない。

 今もそうだ。あんな矮小な半人半妖に苦戦するなど、ハルを預かる身で何をふざけているのかと。

 無明がまだ無明と名乗る前を知っている夜朱雀からすれば、戯れているとしか思えなかったのだ。


(私が戦いたいけど……はあ、傷もまだ癒えないわね)


 人型になっているので表面には見えないが、影縫法師の矢に射抜かれた傷は完治していない。


(もう! 主があんな弱くなっていなければ、あのような下等妖魔から逃げなくてもすんだのに!)


 そもそも、いつもの夜朱雀なら傷すら負わない。

 逃げる必要はなく、あの程度の妖魔を滅ぼすことなぞ造作もないことだ。


 だがそれは、夜朱雀の主も同じこと。


 久しぶりの再会と、弱り果てた主の姿。

 当初はその意図が読めず、主の戯れに付き合うつもりでいたが、見ていてあまりにもどかしい。

 自分で終わらそうかとも考えたが、式神として現世に降臨した夜朱雀では使役者の力に比例した力しか出せない。

 使役の対価として供給される霊力が極端に少ないのでは、満足に力も振るえないのだ。


「まったく……いくら霊力が枯渇しているからって、あなたなら本気を出せばこんな戦い、一瞬で終わるでしょうに」


 さっさと本気をだせばいいのに、主は一向に弱い人間の範疇から逸脱しようとしない。

 それが夜朱雀にとっては不思議でならなかった。


 まるで、力を失った今を楽しんでいるとしか思えない。


「……あ、でもそうか。本当に死にかけてたから、もしかして……」


 あの巨大な影に追われた時も、人としてこの迷宮で出会った時も、主はいつだって本当に命を失うところだった。

 あまりにかつての姿からほど遠い現状に、お巫山戯が過ぎて痛い目に遭っているだけかとも思ったが、その割には主はいつまでたっても元の姿に戻らない。


(多分、それは……)


 夜朱雀は自分の袖を強く握るハルを見る。


(──なるほど、よく視れば……そういうことなのね)


 自分のいない間に何があったのかは知らないが、どうやら主は面白いことになっているらしい。


 夜朱雀自身も、今は主の霊力に引かれる形で弱体化している。

 加勢しても、大した力にはならないだろう。


 さきほど主に滅ぼされた鎧の騎士を数体相手取るのが限界だろうと、夜朱雀は己の力を正確に理解している。


(ふふふ。ならあなたにも、あのお方に従うに相応しいところを見せてもらおうかしら)


 己の袖をギュッと握りしめるハルに、夜朱雀は微笑みかける。


「ハル、あなたが主を助けたいのならいい方法があるわ」

「……ハルがたすける?」

「ええ、今の彼を助けれるのはハルしかいないわね」


 幼い顔立ちに決意が宿る。

 不安で恐怖におびえていたハルは、ぎゅっと口もとを引き締めた。


「おるる、どうすればいいの?」


 夜朱雀の袖を握るハルの手は、今までのような怯えたものではなく、大好きな主を助けたいという意志を示すように、力強かった。




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