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在りし日の理想の騎士vsクビになった陰陽師


 輝かしい黄金の鎧を身に纏った騎士が名乗りを上げる。


『我が名はジークフリート・フォン・アステリア! この地に平和と繁栄をもたらし、永遠の王国を築く者なり!!』


 神霊核によって変質した男はまるで己の輝かしい未来を信じ切っているような、希望に満ちた表情だった。


 その輝かしい未来とやらに、一体どれほどの人間が犠牲になったのだろう。


 ただ、異国の恋人と結ばれることを夢見たアイリーン。

 そのアイリーンと結ばれるために、迷宮から神霊核を持ち出した若き陰陽師。

 二人の想いは蹂躙され、ただ老騎士の欲望のために死してなお利用されている。


「アイリーン……迷宮に呑まれ、怪異に堕ちてなお、父を止めようとしたのか」


 最初の大広間の戦いを思い出す。

 異形の花嫁がオレの命を奪おうとしていたことは間違いない。


 だが、なぜか彼女に敵意は感じなかった。


 こちらを殺そうとしているくせに、妙に愛を向けるような仕草や発言が目立ったことには違和感を覚えていた。


「ハルトへの想いを利用され、迷宮の侵入者を殺す道具にされていたか」


 彼女の日記。その最後の一文を思い出す。


 ──愛しいハルト。私があの人を止めます……さようなら──。


『全く、愚かな娘よ。我がせっかく公爵との縁談を進めようとしていたのに、どこぞの馬の骨ともしれぬ異国の男と結ばれたいなどと……』


 ジークフリートと名乗る騎士は知らないようだ。

 アイリーンが最後に選んだのは、恋人と添い遂げることではなく父に理性を取り戻してもらうことだということを。


 ──きっと、愛情の深い女性だったのだろう。


 己の幸せを捨て、父と共に在ろうとしたが、アイリーンの想いは届かなかったのか。


「……欲に溺れて娘の想いにも気付かない程度の男が、理想の騎士とは」

『──貴様、貴族ですらない下賤の身でこの私を笑ったのか?』


 自信に満ちていた表情が怒りに歪む。

 怒りに呼応するように、黄金の鎧が輝きを増した。

 その輝きからは放たれた光は、同時に礼拝堂の影を色濃くする。


『我が真の姿を目にできた栄光を拝し、死ぬが良い』

 

 ただ放っただけの妖気が、大きな衝撃となって礼拝堂の中を揺らす。

 絶望的な力の差を感じるほどに、濃厚な妖力が黄金の鎧から溢れ出す。

 かたやこちらは、術をあと二回使えるかどうか程度の力しかないというのに。


「なるほど、もともと迷宮主級の力を持っていただけのことはあるな」


 今はそのうえで神霊核まで取り込んでいるのだ。


「主、逃げたのほうがいいのでは? ハルもいるんですよ?」


 夜朱雀が心配するが、どのみち取れる手段は少ない。


「そうだな……だが、逃げれんだろう。ならば仕方ない。どうにか倒し、あの神霊核を手に入れるだけのことよ!」


 残された霊力を体内に循環させ、納刀している白蛍の柄に手を掛ける。

 霊子強化。人外と渡り合うに十分な膂力をもたらす、原始的にして重要な術式を発動させる。

 これで繰り出せる術式は残り一回だけだ。


「黄金の騎士よ。ここは接近戦といこうではないか……!」


 霊子強化された肉体は、僅かな力で遥か空まで飛び上がれそうだと錯覚するほど体が軽い。

 想像通りに体が動き、どこまでも際限なく強くなれるような高揚感が生まれる。 

 軽く体を慣らし、状態を確認すれば文句のつけようのないほどに万全だ。


「シっ……!!」


 呼吸とも掛け声ともつかない声を上げ、力強く聖堂の床を踏み抜いた。

 木片が背後で爆ぜた瞬間にはもう、オレは騎士の目前で深く体を沈み込ませていた。


『っ』


 驚く、というほどではなかった。

 ただ、少しばかりオレの動きがヤツの予想を上回ったのだろう。

 軽く眉尻を上げたジークフリートだが、その表情からはオレを面白がる余裕を感じる。


 ならば見よ。

 天地を轟かす強大な術式でもなく、生まれ持った強大な霊力に任せた圧殺でもない。 

 生まれの脆弱さを克服してきた人間の技術、その継承を。


「蓬莱式抜刀術──炎閃えんせん


 霊子強化された肉体に、遥か昔から数多の人間によって紡がれてきた技が乗る。


 刹那、炎と共に鞘から抜き放たれた刀身が、黄金の鎧を切り裂こうと常人の目に止まらぬ速度で迫った。


 腰の回転による鞘内での刀身の加速。そんな抜刀術の基礎に、今回は霊力の後添えがある。

 鞘内で発生した小さな火炎が、爆発となって刀身を押し出した。

 もとより加速が済んでいた刀身に、爆炎の推進力が上乗せされる。


『この程度……!』


 放った炎閃は、どうやらヤツの想像を超えたらしい。

 浮かべていた余裕を顔から消し去り、真剣な目で強大なグレートソードを盾のように構えた。


 白蛍の刀身が爆熱の余韻であかく白熱している。

 切断に特化した片反り形状の刀が、今や速度と熱をまといて鉄塊に向かう。


 ──スッと。


 薄絹を切り裂くが如く、白蛍の刃が立ちはだかったグレートソードを両断していく。

 それは初めて会敵した時に見せた力任せの一撃ではない。

 鉄塊の巨剣はあの時のように破片を散らさず、白蛍の刃が通った後に綺麗な断面を見せ、バックリと刀身を失っていた。


(まだだ……っ!)


 一の太刀の居合抜刀、振り抜いた初撃は巨剣の盾によって躱された。

 即座に手首を回転させ二の太刀にてジークフリートを切り裂く。

 黄金の鎧は対斬撃に強いのだろう。西洋の騎士はグレートソードやメイスなど、質量に頼った打撃、圧撃を主として戦ったという。


 ──だからこその油断。


『ヌウウウウウウウう!!!?』


 斬撃を弾くはずの黄金の鎧が、主の体ごと切り裂かれていく。

 手に伝わる確かな手応え。袈裟斬りに振り下ろした白蛍にてジークフリートを両断する。


「……ち、浅かったか」


 無理に二の太刀につなげたせいだろうか。

 両断するつもりで振り下ろしたのだが、ジークフリートの胴体は未だつながっている。黄金の鎧には一筋の切れ込みが刻まれているものの、俯いたまま微動だにせず未だヤツは立っていた。


『……貴様、下賤の身でありながらなかなかに骨がある』


 切られた姿勢のまま、俯いていたジークフリートがゆっくりと面を上げた。

 切断には至らずとも、胴体の深い部分を切られたのなら、致命傷のはずだ。

 しかし切り裂いたはずの体からは血の一滴も漏れていない。

 斬るだけではなく、同時に灼いたはずだが、何事もなかったように姿勢を正しただけだ。


「……やはり、神霊核の力か」


 半分ほどの大きさになった大剣を面白そうにジークフリートは眺めている。

 オレを評価するその笑みには余裕がありありと漂っていた。


『よい、名を名乗るがいい』


 オレが決着を狙い全霊を込めてはなった一撃をまるでなかったことのように、ヤツは鷹揚に頷いてこちらに笑みを向けてきた。

 その余裕綽々な態度に苛立ちを覚えるが、考えなしに切りかかっても同じことの繰り返しだろう。

 少しはオレも次手を考える時間が欲しいので、大人しくヤツの問いに答えておく。


「オレは無明。大和国の陰陽師にして今は陰陽師をクビになった男だ」

『クビだと? クハハハ! なんとも愉快な男よ! ならば我に仕えるがいい。その力に免じて特別に取り立ててやってもよいぞ』

「あいにく、オレは……ぐっ!!?」


 否定を許さぬように、ジークフリートが半分になった巨剣でオレを薙ごうと振るった。

 たったその程度の一撃を受け止めただけで、呼吸が詰まるような衝撃と共に、空中に吹き飛ばされていた。


「が、はっ……!」


 壁に激突して、ようやく吹き飛ばされた勢いが停止するが、背中を打ち据える衝撃の大きさに肺から空気が強制的に排出された。

 軽く呼吸困難に陥りながら、それでも骨に以上がないのは霊子強化のおかげだろう。

 もし生身で今の一撃を受けていたと思えば、ゾッとする。


『おいおい、我は軽く叩いただけだぞ?』

 

 重傷を負うオレに嘲笑を向けるジークフリート。


『まだ、楽しませてくれるのだろうな? 忌々しい陰陽師よ!!!』


 接近戦のほうが分が悪いなど……まるで悪夢のような力の差を持つ化け物が目の前に迫っていた。


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