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花嫁の誘い

「主! 一体どうするつもり!?」

「いや、こんなはずではなかったのだ! ああ、クソ!」


 意気揚々と宝物庫を出たはいいが、長い廊下には鎧姿の騎士がひしめいていた。

 今、オレたちは鎧の騎士に追われながら、なんとかやり過ごす場所はないか探しながら必死で走っている。


「むみょー、がしゃがしゃ、いっぱい!」

「ハル、遊びじゃないからな!?」


 小脇に抱えたハルは楽しそうだが、この数の敵に追われるなど冗談ではない。

 これでは影縫法師の二の舞いだ。

 迷宮の主との戦いに備えて霊力を温存しなければならない身で、複数の敵と戦い消耗するなど御免被る。


「主、右から来るわ!」

「ち、なんなのだこの量は!?」


 急いで左に曲がるが、先程から迷路のような廊下を行ったり来たりしている気がする。

 敵がここまで湧いてくるなど、宝物庫にとどまっていたのが長かったのだろうか。


「過ぎた幸運は厄災を招く。愚かな人間には天罰が下るようにできているのは世の理ね」

「おい夜朱雀。その愚かな人間とはオレのことか」

「あら。この場にいる唯一の人間は誰だったかしら?」

「おーい! オレはそなたの主なのだが!?」


 やたらと辛辣な夜朱雀だが、その言葉は正しい。

 これまで散々と座敷童子の幸運に助けられていた反動か、敵の数が異様に多いのだ。

 これでも大和国ではそれなりに迷宮を踏破してきた。ここまでの数の敵に追われるのは敵寄せの罠に掛かったときだけで、普通はこんなことにならない。


「ていうか影縫法師より多くないか!?」


 まさか合体しないよな、と不吉な予想をしながら頑張ってひた走る。

 まるで待ち構えるように群れをなしていた鎧の騎士だが、先程から妙な違和感がある。走っても走っても、見覚えのある壁の模様が目に入り、まるで同じ場所をぐるぐる回らされているかのようだ。


 さらに、どこからともなく微かな囁き声が聞こえてくる。遠く、近く、耳元で響くような、かすれた女の声。


 ──あ……なた……ずっと待っていた……。


 どうやら彼女は健在らしい。だが立ち止まる暇などない。


 次の角を曲がると、また同じ壁の模様が目に入る。


 (やはり、同じ場所を回らされているな)


 だが、それだけではない。


 壁の燭台が、一本、また一本と静かに消えていく。例えるなら迷宮そのものが息を潜め、何かを待っているかのように。

 影が膨れ上がり、まるで生き物のように蠢く。


 次の瞬間、周囲の壁から低い地鳴りのような音が響いた。


 「主! 壁が……!」


 夜朱雀が警戒の声を上げる。

 振り向くと、今まで通ってきたはずの廊下が、暗闇に呑まれながら形を変えていく。白塗りの壁が歪み、ひび割れ、崩れかけた部分から冷たい霧が滲み出している。


 「……まずいぞ、これ」


 どこからともなく響く、金属が軋む音。追ってくるモノたちの足音が、妙に遠くなったかと思うと――次の瞬間、前方の廊下の影から、鎧の騎士が一斉に現れた。


 「待ち伏せ!? いや……これは……!」


 今までの追撃とは違う。彼らは明らかに、導こうとしている。


 道が封じられる。闇が迫る。逃げ場を見失う。


 そして、また、あの声が囁いた。


 ──あなたを……迎えに……。


 花嫁の言葉と共に、眼の前に大きな扉が現れた。

 騎士たちは扉の出現と共に、剣をかざして左右に並び立つ。


「入れ、というわけか……」


 扉の前に立つと、まるで見えないナニカがこちらに絡みつくように、空気がねっとりと重く感じられる。

 足元に漂う霧は光を乱反射させながら幽玄な雰囲気を醸し出している。


 扉を開け放ち、中に足を踏み入れると、視界に広がったのは巨大な聖堂だった。


 高い天井にはシャンデリアらしきものが吊るされている。だが今は朽ち果て、細い鎖だけが天井から垂れ下がっていた。

 壁のステンドグラスは割れ、そこから差し込む光が、長い年月の間に積もった埃を白銀の粒子のように浮かび上がらせていた。


 左右には無数の長椅子が整然と並ぶが、その背もたれには刀傷のような切れ目が無数に刻まれ、争いがあったことを感じさせる。


 中央の祭壇へと続く長い絨毯は、かつては純白だったのだろう。しかし今は時の流れに染まり、黄ばんでくすんでいる。

 大理石の床には赤黒い染みがこびりつき、まるで過去に流された血の跡がそのまま残っているようだった。


 その祭壇の前に、一人の花嫁が静かに佇んでいた。


 「……悪いな、アイリーン。オレはそなたの待ち人ではない」


 黄ばんだ絨毯の上を歩きながら、花嫁へと向かう。


 「あな……た……? わた……しは……」


 オレの言葉を理解したのか、彼女の指先がかすかに震えた。


 恐る恐る伸ばされた白い手はわずかに開き、すぐにぎゅっと握られる。唇が何かを言おうとわずかに動くが、声にはならない。


 「オレは陰陽師の無明。そなたの待ち人であるハルトではない──同じ、陰陽師であったとしても」


 きっと、生前のアイリーンは大和国を離れた陰陽師と恋に落ちたのだろう。


 「アイリーンと結ばれるため、神霊核を手に入れたか……」


 その結果がこれとは、ハルトとやらも浮かばれぬだろうな。


 「何の因果かは知らぬが、オレがここに来たのも陰陽師としての縁。ここでその因果を断つとしよう」


 刀を抜き、花嫁に向けて宣言する。


 「ハル……ト……わた……しは……」


 彼女の声は次第にかすれ、言葉の意味を見失っていく。


 ──そして、次の瞬間、その虚ろな眼窩に狂気が灯った。


 「ア……アアアアアア、アア!!!!!!」


 激しく全身を震わせる花嫁の眼窩から、また大量の血が滴り落ちた。

 それは宙に漂い、大きな眼の紋様を描き出す。


 「同じ手は食わんよ……そろそろ出てきたらどうだ?」


 オレは隠し袋から百鬼の鎖を取り出すと、血眼の紋様に向けて投げた。


 鎖は血の紋様を断ち切り、花嫁の眼窩へと吸い込まれていく。


 ──その瞬間、空間が弾けた。


 空気が歪み、圧が変わる。花嫁の体が痙攣すると同時に聖堂全体が激しく揺れた。


 「アアアアアア……!!!???」


 痙攣する花嫁の眼窩から、鎖に引きずられソレは現れた。


 分厚い鎧に包まれた巨躯が、影の中から現れる。

 鎖が絡みつく中、その巨体は堂々と立ち上がった。


 オレが倒したのは、ただの分身だったのだろう。


 覆いのない頭部には、手入れの行き届いた白銀のカイゼル髭。優美な曲線を描きながらも、見る者に威圧感を与えるその髭と鍛え上げられた体躯が、彼の生前がただの貴族ではなく、武人としても名を馳せていたことであろうことを物語っている。


 強靭な顎のラインと、引き締まった頬。眼窩の奥に沈む瞳は、光を失ったはずなのに、闇の中で不気味な輝きを放ち、獲物を見据える猛獣のような鋭さを秘めていた。


『許サ………ン……』


 鋭い眼差しに敵意を込めて、花嫁の父はオレを見据えていた。

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