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クビになった陰陽師

 

 陰陽師おんみょうじをクビになった。

 

 理由は至って単純──座敷童子ざしきわらしを助けたせいだ。


 座敷童子の命を救うため禁術を使った結果、オレは陰陽師としての力をほとんど失った。


 力のない陰陽師など、陰陽寮おんみょうりょうにとってはただのお荷物でしかない。

 それが追放される理由だと、一応表向きにはそうなっている。


 もっとも、オレ自身はその選択を後悔していないが。


「──無明むみょう、何か申し開きはないか?」


 広間の中央、冷たい石床の上にオレは立たされていた。

 高い壇上に座った長老たちが取り囲むようにずらりと並び、その視線が鋭く突き刺さる。


 周囲には陰陽寮に仕える陰陽師たちが数十人集まり、静まり返ったオレの立つ石床の広間を取り囲んでいた。若手の陰陽師たちはこちらを見て小声で囁き合い、ベテランの陰陽師たちは腕を組んで険しい表情を浮かべている。


 ──これがあのお方の末路か。

 ──陰陽師の頂点に一番近い存在だったのに……禁術に手を出すとはな。

 ──名を失うなど、結局はただの愚者よ。己の力を過信しただけの男に過ぎなかったか。

 

 蔑む視線、恐れた目、心配そうに伏せられた目――それら全ての視線がオレに集中している。


「申し開きか、特にはないな」


 言い訳を述べず肩をすくめる。


 長老たちの首領にして陰陽師の頂点、厭離院無双えんりいんむそうがその様子を見て、眉間に深い皺を寄せた。


 白髪の長髪を結い上げた厳格な老人で、その相手を見通すような深みを帯びる眼差しに睨まれたら最後、大抵の人間は声すら出なくなるだろう。


「お前は陰陽師としての使命を見失い、妖怪を救おうとした挙げ句に禁術に手を染め霊力を失った。任務は失敗に終わり、村が一つ滅びたのだぞ? 陰陽寮は貴様の勝手な行動で信用を貶し、甚大な損害を被ったのだ」


 無双の声は広間に響き渡り、陰陽師たちの囁きがピタリと止んだ。

 重々しい沈黙が場を支配する。


「くくく、使命か」


 オレが鼻で笑うと、無双の眉尻がわずかに上がる。


「悪いがオレは自分のために陰陽師になった。仕事としての使命は理解しているが、オレの行動原理ではない」


 そう、オレが陰陽師として生きるのは目的があるからだ。

 どうしても会いたいモノがいる、そのために陰陽師としてこれまで戦って力を蓄えていたのだ。


「事はそのような単純な話ではない。貴様は儂の後を継ぐに相応しい陰陽師であったのだ。なあ、せい──」

「──無明だ。その名にもう意味はない。筆頭よ、名を失うことの意味はそなたも知っておろう?」


 その瞬間、無双の瞳が冷たい輝きを帯び、まるで感情を失った彫像のようにこちらを見据えた。

 広間に張り詰める静寂は、さながら冷気のように全員の肌を刺した。


 長老も陰陽師たちも息を潜め、オロオロと視線を彷徨わせて無双の顔色を伺う。

 無双は何も言わず、ただ目を閉じ、短く吐息をついた。

 その恐れに支配された空気を破るように、オレはわざと大きな息をついて頭を掻いた。

 

「はあ、確かに力を失うようなヘマをした、今思い返せば他にもやり方があったかもしれない。しかし任務を失敗したと言ったが、依頼内容の悪鬼はもう現れないのだ……そんなに騒ぐほどか? それに、あの村はもともと滅んでいただろうが。オレのせいにするな」

「貴様!?」


 長老の一人から怒声が飛ぶ。広間の空気は一層重くなるが、オレは至って平然としていた。


「そもそも悪しき妖怪を救おうとは何事だ!?」


 別の長老が言葉を重ねるが、無双は静かにこちらを見ているだけだ。


「あれは祓うべきただの悪鬼だ。我々が守るべきは人間であって、妖怪ではないのだぞ!!」

「ただの悪鬼……だと?」


 オレはその言葉を繰り返し、小さく笑った。

 彼らが最初に命じたのは、呪いを振り撒く災禍の鬼神『酒呑童子しゅてんどうじ』の討伐だった。


 腰まで届く艶やかな黒髪は夜風に舞い、月光を受けて仄かに輝いていた。

 夜闇に佇む白磁のような肌は新月の一番星を連想させ、あどけなさすら残る小さな顔立ちには長い睫毛に縁どられた赤い瞳が輝いていた。


 しかし、その微笑には冷たい狂気が潜み、艶やかな赤い唇からは小さな牙が覗いていた。

 見る者を惑わせる美しさと、底知れぬ妖気が同居するその姿は、まさしく災厄の化身であった。


 ──だが、彼女は呪いに侵され鬼と化していただけだった。


 自我を失うかどうかの瀬戸際で必死に理性を繋ぎ止め、爛々(らんらん)と輝く赤い瞳に涙を溜めてオレに自分を祓えと縋ってきた。

 そんなことを言われて祓えるはずもなく、この身の霊力と引き換えに彼女の呪いを解呪すると、その正体は座敷童子という子どもの妖怪だったのだ。

 

 残念ながら陰陽師の総本山である陰陽寮は、妖怪を救うことを許しはしない。


「無明、お前の行いは陰陽寮の規律を大きく乱した。挙げ句、この申し開きの場において我らを前に反省の弁すら述べぬとは──愚かなり」


 筆頭陰陽師である無双がゆっくりと視線を巡らせ、周囲に無言の圧力を与える。

 長老も陰陽師も、皆が背筋を正し、静まり返った広間は呼吸すら響かせないほどだった。

 広間の空気は重く張り詰め、傍らに控える陰陽師たちでさえ身じろぎ一つしない。


 視線が、一斉にオレに注がれる。

 その中に慈悲の色は一切ない。

 そして、無双から決定的な一言がついに発せられた。


「──追放を命じる」


 厳かに宣告されたその言葉は、染み入るように場に響いた。

 その瞬間、硬直していた陰陽師たちから冷笑が漏れる。


 ──まさか次期筆頭と称されたあのお方が、このような……。

 ──今まで散々と好き勝手振る舞ってきた報いだろう。ちょっと才能があるからと調子に乗りおって。


 その言葉に、オレはわざと肩をすくめてみせた。


「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて去らせてもらうとしよう」


 そう言い残し、全ての者に背を向けて、広間を後にしようとする。

 だが、背後から冷たい声が追い打ちをかけてきた。


「無明、もはやこの国にお前の居場所などないと思え!!」


 無双の決定を聞いた長老たちが、我が意を得たりと騒ぎ出す。

 あんなのでもこの大和国の守護を担う陰陽寮の権力者だ。

 政治にも大きな影響力を持ち、この国の中枢を握る存在でもある。

 彼らに睨まれれば、この国で生きていくのは確かに厳しいだろう。


「無論、迷家まよいがへの挑戦も禁ずる!」


 神々の遺産が奥に眠る迷宮は、世界各地に存在している。無論、この大和国にもあるが、ここでは迷家まよいがと呼ばれていた。


 得られる財宝も魅力的だが、迷宮の最下層には莫大な霊力をもたらす神霊核(しんれいかく)が存在する。

 神霊核を得ることができれば、オレの力も戻るだろう。

 当面は失った力の回復を目指して迷家に挑もうと思っていたが、どうやらこちらの魂胆はバレていたらしい。


 ──だが、それがどうした?


 オレは振り返らずに答えた。


「居場所など自分で作るものであろう。ならば、国を出るだけのことよ」

「生意気な小僧め! その言葉、後悔するなよ!?」


 小僧、か。

 この身は今年で三十六になる。世間では立派に中年と呼ばれる年齢だ。

 まあ、あの魑魅魍魎のような見た目の老人たちからすれば若造かもしれんが。

 老いを悪いこととは思わないが、ああはなりたくないものだ。


「では、これにて」


 振り返り様に長老たちを一瞥する。

 猛り、大きく口を開き怒声を発する長老たちの中、無双だけが底冷えするほどの無機質な瞳で高座からオレを見下ろしていた。

  

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