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異能力系乙女ゲームのライバル令嬢は第一王子に勝ちたい

作者: 茗裡

 セシリア・ヴァレンティナが前世の記憶を取り戻したのは、五歳のときだった。「覚醒熱」という稀な病に罹患したことで、彼女の人生は大きく変わった。


 「覚醒熱」とは、特定の条件下で異能力を持つ者に発症する特殊な病で、異能力が身体に適応する過程で引き起こされる。主に幼少期に発症し、異能力が強力であるほど症状も重くなる傾向がある。


 高熱で意識が混濁する中、セシリアは自身の力や過去、さらには未来に関する幻覚や夢を見た。

 その中で、彼女はこの世界が前世でプレイしていた人気恋愛シミュレーションRPG『Blooming Powers -異能に囚われた恋-』であることに気付く。そして、自分がその中で第一王子ルートのライバルキャラとして登場する「セシリア・ヴァレンティナ」であることも──。


 前世の彼女は日本に住むオタク女子だった。バトルやアクションもののマンガ・アニメを愛し、MMORPGやMOBA系のゲームを好んで遊んでいた。中でも、異能力をテーマにしたRPG×恋愛シミュレーション『Blooming Powers』には特に熱中していた。

 プレイヤーは異能力を持つ貴族や生徒が通う学園で、キャラクターとの絆を深めながら異能力犯罪組織「オブリビオン」と戦うという内容だった。



「はぁぁ~今日もすっごく可愛い」


 セシリアは鏡の前に立ち、自分の顔をうっとりと眺めた。その整った顔立ちや艶やかなプラチナブロンドの髪、鮮やかなエメラルドグリーンの瞳。誰が見てもお人形のように美しい。


「はいはい、そうですね。今日も素晴らしく可愛いですよ。さあ、ちゃっちゃと朝食を食べてください」


 侍女のエレナは慣れた様子で、セシリアが鏡の前でうっとりしている様子を冷静に見守りながら、ため息交じりに声をかけた。


「今日は新入生の入学式ですよ。のんびりしてたら遅れますよ」

「そうね。朝食をいただくわ」


 セシリアは朝食を取りながら、これからの展開に思いを巡らせた。

 セシリアは『Blooming Powers』の物語が始まる年齢にまで成長していた。

 今日は異能力者たちが集う名門校「アルセリウス学園高等部」に、ヒロインが新入生として外部入学する日だ。

 ヒロインはセシリアの二つ年下だ。つまり、セシリアは今十七歳で三年生である。


 『Blooming Powers』で一、二番を争うほどに人気が高かった第一王子アレクシス・ヴォルデアの婚約者候補であるセシリアは、第一王子ルートに入るとライバルキャラとしてヒロインの前に姿を表す。

 第一王子が絡むと出てくるキャラであり、ヒロインの親密度が足りないと第一王子はセシリアと婚約する。普段は何もしてこないが、第一王子ルートで親密度が一定値に達すると、妨害工作をしたりヒロインをいびるキャラとして描かれる。


「それじゃあ行ってくるわね」

「はい。セシリアお嬢様いってらっしゃいませ」


 アルセリウス学園は全寮制だ。寮は学園内にあるため送り迎えは必要ない。

 エレナの見送りを受けて寮を出た。


「きゃぁぁセリシア様だわ!」

「ごきげんよう!」


 セシリアの登場に登校中の生徒たちが色めき立つ。

 登校途中、生徒たちがセシリアに声をかけた。彼女の存在は学園中の憧れの的だった。上品なハーフアップの髪型、流れるようなウェーブ、スラリとしたモデル体型。その全てが完璧で、誰もが目を奪われる。


「ごきげんよう」


 セシリアが微笑みながら挨拶を返すと、生徒たちは頬を赤らめ、ますます熱を上げた。

 異能力を持つ者は貴族が多いため、自然と学園も小さな貴族社会のような環境となっている。


「おはようセシリア。今日もすごい人気だね」

「セシリア、ごきげんよう。教室までご一緒しましょ」

「アイリーン、マリナごきげんよう。ええ、是非」


 背後から声をかけてきたのは、親友のアイリーン・サヴェリオとマリナ・アストリスだった。彼女たちはセシリアの大切な友人だ。


 アイリーンは騎士家系の生まれで、活発で明るい性格。幼馴染でもあり、短めの栗色の髪が特徴だ。マリナは中等部からの付き合いで、穏やかでおっとりした性格。可愛らしいピンク色の髪と大きな瞳を持つ。


「ぴぎゃぁぁぁぁ」


 三人が教室に向かおうとしていると、一際大きな黄色い悲鳴が轟いた。

 声がした方を向くと女生徒たちが男子寮の前に集まっていた。その中から現れたのはキラキラと輝きを放つ二人の人物だった。


「おーおー、あっちも毎度の事ながら凄い人気だね」


 アイリーンが、遠くで賑わう女生徒たちの集団を眺めながら、軽い調子で茶化した。


「相変わらず殿下とルカ様の人気は凄まじいですわね」


 マリナが、ゆったりとした口調で応じる。

 女生徒たちの熱狂的な歓声の原因は、第一王子アレクシス・ヴォルデアと、その側近騎士ルカ・フィンレイだった。


「アイリーンにセリシア嬢とマリナ嬢じゃねぇか」


 すると、ルカが三人の存在に気付いて声をかけながら近づいてきた。


「ルカ様ごきげんよう」

「おう!」


 セシリアとマリナの挨拶に、ルカは屈託のない笑顔で応じる。


「ルカこっちに来ないでよ。視線が鬱陶しい」

「おまっ……幼馴染だからってその言い草はないだろ」


 アイリーンの辛辣な言葉にショックを受けた様子のルカ。彼らは同じ騎士の家系に生まれ、幼い頃から兄妹同然の関係で育ってきた。


「アレクシス様ごきげんよう」


 アイリーンとルカの言い合いをよそに、セシリアは遅れて近づいてきた人物に向けて、丁寧に挨拶をした。


「おはようセシリア」


 朝陽を受けて輝く金の髪に、鮮やかな青い瞳。少し長めの髪を束ねた後ろ姿も美しく、整った顔立ちはどこか冷たい印象を与える。しかし、セシリアに向けたその表情は柔らかな笑みを浮かべていた。


「殿下おはようございます」

「アレクシス殿下ごきげんよう」

「アイリーン、マリナ嬢おはよう」


 セシリアに続いて、アイリーンとマリナも挨拶するが、アレクシスの反応は一層形式的だった。


「ほんと、わかりやすいな」

「まあ、そこが可愛らしいじゃないですか」


 二人は、セシリアに対する特別な扱いを感じ取り、笑いを堪えながら小声で言葉を交わした。

 世間では冷徹な印象を持たれている第一王子アレクシス。しかし、彼の近しい者たちは知っていた。彼が感情を露わにする瞬間があることを。

 そしてそれが、幼馴染で婚約者候補のセシリアに向けられるものであることを。

 しかし、肝心のセシリア本人はというと、その好意にはまったく気づく様子がない。それどころか、アレクシスをライバル視している節すらあった。


「アレクシス様!ここから教室まで競走しましょう!」

「廊下を走るのはルール違反だよ。それに、今君はスカートだからダメだよ」


 セシリアの提案に、アレクシスは即座に却下の返事を返す。


「うっ。では、徒競走で──」

「学園に慣れていない新入生もいてぶつかったら危ないよ」

「ううっ……」

「一緒に登校することってあまり無いから私は寧ろゆっくりと教室に向かいたいかな」


 セシリアは不満そうに頬を膨らませたが、アレクシスは笑顔で優しく言葉を続けた。

 その穏やかな声に、セシリアは少し戸惑った様子を見せながらも、渋々と頷いた。


 その後ろ姿を見つめるアイリーンとマリナは、どちらともなくため息をつく。


「あれほど分かりやすいのに、セシリアったら本当に、にぶちんですわね」

「時々、殿下が可哀想になるよ」


 二人が呆れたように話していると、後ろからルカが不思議そうに声をかけてきた。


「ん?どうしたんだ?二人とも」


 その言葉に、アイリーンとマリナは顔を見合わせて、くすりと笑う。


「あらあら、ここにも一人鈍感な方がいらっしゃいましたわね」

「ルカ……。あんた、よくそれで殿下の側近やれてるね」


 マリナの柔らかな口調に続いて、アイリーンが呆れたように言い放つ。


「な、なんだよそれ!俺が何をしたってんだ!」


 困惑しながらも、ルカは二人に食い下がろうとするが、その姿に余計笑いがこみ上げてしまうアイリーンとマリナだった。


「アイリーン、マリナ。どうされましたの?」

「何でもないですわ」


 セシリアの問いにマリナが軽く手を振りながら応え、五人は校舎へと向かった。


 校舎への道を歩いていると、セシリアはふと解放されている校門に目を向けた。普段は閉ざされていることが多い校門からは、外部から入学した数名の生徒たちが学園に足を踏み入れてくる。そんな中、一人の目を引く少女が校門をくぐった。


 情熱的な真っ赤な髪、そして甘い蜜のように艶やかな瞳。彼女の姿を見た瞬間、セシリアの心に電流が走った。


──ヒロイン!ついに現れたわね!


 そこには、前世でプレイした『Blooming Powers』のヒロイン、リーズ・スノウフィールドがいた。

 ヒロインの能力は見つかりにくく、高等部からの入学となったが、今では政界でも注目されている存在になっている。

 

 アレクシスとセシリアは、生徒会会長と副会長として事前に新入生のリストを確認しており、リーズの存在を知っていた。しかし、目の前に現れた彼女を見て、セシリアは確信する。


──間違いない、この子がヒロインよ!


 心の中でガッツポーズをするセシリア。その一方で、ゲームの展開が頭の中で次々と浮かび上がる。


── さて、ここからどうするか。ヒロインの邪魔をしない程度に、物語の流れを見極めないと……。


 彼女の中で、冷静さと高揚感が入り混じる。

 アレクシスとリーズがゲーム通り出会うのは、入学してしばらく経ってからのはず。だが、彼女の登場にセシリアの胸は高鳴っていた。

 そんな彼女を横目で見たアレクシスが、不思議そうに問いかける。


「何か面白いことでも考えているのかい?」

「いいえ。ただ、新入生の皆様に良き学園生活を送っていただけるよう、私も手助けをしようと思っただけですわ」


 にっこりと笑うセシリアの表情に、アレクシスは一瞬疑心の目を向けるが、すぐに「そうか」とだけ言って正面を向いた。


── とはいえ、この世界で私ができることには限界がある。どうかリーズさん、無事に物語の主人公として輝いてくださいませ。そして、私は私で……ライバルキャラとしての役割を全うしてみせますわ!


 セシリアの心に、新たな決意が芽生えていた。



────


 セシリアがアレクシスと出会ったのは、七歳の時。

 前世にプレイしていたゲーム知識で、アレクシスが愛に対して希薄なことは知っていた。

 アレクシスに初めて会った時には、既に彼の瞳は何者も映さず感情というものが抜け落ちていた。

 理由は前世の知識から知っている。アレクシスの異能力「虚空支配」は制御が難しく、幼い頃からよく力を暴走させてしまい隔離する形で家族とは離れて暮らしていた。

 アレクシスに会えるのは「無効化」の能力を持つ国王のみ。


 「虚空支配」は、空間そのものを制御する絶対的な力である。手を振るえば空間が歪み、物理法則すら無視した攻撃や防御が可能になる。まさに「王の力」にふさわしい異能力であり、他の能力者を圧倒する威厳を持っていた。


 その為、使用人のみならず実の母親である王妃にすらも嫌悪されてきた。

 王妃の愛は第二王子である、ユーリス・ヴォルデアにのみ注がれていた。

 アレクシスは五歳の時には、能力を制御出来るようになっていたが、隔離状況から解放されたのは七歳の頃だった。


 「覚醒熱」を発症して以降、セシリアの能力値は爆発的に上がった。

 アレクシスと同じく強大な力を持つセシリアは、アレクシスの婚約者候補として声がかかり王城に呼ばれた。


 ヴァレンティナ家は代々、「物質操作」を継承する者が多い。覚醒熱を発症する前は、セシリアの能力は物質操作だと思われたが、発症後には物質操作の能力をさらに進化させた「天翔剣舞」であると発覚した。


 「天翔剣舞」は空間中の分子や粒子を操ることで、多彩な武器や防御を作り出す力を持つ。戦闘に特化しており、特に鍛錬を積んだ者が使うと、戦場で無類の強さを発揮する能力だ。


 セシリアは前世の記憶を元に、鍛錬を積んだ。前世ではバトルやアクションが好きだったこともあり、鍛錬や訓練に励むことで目に見えて成長する感覚が楽しくて堪らなかった。

 齢七歳にして、大人と対等に戦える程に成長したセシリアは、自分と同じあるいはそれ以上の力を持つアレクシスに会うのが楽しみだった。


 通常、顔合わせは王妃主催のお茶会として催され、貴族の母親たちが子供を伴って参加するのが通例である。しかし、第一王子アレクシスに冷淡な態度を示している王妃は、今回の顔合わせを欠席していた。


 そのため、セシリアは父セリル・ヴァレンティナと共に国王からの呼び出しを受け、城に登城することとなった。

 荘厳な謁見の間に足を踏み入れると、国王が微笑みを浮かべて二人を出迎える。


「セリル、君の娘を直接見るのは初めてだが、立派な令嬢だな。これはアレクシスにも紹介しておかねばなるまい」


 国王の眼差しは優しくも鋭く、幼いながらも堂々とした態度を崩さないセシリアをしっかりと観察しているようだった。しばしの談話の後、国王は二人に向き直り、言葉を続けた。


「子供同士で遊んで来てはどうかな。アレクシス、お前がセシリア嬢を案内してくれ。」


 国王の提案に応じ、アレクシスは落ち着いた仕草でセシリアに近づくと、軽く頭を下げて挨拶をする。


「セシリア嬢、こちらへどうぞ。庭園を案内します。」


 セシリアもまた礼儀正しく微笑み返し、その場を後にした。

 アレクシスに案内されてたどり着いた庭園は、手入れの行き届いた草花が広がり、噴水がきらめく優雅な空間だった。

 幼いながらも少し緊張を隠せないセシリアに、アレクシスは穏やかな声で話しかけた。


「セシリア嬢は、どんなものがお好きですか?」


 その問いに、セシリアはわずかに首をかしげて考えると、はっきりと答えた。


「わたくし、剣舞と体術が好きですの。特に鍛錬や特訓をして技を磨くのが楽しいのです。よろしければ一つお相手願えませんか?」


 セシリアは挑発的な笑みを口元に浮かべた。

 アレクシスといえば、ゲームでは最高ランクであるSランクキャラの一人だ。

 幼少期から強大な力を持つアレクシスに対して、興味津々なセリシアは自分の力を試してみたくてたまらなかった。


「それはできません」


 アレクシスは感情を一切表に出さず、淡々とした口調で答えた。


「手合わせは危険ですし、必要がある場合にのみ行うものだと教えられています。それに、僕が相手をするとセシリア嬢に怪我をさせてしまうかもしれません」


 彼の声には冷静さが滲んでおり、感情を揺さぶられない自信と理性がうかがえる。

 しかし、その無表情な態度がセシリアには挑発と映ったのか、彼女は小さく肩をすくめながら口元に微笑を浮かべた。


「そうですか。わたくしの挑戦が受けられないほど、怖いということですのね?」


 その言葉に、アレクシスは少しだけ間を置き、視線を静かにセシリアへと向けた。


「怖い、ではなく無駄だと思っただけです」


 淡々と告げられる言葉に、セシリアは段々とムキになるも、「くだらない」と一蹴され、アレクシスが手合わせしてくれることはなかった。

 セシリアは驚く程にしつこく負けず嫌いだった。

 出会ってから一年。顔を合わせる度に手合わせを申し込んでくる彼女に根負けして、アレクシスは一度だけ手合わせすることにした。

 完膚なきまでに叩きのめせば彼女も諦めるだろうと──


「僕の勝ちですね」


 能力も体術も圧倒的な差で負けてしまったセシリアは、背を地面につけ空を仰ぎ見ていた。

 その様子を上から覗き込むアレクシス。文句のつけようがない程に、完敗だった。

 戦いはアレクシスの圧倒的な勝利で終わり、その後セシリアから挑戦状を叩きつけられることもなくなった。


── 結局、彼女も他の人間と同じだ。恐れ、諦める。それでいい。


 アレクシスはそう自分に言い聞かせることで、自らの孤独を正当化していた。

 半年後、アレクシスの目論見を裏切るかのように、セシリアは再び彼の前に現れた。そして、こう言い放つ。


「今回は勝ってみせますわ!ですので、わたくしと再び手合わせしてください!」


 驚くべきことに、セシリアは前回の敗北を糧に能力を磨き、パワーアップして戻ってきたのだった。


──なぜ、諦めない?


 セシリアの行動が理解出来ず、アレクシスは困惑した。

 再び決した勝負は、今回もアレクシスに軍配が上がる。セシリアは下唇を噛み締め悔しさに、双眸に涙を溜めて次の挑戦状を叩きつけた。


「次は勝ちますから!また勝負してくださいませッ!」


 予告通りに、セシリアは負けても負けても何度でもアレクシスへと勝負を挑んだ。

 次第に勝負内容は異能力や体術勝負だけでなく、かけっこや頭脳勝負にまで及んだ。

 しかし、セシリアは一度もアレクシスに勝てなかった。


 いつしか彼もまたセシリアとの勝負を楽しみにするようになっていた。

 そんなある日、セシリアが使用人と話している場面に偶然遭遇してしまった。


「セシリアお嬢様。アレクシス殿下の力が暴走したら、あなたでも危険です。今後勝負することはお辞めください」


 アレクシスはその言葉に心を締め付けられる。「やはり自分の力は恐れられるだけだ」と感じ、彼女も自分を避けると思い込んだ。 しかし、セシリアの返答はアレクシスの予想を裏切った。


「暴走するなら、それを上回る力を手に入れればいいだけでしょ?わたくしが王子を止められるように、もっともっと強くなればいいのよ!」


 彼女の言葉を聞いたアレクシスの胸に、初めて温かい感情が芽生えた。

 それ以来、アレクシスはセシリアに対して複雑な感情を抱くようになる。彼女と過ごす時間は新鮮で、彼の孤独だった世界に色が差し込んでいった。

 セシリアの言葉や行動が、ただの「しつこい子供」から「共に高め合える存在」に変わった瞬間だった。


 勝負回数が三桁を越えたある日、アレクシスは力尽きて寝転ぶセシリアに静かに言う。


「君は不思議だ。君は私を倒すために強くなると言っていたけど、気付いてたかい?君の存在が、私にとって唯一の存在なんだと」


 セシリアはこの言葉の真意には気付けず、ライバルとして認めて貰えたのだと解釈した。


「なら、これからももっと本気で相手してくださいませ!」


 と満面の笑みで応じた。

 アレクシスはそんなセシリアの鈍さに呆れつつも、彼女の眩しい笑顔に心を奪われていくのだった。



────


 時は舞台へと戻る。

 入学式も無事終わり、三ヶ月が経った。ヒロインのリーズは殆どの対象キャラたちと接触していた。

 ゲームのサイドストーリーで初めてアレクシスとリーズが出会うのがこの期間だ。


「それでは、失礼します」

「失礼致します」


 生徒会長のアレクシスと副会長のセシリアは、教師に呼ばれ職員室に来ていた。


「きゃっ…」

「おっと、大丈夫かい?」


 用事が終わりドアを開けると、職員室を尋ねてきた女生徒とアレクシスはぶつかった。

 女生徒はリーズで、アレクシスの胸板に顔を打ち付けた彼女は鼻を抑えながら顔を上げた。


「すまない。怪我はないかい?」


 アレクシスはリーズの肩に手を添え、低い声で問うた。リーズは彼の問いに答えることも忘れ、目の前の少年に見入ってしまう。

 輝く金の髪に冷たさを孕みながらも吸い込まれるような鮮やかな青い瞳。見るもの全てを圧倒し惹き込む程の美貌。

 よく見知った顔だが、知らない表情。

 彼の兄弟であり、リーズと同級生であるユーリスが太陽のように眩しい輝きを放つなら、アレクシスは月のように静かで冷ややかな光を宿している――そう思わせるほどに。


「……綺麗」


 冷たく、影のある瞳に魅せられたリーズの口から無意識に発せられたものだった。言葉が口から出た瞬間、彼女ははっとして自分の手で唇を覆った。

 アレクシスは僅かに目を見開き、驚きを隠せないようだったが、それも束の間。すぐにその表情を消し去り、いつもの表現へと戻っていた。


「ちょっと貴女、いつまでアレクシス様と密着していますの!」


 アレクシスの背後から不機嫌そうな声が上がる。そこには、柳眉を寄せてリーズに鋭い目を向けるセシリアが立っていた。


──あああ危ない!リーズ嬢はユーリス殿下と仲良くされていたので、油断していましたわ。アレクシス様との出会いは今日でしたのね!


 セシリアの心臓は驚きと焦りでどっくんどっくんと高鳴る。

 この出会いは、アレクシスにとってもリーズにとっても物語を動かす大切な瞬間だ。それを邪魔しないようにしつつ、ライバルキャラとしての役割を果たさなくてはならない。


「も、申し訳ございません」


 リーズはアレクシスから慌てて距離を取り、横に逸れた。


「鼻をぶつけたようだが…。念の為保健室に──」

「い、いえ!私は大丈夫です!それよりもアレクシス殿下はお怪我ございませんでしたでしょうか」

「ああ、私なら大丈夫だ」

「良かったぁ。前方不注意ですみませんでした」


 リーズは胸を撫で下ろして、深く頭を下げた。

 二人はリーズと別れ廊下を歩く。アレクシスは無言で何やら考え込んでいるようだった。


「そういえば、政界でも話題になっている『共鳴』の持ち主は彼女だったかな」

「ええ、そうですわね。リーズ・スノウフィールド嬢。今年外部入学してきた一年生で異能力は『共鳴』。他者の能力を増幅させたり、一時的に能力の性質を変化させることができる希少な能力ですわ」


 副会長として在校生の名前と能力は全て頭に入っている。セシリアは、リーズの情報を述べながら珍しいと思った。


──流石ヒロインということかしら。


 普段他人に興味を示さないアレクシスが特定の人物を話題に出すときは、何かしら興味があるか気にかかることがある時くらいだ。


「珍しいですわね。リーズ嬢にご興味でも?」

「そうだね。彼女の能力は興味深い。ただ、それだけじゃない」


 アレクシスは一瞬だけ視線を外し、少しだけ声を落として続けた。


「最近、異能力犯罪組織『オブリビオン』の動きが活発化している。彼女の力は、本人の意思に関係なく、今後大きな注目を集めるだろうね。守らなければならない時が来るかもしれない」


 アレクシスの表情には、彼自身の決意ともいえる冷静な光が宿っていた。その横顔を見つめるセシリアの胸には、ライバルとしての使命感とは異なる、小さな波紋が広がり始めていた。


 それからというもの、アレクシスとリーズは急速に距離を縮めていった。

 セシリアとアレクシスは時々、模擬訓練として手合わせをしている。最近では、そこにリーズも顔を出すようになった。


「アレクシス殿下、今日も能力について色々と教えてくださいませんか」


 リーズの能力『共鳴』は、一人では力を発揮しないがサポート能力として誰かと組むと、その能力は驚く程に絶大な効果を発揮する。


「セシリア、すまないがリーズ嬢も参加して構わないかい?」

「ええ。構いませんわよ」

「セシリア様、ありがとうございます!本日も宜しくお願い致します!」


 リーズは嬉しそうにセシリアに頭を下げた。

 アレクシスと手合わせをしている時間は楽しかった。しかし、今は楽しい気持ちが萎んでいた。

 二人の姿を見ると何故か胸の奥が落ち着かない。セシリアは懸命にその理由に気付かないフリをした。


──アレクシス様とリーズ嬢が仲睦まじいことはいいことだわ。リーズ嬢に出会い仲良くなるに連れてアレクシス様の心は救われるんですもの。


「わぁ!出来ました!出来ましたよ!アレクシス様のおかげです」


 思案に耽っているとリーズの嬉しそうな声で我に返った。


「リーズ嬢が頑張ったから成果だよ」


 目を輝かせ、出来なかったことが出来るようになった喜びにはしゃぐ姿が以前のセシリアの姿と重なった。

 今では、出来ることが増えたが数年前はよく壁に当たる度に思案してめげることなく、できるようになるまで何度もチャレンジしていた。

 セシリアは、出来なかったことが出来るようになる度に、アレクシスの前でははしゃぐ姿を見せていた。

 そんなセシリアを思い出し、アレクシスは柔らかい笑を零した。初めてアレクシスの笑顔を見たリーズは耳まで紅く染った。


ズクン──


 セシリアは胸を刺すような疼きを感じた。胸の奥に渦巻く感情が気持ち悪い。その場にいたくなくて、今すぐにこの場から離れたくなった。


「あっ……あの、わたくしもうすぐテスト期間に入るので明日から訓練はお休みしますわ」


 咄嗟に出た言葉に、自分でも少し驚いた。だが、この場から離れたいという衝動は抑えられなかった。


「それなら、明日からは図書室で勉強しようか」

「私もご一緒してもいいですか?邪魔はしませんので!」

「わたくし、アイリーンやマリナと寮で勉強する約束をしていますので、図書室には参りませんのよ。どうぞ、お二人で集中してお勉強なさってくださいませ」


 軽やかな声色で言い切ると、セシリアは優雅に一礼してその場を後にした。彼女の背筋はぴんと伸びていたが、胸の奥で渦巻く不快感は消えることなく残り続けていた。


──わたくし、どうかしているわ。アレクシス様がリーズ嬢に笑いかけただけでこんな感情を抱くなんて。


 自分の心の揺れを誰にも悟られないよう、セシリアはその場を立ち去る足取りを早めた。


 それからテスト期間中は、アイリーン、マリナと共に下校した。

 アレクシスがセシリアに声をかけようとすると、自然と体がアレクシスを避けていた。テスト期間中は生徒会の仕事がないことが救いだった。


「アレクシス殿下とセシリア様如何されたのでしょうか」

「最近、アレクシス殿下はリーズ嬢と一緒のところをよく見かけますわよね」

「わたくし、アレクシス殿下とセシリア様がとてもお似合いで好きでしたのに」


 生徒会もないため、共にいる姿を見かけることがなくなったことから仲違いしているのではないかとい噂がたった。

 ほどなくして、セシリアとの仲違いではなくリーズとの恋人説が浮上するようになった。


「セシリア、セシリア!次は移動教室ですわよ」

「これは…そろそろ重症じゃないか?」


 セシリアはボーッとする時間が増え、普段しっかりとしている性格からは考えられない行動を見せることが多くなっていた。


「えっ? ああ、ごめんなさい、すぐに行きますわ」


 アイリーンの声で我に返ったセシリアは、慌てて教科書を閉じ、マリナと共に立ち上がる。だが、その足取りにはどこか元気がなく、彼女の内心を反映しているようだった。


「本当にどうしたの? 最近、授業中も上の空だし、いつものセシリアらしくないわ」

「…大丈夫ですわ。ただ少し、考え事をしていただけですの」


 セシリアは微笑みながらそう答えたが、その微笑みはどこか張り詰めたものだった。

 アイリーンとマリナはそれ以上追及することを控えたが、互いに心配そうな視線を交わした。


──どうしてこんな気持ちになるのかしら。リーズ嬢とアレクシス様が仲良くしているのは良いことのはず。それなのに…


 セシリアは自分の中で渦巻く感情を振り払おうと必死だったが、それは彼女の意志とは裏腹に日増しに強くなるばかりだった。


 全日程テストが終わって結果が張り出された。

 セシリアは初等部からずっと学力テストは二位だった。一位はアレクシスで学力でも一度も勝てたことがない。

 だが、今回のテストでは十二位の結果に終わった。セシリアはあまりのショックに理解が追いつかない。


「今回は調子悪そうだったしあまり気を落とすなよ」


 アイリーンの慰めの言葉も耳に届かず、セシリアは廊下を歩き出した。


「ちょ、セシリアどこに行かれますの?」


 マリナの制止も届くことなく、セシリアはそのまま足早に進む。

 胸の中で渦巻く感情と、テスト結果への衝撃が混ざり合い、どうしていいかわからなかったのだ。


──十二位なんて…わたくしがこんな結果になるなんてありえない。努力が足りなかったの? それとも心の乱れが原因?


 自分に問いかけても、答えは見つからない。ただ、胸の奥が張り裂けそうな感覚だけが残った。

 気が付けば、足が勝手に訓練所の方へと向かっていた。

 嫌なことも、悩みがある時もいつでもアレクシスが傍にいて相手をしてくれていた。

 しかし今はアレクシスは傍に居ない。アレクシスの隣はリーズの居場所になって、セシリアの傍にアレクシスがいることは今後もないのかもしれない。

 そう思うと途端に怖くなって、訓練所に着く前に来た道を引き返した。


「なあ、あの話知ってるか」

「あの話?」

「アレクシス殿下とリーズ嬢が付き合ってるかもって話」

「聞いた聞いた!セシリア嬢も綺麗だけどリーズ嬢の方が一緒にいて癒されそうだし、殿下も男だったってことだろ」

「確かに。セシリア嬢は何でも出来るって感じだしちょっと怖いよな。その点、リーズ嬢は俺たちが守ってあげなくちゃって思うし」


 数メートル先を歩く二人の男子生徒の話し声が聞こえた。セシリアはその場で立ち止まり、耳に飛び込んできた男子生徒たちの会話に動揺を隠せなかった。


──わたくしが「怖い」ですって? 何でもできるから? それがどうしていけないの?


 胸の奥に鋭い痛みが走った。男子生徒たちの言葉が、まるでセシリアの心に突き刺さる刃のように感じられた。


 彼女は目を閉じて深呼吸をしたが、心は静まるどころかますますざわついていく。

 つり上がった眉は気の強さを表し、目尻の上がった鋭い目つきは他を寄せつけない威圧感がある。

 リーズのように、瞳が大きくタレ目で可愛らしければ違ったのだろうか。


「どうして…どうしてこんなに情けないのかしら」


 小さく声に出すと、その弱音が自分の耳に刺さり、涙があふれてきた。


「え!?セシリア嬢!?」

「も、もしかして今の話聞いて──」


 セシリアの声が聞こえていたようで後ろを振り向いた男子生徒たちは、セシリアの存在に動揺を隠せない。その時。


「どけっ!!」

「あ、アレクシス殿下!?」


 廊下の先の方から怒鳴り声とリーズの叫ぶ声が聞こえ、顔を上げた。

 眼光を見開き人をかき分けて、一直線に走って来るアレクシスは普段の余裕は一切感じさせず、一度も見たこともない形相をしていた。


「セシリアを泣かせたのはお前たちか」


 アレクシスは今にも人を殺しそうな形相で、男子生徒に詰め寄った。

 男子生徒は壁に背をついて恐怖に震える。


「質問に答えろ」


 アレクシスが男子生徒の顔の横で壁に手を着くと、「虚空支配」によって壁が削られていた。

 男子生徒たちは涙目で震え上がり、尻もちをついた。


「アレクシス様、お辞め下さい」


 セシリアはアレクシスの腕を掴んで止めに入った。


「わたくしのせいで怖い思いをさせてしまったわね。ごめんなさい」


 膝を曲げ座り込む二人の男子生徒に目線を合わせて謝罪する。

 男子生徒たちは悪くない。彼等は事実を言っただけだ。あれくらいで泣くなど自分が弱い証拠だとセシリアは自分に言い聞かせた。


「い、いや。俺たちの方こそ」

「申し訳ございませんでした……」

「いいのよ。本当のことだもの」


 男子生徒たちの謝罪にセシリアは、困ったように笑った。


「さあ、アレクシス様。こちらへいらしてください」


 セシリアはアレクシスの腕を掴んでグイグイと引っ張り、人気が無い方へと進んだ。

 その間、アレクシスはセシリアに引かれるまま、何も言わずについて行った。周囲から離れ、静かな中庭へと出ると、セシリアはやっと立ち止まり、アレクシスを振り返った。


「アレクシス様こちらを向いてくださいませ」

「いやだ」

「アレクシス様」

「……君を怖がらせたくない」


 セシリアはアレクシスの返答を聞いて、驚いたあと静かに笑った。


「わたくしのために怒ってくれたのでしょう?怖くありませんわ。わたくしから見たら優しいアレクシス様に変わりございませんもの」


 アレクシスはセシリアの言葉に一瞬戸惑いを見せたが、やがて彼女の笑顔を見てため息をついた。


「……君は本当に強いな、セシリア」


 セシリアが泣いているのを目撃した時には、何も考えられなくなって頭に血が上り、感情に突き動かされていた。


「ようやく、捕まえた」


 アレクシスはセシリアの手首を掴むと、力を緩めることなくその肩口に額をそっと預けた。

 ふわりと漂う爽やかな香り――それは、アレクシスの心をひとときの平穏で包み込むセシリアの匂いだった。久しぶりにその存在を近くに感じられることに、彼の胸には安堵が広がっていく。


「ア、アレクシス様……」


 セシリアは顔を真っ赤にしながら戸惑いを隠せず、思わず身体をよじって距離を取ろうとする。しかし、アレクシスはその動きに気づくと、静かにささやいた。


「もう少し、このままで」


 掴まれた手首が離れることはなく、反対の手が彼女の腰へとそっと回される。セシリアの身体は、彼の腕の中へと引き寄せられた。

 密着したその距離に、彼女の心臓は今にも飛び出しそうなほど高鳴る。

 胸の中で高鳴る鼓動――それが何を意味するのか、セシリアは既に気付いていた。本当はずっと前から胸の奥に存在していた感情。それを見て見ぬふりを続けていたが、今や否定することも隠し通すこともできないほどに、その存在は大きく育ってしまっていた。


 その時、ふいにアレクシスが肩を震わせた。


「ぷっ……」


 突如吹き出した彼に、セシリアは驚いて顔を上げた。


「アレクシス様?」


 彼の肩越しに不思議そうな声を漏らすセシリア。しかしアレクシスは、堪えきれない様子で小さく笑い続けている。


「心臓の音……すごいね。まるで鐘が鳴ってるみたいだ」


 彼の言葉に、セシリアの顔は瞬く間に真っ赤に染まった。


「~~っ!?は、離れてください!!」


 セシリアは慌ててアレクシスを押しのけようとするが、彼の腕はそれを許さない。


「待って、そんなに怒らないでよ。可愛いと思っただけなんだ」


 ふざけた口調で微笑むアレクシスに、セシリアはさらに恥ずかしさを募らせた。


「アレクシス様、失礼が過ぎます!」


 怒りと羞恥心で声を張り上げたセシリアだったが、アレクシスの表情はどこまでも柔らかい。


「ごめんごめん。でも、もう君を離したくない。お願いだ。私の傍にいてくれ」


 その真剣な言葉に、セシリアは一瞬だけ動きを止めた。

 恥ずかしさと戸惑いが混ざる中で、彼の言葉だけが心に静かに染み込んでいくのを感じる。

 掴まれた手首から、アレクシスの手が微かに震えているのがわかった。

 実の母親からも使用人からも避けられてきたアレクシスにとって、大切な人が自分の傍からいなくなることが何よりも耐えられなかった。


 彼の過去を知っていながら、アレクシスの傍から離れてしまったことに酷く後悔した。

 彼は何よりも人を恐れ、そして求めている。


「はい。アレクシス様に心から大切に想う人が出来るまでずっと傍にいますわ」


 その言葉を聞いた瞬間、アレクシスは顔を上げ彼女の手を更に強く握った。


「私が心から大切に想っているのはセシリア…君だよ」


 アレクシスの言葉は、まるで時間が止まったかのようにセシリアの耳に響いた。

 驚きとともに、心臓が跳ねるような感覚が広がる。アレクシスの目は真剣そのもので、彼の言葉に迷いは一切感じられなかった。


「でも、アレクシス様はリーズ嬢を想っているのではなかったのですか?」


 セシリアは、震える声でその問いを口にした。

 最近のアレクシスとリーズはまるで恋人同士のように仲睦まじい姿だった。周りの人たちだけでなく、セシリアですらそう感じていた。


「なぜリーズ嬢?彼女はただの後輩だよ」

「先程も一緒にいらっしゃいましたし」


 アレクシスが走って来る前に、リーズの姿があったことを思い出す。


「セシリアを探していたらテストの結果報告に来たリーズ嬢にばったり会ったんだ」

「そ、それに訓練所で楽しそうにリーズ嬢に笑いかけていましたし」


 その言葉に思い当たる節がないのか、首を傾げてアレクシスは記憶を遡った。

 すぐに思い当たったのか、あれかと思い至る。


「あれは、リーズ嬢のはしゃぐ姿がセシリアと重なって見えてね。数年前は出来ないことが出来るようになる度に嬉しそうに君がはしゃいでいたなと思ったんだよ」


 そう言うと、アレクシスは片手で口元を隠して顔を逸らした。


「そうか。そんなに顔に出ていたのか」


 思わず恥ずかしくなって赤くなる。

 アレクシスが自分のことで笑顔になっていたのだと知ったセシリアも、つられるように顔を赤くした。


「ダメだな。セシリアの前だとどうしようもなくかっこ悪くなってしまう」

「そんなこと、無いですわ。とても嬉しかったです」


 セシリアは微笑みながら、彼の言葉を否定した。

 

「君には敵わないな。セシリア、君は知らないだろうが私は何度も君に救われた。八歳…いや、恐らく出会った時から私はセシリアに恋をしていたんだと思う」


 アレクシスの言葉は、どこか照れ隠しがあるようで、それでも確かに真剣だった。彼の目は揺るがない決意を宿して、セシリアの目を真っ直ぐに見つめていた。


「セシリア。君が好きだ」


 その告白が、静かな空気を切り裂いた。セシリアは一瞬、言葉を失い、心臓が跳ねるのを感じた。


「アレクシス様…」


 セシリアは言葉を探しながら、少し顔を赤くして視線を逸らす。


「わたくしも、アレクシス様をお慕いしております」


 その言葉を聞いたアレクシスは、無言でセシリアに近づき、少しだけ息を整えた後、彼女の唇にそっと手を伸ばした。

 セシリアの瞳が彼を見つめ、二人の距離が一瞬で縮まる。息が交わるような瞬間、タイミング悪く校舎の中からアレクシスを探す声が聞こえて来た。


「アレクシス殿下ぁ。どこですかぁ?」


 声の主は、他でもないリーズだった。


 セシリアはその声を聞いて、どうしても胸の中でざわめきが広がるのを感じた。アレクシスとリーズが親しげにやり取りをしている姿を思い出し、どうしてもその距離が自分の中で気になってしまう。


 その気持ちを抑えようとしても、どうしても心が乱れていくのを感じる。


「大丈夫」


 アレクシスの声が、セシリアの不安を静かに包み込むように響いた。彼はその手をぎゅっと握りしめ、彼女の目を見つめた。

 セシリアの胸のざわめきが少しずつ収まっていくのを感じながら、二人は中庭から校舎へと戻った。


「アレクシス殿下!どこに行かれたのかと思いました!」

「セシリアと一緒にいたんだ。ところで、私に何かあって探してたんじゃないのかい?」

「えっ、あ…セシリア様とご一緒だったんですね。あの、この後帰りにお茶しませんか?テスト勉強に付き合って下さったお礼がしたいのです」


 リーズは少し照れくさそうに、しかしその中に確かな気持ちが込められているように言った。

 セシリアはその提案を聞き、複雑な気持ちで俯きかけると力強く手を握られ顔を上げた。


「気持ちだけ有難くもらっておくよ。それと、リーズ嬢には私からも言っておくことがある」


 アレクシスの冷たい瞳は、まるで鋭く突き刺さるようにリーズを見据えた。その目は、ただの思いやりや優しさではなく、何かしらの強い意志を感じさせた。リーズはその視線に少し驚き、無意識に一歩後退する。


「アレクシス殿下…?」


 リーズが戸惑いながらも問いかけると、アレクシスはしっかりとその目を向けたまま言った。


「私はセシリアを婚約者にするつもりだ。今後、能力の特訓もテスト勉強も他の者を頼ってくれ。恋人に余計な心配をかけたくないからね」


 その言葉が静かな空気を破り、セシリアの胸に温かいものが広がった。アレクシスが自分を守り、真剣に考えてくれていることが伝わってきたからだ。


 リーズは一瞬その言葉に言葉を失い、目を伏せる。


「わかりました……」


 と、最後に一言だけ残し、リーズは走り去っていった。


「それじゃあ、私たちも行こうか。帰りにどこかでお茶でもするかい?」

「よ、良かったんですの?」


 セシリアはリーズが走り去って行った方を見ながら、何事も無かったかのように話しかけてくるアレクシスに問う。


「こんな可愛い恋人がいるのに、他の異性といて変な噂を立てられるのも嫌だからね」


 セシリアは少し頬を赤らめながら、彼の手をそっと握り返した。


「ねぇ、アレクシス様。勝負をしましょう!」

「勝負?」

「ええ!どちらの愛が大きいか!」

「ふふっ、いいね。期限は?」

「勿論、無期限ですわ!!」

いつかシリーズで書きたいと思ってます。

※その際は、ストーリー大幅変更となります。

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