第六領
魔族の領地は大陸の北半分を占有し、最北に魔王城を構える。
その魔王城から扇状に一から九の領地が伸び、それぞれを各種族の長が納めていた。
ユリアたちは今、第六領へときていた。
深い森に覆われ、中心には巨大な木が生えており、その周りの木々の間に街がある。
エルフの長が納め、ヴィタの家がある。
「これ、被って」
そう言われ彼女から渡されたフードを握りしめるユリア。
「私が人族のところに行く時はいつも持ち歩くの」
「私の家、離れたところにあるんだ。もう少しだから我慢してね」
ヴィタが言う。
一本の巨大な木をくり抜いて作られた住居の中にエルフたちは住んでいた。
木の周囲には人が二人分の歩幅の階段が螺旋状に作られている。
広場のような場所が何個かあり、店もでていた。 そこから周囲の木へと吊り橋が何本か伸びており、地上からは木材を持った男のエルフが渡っているところが見えた。
下では子供のエルフが走り回っている。
全員が長い耳を持っていた。
「こんなの、見たことない……」
目の前に広がるその光景に、呆気に取られるユリア。
ヴィタは誇らしくなる。
「今までここには人族があまりせめてこなかったから、平和なんだ」と説明した。
「着いたわ。ここよ」
彼女の家は巨木からは外れたところに建っていた。
木造の一階建ての建物で、一人で暮らしてるようだ。
「中に入って」
木のドアを開けたユリアに連れられ、ユリアは中に入る。
簡易的なキッチンにベッド、大きめの衣装棚があり、窓からは木漏れ日が漏れる。
奥は仕切りがあり、書斎だろうか、本棚と机が見える。
「あ、もうフード脱いでいいわ。
それで……うち、あまり客もこないからベッドが一つしかなくて……今日は二人で寝ましょうか」
ヴィタは真顔だ。
「えっ?私、誰かと一緒に寝たことないよ」
ユリアは反応にこまってしまう。
「冗談よ。明日からあなたを魔女にするために特訓を始めるわ。
てきとうに食事したら今日はもう寝ていいわ」
それを聞き、この人、真顔で冗談言うんだ、と彼女は思った。
ヴィタは人間が好きだった。
人間と話をしたことはあまりない。
子供の時、どこかから拾ってきた、かつての勇者伝説が書かれた人間用の絵本。
布団の中で隅々まで読んだことを思い出す。
あの本、まだ残っているのだろうか。
人間のことがよく知りたかったし、友達になりたいという望みがあった。
特にそれが勇者ならば。
床で寝ているユリアの寝顔を見て彼女は、明日からの生活を想像する。
細い指のある両の手を絡ませてフフフ、と胸を踊らせながら眠りに着いた。
次の日から、ユリアを魔女にする実験が始まる。
「じゃあ、始めるわよ」
ヴィタは彼女の身体が傷つかないよう、慎重にその手から彼女の体に降り注ぐように魔力を流し始める。
「あ、もっと強くしてもいいよ」
ユリアは普通なら意識を保ってられない量の魔力を流しても平気だった。
「これじゃ、逆に私が保たないわ」
二人の間で、時間に制限をつけることをきめた。
最初の二日は街を案内してもらった。
エルフは警戒心が強い。
ヴィタが連れてきた女を疑う者は決して少なくなかったが、中には彼女の紹介のおかげで優しくしてくれる者もいた。
彼女には自由な時間があり、見たことない街を探索することもできた。
ただ一つ不満だったことは虫が多いことくらいだった。
「こればっかりは慣れてもらうしかないかな」
ヴィタが部屋に入ってきた大きな三十センチはあるフライビートルを触りながら言うので、ユリアは泣きながら受け入れた。
彼女がまだ勇者だった頃、エルフと出会うことはほとんどなかった。
たまに人間と暮らしを共にしているエルフはいた。
が、魔族との戦いの中ではほとんど見かけなかった。
だから、彼らの暮らす様は彼女には珍しく、屋外でキスをする恋人たちのような、どこか見てはいけないものを見ているという気持ちにさせた。
「ここは、武器の店ね、一応入ってみる?」
ヴィタが言い、二人でエルフの店に入る。
彼ら用の武具が置いてあり、木刀から、魔力をこめて作られた禍々しさのある剣に多様なサイズの鎧やローブが並んでいる。
なかなかしっかりとした店のようだ。
「そういえば、どうしてヴィタはあんなところにいたの?」
素朴な質問が飛ぶ。
「え?そ、それは……」
人間に興味があって勇者を追いかけていたのよ、とは言えず口ごもるヴィタ。
事実、彼女はあの時は勇者を探していた。
大きな魔法の痕跡を追うことで位置を発見することはできたが、賢者の持つ探知スキルに気がつき、近寄ることまではできなかったのだ。
まさか力を失っているとは思わなかったが。
「まぁ、そんなことどうでもいいじゃない」
力技で話題をそらす。
「そうかなぁ。あ、わかった! 兎を追いかけてたんでしょ! あのお肉、美味しいもの」
笑顔で言った子供のようなユリアの指摘に、ヴィタはつい笑ってしまう。
思えば今まで勇者用の剣しか握ってこなかったな、と店に並ぶ様々な武器を見てユリアは振り返る。
「何かご希望のものはあるかい?」
筋肉質な店主の問いに「ごめんなさい。まだ決められないかな。今度また買いにきます」と答え、二人は店を後にした。
食事は野菜を使うものが多かった。
小麦を用いたパンが主食であり、毎日ではないが二人で買い出しに出かけた。
一週間ほどが過ぎただろうか、その日も夕食の後、ヴィタが魔力を流した。
その一連の流れは日課になっていた。
段々とその刺激は体に馴染み、むしろ全身をマッサージされているようにユリアは感じていた。
「あったまってきたー」
心地よさすら感じていた。
「今日はこのくらいにしておこうか」
額の汗を拭うヴィタが告げる。
その時、ユリアの目に赤いモヤのようなものが一瞬だが映る。
見間違いかと思い、ゴシゴシと目を擦ってみる。
ヴィタの右手にも同様の物が見え、帯の形をとって広がっている。
「え、何これ……」
彼女が呟くのを見てヴィタが言った。
「お。見えるの?これはねぇ、魔素っていうの」
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