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決別の青




 アイリーンは大好きだった母の変貌を受け入れることができずにいた。


 オレンジの前髪は額に張り付き、衣服に汗が馴染む。

 壁に貼り付けられている母だった存在を直視することができない。


 しかし、何が起こっているのか私には知る権利、義務があると直感が告げて目の前の二人組に声をかけたのだ。


「待ってください……」


 彼らはもう一人いると気がついていなかった。

 背後を振り返り声の持ち主を確認する。


 怯えた眼差しの少女がそこにいた。



「お母さんは、お母さんはどうなるんですか……?」


「お母さんって、」


 オルランドは壁に貼り付けられた女性が少女の母親だとは想像がつかないが勇気を振り絞ったのだろう、アイリーンの震える声と真剣な表情に冗談を言っているのではないと気がつき言葉に詰まってしまう。


「……話を聞きましょう」


 ジーニィはそう言って、壁に張り付いたシーツを一部緩めてマッシュの顔を表に出すことにする。


 杖を再び掲げる。


「ハッ!……窒息するところだった……」


 呼吸ができるようになったマッシュが口を開く。


 女性の顔と声は未だ変わらずである。




 彼が安心するのも束の間、ジーニィの作り出した鋭利な氷の刃が、彼の喉元へと突き立てられる。


「この子との関係を話しなさい」


 オルランドはアイリーンの手を取ってベッドへと座らせ、休ませた。


「名前はなんて言うんだ?」


「……アイリーン、です……」


「アイリーン、ひとまず無事でよかった。この船に乗ってる人はみんな眠っちまったんだ」


 その顔を見つめて彼は励ますも、声が届いているかはわからない。彼女の顔は虚に壁の魔物を見つめている。


「その小娘か、馬鹿なやつだよ……。

 のこのことこの船に乗るなんてなぁ!!」


 マッシュが今まで見せたことのない表情を見せる。

 アイリーンは自分を嘲笑う母の声に耳を塞ぎたくなり、手の指を強く握りしめた。


 体にひしひしと緊張と恐怖が宿り、背中が震えていく。

 オルランドはその様子を見つめて彼女の手をそっと握りしめた。

 彼は若かったが下心があったわけではない。彼なりに勇気づけようと思ったのだ。




「口を慎みなさい」


 ジーニィは足を踏み出しマッシュへと近づくと刃を皮膚へと突き立てる。


 赤い血がツーーっとそこから垂れた。


「わかったよ。まぁこの際喋っちまうが俺はそいつの母親じゃねぇ。ずっと監視してたんだ」


「何の為に!」


 ジーニィは語気を強めてその詳細を吐かせようとするが彼は動じない。

 態度と口調を変えずにこう続けた。



「知るかよ……。

 でもこれで解放されたぜ。何度食ってやろう、犯してやろうと思ったことか……ヒヒッ」


 その下衆じみた笑いに吐き気と軽蔑を覚えたジーニィはアイリーンがいなければ殺しているのにと憤った。

 もし今も、彼女に母を思う心があったならその心の傷は計り知れないものになるだろう。

 


 次に口を開いたのはアイリーン本人だった。


 立ち上がり、壁の母に向かって恐る恐るだが確実に尋ねる。


「ねぇ教えて……? 私の本当のお母さんはどこなの……?」


「あぁ? バカじゃねぇのか?

 食っちまったに決まってるだろ」


 マッシュの口から聞かされる、残酷な真実が彼女に襲いかかる。



(じゃあ、私は今まで何のために……)

 


 彼女の心に偽りの母との思い出が次々と思い浮かび上がる。


 幼い頃川べりで虫をとってあそんだこと。

 李ポルシェまで足を運んで海にきたこともあった。


 町の住人達から人気のあった母は、度々デートのお誘いを受けていたことも知っている。

 私が店を手伝うようになりその後を継ぐとすぐに、体の調子をおかしくしたあれも演技だったと言うの?


 彼女の回復を信じて修道院に通った日々。

 川沿いの道を一緒に手を繋いで歩いたよね?

 あれも嘘……?

 

 

 その思い出にヒビが入り、音を立てて崩れていく。


 彼女の足がふらついた。


「おい……大丈夫か?」

 オルランドは腕をのばし、その体を支えて部屋の外に連れていこうとした。





 アイリーンはその腕を振り払う。



「返して……お母さんを返して!……返してよ!!なんで!!」


 声を荒げ、涙を流しマッシュに詰め寄る彼女の怒りに応えて、手のひらに僅かながら、魔法の兆候が現れる。


「これは……」


 ジーニィはその輝きを昔見たことがあった。


 いつのことだったか思い出そうとしていると、アイリーンの右手に青白い光が宿る。

 稲妻だ。



 バチバチと音を立てる右手が掲げられた。

 身動き取れないマッシュへと突き立てられる。

 思わずジーニィはその場を離れた。



「やめろ……やめてくれ……」


「……は?」


 その右手は母だった女性の口を塞ぐ。


 青白い雷光がその身体を縦に突き抜け、絶命させた。

 

 自らの手の中で消滅していく母の感触に、決別と復讐を遂げることを心に誓うも、一気に体の力が抜けて彼女は倒れ込んでしまう。



 ジーニィが慌てて肩を取り彼女の体を支える。


 彼女をこのまま留まらせて置くことは危険だ、とジーニィとオルランドの二人は判断し、空いている隣のキャビンまで運び込みベッドの上に寝かしつけた。


「まずいわ……。オルランド、酒場から水を持ってきて」

「任せて」


 汗をかき、苦しんでいる彼女の様子を見て放っておくわけにはいかない。


 幸運にも近付いてくる魔物もいない。地下で捕らえた乗客を監視しているのだろう。



 二人の交代での看病により彼女の汗が引いた頃には夜が開けていた。

 


ここまでご覧いただき、ありがとうございました。

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