第87話 ハンターシティ、開幕。
〜シィーリア〜
池袋西口公園・特設ステージ
ステージ上の大型モニターに映った鯱女王。目の前にいるのも鯱女王。彼女の周りには運営用ドローンが数台飛んでいた。カメラに撮られたものがモニターに映る……何度見ても不思議な光景よの。妾達の世界には無かった物だから。
会場の探索者達を沸かせながら、オルカがステージの上に登る。彼女は妾の隣に座ると脚を組み、懐からワイヤレスイヤホンを取り出して両耳に付けた。
「オルカ」
「……」
返事が無い。完全に自分の世界に入っておる。できれば鯱女王にも九条商会の話をしたいのに……当日まで現れんとかコヤツどこで何をしておったのじゃ。
「オルカ、オヌシにも話が」
「……」
「聞いておるのか!」
怒鳴ると、オルカが指を1本立てて「静かに」というポーズを取った。
「今、集中してる。話しかけない」
「ぐぬぬ……」
コヤツ、全く分からぬ。先ほどはヨロイに何かを耳打ちして探索者達を盛り上げておったのに。なぜ妾には……というかコヤツがコミュ障なのではなく、妾が嫌われておるだけなのか?
「まぁまぁ、いいではありませんか。鯱女王さんが来てくれただけで今回のハンターシティのチケットも完売ですし。他にも経済効果がどれほどあるか。いてくれるだけで私は嬉しいですよ」
大沼都知事が上品な笑みを浮かべる。この女政治家……鯱女王を呼ぶと言ったらいつの間にか九州に手を回しておった。己の利する所にはどこまでも貪欲に、か。したたかな女じゃ。
「シィーリア部長。挨拶とルール説明をお願いします」
そんなことを考えていると部下がマイクを渡して来た。それを受け取りステージの前方へ向かう。ステージ上から周囲を見渡すが、ここからじゃと九条商会も亜沙山の連中もいるか分からんの。
ふと視線を参加者達へ向けると、フリューテッドアーマーの男が見えた。その横にはツインテールの少女……頼むぞヨロイ、アイル。鯱女王が頼れぬ今、オヌシ達だけが頼みじゃぞ。
管理局の中に裏切り者がおるかもしれぬ、探索者達の中に九条の人間がおるかもしれぬ。闇雲に情報は与えられん。じゃが、このイベントはあくまで規定通りとして終わらせねばならぬ。不測の事態が発生したとなれば会場はパニックになってしまう。そうなれば余計に九条は動きやすくなるだろう。
本当は中止したかったが、人間側からこうも開催を要望されてはの。もはや魔族の妾では止められん。
はぁ……胸の奥に渦巻く数多の不安。600年近く生きても感性は変わらんの。強くあらねばならんとは辛いものじゃ。
と、弱音を吐いとる場合ではないな。妾には見届けねばならぬ子らがいるのだから。
遠くに見えるビル。あそこにジークとミナセがおる。目を閉じ、心の中で祈る。妾の子らよ、大切な子らよ。どうか、どうか無事でいておくれ。乗り越えておくれ。見ていることしかできぬ妾を……許しておくれ。
自分の中の気持ちを抑えるように、スーツの裾を払う。探索者達へと向き直るとザワザワという声が聞こえた。
去年と同じ流れ。というか毎年の流れ。妾がこんな見た目じゃから初見の者は驚くらしい。まぁ、どう思われても良いのじゃが。
参加者達を見据え、マイクを強く握る。
「妾はダンジョン管理局部長、シィーリア・エイブス。これから池袋ハンターシティのルール説明に入る。前方のモニターを見るがよい!」
モニターに池袋駅を中心としたマップが表示される。西池袋公園からサンシャインシティまでをぐるりと赤いマーカーが囲っていく。
「このマーカーで囲ったエリアがハンターシティの会場じゃ。既にモンスターは放たれておる。モンスターを狩ることで得られるレベルポイント。これがハンターシティ中は独自集計されておる。ただし、チームで一体のモンスターを倒した場合、戦闘の貢献度に応じて探索者専用スマホが吸い取るレベルポイントを調整する」
ここは通常のダンジョン探索と同じシステム。これによってソロとチーム参加の不公平を無くす。
例えば、100ptのモンスターを4人で協力して討伐した場合、均等割で25ptずつそれぞれに入る。ソロの場合は総取り。腕に自信のあるソロ参加者ならば、決して不利にはならぬじゃろう。反面、チーム参加の者はその数を活かしていかに多くのモンスターを狩るかが鍵となる。
優勝者は1人。チームとしての名は売れるが、賞品は1本の剣、「聖剣アスカルオ」。中途半端な協力関係では仲間割れが起きるじゃろう。
「協力、妨害、なんでもアリのイベントじゃ! ただし、殺人だけは犯すな! このイベントを続けるために絶対必要なことじゃ! そのことをゆめゆめ忘れぬように!」
参加者皆が「当然だ」という顔をする。ここは毎年見ておれば分かる。彼らにとってこれは注目を集める好機。今年ダメでも来年で。それが敗者の支えにもなっておる。それをイタズラに崩すことはしないだろう。
知事の挨拶を交え、次に観覧エリアについて説明する。
公園外にいる一般ユーザーにも声が届くようマイクボリュームを上げて説明を続ける。
ハンターシティ開催中の池袋はモンスターが外に出ないようエリア全体が魔法障壁に包まれており、その中に存在する各観覧エリアもドーム状の魔法障壁に包まれている。
一般客が入れる観覧エリアは東池袋公園、中池袋公園、南池袋公園、西池袋公園、そしてこの西口公園。それぞれ転移魔法によって各公園を移動する。
公園内にはそれぞれ大型モニターや医療スタッフも設置済み。モンスターの入って来ない安全なエリア……最悪の場合、探索者達の避難場所にもなる。探索者達はこれから発動する魔法によって自由に障壁内へ出入りできるのだ。
「では、参加者には障壁突破の魔法を発動する」
瞳を閉じて意識を集中する。妾の感覚が周囲に広がっていく。スタート地点にいる探索者全てを捉える。
ステージ前にいる者達、物陰から見ている者、ビルに隠れるジークとミナセも。空高く手を掲げ、「承認魔法」を発動する。
すると、参加者達の体が光に包まれ、各々の体に小さな異世界文字が浮かび上がった。緑色に光る模様……これでよし。探索者はこれで魔法障壁の中へ入ることができる。
「これより池袋ハンターシティを開始する!」
皆が気合いを入れる。様々な声が聞こえる中、池袋ハンターシティは開幕した。
次回はスタートの裏側のお話。ジークの視点でお送りします。また、あの男の姿も……?