第85話 九条の狂人
〜九条商会 幹部 長谷部〜
池袋ハンターシティ開催当日。
──サンシャインシティ近隣のビル。
窓ガラスに自分が映る。黒いスーツにサングラスの男。如何にもそちら側の人間というような見た目。まぁそんなことはどうでもいいか。
その奥を覗き込む。窓から見える池袋サンシャインシティ。そこに数人の魔族が入って行くのが見えた。
指輪を額に当て念じる。一瞬指輪が眩く輝き、ボス達の思考が流れ込んで来る。自分の指示に従う意思を。
「見つかるなよ」
念じた事に応じるように再び光る指輪。これは大丈夫そうだな。
窓に指輪をかざすと、キラリと異世界文字が光った。
支配者の指輪。
ユイに入手させた品。どんなモンスターも自分の手駒に出来るレアアイテム。ただし3回制限付き。刻まれた異世界文字が脈打った。使用回数を表す3つの小さな穴……そこに残り回数を示す1つの光が灯っている。
亜沙山に潜り込ませていた者からこの指輪の連絡を受けた時、運命だと思った。まさにハンターシティで動くための最後のピース。これによって九条商会は最低限の人数だけで事を起こすことができる。
1時間ほどかけて外を監視していると、魔族達がサンシャインダンジョンから出てきた。特に慌てる様子も無い。ボス達、上手く隠れたか。
魔族が去ってからさらに30分後。モンスター達がゾロゾロと外へと溢れ出してきた。窮屈なダンジョンから解放されてわずかばかりの自由を謳歌するのだろう。自分達が狩られるとも知らずに……馬鹿な奴らだ。
だが、ジブンが育てたボス達は違う。良く言うことを聞き、逆らわない。今回も自分の言うことを守り、魔族に見つからなかった。賢い者はモンスターだろうが好きだ。
指輪を手に入れてからの1ヶ月……奴らにはダンジョン内のモンスターを効率良く捕食させた。そのお陰か中々の成長具合だ。恐らく、ジブンというブリーダーを経ての成長は、野生で言う数年分に相当するだろう。それほどまでに効率を優先させた。
その力、A級クラスの探索者でも楽に殺せるほどだろうな。
スマホを確認する。イベント開催まで残り5時間か。数日前から奴らのスケジュールは把握している。大規模魔法障壁の展開に会場の設営、一般客用の転移魔法設置……そして当日のダンジョン最終確認。これを過ぎればもう奴らはサンシャインシティダンジョンに来ない。後はタイミングを見計らってボスを解放するだけだ。
「おい」
背後から声がする。生意気そうな女の声。振り返ると椅子に逆向きに座る女がいた。背もたれに腕を乗せ、クルクルと椅子を回すミナセの双子の妹、ユイが。
「なんでこんな周りくどいことばっかさせるんだよぉ。一回お預けまで食らって生殺しだってぇ」
頬を膨らませて文句を言うユイ。何だその表情は……。
「仕方ないだろ。ミナセを先に殺したら仲間が報復に来るだろ? 461とジークリードだぞ? 鳴石みたいに舐めてかかったら返り討ちに遭う」
ミナセと亜沙山の奴らを使ってヤツらを分断する……上手くいけば461の出場自体を取り下げられると思ったがやはり無理だった。当たり前か……渋谷攻略を成し遂げた461なら管理局が意地でも出場させるだろう。
事前に各個撃破しようとしても、商会に相当な被害が出るだろうし……もう鳴石の一件みたいな事はごめんだ。あのバカが……勝手に暴走しやがって。
バカと言えばもう1人。
横目でユイを見る。ユイは、顔を歪ませたと思うと、すぐにケラケラと笑い出すといった奇行を繰り返していた。
アイツ、勝手に461達を襲いやがって。作戦伝えてただろ? なんで勝手なことするんだよ。
「なんだよぉ?」
ユイが不思議そうな顔をする。九条様のお気に入りだから許されているのも分かってないな、これは。
仕方ない。元々プランAはミナセを餌にアイツらと亜沙山をぶつけることだし。少なくとも、ジークリードと461が共闘して俺らを妨害するのは避けられる、か。
もう一度指輪を見る。まぁ、コイツが複数回使えるのはデカかったけどな。たとえ461とジークリードが俺達を止める動きに出ても、さらに裏をかける。
出現のタイミングを測らないとな。何かしら被害を出せば御の字。探索者が死ぬ事だっていい。とにかく、国民の中に管理局への不満が上がれば成功だ。
定期的に革命ごっこしないといけないとはなぁ。管理局のアイツのおかげで商会は一気にデカくなったが……めんどくせぇ。鳴石みたいに後から入って来たヤツらは信じてるみたいだがな、革命を起こしてこの世界を取り戻せると。
救いようのない馬鹿どもだねぇ……その嫌ってる魔族様のおかげで自分達が未だ無傷だって言うのによ。
はぁ……昔みたいに力で縄張り争いしてる方がよっぽど楽だな。
だが、まあいい。その反面、組織化して仕事はやりやすくなった。命は張るが、九条商会がさらに大きくなれば俺はどうなっても構わない。九条様さえいれば何とかなる。後は金だけだ……。
「アタシならいけるってぇ〜あははっ」
ユイの気持ち悪い笑い声で思考を遮られる。どことなく焦点が合わない瞳……コイツも本当に変わったよな。入った時はミナセと大差無かったのによ。
「お前さぁ……作戦伝えたろ。ミナセを誘い出して、ジークリード達に亜沙山の奴らをぶつけるってよ。サンシャインに入るまで顔は隠しとけよ」
「今日はマイの奴ぶっ殺していいんだよねぇ?」
会話になってねぇし……どんだけミナセに恨み持ってんだよ。
「十分引き付けたらな。サンシャインシティ最上階までヤツらが来たら連絡しろ」
「……分かってるよ」
今度は急に顔を歪めるユイ。はぁ……コイツと仕事すると疲れるんだよなぁ。
ま、いいや、どうせ俺は捨て駒。せめて最後くらい派手に暴れさせて貰うか。
指輪に念じてケープスフェニックスへ指示を出す。いつでも動けるようにさせておくか。コイツの霧があれば色々と動きやすくなるからな。
◇◇◇
〜ユイ〜
あははっ。
やっとだ。今日まで長かったなぁ。何日待った? いや、何年? ま、いいや。
マイぃ……逃げんなよぉ。
あ、違うか。亜沙山のヤツらに殺されんな〜。
お前の全身グチャグチャにしてぶっ殺してやる。泣き叫ぶかな? 泣かせたいな〜ひひっ。
配信見たんだよぉ? 渋谷を攻略した時、1人だけ楽しそうに笑ってやがったな?
好きな男に巡り会えた? 仲間? 攻略? お姉ちゃん良かったねぇ! お姉ちゃんが幸せそうでアタシとっても嬉しいかも! あ〜胸が温かい気持ちに満たされていく〜!
ふざけんなよおい。
テメェだけハッピーエンドってか。
……アタシだけ放って自分だけ幸せに? お前だけやったこと忘れられると思ってんのか?
置いて行ったこと、絶対後悔させてやる。
アタシをこんな風にしたのはお前だ。あのスキルまで取ったのにお前だけ逃げやがって。
絶対許さねぇ。
殺す。
殺す。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
あははっ。
次回は池袋に探索者達が集うお話。懐かしのあの子やついにベールを脱ぐアイツなど池袋に集結する探索者達をぜひご覧下さい。