第48話 分断の罠
〜461さん〜
副都心線の改札を抜け、トレントたちとの戦闘を交えながら地下5階を進んだ。止まったエスカレーターを登り、地下3階のヒカリエ改札へと辿り着いた俺達。
しかし、本来ヒカリエへ繋がるB5出口はレンガ作りの壁に遮られていた。周囲が現代的な建造物に対して、その一角だけ中世ヨーロッパのような趣……この空間だけ異様だな。
「道が塞がれてる。やっぱリレイラさんの言ってた通り2階の連絡通路から攻めるしかないな」
「一回地上階に出て井の頭線の方へ向かうのよね……めちゃくちゃ遠回りじゃない。すぐそこにあるはずなのに」
「仕方ないだろ。異世界の建造物と融合してるせいで出口ほとんど潰れちまってるんだから」
探索者用スマホを取り出したミナセがマップを開く。
「え〜と一回戻ってA5出口にって……あ〜もう! マップややこしすぎるって!!!!」
ブチギレたミナセがジークをポカポカと殴り出した。怖えぇ……普段からこんな怒るのか? ジークのヤツ平気そうにしてるけどよく耐えれるな……。
「おい。俺に当たるなよミナセ」
「だって分かんないんだもんっ!!」
マジでジーク動じてないじゃん。ずっと腕組んだままポーズ決めてるし。
ミナセを宥めながら俺達は道を引き返した。
……。
…。
地下3階のトレント達を倒しながらA5出口へ。地上に上がって一度商業ビルの2階に登る。右手に井の頭線のホームが見える道を反対の左手へと進み、長い長い1本道を進んでリレイラさんに聞いていた「JR中央改札」と書かれた看板を右へ。
「渋谷スクランブルスクエア」というビルが見えてからエスカレーターを降りると、ヒカリエへと続く連絡通路に出た。
「はぁ……やっと……ついたわね……」
「モンスターとの連戦……意外に体力を使うな」
「私もそろそろ魔力回復させないとなぁ」
アイルだけじゃなくジーク達にも疲労の色が見える。ここまでしつこいトレント達を振り切って来たんだ当然か……ここから先のヒカリエはさらに戦闘が激しくなりそうだしな。ここらで休憩しておいた方がいいかもしれない。
「休憩したらヒカリエに入る。魔力減ってるヤツは回復しておけよ」
「……ミナセ、魔力回復薬くれ」
「ほいほい〜」
ミナセが投げた魔力回復薬をジークが受け取って口を付ける。一瞬顔をしかめたジーク。彼は俺と目が合うと、すぐに真顔に戻って魔力回復薬を飲み干した。
……嫌いなんだろうな、回復薬の味。
そんな2人の様子を見ながら壁に寄り掛かる。装備類を確認していると、アイルが隣にやって来た。
「流石にきつかったわねぇ」
なぜか俺の肩に持たれかかってスマホを操作し始めるアイル。あまりに自然な動作で面食らってしまう。
「何やってんだよ?」
「何って配信準備よ? 休憩終わったら配信開始するわね。ヒカリエ突入から配信始めたいの」
「いやそうじゃなくて、なんで俺に寄りかかって来るんだよ」
「いいじゃない。ダメなの?」
「いや、ダメじゃ無いけどよ……」
なんだこの距離感。やけに近いな。
「ふふ」
声の方を見ると、ミナセがニヤニヤと笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
「なんだよミナセ」
「え〜? 鎧さんがリレイラさんと仲良くしてたからアイルちゃん寂しくなっちゃったんだよ。ねぇ?」
「そ、そんなこと……ないもん」
俯いてスマホを操作するアイル。顔を覗き込もうとすると俺のヘルムをバシバシ叩いて来る。
「なんだ天王洲。何を怒っている?」
「うっさい!! ジークリードは関係無いんだから黙ってなさいよ!!」
「う……っ!? なぜ俺にはそんな反応を……!?」
「も〜デリカシー無いんだから〜」
「お、お前も同じだろう!」
向こうでも喧嘩が始まっていた。なんなんだよ一体。
◇◇◇
アイル達が配信を開始したことで、2台のドローンが俺達の周囲を飛び回る。照明魔法は消え、撮影中を示す赤い光が目を引いた。
〈乙〉
〈コラボ楽しみ〉
〈ミナセちゃん可愛いんだ!〉
〈和やかコラボいいな〉
〈高難度やぞ。和やかな訳ないやろ〉
「鎧」
ジークが耳打ちして来る。
「あの連絡通路。違和感がないか?」
ジークの視線の先には連絡通路中央部……あの床、さっきは何も無かったのに薄ら光ってやがる。魔法陣か?
〈うほっ。男達の秘密の会話……〉
〈キショコメ来てるやんけ〉
〈女ヲタさん?〉
〈ジークリードのファンか?〉
〈今回荒れそうだな〜〉
「俺が最前に立つ。アイル達は着いて来な」
「最後列は俺が務めよう」
俺、アイル、ミナセ、ジークの並びで連絡通路を渡る。慎重に、周囲に警戒しながら通路の終わりを目指す。
〈なんか来そうな通路だよなぁ〉
〈ヒカリエ懐かしいw〉
〈ジークリードの尻が……〉
〈ヨロジクなのかジクヨロなのか〉
〈ナマモノやめろw〉
〈女ヲタワラワラでワロタ〉
〈じゃあ僕はアイミナで行くんだ!〉
〈は?〉
〈百合厨消えろや〉
〈怖いんだっ!〉
光る床の一帯。それを通りすぎる寸前……急に俺とジーク達の間に魔法障壁が展開される。
〈!?!??!?〉
〈分断!?〉
〈魔法障壁貼られてるやんけ〉
〈461さん孤立しちゃったんだ! ピンチなんだ!〉
〈トラップか……:wotaku〉
〈ウォタクニキ来た〉
〈解説よろ〉
〈今回渋谷ダンジョンの様子が変:wotaku〉
〈様子が変ってなんだよ〉
連絡通路の前後に障壁が張られ、完全に通路が分断されてしまう。やっぱ罠か。ってことは中ボス戦……か? 俺だけ離脱されたとなると……どう考えてもこちら側に現れるよなぁ。
「ヨロイさん!? 大丈夫!?」
血相を変えたアイルが障壁に駆け寄って来る。障壁に手が触れそうになった瞬間バチリと手が弾かれ、その目が涙目になってしまう。彼女はオロオロと狼狽えると、もう一度障壁に手を伸ばした。
「どうしよう!? ヨロイさんが!」
「アイルちゃん危ないって」
ミナセに抑えられてもなお、アイルはこちら側に来ようとしてまう。
混乱してやがる……恐らくトラップの目的は侵入者の分断だ。となると、アイル側にも何かしら敵が現れるはず。アイルを落ち着かせないとマズイ。
「心配すんな。自分の身は自分で守る。アイルも自分のことだけ考えろ」
「でも……ヨロイさんに何かあったら……私……」
〈お?〉
〈ん?〉
〈こりゃあ……〉
〈なんだこの空気?〉
〈アイルちゃん……?〉
突然、ミナセが声を潜ませた。
(アイルちゃん。そこまでにしておかないとファンを心配させちゃう。変に勘繰られちゃうよ)
(で、でも……)
(アイルちゃんはトップ配信者になりたいんでしょ? だったら配信中はそういうの見せちゃダメ)
(う、うん……分かったわ……)
アイル達の背後に黒い影が浮かぶ。それがトレント達の形を成していく。10体近くのトレント達がアイル達の周囲に現れた。
「ギギ!!」
「ギィィィ」
「ギギアギ!」
「ミナセ、天王洲……トレントだ。戦闘準備をしろ」
俺を見るアイル。彼女は一瞬だけジッと俺を見つめると、トレント達へと向き直った。
「コイツら全部倒したら障壁が消えるかもしれないわ! ソッコーで倒すから手伝って2人共!」
「ふっ。言われなくてもやるさ」
「アイルちゃん……分かったよ」
アイルのヤツ。覚悟決まってるじゃん。ミナセも何か言ってたし、配信者の矜持ってヤツか?
……っと。俺は俺のことに集中しないとな。
先程の魔法陣に黒い影が浮かび、中から何かが現れる。人の形をした何かがゆっくりと。赤色の兜に髭の着いた面。額の角、背中に弓、腰には刀……これは……。
〈!?!?!!!??!?〉
〈は!? 武者!?〉
〈なんでダンジョンに鎧武者おんねん!?〉
〈和の心なんだ!〉
〈ボケるなってw〉
〈あの刀の反り。太刀か?:wotaku〉
〈太刀?鎌倉?〉
現れた武者は、刀を抜いて俺へと切先を向けた。
「さてもめんやうなるよろいなるかなわがりょうちにしんにゅうせしてきなりわがきひさきをもちてたちむかはん」
〈!!!!??!?!?!?〉
〈シャベッタアアアアアアアア!?〉
〈モンスターと違うんか!?〉
〈何言ってるか分からないんだ!〉
〈古文?〉
〈でもなんか変じゃね?〉
〈あの刀の反り……日本刀ではなく太刀か?:wotaku〉
〈太刀?〉
〈鎌倉くらいの武器やね〉
なんだ? なんで異世界のモンスターが徘徊するダンジョンに武者がいるんだよ。
「うおおおおおおおおっ!!!」
鎧武者が雄叫びを上げる。ははっ。でもこういう趣向ってのも面白いじゃん。さすが高難度、何が起こるか分かんねぇな。
ショートソードを構えると、武者も上段に刀を構える。人型ボスか。しかも見たことの無い相手……燃えてきた。
「……行くぜええええ!!!」
「じんじょうにしょうぶ!!」
俺は、鎧武者へと突撃した。
突然現れた鎧武者の実力や以下に。次回、ボス戦配信回です。