第45話 侵入。高難度ダンジョン
左腕に装備した盾の固定具合を確認していると、後ろから声が聞こえた。
「うん、うん。言っておくわね。リレイラも仕事頑張ってね」
探索者用スマホでリレイラさんと通話していたアイル。彼女はスマホをしまうと俺を見つめて咳払いした。
「? どうした?」
「ヨロイ君。絶対無事に帰って来て……くれ。みんなもな」
真剣な表情に少し低い声。いつものアイルと違いすぎて、それが物真似だと1発で分かる。
「なんだそりゃ? リレイラさんの真似か?」
「うん。ヨロイさんに直接言うのは恥ずかしいからって私に通話して来たの」
「ははっ。信用されてるじゃん」
「私としてもこの方が良いけどね。直接通話してたら……」
「していたら?」
「な、なんでもないわよっ!」
ツンと横を向くアイル。なんだ? 何怒ってるんだアイルのヤツ。
なんと声をかけていいか迷っていると、ミナセがパンパンと手を叩いた。
「はい! これからダンジョンに挑むんだから日常モードはおしまい! ジークも早くおにぎり食べて!」
突然焦らされたからか、ジークは齧っていたコンビニおにぎりを喉に詰まらせそうになっていた。
「ムグッ……お前が朝飯は食えって言うから……」
「ここに来るまで散々食べる時間あったでしょ?」
「ゆっくり食いたかったんだ」
「ほらぁ〜早くお茶飲んで!」
何かと世話を焼かれているジーク。こう見るとミナセがだいぶしっかりしてる感じがする。世話焼かれまくってるじゃんジークのヤツ。
「はい! みんなビシッとする! じゃ、リーダーの鎧さん? みんなに一言お願いね♪」
「え? 俺がリーダーでいいの?」
「鎧が俺達を呼んだ。従うのは当然だ」
「私はいっつもヨロイさんを頼りにしてるわよ?」
「2人ともこう言ってるし〜」
そうか、準備の時も色々慕ってくれたしな。ここはやっぱ年長の俺がしっかりしないとってことか。
「はい! じゃ、お願いしま〜す♪」
ミナセがマイクを持つような手を向けて来る。全員の視線が集まる。
一言。
一言か……。
「みんな〜気合い入れて行くぞ〜」
「なんだその気合いの入らん言葉は!!」
「バカにしてんの!?」
「なんか逆効果だった〜?」
うるせぇヤツらだな……。
◇◇◇
渋谷ダンジョンは広範囲の特殊魔法障壁が張り巡らされている為、渋谷駅から直接侵入することはできなくなっている。
だからこそ、旧副都心線の線路内から侵入する他ない。俺達は明治神宮前駅の地下5階から、廃棄された副都心線へと入った。
「照明魔法」
光の球体が手のひらに現れる。廃棄された線路は、光が届く場所以外は暗闇に包まれていた。
「これじゃあ先が見えないわね」
「お、そういや照明魔法の節約方法を考えたぜ。アイル、ドローン出してくれ」
「え? うん」
アイルが歩きながらドローンを取り出す。それに手を翳し、ドローンに照明魔法を設置する。ドローンの上に、光の球がピタリとくっつく。
照明魔法は空間に固定したり、物体に付着させて使う。物体が移動する物なら……と考えたが、上手く行ったみたいだな。
フワリと浮き上がったドローンは、自動で俺達の背後へと移動した。ドローンの照明魔法が、周囲を照らす。
「ミナセ。お前達のドローンも出してくれ」
「いいよ〜」
ミナセが浮かせたドローンにも照明魔法の光の球を設置する。光源となった2台のドローンが俺達の周囲を飛び回る。それによって、暗闇だった線路内が一気に明るくなった。
「随分視界が良くなったわね」
「品川の時は都度部屋に照明使ってたろ? 魔力も勿体無いし、こっちのが便利だと思ってよ」
ジークがドローンを目で追う。
「確かにな。これなら邪魔なドローンも役に立つか」
「ちょっと〜? 邪魔なドローンって!? この子のおかげでジークの活躍配信できるんだからね!」
「俺が頼んだ訳じゃない」
「む〜!! そうだけど〜!」
頬を膨らませるミナセ。ジークリード達の配信はミナセが決めたんだな。確かに、ジークのヤツは配信には興味無さそうだったし……俺に近いのかも。
「映像的には大丈夫よね……うん。光源背負ってもちゃんと映ってる」
スマホから映像を確かめるアイル。それをミナセが横から覗き込んだ。
「アイルちゃん熱心だねぇ。配信はヒカリエ手前からって言ってたでしょ?」
「うん。でもアーカイブもしっかり残しておかないとヨロイさんの分析に使えないから」
「分析とはなんだ?」
「ジーク達はやってないか? いつもアイルからダンジョン探索で撮影した動画を貰ってんだ。それでモンスターやギミックの振り返りしてる」
「なるほど。自己の分析……それも有りか」
「へ〜♪ アイルちゃんは相方想いだね〜!」
ジークとミナセから覗き込まれてアイルが顔を真っ赤にする。
「だ、だって……私は、その、ヨロイさんの相棒、だし……」
アイルがゴニョゴニョと小声になる。確か俺の為に編集もしてるって言ってたな。結構な負担のはずなのに。
……。
「ありがとな。めちゃくちゃ助かってるぜ」
「ホント!?」
子供のようにパッと笑顔になるアイル。彼女はスマホをしまうと杖を握り締めた。
「もうすぐ渋谷よね? 戦闘の準備しないと!」
……。
…。
そこからさらに奥へと進むと、渋谷駅のホームが見えて来る。線路からの段差をよじ登り、渋谷駅構内へと入った。
ドローンの光源に照らされた渋谷駅内。光を頼りに奥に目を凝らすと、確かにトレント達が徘徊しているのが見える。
通路の角に隠れて覗き込む。奥にトレントが2体。徘徊してるのが2体。他には……見当たらない。まずはアイツらを倒してフロアの構造を確かめるか。それにしても……。
「本当に松みたいなフォルムのトレント達だな」
ジークが愛剣の鞘を掴み、抜刀の構えを取る。
「あぁ。昨日伝えた通り、あの針のような葉を放つ遠距離攻撃も使用して来る。気を付けろ」
遠距離攻撃。改札の外を歩くトレントを仕留めるまで周囲に盾にできる物が無い。ここは……。
「ミナセ、防御上昇頼めるか?」
「はーい♪」
ミナセが金色のロッドをクルクルと回して地面を叩く。周囲に魔力が立ち上り、俺の足元に青い魔法陣が広がった。
「物理防御強化」
魔法名と共に俺の体が青い光に包まれる。
防御強化は物理防御を15%上昇してくれる技。俺が盾の役割をすればジークの射程範囲まで行けるな。
「ミナセ、魔法の持続時間は?」
「持続時間はきっかり30分。強化は魔力の消費が激しいの。立ち回りを考えてね〜」
強化ばかりに頼るとミナセの魔力が持たないってことか。
「気を付ける。俺がコイツで遠距離攻撃を防ぐ。ジークとミナセは徘徊してる2体を。俺とアイルは奥のヤツらだ」
方内武器店で仕入れた盾を構える。丸いグランチタニウム製の盾。特に符呪は無いが、異世界金属の盾は軽くて防御力も高い。俺の役割は十分こなせる。
「任せておけ」
「オッケー♪」
「やれるわアイル。私はできる……がんばる……がんばる……」
アイルが緊張した声で自分に言い聞かせているのが目に入った。
「アイルは火炎魔法の準備。俺の合図と同時に発動だ。できるな?」
「ええ。絶対ヨロイさんから目を離さないわ」
真剣な瞳に少し震えた声。初の高難度ダンジョンだからな……当然か。
「心配すんな。俺とお前ならやれる。だろ?」
「……うん」
「頼むぜ、相棒」
肩を叩くとアイルは、はにかんだような笑みを浮かべた。
「よっしゃあ! トレント狩りと行こうぜ!! みんな俺に付いて来いよ!!」
俺は盾を構え、トレント達へ駆け出した。
次回、戦闘回です。しかしこのトレント達、何かがおかしいようで……?




