第40話 リレイラの想い
〜探索者 ヨロイさん〜
リレイラさんを襲ったヤツらは彼女の魔法を受けてから蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「帰ろうリレイラさん」
「……」
俯いたままのリレイラさん。そのままでは足取りもおぼつかないので彼女の手を引いてダンジョンを出た。
……。
…。
水道橋駅から総武線に乗る。終電間際の車両はほとんど人がいない。僅かに残っていた乗客は、俺達を見てギョッとした表情になり、隣の車両へと移ってしまった。
「……すまない」
リレイラさんがポツリと呟く。
「俺がこんな格好なんで。それでじゃないですか?」
一瞬リレイラさんが俺の顔を見たが、すぐにまた顔を伏せてしまう。
無言のまま電車に揺られて二駅。秋葉原で降りた後、リレイラさんが俺の手をギュッと握った。
「……」
あんなことがあったんだ。1人になるのは不安だろう。このままにはしておけないな……。
「俺の家来ます?」
僅かにリレイラさんが頷くのを確認した後、彼女の手を引いて、俺の家がある湯島を目指した。
駅前ビルを通り過ぎ、大通りを末広町方面へ。しばらく歩いてたい焼き屋のある妻恋坂交差点を右へ曲がる。
もう少しで俺のマンションが見えて来るという所で急にリレイラさんが立ち止まった。
◇◇◇
〜ダンジョン管理局 課長 リレイラ〜
ヨロイ君の家が見えた瞬間、急に動けなくなった。私は……このまま彼の家に行っていいのだろうか?
私のせいで彼に迷惑をかけてしまった。今日も私が止めていなければ、彼は人殺しになっていたかも……。
思えば、いつも嫌な思いをさせているかもしれない。さっきの電車みたいに。私が……魔族だから。そんな私が彼の好意に甘えるなんて、良いのだろうか?
いや、ダメだ。
「悪かった……その、ごめん。もう、帰るよ」
彼の手を振り解こうとしたが、彼は私の手を握った。私を……離さないように。
「なんで謝るんですか?」
「私は魔族だし……人間に酷いことした種族だから……」
「リレイラさんはリレイラさんですけど」
「いつも……ヨロイ君に嫌な思いを……」
「俺は、嫌な思いなんてしたことないです」
「だって……」
話し出すと色々な物が頭を巡る。今日ハッキリと向けられた憎悪。いつも感じている後ろ暗い視線。
私は……ここにいちゃダメな存在なんだ。
「ヨロイ君も私の魔法を見たろ!! 私は人間じゃ、無い……加害者だ。人に酷いことをして、支配して、命懸けのダンジョン探索者なんてさせている加害者!! この世界にいてはいけないんだ!」
でも、帰れない。私は命令を受けてこの世界にやって来た。だから勝手に帰ることは、許されない。
……どうしたらいいんだ。帰りたくても帰れない。残っていると、誰かに疎まれる。嫌われる。怖がられる。
それなら。
私は。
私は!!
私はどうしたらいい!? 死ねばいいのか!? 私が死ねばみんな満足するのか!
分からない分からない分からない……。
許してよ。誰か……許して。
私は何もしてないんだ。私はただ……戦争も何もかも、全部終わってからこの世界に来ただけ……。
誰とも争いたくない。
誰のことも嫌いになりたくない。
私は……私は……どうすれば……。
膝をついてしまう。動けない。
みんな私を……みんな……みんな……。
「それがリレイラさんと何か関係あるんですか?」
「……」
ヨロイ君がしゃがみ込む。ヘルムの奥から、一瞬彼の瞳が覗いた気がした。
「だってリレイラさん良い女性だし。俺も、アイルも方内兄妹もみんなリレイラさんに感謝してるって」
「……どうして、君はそんなに優しいんだ、私は、魔族なのに」
「う〜ん……」
ヨロイ君が困ったように立ち上がりうんうんと考え込む。そして何かを思い付いたのか、オズオズと話し出した。
「リレイラさん。俺が初めて探索者になった時、どんな気持ちだったか分かります?」
ヨロイ君がどんな気持ちだったか?
記憶を遡る。探索者申請に来た時、彼は普通の青年に見えた。でも、ダンジョンに潜りたいという強い意志を感じて、私はヨロイ君をサポートしたいと思った。
……ヨロイ君はあの時何を考えていたんだろう?
「俺、探索者になりたいって言った時、親に鼻で笑われたんですよ。『お前には無理だ』って。俺引きこもりだったんですよ? 俺にとって唯一接点ある親がそんなこと言うの酷くないですか?」
「そんなことが、あったのか」
「でもリレイラさんだけは違った。俺にこう言ったんだ『今の君には無理だろうな』って」
その言葉で脳裏にあの時のことが蘇る。なんだか頼りなさそうな青年の姿が。このまま行けば、彼は死んでしまうと思ったから……私はあの時……。
「最初は腹が立ちましたけど。次の日リレイラさんが家に来て、それから毎日付きっきりで俺のトレーニングを指導してくれましたよね?」
それは……君の目が真っ直ぐだったから……わたしは何か手伝いたいと思っただけで……。
「その時分かったんです。リレイラさんはいい女性だなって」
ヨロイ君は再びしゃがむと私の両手を取った。
「貴女は俺の世界で唯一味方をしてくれた。俺の世界にリレイラさんは必要なんです。東京に来て改めて思った。俺の担当はリレイラさんしかありえない。だから、リレイラさんがいなくなったら俺は……悲しい」
その言葉を聞いた瞬間、堪えていた涙が堰を切ったようかのように流れ出した。ずっと抱え込んでたものが。今日の事が、一気に私の中で溢れ出してしまう。
反射的にヨロイ君に縋り付くと、ヨロイ君は恐る恐る私を抱きしめて、背中を摩ってくれた。
「怖かった……私……殺されるかもしれないって……もうヨロイ君やみんなに会えないかもって……」
ずっと強がってたけど、本当は怖かったんだ。私、自分にまで嘘を付いてたんだ。
「ごめんな」
ヨロイ君が抱きしめてくれる。いつもの敬語じゃなくて、普通の言葉で話しかけてくれる。それが嬉しくて安心してまた涙がでて出てしまう。
「ううん……私の為に怒ってくれて、嬉しかった」
「……もっと早く助けたかった。本当に、ごめん」
彼の手が私の頬に添えられる。殴られた後がヒリヒリと痛む。だけど……私は、それよりもガントレットから僅かに伝わる君の温もりの方が、嬉しい。私のこと、大事に思ってくれている気がして。
「そんなこと……言わないで」
ヨロイ君のガントレットに自分の手を重ねた。恥ずかしかったのか、ヨロイ君は急にあたふたと手を離してしまう。それがおかしくて、彼の胸元に顔を埋めた。ヒンヤリとした彼の鎧の感触が私の痛みを癒してくれる気がする。安心する。
安心したら、自分の気持ちが初めて見えた。
寂しかったんだ、私。
ずっと寂しかった。この世界に来てからずっと。
私は人と私の間に壁があると思ってた。でも違った。ヨロイ君やアイル君や方内兄妹も……みんな、私のこと、受け入れてくれていた。
「リレイラさん、帰ろう」
帰ろうという言葉。私はみんなの世界にいてもいいんだ。ずっといたんだ。
「うあああぁぁぁ……」
声を上げて泣いてしまう。不安を流すみたいに。それは今、ヨロイ君に支えられているからできることなのかも……。
ヨロイ君。
私は。
……。
ずっと目を背けていた彼への気持ち。それを今度はちゃんと、心の中で言葉にした。
私は……ヨロイ君のことが好き。大好き。
君の世界に、私はいたい。
―――――――――――
あとがき。
これにてリレイラ編は完結です。次話にリレイラが461さんの家にお泊まりする閑話を挟みまして、新章「渋谷ダンジョン編」に入ります。
高難易度の渋谷を攻略する為、461さんはある人物へ協力依頼をします。そしてどんな冒険が待ち受けるのか……お楽しみに。
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