第283話 攻略し得るもの
時は過ぎ、決戦当日。
──東京パンデモニウム内、時の迷宮最深部。
光が消え、過去から帰還した461さん達がダンジョン内部に降り立つ。飛ばされる前と変わらぬ薄暗い広間。彼らの目の前にはあの神がいた。
「コナイデ」
広間に響く鳴き声……それは女性の声のようにも聞こえた。天井に届くほどの大きさに全身プラチナのような体色、背中から生える虹色のヒレが6枚に竜のような顔……その額にはイシャルナの上半身が埋め込まれていた。
時間神エモリア。
彼らを過去へ飛ばした張本人がそこに待ち構えていた。
461さんが部屋の中を見渡す。
エモリアの向き、配置から考えて俺達が飛ばされた直後に帰ってこれたみたいだ。だがアイルが……いない。なぜだ? まさかアイルも時間魔法で飛ばされたのか?
「イナイ、サビシイ」
彼がそう考えた時、エモリアの口から鳴き声が響いた。
サビシイだと?
461さんが時間神の顔へ視線を向けると、エモリアの目元から伸びる10本の触角……それがピクピクと小刻みに動いていた。時間神エモリアが持つ思念を読み取る力。それが発動している証が。
……ちっ、俺の思念を読んだのか? 鬱陶しい能力だな。アレがある限り、俺達の作戦は筒抜けだ。
だが、彼らはそんな時間神へ対抗する為にある作戦を考えていた。
「いいかみんな!! 全員自分の役割にだけ集中しろ!!」
事前にそれぞれが役割を決め、その事だけを無心で実行する。作戦に対する信頼度が無ければ取れない方法……それは、461さん達にとってエモリアへ対抗し得る唯一の方法だった。
「みなさん、信じてますから!」
広間にある祭壇……その背後にタルパマスターが移動し、全身から魔力を放出させる。最大レベルの空想魔法を発動する為の無防備な構え。エモリアと戦えるほどの存在を生み出すには相当な魔力消費と時間がいる。
461さん達がエモリアを撹乱する事でタルパマスターを守る布陣。シィーリアはエモリアの右側面へ、461さんとシンは左側面へ駆け出した。
「お主達、誰も死ぬでないぞ!!」
「分かってるぜシィーリア!! 行くぞシン!!」
「はい!! 461さん!!」
461さんがアスカルオを引き抜く。その1メートル後ろにシンが構え、2人でエモリアへ向かって走り抜ける。
……来いよエモリア。お前の事情なんて知らねぇ。俺はテメェをブッ殺す。
461さんが頭の中でその台詞を繰り返す。エモリアが思念を読むのであれば、彼の殺気に反応すると考えて。
「ヒテイシナイデ」
エモリアが461さんへ狙いを定める。時間神は、彼に向けてその尾を薙ぎ払った。
「シン!!」
「時壊魔法!!!」
エモリアの尾がピタリと動きを止める。巨大な尾を無理矢理止めた事でシンは苦しげな表情になった。
「ぐう……!? あまり長くは止めれません!! 早く!!」
461さんが腰のナイフホルダーからクロウダガーを引き抜く。指をかけてダガーを回転させ、全力でエモリアへ投擲する。
「オラァ!!!」
高速回転しながら風の刃を纏うクロウダガー。その切先がエモリアへと迫る。
「……!?」
エモリアは竜のように長い首をしならせ、その攻撃を紙一重で躱した。しかし、それによってエモリアがバランスを崩してしまう。その瞬間を見計らったようにシンが時壊魔法を解除した。
「キィア!?」
大地を抉り取るように放たれていた尻尾が僅かに空中へと持ち上がる。
「461さん!! 地面へ!!」
「ああ!!」
2人が地面へ飛び込む。頭上を通り抜けるエモリアの尾。薙ぎ払い攻撃を避けた直後、シンが空中へ手を伸ばす。その手の先にはエモリアの胴体が。彼は、意識を集中させ再び魔法を発動した。
「時壊魔法!!」
エモリアの体が動きを止める。すぐ背後には461さんのクロウダガーが迫っていた。エモリアに避けられたクロウダガーは、ダンジョンの壁面で反射していたのだ。
「コイツも食いやがれ!!!」
461さんがブレイジアナイフを投擲する。前後から挟むように向かう2本の刃は、同時に時間神の首へ突き刺さった。
「キィアアアアアアアアアアァァァァ!!?」
絶叫を上げながらエモリアが大口を開く。その口に魔法陣が浮かび、漆黒の球体が形成されていく。
「あ、アレ!? イシャルナの次元魔法を使う気なのか!?」
シンの言うように、それは時間神がイシャルナから取り込んだ能力であった。461さん達の攻撃で戦闘態勢へと移行したエモリアは、目の前の存在を消し飛ばす為にイシャルナの奥の手、次元球を発動したのだ。
「キズツケナイデ」
エモリアの次元球が461さん達では避けきれない大きさまで膨らみ、それが彼らに向けて発射される──
──そう思われた直前、エモリアの首元に火柱が上がった。
「キア゛アアア!!?」
それは、時間神の首元に刺さったブレイジアナイフの特性。対象に突き刺さってから3秒後に炎を噴き上げるという能力であった。苦しみの声を上げ、エモリアの攻撃が一瞬遅れる。その隙を突いてシィーリアがエモリアの喉元へ飛び込んだ。
「天にでも撃つが良い!!」
シィーリアが時間神のアゴを蹴り上げる。天を仰ぐエモリア。次元球が天井へと直撃し、とてつもない爆風を巻き起こした。
「うわあああああ!?」
吹き飛ばされそうになるシンの腕を461さんが掴む。顔を庇いながらシンが天井を見上げると、辺りの光景が一変していた。
薄暗い広間だった場所は上半分が吹き飛び、外の光景が見えている。あまりの威力にシンの頬に汗が伝った。そんな彼の気を持ち直させるように、461さんはシンの背中をバシンと叩いた。
「シン!! 俺から離れるなよ!! シィーリアはタルパを守ってくれ!! その後は作戦通りに!!」
「了解じゃ!!」
ガレキが降り注ぐ中をシィーリアが祭壇へと向かい、461さんとシンが広間を走り抜ける。
「キアアアアアアアアアアア!!!」
エモリアの絶叫。時間神は461さんとシンを狙い、小型の次元球を連続発射する。先ほどとは威力は小さいものの、次元球が壁にぶつかるたびに小規模な爆発が巻き起こる。
461さんは、右腕で吹き飛んで来るガレキを弾きながらシンを左脇に抱えた。今の一撃でシンは弱気になっている。ここでシンを失えばエモリアとまともに戦う事ができなくなる……そう判断して。
「わっ!?」
「お前は時壊魔法にだけ集中しろ!!」
「は、はい!!」
シンが時壊魔法で吹き飛んで来るガレキの時を止め、直撃を防ぐ。エモリアに狙われながら走る461さん。彼らを狙う事で、エモリアの意識は完全に461さん達にのみ向けられていた。
「今じゃ!!!」
シィーリアが跳躍する。狙うはエモリアの感覚器官。触角を破壊すればエモリアに思念を読まれる事は無い。魔族として武術を極めたシィーリアは、心を無にして自分の役割を全うできる。それはシィーリアにしかできない方法だった。
エモリアは自分を狙う者に気付いていない。シィーリアは、空中で身を翻し技を放った。
「螺旋撃!!」
シィーリアの蹴りが螺旋を描く。直前になってエモリアが彼女の存在に気付くが既に遅く、螺旋の一撃が5本の感覚器官を抉り取った。
「キィア゛アア!!?」
絶叫を上げながらエモリアが暴れ回る。シィーリアが暴れる時間神の体を飛び移り、残りの感覚器官を狙ったその時、エモリアの6枚のヒレが虹色に輝いた。
「キズツケナイデ」
6枚のヒレ。その内側に葉脈に似た光の筋が現れる。6枚のヒレが周囲から何かを吸収し、眩く光輝いた。
「マナを吸っておる!? 時間魔法を使う気か!?」
「キィアアアアアアアアアア!!!」
エモリアが絶叫を上げた次の瞬間。一瞬眩い光に包まれる。
「ぐぅ……!?」
そして。
シィーリアの目の前に、再びエモリアの側頭部が映る。傷も何も受けていない白金色の皮膚に、先程破壊したはずの感覚器官がユラユラと目の前を揺れていた。
「なんじゃと!?」
彼女が事態を把握しようとした瞬間、彼女の体に時間神のヒレが叩きつけられる。
「がはっ!?」
吹き飛ぶシィーリア。ダンジョンの壁面に叩き付けられ、轟音が響く。彼女は……どさりと地面へ落下した。
「が……ぐう……時間を巻き戻したのか……!?」
シィーリアが攻撃を与えたあの瞬間。時間神は己を中心に僅かな空間の時を魔法によって巻き戻したのだ。461さん達を過去へ飛ばしたのとは異なる時間魔法の力。それはシィーリアを巻き込む形で、感覚器官の再生と反撃の機会を生み出していたのだ。
「ヒテイシナイデ」
エモリアが6枚のヒレを開く。再び吸収される光の粒。シィーリアは痛感してしまう。ここからが本番なのだと。
思念の読み取りと時間魔法。この2つを持ち合わせた「神」に勝つ方法は……。
「キズツケナイデ」
エモリアが次元球を発動する。先程と同じように膨れ上がり、シィーリアへと放たれる次元球。その間に割り込むように鎧の男が飛び込んだ。
「うおおおおおお!!!」
461さんが空中で聖剣アスカルオを構える。聖剣の能力「魔喰い」が発動し、次元球を喰らっていく。
「コナイデ」
461さんが魔喰いを発動する事を読んでいたように、エモリアは再び時間魔法を発動した。時が巻き戻り、461さんが魔喰いを発動する前まで時間を巻き戻される。跳躍したばかりの彼。無防備な彼の元へエモリアのヒレが叩き付けられた。
「ぐっ……!?」
「461さん!?」
シンの目の前へ尻尾が叩き付けられる。彼が駆け寄ろうとする思念を読み取ったのだ。
「思考が読まれてます!! このままじゃシィーリアさんが!?」
「クソ……!!」
461さんが動いた瞬間、エモリアの時間魔法によって彼は行動直前に戻されてしまう。
俺の行動を全部キャンセルする気かよ……!?
この戦い……エモリアが461さん達の攻撃を受けていたのは、己に向かって来る者達のリーダーを見極める為だった。彼らの脳、思考そのものに該当する存在を。
そしてそれを見極めた今、エモリアは461さん自身を時間魔法で無効化する方法に出た。
「シィ……!?」
461さんが何を叫ぼうとしても、直前で時間が巻き戻される。膝を付いた状態で言葉すら発せられない。シィーリアもその場を離れようとすれば時間が巻き戻され、向かって来る次元球から逃れられなくなってしまう。
戻される。
巻き戻される。
461さんが思考を巡らせば巡らせるほど、彼が逆転の目を探せば探すほど、エモリアはそれを先読みと時間魔法で潰していく。この一瞬の内に既に12回。彼の反撃はエモリアによって潰されていた。
461さんが目線をタルパマスターへ向ける。彼女は仲間を信じ、目を閉じたまま空想魔法の準備をしている。彼女の魔法発動にはまだ時間がかかる。ここで彼女の集中を途切れさせてしまえば、それこそ勝ちの目が無くなってしまう。
タルパマスターには時間が必要。シンと自分も動けない。このままではシィーリアが……。
クソ……どうしたらいい? 思考を読まれるのがこんなキツいとはな……。
彼がそう考えた時。
ヘルムのスリットから風が入ってくるのを感じた。
……風?
目の前にドローンが舞い降りる。そこから光が発せられ、空中に文字が浮かび上がる。相棒の設定によって461さんには見えないようになっていたコメント……そのうちの1つがポツリと目の前に浮かんだ。
〈がんばって欲しいんだ! 461さん!〉
なんだ、これ……? コメントってヤツか……?
次の瞬間、シィーリアの目の前に銀色の閃光が走る。それは次元球に飛び込むと、漆黒の球体を真っ二つに切り裂いた。
〈さすがジークリード!!〉
〈あんなの斬るなんてすごいお!!〉
シィーリアの元へ白いマントにベレー帽を被った女性が駆け寄り、障壁魔法を展開。切り裂かれた次元球の片割れを防ぐ。
〈ミナセちゃんが防いだのだ!〉
〈半分でもすごい威力なのだ!〉
〈障壁魔法強すぎるのだ!!!〉
「ギィア゛!?」
エモリアが攻撃を受けていないにも関わらず金切り声を上げる。もがくようにヒレを動かし、天を仰いだその時。その瞳に1人の女の姿が映った。
「鯱パンチ」
水の爆発が巻き起こり、エモリアの顔面を殴り飛ばす女。その威力は凄まじく、時間神の巨体を後方へ吹き飛ばした。
「キィアアアアアアアアアアッッッ!!?」
〈鯱パンチきたあああああ!?〉
〈ひゃだ!? 嫌いじゃないわ!?〉
〈あんなデカい体吹っ飛ばすんかよ!?〉
〈すげえええええええ!!!〉
なんでアイツらが……。
461さんの視線の先にはジークリード、ミナセ、鯱女王……ここにはいないはずの仲間達の姿があった。彼らの周囲を複数のドローンが飛び回り、空中の至る所に膨大な量のコメントを映し出す。
〈461さん……がんばってぇ……〉
〈結構ギリだったんちゃう?〉
〈もう始まってるとか思わないじゃん!〉
〈461さん達が先行してたんやね〉
〈間に合って良かったんだ!〉
〈こっからが本番だお!〉
〈連携見れるのだ〉
〈お得なのだ〉
〈パララもん達の分まで頑張るのだ〉
〈みんなついてる:wotaku〉
〈そうやで!倒してくれや!〉
〈見てるぜ〜〉
〈勝ったらお祝いするのだ!〉
〈みなさんなら絶対勝てます!〉
〈信じておりますわ!〉
〈みんながんばれ!〉
〈一緒にいるにゃ!!〉
〈ナーゴちゃんにゃ?〉
〈心配してたにゃ〉
〈復活してほしいにゃ〉
〈申し訳ない〉
〈なんで謝ってるヤツいるんだ?〉
〈!!?!?!?!?〉
〈え、もしかしてコメ欄に配信者いる!?〉
〈ひゃだ!?仲間が駆け付けるとか嫌いじゃないわ!!〉
〈推しと同じコメント欄にいる。これほどのトキメキは無い〉
〈ヤババババ!!〉
〈拡散しないと!〉
〈同時接続数500万人!?まだ増えてるぞ!?〉
〈ヤバすぎぃ!?〉
〈東京完全攻略かかってるから当然だって!〉
「キ゛ア゛アアア……アアア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!?」
絶叫を上げるエモリア。時間神がダンジョンの壁面に体を叩きつけ、のたうち回る。時間神に備わっている感覚器官……思念を読み取る10本の触角、その全てが壊れた玩具のように滅茶苦茶な動きをしていた。
「配信してるのか……? なんでエモリアが苦しんで……」
「リレイラに聞いたの。筆記魔法は文字に想いを乗せる魔法だって。だからアイツは大量のコメントを……想いを一身に受けて混乱してるのよ」
背後から聞き覚えのある声がする。461さんが振り返ると、そこには探していた少女の姿があった。過去に飛ばされてからずっと心配していた相棒の姿。しかし、その少女は……461さんが知っている彼女から少しだけ大人びて見えた。
「アイル……」
「アイツの思念を読み取る力は封じたわ。後は時間魔法を攻略するだけ」
アイルが手を差し伸べる。彼女は461さんへ微笑みかけた。
「エモリアとの戦い。これを見てるみんなが楽しみにしてるわ。ヨロイさんは今……ワクワクしてる?」
彼女が天を仰ぐ。その視線の先には星空のように輝きを放つ無数のコメント達。その1つ1つが彼らを見守っているようだった。461さんが戸惑うように辺りを見回す。その光景を見るのは、461さんにとって初めてのことだったから。
「こんなに沢山のヤツが俺を見てるのか……?」
「そう、今までもみんな見ていたわ。ヨロイさんの攻略を……ずっとね」
461さんがアイルの顔を見つめる。彼の中で先程まで抱いていた不安や焦燥感が消えていく。目の前の少女が、仲間が、見ている者達が、再び思い出させてくれた。
461さんが本来持っている喜び、ダンジョンを攻略する楽しさ、強いボスと対峙する時の胸の高鳴り……そして、仲間とそれを打ち破る高揚感を。
彼は、アイルの手をガシリと掴んで立ち上がった。
「ああ……! お前のおかげで燃えてきたぜ……!!」
「ふふっ、ヨロイさんのそういう所……大好きだよ?」
アイルが笑う。それに釣られるように461さんもヘルムの中で笑みを浮かべた。
神との戦い。世界の命運をかけた戦い。
それは今、「ダンジョン配信者」天王洲アイルによって、最高の舞台となった。その舞台で踊るのは、彼女であり、彼らであり、「ダンジョン探索者」461さんである。戦う者も、見守る者も、皆等しく同じ時を共有していた。
今そこにある瞬間を。過去も未来も忘れさせてくれるこの時を。
それを知らぬ者には意味の無いものかもしれない。くだらないと言う者もいるかもしれない。
しかし今、ここにいる者達は紛れもなく1つであり、熱狂を巻き起こしていた。
彼らは知らない。
その一瞬こそが、人を過去に囚え、未来に苦悩させ、現在に惑わせる……時間という迷宮を孕むこの神を、唯一攻略し得る武器であることを。
「始めようヨロイさん! 始めようみんな! 最っ高の『配信』を!!」
天王洲アイルが高らかに宣言する。仲間達が口々に声を上げ、膨大なコメントが声援を送る。461さんは、両手でヘルムをガンと叩いた。
「……しゃあ!! 行くぜアイル!! 行くぜみんな!!! 俺達の『完全攻略』を見せてやろうぜ!!」
後に伝説となる「ダンジョン配信」。
その幕が今──切って落とされた。
次回、最終決戦配信回です